テト 序章
皆さんいかがお過ごしでしょうか。安田丘矩と申します。
はじめて投稿するので、見ていただけるのか正直不安ですが、この『テト』という作品は最後まで書き続けたいと思います。掲載ペースはどのくらいでいけるのかは何とも言えませんが、なるべくお待たせしないよう投稿していけたらと思っています。
どんな作品になるのか、書いている私にも分かりません。ただ、それだけの話が書けれたらいいと思っております。よろしくお願いいたします。
ここは中央都市からかなり離れたとある田舎の村。村人の多くは農業や酪農を生業にして暮らしている。村人は100人にも満たないため皆が顔なじみで家族?みたいなものだ。だから、特に夢や希望なんてない。農夫になって村の娘を嫁にもらい、子を授かり一生を終える、見え透いた一本道しか考えられない。そんな村でレイドール家の老夫婦に拾われて17年、暮らしは貧しいが心優しい義父と義母に恵まれ元気に暮らしてきたのがこの俺、「レオ」だ。
毎日の日課は飼育している家畜の世話をして、お隣のチェスター家の農作物の世話と収穫の手伝い、たまにこの村唯一の大工のケインズさんのところで補助をしている。若い男手は村では重宝されているが、正直いいように使われるだけであまりいい気はしなかった。けど、拾われた手前、義父と義母の恩を返していきたいとは思っている。村人との交友関係は得意ではないけれど、皆俺のことを快く思ってくれている。
ここ数年、村の若者たちは都市部に近い街や都市へと奉公に出かけていくことが頻繁に増えてきている。やはり、将来のことを考えてだろうか、まじめに都市部で学んだことを村に帰って活かしていく志高い若者もいるが、ここの生活に嫌気がさして出て行った若者もいる。どちらにせよ、久しぶり帰ってきたと思えば身なりが整えられて明らかに生地からしっかりしたおしゃれな服装をしている。極めつけはそこでの暮らしや仕事などの武勇伝を聞かせてくる。
話を聞く限りでは仕事の内容は雑用に近いものがほとんどだ。田舎から上京し、学のないおのぼりに立派な仕事など与えられるはずもない。それでもそこでの暮らしは真新しいものばかりで仕事はつらいが、その街で流行っているのものや娯楽など、この村に住んでいては到底出会うことができないものが溢れており、なんせ働いた賃金は村で働くよりも全然ましなようだ。そんな話を耳が痛いくらい聞かされてきたが、特に話の中でそそられたのは勇者の話だ。
この世界では魔物が人間を襲い、人間は魔物たちに脅かされ続けてきた。人間は魔物に抗いながら戦い、時に王国が軍を率いて大規模な戦争の歴史もあった。その世界の中で人間の中から稀に勇者の品格者が生まれることがある。勇者の品格者は魔物に対抗できる力が生まれながら持っている。その力を糧に根源となる魔物の王を討伐に多くの勇者が冒険し挑み続けてきた。しかし、魔物の王を討伐してもまた新たな王が誕生するため何世代にもわたり勇者は挑み続けることを余儀なくされている。けれども、討伐に成功すれば短い刹那でも人類に安寧をもたらすことができる。現に200年前の伝承では討伐してから100年足らず、魔物からの襲撃はほとんどなく、魔物に怯えることがなく暮らせた時があったのだ。たとえ短い時間に過ぎないがその100年は人口だけでなく、生産性や技術も飛躍的に進み、有意義なものであったのだ。
