仕事が終わるまでお預けだ!働け!
タッチ決済ってほんと便利ですよね。
カード決済で暗証番号を入れる手間がなくなった分スムーズになったんですが
正直、買いすぎていないかとたまに心配になる
カード利用明細をチェックして「あれ?これなんだ」と不正利用か?と疑って
「あぁ、あれかったわぁ。」金遣いが荒いのでしょうかね・・・。
けど、キャッシュレス時代と言われても現金のみのところって結構あるんだけどね。
現物とのバランスは取れていると思っているんですが買い物に対してのハードルが低くなっているのかも
カウンター席に座ってモッフィーを野菜と煮込んだシチューを味わいながら食べているアルヴァンがいた。『もう少し、コクが欲しいがこれもこれでおいしいな。』と舌が肥えたのか批評にウザさが増していた。パーチがカウンター越しに話しかけてきた。
「なぁクロ坊。ギンガルもだいぶ賑やかになったことだし、そろそろ店を新しくしようと思っているんだ。」
それを聞いてアルヴァンは店内を見渡した。フロアに7テーブル、席がすべて埋まると外で簡易机と椅子を出して対応しているがやはり狭くは思う。3年の月日と共にバルの客相も変わっていき、収容できるだけの広さが足りていない。
「バルに来るお客も増えてかなり収入も増えたけど、新しいお店を買うにもちょっと厳しいかな。新しい人も雇わないといけないし、器具も足りないし。うれしい悲鳴だが財布の中は本当に悲鳴が聞こえそうだ。」
「ただいま。」
バルの扉が開き、パーチの奥さんのクレアが帰ってきた。2年前にギンガルに引っ越してきてバルが忙しくなりちょうど人手が欲しかった時にクレアを雇った。そのことがきっかけで3か月前に結婚し今では伴侶としてこの店を切り盛りしている。クレアはアルヴァンに気づいてカウンターに近づいてきた。
「あれ?クロちゃん来てるんだ。おいしい?」
アルヴァンはクレアを見て少し考えながら首を傾げた。
「ほんとクロちゃんは正直ね。やっぱりまだマアサさんのようにうまくできないわね。」
「そうか?俺は好きだぞ。」
「ありがとう。けど、クロちゃんに納得してもらえればみんなおいしく食べてもらえるのよ。審査員なのよ。」
「そうか。クロ坊は重大だな。」
『おれはいつから味見役になったんだ?』
アルヴァンはシチューを食べ終えると席を立ち出ていこうとした。
「あれ?もう行っちゃうのか?」
『おれも忙しいんだ。この後はマアサのうちへランチだ。』
「じゃあクロちゃん。一緒にマアサさんのとこへ行きましょ。」
クレアはアルヴァンの行動を察したのか提案した。
「俺んち?クロ坊今から俺んちに行くのか?」
パーチは不思議そうにアルヴァンを見ていた。当人のアルヴァンはクレアの察しの良さに驚き振り返った。
『すげぇな。お見通しってやつか。』
クレアは嬉しそうにアルヴァンに近づき二人でバルを出た。
バルから出たときそこからの景観は3年前と比べてだいぶ変わってしまった。ごつごつした石畳はきれいにならされて馬車が通っても躓くことはなくギンガルを主要の道が舗装された。その道はなぜかレオの新居まで引かれているからアルヴァンは気に入らなかった。『別にお前何もしてないだろ。ただのパシリだ。』とこんなに優遇されていることを不満に思っていた。
バルを中心に食堂や食品商店、武具屋や宿屋など生活用品店や冒険者が通えるように専門店も増えた。何より増えたのはお店だけでなく住居もだ。そのため、ギンガルの村長はこの発展速度に追い付いていけないことから大工や土木を住まわせるための仮設住居が優先で建てられその結果、この3年でここまで発展できたのだ。現在も移住希望者が多く新しい家が建てられてはすぐに新しい家の着工に入る。そのため近隣の大工や土木の間では仕事に困らないと評判になり、このギンガルまでやってきて住み込みで働くものが後を絶たない。そして、この村に移住するものも出てくるわけで人口が急激に増えていた。
そして、マアサの家は雑貨屋だったところは移設し親戚に任せることになり、今は商人との商談窓口の場になっている。裏手の住居はリフォームされ間取り自体は変わっていないが今まで裁縫をしていた部屋は雑貨屋を営むことになった親戚の部屋になっている。作業場は隣の工房・・いや、工場へと変化しモッフィーの毛皮製品を主軸に衣料品やアクセサリーが作られている。もちろん、毛皮のみの販売もしているため脱脂や洗いの作業も行っている。
