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絶望(壱)



 鬼鞍さんと出会ったあの日から、私も悠馬も鬼鞍さんと毎日のように連絡を取り合うようになって、月に一度は会うようになっていた。


 そんなある日、鬼鞍さんが連れて来たのはエリート魔術師の家系で次期当主候補、稲荷耕平(いなりこうへい)くん。私たちの一つ下で、ちょっと生意気でぶっきらぼうなところはあるけれど、しっかりしててとても優しい子。私たちとすぐに打ち解けた。

 

 鬼鞍さんも耕平くんも友達のような家族のような、親密な関係になっていった。だから悠馬は迷わず魔専への入学を決意した。そうなると私も必然的にその道を選ぶことになる。この決断に一切の迷いはない──。





 小学校卒業間近、私と悠馬は3校あるうちのひとつ、東京の魔術専門学園への入学が決まっていて、鬼鞍さんのスカウトではあるけど、一応学長との面談みたいなものを受けるらしく、一度魔専へ行くことになった。



「ちょっと香菜恵、もう少し制服のスカートを長くしなさい!」

「えぇ、嫌だよ。ぜったい鬼鞍さんに馬鹿にされるし。それに今時はこれくらいが普通だよ? お母さんが時代遅れすぎなだけ」

「極端に短いわけでもないし香菜恵の好きにさせたらいいじゃないか、母さん」

「ま、母さんが心配する気持ちも分かるけどなー。香菜恵めっちゃ可愛いし? なに着させても似合うから兄ちゃん心配だわ、変な虫がつかないか」

「……えっと、ははは……ありがとう……」


 お察しのとおり、悠馬は重度めなシスコンになってしまった──。





「いやぁ、2人ともおめでと~う!」


 学長との面談を終え、鬼鞍さんが私と悠馬の間にグイグイと割り込んで肩を組んできた。高身長で端整な顔立ちの鬼鞍さん。そして香水かな? とてもいい匂いがふわっと香ってくる。ハイスペックな人なのは間違いないけれど、それを帳消しにしてしまうほどヘラヘラしてるしおちゃらけた性格で難ありな人である。


「ここから始まるんだね、私たち」

「ああ、そうだな」


 私たちはそびえ立つ魔術専門学園を眺めてそう呟いた。


「ハハッ、田舎者だねえ。そんな君達にはこの俺が魔術師とは何たるかをちゃーんと教えてあげるから心配しなさんな。覚悟はできているかな?」

「「はい!!」」


 私たちは決意を胸に、魔専へ入学するその日が来るまで、時の流れに身を任せることになる──。



「おかえりなさい。どうだった? 東京は」

「「都会だった」」

「ハハッ! そりゃそうだ!」

「はい、これはお父さんとお母さんからよ」

「プレゼントだ、お前達に」


 渡されたのは……悠馬とお揃いのネックレスだった。『え、悠馬とお揃い? 兄妹で? ちょっとそれは、やばくない……?』と思ったけど、口に出さなかった私はえらい。


「……え、ちょっと待ってこれ。私が欲しいなって言ってたネックレスじゃない!?」


 いつだったか雑誌を見ながらボソッと「欲しいな~」って呟いただけだったのに……ちゃんとしたブランドのネックレスだから高かったはず。


「絶対大切にするね。ありがとう、お父さんお母さん」

「香菜恵とお揃いとか最高にいいじゃ~ん! やっぱ父さん母さんは分かってるね~!」


 いや、お揃いであることを喜ぶ場面ではないよ悠馬。さすがにこの歳で兄妹がお揃いのネックレスって、普通に考えたらちょっと……ね?


