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イレギュラー



 ある日、珍しく深い眠りに就いていた私を現実へ引き戻すようにコンコンと部屋のドアが鳴る。少し間を置いてまたドアを叩く音、それが控えめに繰り返された。


 私の部屋を訪ねてくるのは鬼鞍さんか嘉門さんしかいない。この2人はこの部屋の合鍵を持っているから私の返事がなければ勝手に入ってくるのも可能。


「たぶん鬼鞍さんだろうな」


 勝手に入ってこればいいのに……そう思いながら、動くのも考えるのも呼吸をすることすら気だるい私は無気力に包まれながら立ち上がり、ドアのほうへ向かった。


 何も言わず何も考えず部屋のドアを開けると、その先にいたのは鬼鞍さんでも嘉門さんでもない、見知らぬ女の人だった──。


「わあ、出てきてくれたぁ嬉し~い♡お邪魔しまぁす!」

「ちょっ……」


 なに、この人。魔専の制服を着てる、おそらく先輩なんだろうけど……この人から漂う異質な雰囲気の正体は一体なんなんだろう。


 人のような容姿をした傀儡(くぐつ)を2体連れている……まあ、傀儡使いは実際にいるって話は聞いたことがあるし特段気にすることではないけれど……魔力の糸で操っている気配がない。


 この傀儡、自立的に行動できるタイプの傀儡?


「ふふっ、なぁに気になるの? これが何なのか」

「……いや、その前にあなたは……」

「ああ、ごめんごめ~ん♡うちは5年、じゃなくてもう6年になったんだった! 6年の青柳阿沙未(あおやぎあさみ)♡」


 6年の先輩が私になんの用があるんだろう。そもそもこの3年間、誰も接触してこなかったことを考えると鬼鞍さんが人払いをしてくれているんだと思ってたけど……この人はなんで今さら私に?


「青柳……先輩」

「うん♡ずぅっと香菜恵ちゃんに会いたいなぁって思ってたんだぁ♡ほら、律輝さんが通せんぼするからなかなかねぇ」


 鬼鞍さんに止められていた人物……と考えるべきなのか、この人に限らず嘉門さん以外私との接触に許可を出していなかったのか……。


「うちも家族を失った悲しみとか分かるんだよねえ」


 魔霊に家族を奪われた、被害者(こちら)側の人間ということ?


「そう……なんですか……」

「いやぁ、パパとママが死んだ時は本当に悲しくて悲しくて── うちがなぶり殺すはずだったのに」

「……え?」


 なにを言ってるの、この人は。

 親をなぶり殺す……? 


 ニヒルな笑みを浮かべて私を見るその瞳には、ただただ暗闇が広がっていた。


「あはっ♡紹介が遅くなってごめんねえ? こっちがうちのパパでこっちがうちのママ、よろしくね♡」


 傀儡を指差して、その傀儡が親だと紹介しながら満面の笑みを向けてくる青柳先輩に言葉が出てこない。傀儡が親だなんてそんな馬鹿げたことあるはずが──。


「香菜恵ちゃんの魔力、律輝さんが気に入るのも頷けるなぁ♡質も良さそうだし? あんなことがなければ、うちがズバ抜けた魔力量保持者だったんだけどぉ」


 妙な胸騒ぎがする。

 この人は一体なにがしたの。

 私に何を伝えたいの。

 なんで接触してきた?


 この人の目的は……?


「うちさぁ、パパとママから酷い虐待受けてたんだよねぇ。未だに癒えない心の傷、一生消えない体の傷……うちはね? ぜぇったい自分の手でパパとママを殺すって決めてたの! なのにさぁ、魔霊なんかにあっさり殺られちゃって……もう気が狂っちゃって狂っちゃって、正気じゃいられなくなっちゃったの♡うちの全魔力と引き換えにパパとママの魂だけ傀儡に縛りつけたんだぁ♡一生うちと離れられないようにねえ、ふふふっ♡でもまさかこんなことができるなんて、思いもよらず~だったんだよぉ?」


 道理から著しく外れているそんな行為が許されるの? 許されてもいいの? なんでもありなの? この世界は。この人の術式だから容認されてるってわけ?


