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喪失感



 まぶたをゆっくり開けると、見慣れない天井が視界に入ってきた。ここは病院……? いや、魔専の医務室かな。視線を感じてそっちへ目を向けると、白衣姿で少し気だるげな雰囲気の綺麗な女の人が立っていて、私を覗き込んできた。


「おや、ようやくお目覚めのようだね。鬼鞍呼んでくるからちょっと待ってて」


 そう言い残して医務室を出ていった。


 私はどのくらい眠っていたのだろう。

 なぜ私だけが生き残ってしまったのだろう。

 ねえ、どうして……?



 医務室のドアが開いて視線をやると、そこに立っていたのは鬼鞍さんだった。なにも変わらない、いつも通りの鬼鞍さん。けれど、ヘラヘラしておちゃらけた様子は一切ない。


「香菜恵」

「……鬼鞍さん」


 私がいるベッド横に置いてあった椅子に座った鬼鞍さんは、ゆっくり一呼吸おいて口を開いた。


「香菜恵のご両親の遺体は、何一つ残っていなかった。あと悠馬のことなんだけど、遺体の状態が芳しくなくてね……俺の独断でもう火葬は済ませた。これが正解だったのかは正直俺にも分からない。今の香菜恵に悠馬を会わせる勇気がなかった。ごめんな」


 これは鬼鞍さんの優しさだってちゃんと分かってるし伝わってくる。鬼鞍さんはそういう人だって私は知っているから。鬼鞍さんの考えている通りだよ。私はきっと、まともに悠馬を見ることはできなかったと思う。


 それに私は何日も眠りつづけていただろうから、悠馬のことを思うなら、早く火葬してあげたほうがよかったと思う。だから、鬼鞍さんがしたことに間違えなんてない。


「……ありがとうございました。あの、鬼鞍さん。ごめん……しばらくひとりにしてほしい」

「そっか。ずっと医務室にいるのもなんだし、動けそうなら香菜恵の部屋まで案内するよ。歩けそう?」


 魔専で寮生活をするはずだった、悠馬と共に──。


「どうする? 医務室にいてもいいけど、やっぱ人の出入りがあるからね」

「部屋に行く……」

「うん、そうしようか」


 私はフラフラしながらも自らの足で、自らの歩みで寮へ向かった。


「何かあったらいつでも連絡して、すぐ来るから」

「はい」



 それから私はなかなか立ち直れず、部屋に引きこもる日々を送っていた。食事もまともに喉を通らず、白衣姿の女の人が毎日点滴を交換しに来てくれていた。


「あ、そういえば自己紹介がまだだったよね。私嘉門敦美(かもんあつみ)、鬼鞍と同期」

「……そう、ですか」

「よろしく」

「……」


 私にはもう、魔術師として生きる理由がない。


 悠馬がいたから魔術師になろうって決めたのに、悠馬がいない今、魔術師をつづける意味がない。私は魔術師になると決断した悠馬の近くで、ただ悠馬を守りたかっただけ。私が魔術師になるって決めた理由は、悠馬が魔術師になると言ったから、ただそれだけのことだ。


 だから私にはもう、何もない──。



 あれからずっと喪失感に襲われ、まともに眠ることもできなくなってしまった。それを見かねた鬼鞍さんが時々一緒にいてくれるようになって、鬼鞍さんがいる時はちょっとだけ眠ることができる。


 眠っている時だけは現実から逃げることができて、ほんの少しだけだけど楽になった。





 ──3年後


 魔専に入学してから3年以上の歳月が流れた。


 私は相変わらずな状態で生きている、というより鬼鞍さんや嘉門さんに生かされている。


 部屋から一歩も出ることなく、カーテンを開けて日の光を浴びることさえしていない。何もしないまま、ただ呼吸をしているだけの生ける屍。


 もう全てがどうでもよくて、魔専に在籍しつづける意味も理由も私には何も分からなくて、鬼鞍さんが上層部に無理を言って私をここにいさせてくれているんだろうけど、もうさすがに限界じゃないかな。働きもしない魔術師を魔専に置いておくのは。


「もう、どうだっていいのに……」


 生きたくもない、こんな理不尽で不条理な世界で──。

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