勇者は魔物の王を討伐するだけでなく都市部や郊外近辺の魔物の討伐やパトロールをしている者もいる。とある若者から聞いた話は奉公先での仕事終わりに主人に連れらて酒場にいった際に勇者に出会ったのだ。その街には時々勇者がやってくることがあり、酒を交わしながらその勇者と交流した。酒が進むにつれて勇者も気分を良くしてか自分からいろんな話を聞かせてくれた。王国から直属の護衛を任され街道を移動中に魔物と遭遇し交戦し王姫を守った話やその勇者が持つ特別な力や王国での待遇などの話を聞いたそうだ。その勇者の武勇伝にもかかわらず得意げに自分のことように話してくるそいつに少しもやっとした気分になった。
勇者はこの世界にとってはヒーローになのだ。そして、希望。そんな存在に憧れないはずもない。自分だけの特別な力で魔物と戦い武勲をあげ、みんなからちやほやされたい。鍬をかかえながら土を耕したところで、喜ばれるのはチェスター夫妻とお隣さんだけ。憧れは遠く、ましてやその勇者の素質なんてない。いったって普通の村人なのだ。だから今日もこの村の使い走りとしてせっせと汗を流している。
幸いこの村は魔物が出現するもののそこまで強い魔物が出てこないため村人だけでも対処できている。先日はネズミの魔物に納屋を襲われ、農作物が一部食われ馬の脚をかまれる被害があったが、村長のところの息子が簡単に討伐し事なきを得ている。一応、俺も短剣を持ち合わせているが戦闘経験など皆無に等しくたまに手伝いで魔物用の罠を仕掛けたりするくらい。こんな村に勇者なんて訪れるはずもなく、訪れる者は村人の家族、親戚、遠出の冒険者か商人くらいだ。もっと、自分に自信が欲しい。そうすればもっと目的をもって歩き出せるもの。あまりに漠然としすぎてもどかしさで息苦しい。
そんな葛藤を感じる中、とある日に「勇者選定人」がこの村にやってきたのだ。普段は王都で勇者の素質のある者「品格者」を魔法道具で判別し、品格者を勇者として認定し冒険へと旅立つまでサポートしている。村長から聞いた話によると、なんでもここ数年勇者がピンポイントで上位の魔物から狙われ、最近では魔王討伐に近いと言われていた勇者が殺された。そう、今この国では勇者の数が減ってきているのだった。そこで勇者の補充とは言わんばかりにノーマークの町や村から品格者を見つけ出そうと躍起になりわざわざこんな田舎の村までやってきたのだ。
村長の家の前に村人全員が集められこれから何をさせられるのか説明を受けた。勇者選定人は円盤の水晶を持っている。その水晶は特殊で勇者の品格者が手に触れると光りだすのだ。ただし、品格者であるか、ないかを区別するしかないためその品格者にどんな能力があるのかはわからない。明らかに魔力が高いとか、身体能力がずば抜けているとかなら誰が見ても勇者の能力としてわかるものだが、一見どんな能力を持ち合わせているのかわからない能力になった場合、自分でも使い方やその素質がわからず、勇者とは名ばかりに宝の持ち腐れで役立たずになってしまう。ただ、特に俺には無縁な話だ。まず生まれてから特に人と変わったところもなく特殊な能力も発動したこともない。
「次の方、どうぞ。」
選定人に呼ばれるがままに水晶の前にやってきた。今のところ村人の中から勇者の品格者は現れていない。こんな村に勇者なんているわけがない。どうせ、この水晶に触れたところで何も起きないだろう。軽く息を吐き、そっと水晶に触った。ひんやりと手のひら一面に伝わり、少し背筋がびくっとなった。10秒くらい触れていたが何も起きない。やっぱりなどうせこんな俺なんかにと水晶から手を放そうとしたとき、水晶が白く輝きだした。
一瞬世界が止まった気がした。周りで見ていた村人も水晶の横にいた選定人も俺でさえ皆言葉が何も出てこない。体も動かない。この状況をどうしたらいいのか。この世界の時間を再び動かしたのは選定人だった。
「おぉ。勇者だ!勇者が…今ここに誕生した。皆、彼こそ明日への希望だ。」
その言葉に村人たちは歓喜をあげた。
「まさか、この村から勇者が。」