 私にもそんな力があれば── やっぱりこの世界は、不平等だ。



「まあそのせいで魔力も術式も失ったけどね? 魔霊も視えなくなっちゃったし~、可愛くないこのゴーグルがないとさぁ~」


 魔力なんていらない。

 術式なんていらない。


 私はそんなものより失った家族が戻ってきてほしい──。


「だからぁパパとママがうちの変わりに、うちと仲間のために戦ってくれてるんだぁ♡これって……家族愛ってやつだよねえ? ズタズタになりながらも魔霊と戦ってる姿とか見るとほんっと興奮するのぉ♡もっともぉっと苦しめ、もっともぉっとぐちゃぐちゃになっちゃえ~ってね♡きゃあははっ♡」


 この人は歪んでいる。

 倫理観も何もかも歪みきってしまっている。


 けれど、この人をそうさせてしまったのは、傀儡になって娘の道具と化した両親のせいだろう。


「こら、なーにやってんの阿沙未~」

「「!?」」


 その声に振り向くと、部屋のドアの前に立っていたのは鬼鞍さんだった。私も青柳先輩も鬼鞍さんがこの部屋に入ってきたことすら気づくことができず、驚きを隠せなかった。


「わぁ、びっくりしたぁ……どぉも♡律輝さんお久しぶり~♡」

「俺が許可するまで香菜恵との接触は控えるようにって何回も言っといたはずなんだけど?」

「ええ? もうさすがによくなぁい? 今さらどうにもできないし、そもそも香菜恵ちゃんにはできなかったと思うし~。うちはただ、早めにうちの存在を把握しといたほうがいいかなぁって思っただけ♡混乱しちゃうと可哀想じゃ~ん?」


 鬼鞍さんがこのイレギュラーな存在を私に会わせたくなかった理由が明白になった。そして、この人が私に会いたかった理由もなんとなく分かった気がする。


 本当に今さらじゃん、こんなの──。


「それにほら、あの子のこともちゃんと話しておかないっ」

「阿沙未、お喋りがすぎるよー?」


 笑ってはいるものの、鬼鞍さんの目を見ればプレッシャーのような圧が垣間見える。


「ねえ、律輝さん……そうやって話さないことだけが優しさかなぁ?」


 鬼鞍さんの圧に屈しない、むしろ対抗すら匂わせる青柳先輩はおそらく……強い。


「何事もタイミングっつーもんがあんでしょうが~」

「ふ~ん? まっ、念願の香菜恵ちゃんに会えたしいいや♡せっかく可愛いお顔してるのに引きこもり生活長すぎて喪女感半端ないの勿体ないしさぁ、はやくおいでよぉ♡一緒に戦えるの楽しみに待ってるね~! んじゃっ、まったねえ♡」


 青柳先輩が部屋から出ていくと、『言うことを聞かない連中が多くて困るよ~』と笑いながら私の頭を撫でている鬼鞍さんから、少し対応に困っているような雰囲気が感じ取れる。


「……別にどうこうしようなんて思わないし、本当に今さらすぎちゃって、どうにもならないよ」


 青柳先輩とあの日出会えていたのなら、何かが変わっていたのかな……なんて馬鹿げたことを考えてしまう。


「香菜恵、あれはイレギュラーで要はバグだ」


 青柳先輩だからできたことであって、私に成し得たことではない。青柳先輩と出会うのが遅かれ早かれ、その結果は何も変わらない。けれど、私を刺激するようなイレギュラーな存在と接触させたくなかったってだけのことだろう。


「鬼鞍さん」

「ん?」


『この世は残酷なほど不平等だ』こんな言葉を投げかけても、鬼鞍さんを困らせるだけ。これ以上この人を困らせてどうするの。


「……今日はよく寝れた気がする」

「そっか」

「お腹も少しすいた」

「お、食べる?」

「うん」

「たい焼き買ってきたんだよねぇ」

「カスタード一択」

「あんこ一択でしょ~。香菜恵は分かってないなぁ、あんこの偉大さを」

「あんこも好きだけど、たい焼きはカスタード派なの」

「知ってるよ~? ちゃーんとカスタードも買ってきてあるし~」

「さすが」

「でしょ~? ていうか半分こにしなぁい? 俺もカスタード食べたい」

「じゃあしっぽのほうね」

「なんでやねん!」

「どないやねん」

「香菜恵って意外とこういうノリに乗ってくるよね」

「乗らないと拗ねるじゃん、鬼鞍さん」


 お互いにこんな生産性のない会話をしたいわけではない。けれど、深く踏み込まないよう一線を引いた。鬼鞍さんはそれを察して何事もなかったよう接してくれている。


 これでいい。

 この世界の闇なんて知りたくない。

 知ってしまったら── 呑み込まれる。

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