のどかで人々がのんびりと暮らしていたギンガルも騒がしく、賑やかになってしまい、アルヴァンにとっては目障りに思う反面食べ物をくれる人間が増えたことで大目に見ている。裏手の玄関からマアサの家に入ってみるとマアサがちょうど豆を塩で茹でているところだった。
「お義母さん。ただいま。」
クレアが先陣を切って入っていった。
「おかえり。お昼まだなの。もうちょっと待ってて・・・ね。」
マアサがクレアから視線を下にずらすとアルヴァンに気づき目配せをした。アルヴァンはお構いなく定位置椅子に座り、机に置いてあった焼き菓子を手に取り食べ始めた。マアサは気にせずにアルヴァンの前に香草のお茶を差し出し料理に戻った。
「ほんと、クロちゃんはここの子だね。」
その様子を見てクレアは言った。
『ここの子じゃない。が、言うなれば俺への供物を回収しているだけだ。』
「何言っているんですか。気取らないでください。」
影の中こっそりとシドがツッコんできたが、アルヴァンはそれを無視して音を立てながら咀嚼した。
「ぼっちゃんは家族みたいなものさぁ。このギンガルを発展させてきた功労者だからね。」
マアサは煮立った豆を湯から上げ、お皿に盛りつけた後いったん食卓に置いた。
「お義母さん何か手伝います。」
クレアはマアサに駆け寄り手にかけようとしている鍋の中を見た。
「いいのよ。座っててくれても。」
クレアは席について豆のさやをむき、実を取り出し始めた。マアサはその様子を見ながらにこっと微笑んだ。アルヴァンはクレアの様子を見ながら「ほんと気立てがいいな。パーチにはもったいない。」
すると受付へ続く扉が開きレオが入ってきた。
「あっクレアさんこんにちは。そして、テトお前もな。」
『んだてめぇ!最近、偉そうじゃねぇか。ちょっと、立場が良くなったからと言え、おまえはずっとダメ人間なんだからな!』
アルヴァンは細い目でレオを睨んだ。
「ご苦労様、レオさん。今日は主都からの買い付けだったんじゃない。」
「あぁ、式典用のコートを100着の注文と軍服用の防寒着の注文があったよ。さすがに軍服用まで仕事をもらうと工場が追い付かなくなるから毛皮だけの注文で主都での仕立てで手は打っといた。」
「ほんとレオさん立派ね。」
レオが照れて頭をかいているとアルヴァンは『お前はギンガルの奴隷として働いていればいいんだよ!なにできる人間装ってるんだ。』と冷ややかだった。アルヴァンの目線に気づいたレオはアルヴァンに言った。
「テト、なんか不満そうだな。」
アルヴァンは目を逸らして焼き菓子をもう一つ手に取り再び食べ始めた。クレアはさやを取った豆をマアサに見せてそれをすりつぶし始めた。すると受付から声がした。
「おーい!レオ君!」
「なんだろう」と呼ばれる声にレオは再び店の受付に向かった。アルヴァンは特に気にせずに焼き菓子を咀嚼しているとレオが戻ってきた。
「おばさん、ちょっと家に戻ります。どうやら主都から使者の方が来たみたいなんだ。テスターさんが尋ねられて伝えに来てくれたんだ。」
「主都からの使者だって?一体何の用かね。」
「わかりません。お待たせしても申し訳ないので急ぎます。」
レオはマアサの家から出ていった。
「なんの要件だろうね。ここに来てもらえば良かったのにわざわざ家まで行くとはねぇ。」
アルヴァンは特に気にせずに食べ続けているとシドがこっそりアルヴァンに言った。
「その来客、主都から来たみたいですよ。話を聞きに行きませんか。」
『別に興味ない。』
「この3年食べて、狩りして、研究室行って、食べて、狩りして、研究室行って。その繰り返しを続けて一体本体の目的に関して何か進捗はありましたか?」
『いえ、特に。』
「いいですか。この3年間のベルリッツ王国の動向はご覧になってきましたが、いよいよ完全に統治が完了するまで来ているんですよ。そうなるとここイレイアも侵略してくる可能性だってあるんですよ。」
『おまえは俺のお母さんなのか?侵略するんだったら好きにするがいいさ。けど、向こうだって何にも掴めていないってことだろう。こっちには頭の出来が悪い勇者様がいるんだ。』
シドはアルヴァンの四肢を影で拘束した。身動きが取れないアルヴァンはもがき振り払おうとするがさすがにマアサとクレアのいる前では大きく動けない。シドはアルヴァンの脚を動かし椅子から下ろし玄関から出ていった。
「あれ?クロちゃんどこ行くの?」
クレアの声が聞こえたが身体の自由が利かない。
『もうすぐランチだっていうのに!おまえ覚えておけよ!』
アルヴァンはシドに動かされるままにレオの家に向かった。