「レオ。お前は人とは違うと思っていた。」
「あなたはこの村の誇りよ。」
俺は動揺した。信じられない。夢でも見たのかと周りを見渡してことの重大さを知った。そして、あまりに聞きなれない世辞を言われなんて言い返したらいいのか分からず、思わず変な声が出てしまった。
「なに上がってるんだよ。シャキッとしろ。」
「そうだ。お祝いだ!」
その後ことはもうお祭り騒ぎで何も覚えていない。ありったけの酒を飲まされデロンデロンになり、気がついいたら家のベッドの中にいたのだ。天井が回っているのか俺自身が回っているのかはわからないが夢ではなかったのは確かなようだ。重い腰を上げて窓の外をみた。牧草を食む牛、まもなく黄金に色づく畑一面の麦、その向こうに隣国を隔てる大きな山。現在地を確かめた後ベッドからおりて食卓へと向かった。食卓には両親が向かい合わせで座っていた。俺の顔を見るなり微笑み「おはよう。」と言ってくれた。両親は昨日のことを嬉しく思う反面、やはりこの家から出ていくことを寂しく思っているみたいだ。勇者になる者はまず王都へ向かい勇者として認定されたのちにお国のために働かなければならない。
とは言え、勇者の品格者となったけれども俺自身これから何をすればいいか分からない。ましてや自覚している能力さえ分からないまま。戦闘能力皆無の俺は何をすればいいんだ。 しばらくすると昨日の選定人が家にやってきた。両親に一礼し話し出した。
「この度は、ご子息様が勇者の品格者になられたことを心から祝福いたします。つきましては、まず王都へ出向き勇者着任の儀式を受けてもらいます。その後、しばらく衛兵団とともに剣術等学んだ後に勇者としての責務を果たしてもらいます。ご子息様はどうやらまだご自身の能力について把握されておりませんが、勇者として独り立ちするころにはその能力もはっきりすることでしょう。」
選定人の話に両親はただうなずくことしかできなかった。勇者として誉ながら生きていけること。それは俺自身憧れていたことなのになぜだろうか、当事者になりたくない気持ちは。まさか、自分が勇者として戦うことになるなんて。人づてに聞いた話は脚色されているかもしれないがとても魅力的に聞こえる。けど、明日旅立つために荷造りをしていると退屈に思えていたこの村への愛着がこんなにもあったなんて驚かされる。そして、ふと頭の中をよぎるのは「死」の一文字。そもそも勇者になって国の未来を背負い戦って死ねるほどこの国に自分を託した覚えはない。強い魔物に遭遇して臆せずに戦う力など持ち合わせておらず、訓練だサポートなんて聞こえのいいことを鵜呑みにできるほど頭はそこまで悪くない。けれど、どうすればいいのだろうか。一層、勇者になることをあきらめてこの村で一生暮らし続けたいと伝えたほうがいいのでは・・・。葛藤する中でいよいよ旅立ちの朝を迎えてしまった。あまり眠れなかった・・・。
選定人は先に報告しに戻ると朝一で王都へと張りきって村を後にしていった。なぜ、一緒に連れて行ってくれないのかと思ったが、深く詮索するのはやめた。今日俺はこの村を出て王都へ向かい勇者になるみたいだ。見送る両親の顔、村人みんなの顔、期待の眼差しが心の中を見透かされそうで臆病になってくる。本心を告げず、みんなの望むようにする生き方が自分には合っていると誤魔化しながら最後にみんなに伝えた。
「俺、頑張るよ。勇者になってこの村の誇りになる。」
その言葉に皆歓声をあげた。母親は涙ぐみながら、道中で食べれるようサンドイッチを持たせてくれた。手渡された瞬間、思わず「嫌だ。」と声が出そうになったが飲み込んだ。みんなに手を振りながら王都へと歩き出した。
