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テト  作者: 安田丘矩
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みんなで食べるから料理はおいしい

背中の毛がすごい人がいたんです。これは猿人だった名残なのだろうかと思ってしまった。

ところで、背中の毛ってなんて言うのが正しいんだ?

背毛せげ背毛はいもう背中毛せなげ

自分のなかで一番しっくりくるのは背中毛かな。

せげ、だと話しているときに伝わらなそうだし、はいもう、だと堅苦しい

背中毛が一番いい。勝手にせなげを広めていこう。

アルヴァンが雑貨屋に入ると扉のベルが鳴った。けれど、店主のマアサは出てこない。気にせずカウンターを潜り店の奥へと入っていくとそこはダイニングだった。テーブルには芋と小麦粉を練って焼いた食べ物が机に置いてあり、つまみ食いしようかなと椅子に上り手を伸ばそうとし時、流しの横の扉が開きマアサが入ってきた。


「おや、ちびちゃん。いらっしゃい。」


アルヴァンはムッとしたがその呼称に対して訴えかけることもできずやきもきした。


「あぁさてはつまみ食いかい。ダメよ。それはちゃんとスープと一緒に食べなきゃ美味しくないわ。」


どうやら外の畑で野菜を取っていたらしくマアサはバスケットを流しの前に置いて取ってきた野菜を洗い始めた。洗い終えると戸棚から焼き菓子をアルヴァンの前に差し出した。


「これを食べて待ってなさい。」


アルヴァンは一つ手に取り噛り付いた。少しパサつくが中に甘酸っぱいジャムが入っていた。咀嚼して味を噛みしめているアルヴァンの姿を見てマアサは微笑み、包丁を取り出し野菜を切りだした。アルヴァンが夢中で食べていると階段を下りてくる音が聞こえてきた。下りてきたのはこの村のバルで店を切り盛りしているパーチだった。パーチはマアサさんの一人息子だ。


「あれ?クロ坊いるじゃん。今日もお呼ばれに来たのか?」


下りてきたパーチにマアサは言った。


「おそようさん。いつまで寝てるんだい。」


パーチは流しで顔を洗い口を漱いだ。横にあった手拭いで顔を拭きながら応えた。


「仕方ないだろ。村長の所のせがれが中々帰んねぇし。つきあい付き合いだよ。付き合い。」


めんどくさがりながらアルヴァンの横の椅子に座りアルヴァンの前に置いてあった焼き菓子を一つ取り、食べ始めた。


「ほう、付き合いかい。やけにご立派なこと。」


「そうさ。こんな村、特に娯楽も何もないんだから。せめて憩いの場を提供しないと。」


アルヴァンはパーチの横顔をじっと見つめた。『俺の焼き菓子を・・・。』


「早く素敵な相手でも見つけてきたらどうだい。そしたらもっとご立派になられること。」


「うるせぇなぁ。こんな村のどこに相手なんているんだよ。」


「カイマールさん家のミッケは?」


「まだガキだぞ。俺にそんな趣味はない。」


「あら。ガキだなんて立派なレディになるわ。」


パーチはアルヴァンに目をやり小言で話しかけた。


「家のばばあは口うるせぇんだ。あぁやだやだ。」


「なんか言ったかい。」


「いいえ何でも。」


アルヴァンは思った。『家族ってめんどくさいんだな。』と。


そんな会話をしているうちにスープが煮立ちマアサは深いお皿にスープをつけて一番にアルヴァンの前に差し出した。コクのある鳥のガラのいい香りが顔中を覆った。具材は野菜中心に大粒の豆が入っていて、さらに机の真ん中には鳥の肝の甘い煮ものが置かれた。マアサはパーチと自分の分もよそい、席に着いた。マアサとパーチは両手を合わせて目を閉じた。いつの間にかアルヴァンもこの真似も板につき同じように両手を合わせて目を閉じた。ただ、二人が何を祈っているのかは分からないが口の中に唾液がたまっていくのを感じていた。アルヴァンが目を開けるとパーチがこっちを見ていた。


「クロ坊もちゃんとお祈りできるんだな。」


「あら。ちびちゃんはちゃんとしているわよ。ねぇ。」


マアサはアルヴァンの顔を見て目くばせした。アルヴァンは前に置かれたスプーンを取りスープを掬い口に運んだ。熱そうだったので、そっとフゥーと息をかけて飲んだ。鳥の出汁が口いっぱい広がって、次に掬って食べた野菜は触感を残しつつシャキっと音を立てて楽しませていた。そのアルヴァンの姿を見ていたパーチはアルヴァンのスープの入ったお皿にあの机に置いてあった芋と小麦粉を練って焼いた食べ物を入れてくれた。


「家のニョッキは大きく作られているからいっぺんに食べるなよ。のどに詰まらせるから。スプーンで切り分けながら食べるんだ。」


『これニョッキというのか。』アルヴァンは早速ニョッキを食べてみた。もちもちした触感に少し弾力がある。このスープの味の濃さに合っていて食べ応えがある。アルヴァンの手は止まらずあっさりと食べきってしまった。


「本当によく食べるな。」


「そりゃ、初めて来たときあの大きな四足獣の魔物のもも肉を全部丸焼きにして食べちゃったんだから。こんなに食べても太らないなんて羨ましいわ。」


アルヴァンはマアサにお皿を差し出した。二人は嬉しそうにアルヴァンを見つめ、そのお皿はパーチが取り立ち上がり窯の鍋からスープをよそった。スープをよそった後、ニョッキをのせて再びアルヴァンの前に置かれた。


「さぁ召し上がれ。」


アルヴァンはパーチの顔を見て思った。『こいついい奴じゃねぇか。』と。アルヴァンはチョロかった。がっついて食べる姿を横目で見るパーチはアルヴァンのことを弟のように思っていた。もともと一人っ子で父親は職人として王都へ上京してほとんどマアサと二人暮らしだった。村の人たちは顔なじみで良くしてくれるがどこか踏み入れないところがある。それに比べアルヴァンは太々しく、けど憎めないところがあり不思議と身近さを感じていた。そんなこととは知らずアルヴァンは本日のブランチを楽しんでいた。


「ちびちゃんが持って来てくれた毛皮すごく毛並みが良くてこれは高く売れそうだわ。ありがとう。」


「そう言えばあの毛皮、クロ坊にいくらで買い取ったんだよ。」


「銀貨20枚さ。」


「おぉ。結構奮発したな。」


「けど、あんたも見ただろ。ただでさえ、テンの魔物毛皮なんてめったに手に入らないし、それにギルドに発注したところで痛みがひどくてものにならない。あの毛皮なら買値の5倍は出すだろうね。」


「クロ坊。もっと吹っ掛けてやらないとだめだぞ。母さんのいい買い物になっちゃったぞ。」


『そうなのか。毛皮っていい値で買い取ってくれるんだな。』アルヴァンはまた一つ人間界の世情を理解した。


「あらやだ。私はそんなケチじゃないわ。ちびちゃん、また毛皮を取ってきたらお願いね。」


アルヴァンは鳥の肝を咀嚼しながら頷いた。

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