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幸いなことに、市場の位置は記憶通りだった。穀物を扱う店の小娘が俺に見惚れていたおかげで、ビタ銭でもそこそこ良い買い物ができた。押し麦を入れるズタ袋のおまけ付きだ。そう、悪魔を目にした女の反応はこうでなくては。無視できるクノがおかしいのだ。
……いや待て、押し麦の袋を抱えてホクホクしている俺も大概おかしいな?我悪魔ぞ?何故貧民の使いっ走りになっておトクな買い物をしている?
もやもやしたままボロ布を潜って小屋に入ると、クノは相変わらずリスの手を握っていた。こいつ、ずっとここにいて大丈夫なのか?貧民なんて蓄えなど無いから常に這いずり回っていなければ飢えて死ぬ生物なんじゃないのか?
「おい、買ってきたぞ」
「ありがとうございます」
「うむ」
ズタ袋を渡すと、クノは火にかけていた鍋に押し麦を一掴み入れた。しばらく煮込めばごくごく薄い粥になる。まあ、病人のリスにはそれで十分か。しかしその鍋の湯もさっきのドブ水だよな?煮込めば大丈夫なのか?リスから願いを聞き出す前に腹を下して死なれるのも困るんだが。
相変わらず俺に関心の無いクノは放っておいて、壺を手に外へ出る。ドブ川には、ぱっと見きれいな水が流れていた。俺が封印される前から事情が変わっていないなら、王都には大小様々な上水道が引かれていて総水量はちょっとした川くらいになるはずだ。王都中の汚物を掻き集めてこの湿地に流れ着くとはいえ、あからさまに飲めなそうな見た目にはならない。壺で水を汲んで鼻を近付けると、俺なら飲むのは遠慮したい臭いがした。少なくとも、体に良くはあるまい。
壺に手をかざし軽く振る。これで中の水は深山の湧き水の如く清くなった。悪魔にかかればこの程度何でもない。既に煮てしまっている粥はともかく、今後リスの口に入るものにはこの水を使ってもらうとしよう。
小屋に戻ると、クノがリスを抱き抱えて粥の上澄みを飲ませている所だった。俺が戸口の布を捲り上げたので、ようやく晴れ間の覗いた空に昇った朝陽が寝台の二人を照らす。汚れて元の色の分からぬ服。シミだらけの椀に、不恰好な木の匙。濁った粥。どこを取っても薄汚いそれは、教会に掲げられた母子像のように確かな愛に守られている、ように俺には見えた。