5キロくらい歩いて村の景色も見えなくなり、背中に背負いこんだにリュックのすれる音、風が北西から抜けて肌をなでる。冒険の一幕のはずなのにこんなにも億劫になるなんて俺は勇者に向いていないんだな。これから王都へ向かう。まず回路沿いの集落で一泊した後、中継の町で王都への荷馬車に乗せてもらい王都へたどり着く。王都にたどり着いたらまず選定人のところへ行き、受付を済ませなんやかんやで王のもとへ行き勇者に認定され、野に放つ前に兵団の厳しい剣技(生きる術)を覚え、軍資金をいただき一人前の勇者?駆け出し勇者になれる。なんて雑な扱いだろう。国を守るものに対してこんな対応でいいのか。考えれば考えるほどムカついてきてしまう。けど、分かっている。これは自分の弱さだと。歩いてい行く先は特に殺風景な野原にほったらかしにされた木々が所々にあるだけで何か特別なものがあるわけでもない。考え事していれば気が紛れるわけでもなく、うつむきながら足取りは遅くなるだけだ。
旧道沿いに取り残された石積みの塀に腰かけてリュックから母親から手渡されたサンドイッチを取り出した。甘く煮だてた干し肉と菜野菜がサンドされた定番のものだがホッとする。頬張りながら王都への道筋をおさらいし、どうにか到着を遅らせられる方法を考えた。考えれば考えるほど、行きたくない気持ちは募る。もし、自分でも感じられる圧倒的な能力が備わっていると分かっていたのならこんな気持ちにならなかったのに、勇者選定人なんて来なければこんなことにならなかった。こんな自分がほんと嫌になる・・・。
「痛ぇ。」
一瞬さされるような痛みを首の裏側から感じ、手で触れてみても別にどこもなっていなかった。虫かな、気のせいか。右手を下したとき右てに視線をやると魔物がたっていた。びくっとして塀から落ちそうになった。あわててリュックを魔物のほうに向けて盾にした。その魔物は50センチくらいで悪魔なのか、はたまたピクシーなのか、可愛らしいなりをしていた。少し近づいてきてじっとこちらを伺ってきていた。こんな魔物ここら辺では見たことはない。
最近、新しい魔物が目撃されていると聞いたことがあったのでこいつのことなのかな。特に襲ってくる気配がないので、塀から降りてリュックを背負い相手と向い合せながら後ずさりして距離を取り一目散に走った。走りながら後ろを確認するとその魔物は追ってきていた。これはまずいかもしれないと力強く地面を踏み込みスピードをあげた。頑張って2キロ手前までは走れたがもう無理だと近くにあった木に寄りかかり息を整えた。走ってきた道を振り返るとやはりあの魔物がいた。もう、殺られるなら殺ればいいさ。木の下に座りこみ、リュックからサンドイッチを取り出してかぶりついた。その魔物はすぐ隣までやってきていた。ただ顔をじっと不思議そうに見つめていた。その様子を見ているうちに変な緊張が解けた。食べていたサンドイッチを膝に置きを、もう一つ新しいサンドイッチを取り出した。そしてその魔物に
「食べるか?」
その様子を見てその魔物はちょっと後ろに下がり、少し警戒していたが恐る恐るサンドイッチを取り、においをかぎ噛り付いた。もぐもぐしている姿にちょっとかわいいと思ってしまった。あっという間に食べてしまい、心なしか嬉しそうに見えた。
「君は何者なんだい。まぁ言葉なんてわからないか。」
リュックから水筒を取り出しのどの渇きを潤し、ホッとした後で再び立ちあがった。こちらを見上げている魔物は害はないのか否か。しばらく見合った後で屈んで目の高さを合わせた。
「このままついてくるのか?これから王都に向かわないといけないんだ。さすがに君を連れていけないんだ。」