「香菜恵、悠馬。あなた達は強い絆で結ばれているわ、だって双子だもの」

「それをわざわざ形にしなくても、その絆が揺らぐことはないと思ったがな。そういうのがあるとより力が漲ってくるだろう? しっかり2人で支え合って助け合うんだぞ、必ずな」

「辛かったらいつでも辞めて帰ってきなさい」

「そうだぞ? いつでも帰って来い。お前達の帰るべき場所はここにある、何も心配することはない」


 そんなこと言われたら、泣いちゃうよ。


「お父さんっ、お母さんっ!」


 泣くつもりなんてなかったけれど、たくさん泣いた。こんな感情になるのは初めてで、どうしようもなく涙が溢れた。私は家族にとても愛されている、そう実感すればするほど嬉しくて、涙が頬を伝う。


「香菜恵って意外と気強いところもあっけど、やっぱこういう一面があるからハチャメチャに可愛いんだよなぁ」

「もう悠馬、そういうこと言わないでよ恥ずかしいから」

「ハハッ! 香菜恵が可愛いのは事実じゃん?」

「この子ったら本当にシスコンね」

「妹が可愛くて仕方ないのがお兄ちゃんってもんだろ~」

「仲の良い兄妹で父さんは嬉しいぞ!」


 私は溢れる涙を抑えることができず、泣きながら笑った──。





 小学校を卒業して魔専へ行く日がやってきた。


 鬼鞍さんとの待ち合わせ場所までお父さんの車で向かっている。何気ない風景、他愛もない会話、いつも通りの五十嵐家。





 晴れやかな旅立ちの日になるはずだった── なのに私は、家族全員を失った。理由もなく、理不尽に奪われたんだ──。





 私たちは待ち合わせ場所へ向かうため、山道を走っていた。賑やかな車内、その賑やかな雰囲気を壊す気配に私と悠馬はいち早く気づいた。


「悠馬」

「ああ」


 魔霊を感知して、その魔霊が私たちより格上だってことも必然的に察する。


「お父さん停めて!」


 キィーッと急ブレーキの音が車内に響く。


「父さん母さん! 今すぐここから逃げろ!」

「早く逃げて! 遠くに!」

「「わ、分かった!!」」


 私と悠馬を降ろした車が走り出してすぐのことだった。ボォンッ! と激しい爆発音と共に車が破裂して燃え盛る。


 私の瞳に映っているのは、真っ赤な炎とかけがえのない大切な人の死。そんな残酷な現実だけが私の瞳に焼きついていく。


「お、お父さん……? お、お母さん……? ねえ、いやよ、嫌……こんなの嫌、いやだ、嫌……」


 息がうまく吸えない、息を吐くことすら儘ならない。呼吸は乱れに乱れ、次々と頬を伝う涙。


 なんで、どうしてこんなことになったの……?


「っ、おい香菜恵! 落ち着け、俺がいる!」

「やだ、やだ!! こんなのやだよ……お父さんとお母さんは……返して、ねえ……返してよ!!」

「聞け香菜恵! 殺らなきゃ俺達が殺られる。父さんと母さんの仇を討つぞ、絶対にアイツをぶっ殺す」


 悠馬の瞳から大粒の涙が零れ落ちていく。歯を食いしばって怒りに震える悠馬を見て、徐々に正気を取り戻した。


 悠馬だって辛い、私と同じくらい辛いはずなのに立ち向かおうとしている、戦おうとしている。だから私も立ち向かう、悠馬と共に戦うの。悠馬をひとりになんて絶対にしない。守るの、私が必ず。


 沸々とこみ上げてくる感情、こんなことを思うことは今まで一度だってなかった。けれど今は、心の底からこう思う。


「““殺してやる””」



 そして私たちの前に姿を現した魔霊は、圧倒的な格差で到底敵いっこないと思わせるほどのプレッシャーを放っていた。


「香菜恵、コイツは今までの奴と違う。レベルが格段に違ぇ、俺達じゃおそらく殺りきれない可能性が……鬼鞍さんに今すぐ連絡しろ! 俺が引き付けとく!」

「わ、わかった!」


 私は悠馬と魔霊から少し距離を取って鬼鞍さんに電話をかけた。

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