その魔物は首を傾げた。理解されるとは思っていないがせめてこちらは危害を加えないことと、もしも強かった場合見逃してほしいことを察してくれればいいのだが。再び歩き出し5メートルほど歩いたところで振り返ると真後ろに付いてきていた。歩みを止めず気にせず先を急いだが、もうすぐ日が落ちる。開けた場所だが近くに村や休める建物などない。今日中には回路沿いの集落へと着きたかったが夜道を歩くのは危険だ。仕方なく少し小高いところにある木へ向かいそこで野宿することにした。もちろんあの魔物もいた。ずっと後ろを付いてきて何の表情もなくただ、俺の行動を伺っていた。敵か味方か分からないがこんなところで独りぼっちはさすがに心細いのでちょっとうれしかった。
枯れた枝や幹の皮を火種にして火おこした。夕闇があたりを覆い隠そうとする前に火を灯すことができてよかった。木に寄りかかり腰をおろしたとき、その魔物も俺のそばで腰を下ろした。しばらく焚火をじっとながめた後で話しかけた。
「君は一人?一匹なのかい。こんな駆け出しの勇者と一緒にいたって特に何も持ってないぞ。ましてや殺したところでありんこ殺すことと変わらないぞ。」
その魔物は焚火をじっと見つめていて特に反応はなかった。リュックの中からパンを取り出し先端のところをちぎりその悪魔に差し出した。その魔物はそのパンをためらわず受け取り、俺の右隣りに座り少しにおいをかいだ後で噛り付いた。その魔物の食べる姿をじっと見つめながら呼び方を考え始めた。
「なぁ。君はなんていう名前なんだ。見たこともない姿をしているし。」
口いっぱいに頬張りもぐもぐするのをやめることはなかった。その姿を見て俺は木の枝を手に取り地面に文字を書いた。
『テト』。
「君のことをテトって呼んでいいかい。」
地面の文字を木の棒で指すとその文字をその魔物は目で追った。
「はるか昔、テトという神様の使いがいたんだ。テトは食いしん坊だから神様のお供え物をこっそり食べて神様に怒られていた。叱られた後でテトはお供え物を用意してくれた人々に神様に代わってお礼をするんだ。また、おいしい野菜が育ちますように、いっぱい料理を作れるように健やかに過ごせますようにと、祝福を与えた。実は神様はそのことを知っていたんだ。神様自身もテトがおいしそうにお供え物を食べるところを見るのが好きだったからね。だから、テトは人々に幸福をもたらす使いとして崇拝されているんだ。けど、大げさかもね。君はただの食いしん坊だったりして。」
その時、テトはこちらに何か訴えかける目で見てきた。思わず、笑みがこぼれ本当にそうだといいなと思った。リュックから大きな毛布を取り出し、テトも一緒に覆うように肩にかぶせた。ちょっと驚いた様子だった。
「もう遅いから寝よう。あれ?テトは寝るのか?生き物なら睡眠ぐらいとるよな。」
特に聞く様子もなく布のほつれが気になるのかそこをつまんでいた。
「テトも一緒に王都へ行こう。魔物を使役している者もいるから何とかなるだろう。」
とは言ったものの魔物を使役している者は行商や成金、冒険者と様々で使役する理由も異なる。行商は場所の荷車を運ぶための四足獣系の魔物を。成金は単に見世物程度。冒険者はおとりや探索に用いられる。共通するのは首輪をつけているのだ。魔封じの首輪と言って、首輪をつけた魔物は主に対して絶対的に服従するのだ。そう考えると使役というより奴隷の間違いなのかもしれない。それにこの首輪はまず一般市民ではまず買えない。農村出の俺なんて到底無理だろう。だとすると王都に入れないのでは。入ったらテトの命も危ない。変な悩みが生まれてしまった。どうしたものか…。そうだ。勇者の能力で使役したことにしよう。そうすれば皆変な気を起こすことはないだろう。現にもしかしたら俺の能力も本当に魔物を使役する能力かもしれない。
頭の中で言い訳を考えているといきなりテトが立ち上がった。急だったので俺はびっくりした。
「どうしたんだ、急に。」
テトの見つめる先を凝らすとそこにはゾンビの魔物がこちらに近づいてきていた。咄嗟に短刀を取り出し身構えた。身構えたのはいいが特に戦闘経験もなく武器の扱い方も知らない。いくら足の遅い敵であったとしても怖い。いや待てよ、ここは試してみるしかない。もしかしたら本当に魔物を使役できるのかもしれない。ゾンビの魔物を使役することにためらう気持ちはあるが今はこれしかない。使役する方法はわからないが心の中で念じ魔物がすぐそこまで差し掛かった時に
「仲間になれ!!」
と声に出してみた。テトはその声に驚き不思議そうに顔を伺っていた。しかし、特に変わった様子もなくゾンビの魔物はこちらに迫ってきていた。どうしよう、どうしよう、どうしよう。するとテトがゾンビの魔物に近づいてすぐそばで止まった。ゾンビの魔物も見下ろす形で止まりテトを見つめた。お互いじっと見つめあった後で、ゾンビの魔物は森へ帰っていった。何が起きたのか分からずただ剣を構えたまま動けない俺をよそにテトは近づき目の前で「何しているんだ」と言わんばかりに見つめてきた。硬直が解けて腰をおとした。そして、「そんな能力ないよな。」と思わず声に出てしまった。
それよりも、一体テトは何をしたんだ。あのゾンビの魔物が引き返していくなんて。テトって実はすごい魔物なのでは。とは言えテトに助けられたのは言うまでもなく。
「テト。ありがとう。助かったよ。」
まさか、魔物にお礼を言う日が来るなんて思ってもみなかったが、もし一人でここにいて襲われていたらと思うとゾッとしてきた。再び木のそばで座り込み気を落ち着かせた。けれども、落ち着かせようとすればするほどこれから先魔物と戦うことができるなんて到底思えない。視線をテトに向けると、火のそばでテトは焚火に枝をくべて大きくなった火をじっと見つめていた。
「なぁテト。俺は勇者になれるだろうか。そもそも戦う力もないのにどうすればいいんだよ。行きたくないよ・・・。」
視線を下にそらし俯いた。目を閉じてしばらくすると何かが俺の頭を触れている。首を上げるとそこにはテトが頭を撫でていた。思わず涙が出てしまった。
「ごめんな。ありがとう・・・テト。いいやつだな。」
不思議と気持ちが安らぎだんだん眠たくなってくる。横たわり目を閉じた。今は何も考えたくない。ただ・・・ただ・・・。
目を覚ますと朝になっていた。起き上がって寝ぼけ眼をこすってあたりを見渡すと森の中だった。あれ、ここはどこだ。回路沿いの木の下にいたはずなのに。それに・・・テトがいない。
「おーい。テトぉー。」
特に何も返事もない。リュックの中を見てみると短剣と着替えが一着なくなっていた。一体どうなっているんだ。後方の茂みからガサガサと音がして振り向くとそこにはテンに似た体調1メートルくらいある魔物がこちらを睨みつけていた。威嚇し始め今にもとびかかってきそうだ。しばらく動けず相手と目があったまま、思考が動き始めると魔物から目をそらさないようにして後ずさりしてこの場から離れようとしたが相手が襲い掛かってきた。持っていたリュックを振り回し魔物を遠ざけようとするも一歩も引かず思いっ切り引っ搔いてきた。リュックの側面に切り傷が付きは右のハーネスが切れ、そのはずみで尻餅をついた。そこを魔物は見落とさず再びとびかかった。もうだめだ。目を塞いだ瞬間、何かが顔の左側を横切った感じがした。そして脚に何かがぶつかった。恐る恐る目を開けると首が落ちたテンの魔物の胴体が横たわっていた。思わず「うわぁ!」っと声を上げさらに後ろに下がった。何が起きたんだ。あまりの出来事に身動きが取れない。すると左後ろからテトが現れた。テトは頭が落ちたテンの魔物の前で屈み込み指先でつんつんと突いた。
「テぇ・・・テぇト。お前がやったのか?」
テトはこっちを振り向いたが再び魔物に目をやった。震えが治まり立ち上がってお尻の砂を掃った。リュックを拾い上げ魔物に切れた右のハーネスを縛った。大分短くなってしまったが一先ず左側だけ肩にかけた。魔物の死体を見るとスラっとした長い胴体に灰色で光沢のあるつやのある毛並み、そして、首から流れ出す血が地面を汚していた。家畜の解体でこういう光景は慣れてはいるが、殺そうとしてきた魔物の死体だと気分も違ってくる。
「ここはどこなんだよ。こんな魔物見たことない。寝ている間に何があったんだよ。」
首を落とされたにもかかわらず、頬がぴくぴくと動いている。ゾッとしながら、テトの方に目を逸らした。テトは立ち上がりこっちに寄ってきていた。目の前で立ち止まり右手をこちらに差し出した。意図が組めず、首をかしげるとテトはお腹ぽんぽんと両手で叩いた。どうやらお腹がすいたみたいだった。なんて暢気なことだろうと思いつつ、テトに助けられた恩もありリュック中を確認してみたが食べ物は特に入っていない。
「ごめんな、食べ物は何もないんだ。」
すると、テトはその言葉を理解したのか左上に頭を上げて考え出した。そして、何を思ったのか魔物の死体を指さした。
「えっ・・・これ食べるの・・・。」
魔物の死体に近づき、恐る恐る指先で突いてみた。硬い、そして臭い。綺麗にスパンと首を落としても得体のしれない魔物を食べるのはさすがに無理だ。
「テト、こいつはさすがに無理だ・・・。」
言いかけた時ふと、そう言えばテトは魔物?だからこういうものを食べるのかな・・・。悩んだ末に何とか調理して食べさせてあげることにした。というのも何が起きたのかわからない状況を紛らわしたかった。
「分かった。食べよう・・・コワいけど・・・。まずは水場を探さないと。」
気持ちテトは嬉しそうに見えた。テトは魔物のしっぽを持ち引きずるように森を歩き出した。その姿に唖然としたが、同時に小さいながら力持ちだなと内心思った。
1時間くらい歩くと川辺にたどり着いた。テトは魔物を無造作に置き川原の大きな石に腰かけて足をパタパタさせた。一先ずリュックからナイフを取りだし、魔物の首から股間まで切開し、胸骨を切断し内臓を取り出し皮を剥いだ。皮を剥いでみると弾力がありそうな肉だが、筋が通っていた。四肢を切断し肋骨を折り何と解体できた。ここに来るまでの道中で木の実や植物、キノコを採取してきたが食べられるのかわからない。そこでテトに食材を見せて選別してもらうことにした。テトは人間の言葉を理解できる点と食いしん坊である点を考え、慧眼を持っていると悟った。
「さぁテト、ここにあるものは食べられるのか分けてくれ。」
ただ、これでいいのかは正直迷いどころだった。テトに知識なく適当に選別して毒を拾ってしまいさよならになってしまうかもしれない。ましてや魔物にはよくて人間には毒になるものもあるかもしれない。けど、さすがにこのままでは餓死してしまうことを考えると魔物が食べられる、つまり人間も食べられると度外視していくしかないと判断した。そんな心配をよそにテトは一ずつ手に取って匂いを嗅いだり観察し始めた。キノコ一つとっても反応は違っていて、見ただけで分かるものや触れないように木の枝で突っついたり、あえて裂いてみて中を見たり、本職は目利きなのかと真摯に見とれてしまった。
選別し終わり、食べられなさそうなものはまとめて近くの木の下に埋めた。火をおこし早速調理に取り掛かった。(毒はないと信じてる)香りのつよい植物は小間切れにした肉に揉みこみ、塩で味付けた後で小鍋で炒めた。そこに(きっと大丈夫)キノコと一緒に炒めて、火が通ったら水を加えてしばらく待つ。(これはまず食べられるだろう)少し甘い木の実を加えて煮詰めて、魔物を使った特製シチューを作った。さっきまで川に石を投げて遊んでいたテトは匂いにつられて鍋の中を覗き込んだ。木の深皿を取り出しシチューを盛りつけ、匙を上にのせてテトに手渡した。
「さぁ召し上がれ。」
テトは両手でしっかり受け取り、匂いを嗅いだ後で匙で一切れの肉を掬い上げパクっと口にした。ちょっと硬かったのか口の中で肉を転がしているようだが、スープを啜りながらあっという間になくなった。言うまでもなくおいしそうに食べてくれた。自分でも食べてみるとやはり肉はもう少し煮た方が良かったが塩味と木の実のほのかな甘みが丁度よくマッチしていた。テトは空いた皿を差し出しおかわりをねだってきた。そんなテトの姿に「やっぱりな。」とさっきまで抱いて不安が和らぎ、何故だか楽観的に何とかなる気がしてきた。
片付けた後で改めて状況は何も変わっていないと理解しつつ
「人だ。人に会わないと。どこかに集落があればいいんだが。」
川下に向かえばいずれ辿り着けるだろうか。このまま山を彷徨うよりは安全だと思う。
「テト。このまま川を下ってみよう。」
テトはこちらを見た後、あたりを見渡して何を見つけたのかそばにある大きな木の前に行き腕を振り上げた。数秒後、木はゆっくりと倒れ鈍い音を周囲にとどろかせた。唖然としてしばらく止まってしまった後で我に返り、テトに近づいて言った。
「テト・・・。なんで木を切ったんだい?」
テトはこちらを向いてそして指で木を指さし、次に川を指さした。どうやらこの木に乗って川を下ればいいと言っているようだった。
「さすがにそれは無理じゃないかな。この先滝があったら完全に落ちちゃうし。」
その言葉が届いていないのか、テトは伐採した木を持ち上げ、川へ歩き出した。あの小柄でこんなた大木を持てるのかと驚いたが、それより森の奥からなにか別に大きな音がだんだん近づいてきていることに気づいた。その異変に森から離れ川岸に近づいた。森から抜けて飛び出してきた音の正体は体調4メートルほどの熊の魔物だった。
「なぁ!なんで!?あっ・・・。」
さっきの木が倒れた音。縄張りに侵入してきた俺たちを襲いに来たようだった。
「テト!まずい、魔物だ!!テトぉ・・。」
テトはさっきの大木を加工して既に川に浮かべて乗り込もうとしていた。この一瞬でどうやったのかと、思いつつ急いで川に入りその大木に乗り込んだ。大木はゆっくりと流されていくが熊の魔物も猛スピードで追いかけてきていた。とびかかってきたら確実に水没する。
「どうしよう。追いつかれるよ!」
テトはオール渡してきた。考える間もなく必死に漕ぎ出し岸から離れ川中の流れの早いところまで寄せることができた。熊の魔物もさすがにあきらめたのか川岸で止まりこちらを睨み続けていた。さすがに疲れた。助かったのか分からないが息を整え大木の先端にいるテトを見た。大木の先端に腰を掛けてしっぽを左右に揺らしながら楽しんでいるようだった。この緊張感のなさにムッとしてきた。
「テト。一歩間違えていたら死んでいたかもしれないんだぞ。」
けど、ここまでテトに助けられている分よくよく考えてみたらもうすでに死んでいたのかもしれない。ため息をついた後で
「テト。ごめん。そもそも自分の意気地なさだよな。今度からは気を付け・・・えぇぇぇぇええええ!!!」
行く手には先がない。その先は滝だった。オールを手に取り急いで逆らって漕ぎ、岸へと死に物狂いで寄せようとしたが既に遅く、大木は滝つぼへと落ちて行った。
「うわぁあぁあああぁあぁぁっぁぁぁ。」