夜会での出会い
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女性嫌いである若き公爵ダニエルは壁の花になっている冴えない令嬢ララを見つけると近づいて行った。ダニエルは金色の髪を一つに纏め空色の瞳を持つ鼻筋の通った美丈夫だった。
その上若く公爵という地位を持っていたので、寄ってくる令嬢は砂糖に群がるアリのように払っても払っても湧いてきていた。
被害は多岐に及び、馴れ馴れしく腕を取られ胸を押し付けられたり、目の前で転んで助けられるのを待っていた者やら、あわや貞操的に襲われそうになったことまで数えればきりがなかった。
中でも一番の恐怖は気がつかないうちに珈琲に入れた媚薬を飲まされ寝室の中に裸で迫って来た時だった。酒と違い珈琲は香りが強く苦味もあるので普段毒に敏感になっている身でも嗅ぎ分ける事が出来なかった。
寝る前に一仕事しようと珈琲を飲むのが習慣になっている事を知っていた使用人の仕業だった。辛い身体で何とか逃げ出し、護衛を呼んで牢に入れさせ翌日騎士団に突き出した。
既成事実による妻の座を狙った伯爵家の令嬢が起こした犯罪だった。
子供の時からだったがここまで酷くなったのは地位と輝くような美貌が社交界で知れ渡る様になったからだった。
警備は勿論見直し手引をした使用人は叩き出した。切り捨てようと思うくらい怒りが湧いたが子供を人質に取られて仕方なくやりましたと土下座をし泣いて謝るので叩き出すだけにした。騎士団が子供を助けてくれたそうだ。女の家は潰した。一族連座までにはしなかったので寛容な方だ。
社交界では冷徹公爵と言われるようになり、近づいて来る女性も少なくなった。
女性は恐怖に近い程苦手になったので使用人は乳母だった侍女以外男性ばかりだ。こんなに女性が苦手なのに親戚は結婚をして後継を作れと煩い。
追い詰められたダニエルは契約の妻を探すことにした。条件が当てはまったのが伯爵令嬢ララだった。
没落寸前の伯爵家の娘、顔は整っているが貴族社会にはいくらでもいる程度だ。
縁談目的ならもう少しましなドレスを着せてやれとダニエルが思うほど流行遅れの物を着ている。髪にも艶がない。身体はやせ細っている。この娘ならダニエルの話に飛びつくのではないかと思い調査をしていたが、思ったとおりだったので声をかけた。
「ダニエル・クレブスと申します。少しお話がありますのでテラスまでお付き合い願えませんか?」
ララは突然現れた眩いばかりの貴公子に驚いてしまった。時の人クレブス公爵が目の前で話している。キョロキョロしてみるが近くには誰もいない、えっ私?と思ったララは精一杯覚えている失礼にならない礼儀で頷くと公爵について行った。
「ブライト伯爵令嬢いきなりで悪いが私と結婚をしてくれないだろうか?」
「へっ?失礼しました。何かの間違いではないですか?公爵様ならどんな美女も選び放題だと思いますが」
「これは契約結婚なので後が面倒になるのは困るのだ」
「なるほどそう言うことでしたか、良いところのお嬢様では駄目なのは分かりました。後で別れないと言われると困られるのですね。結婚出来ない立場の恋人の方がおられてお飾りの妻がいるのですか?」
「そうではないが契約の妻が必要なのは間違いがない。契約内容なのだがここでは話ができないので部屋を借りてある。君に瑕疵が付かないように部屋の扉は開けて侍従を部屋の隅に護衛騎士を扉の外に立たせるようにしておこう。では行こうか」
ララは夜会の会場でこのまま屋敷に帰らずに何処かに逃げてしまいたくなっていた。食事も教育も満足に与えられず愛情も無く、家の駒としか見ない両親の元から離れたかった。こんな古いドレスを着ている令嬢など誰一人いない。嘲る様にクスクス笑われているのはわかっていた。平民になり自分で暮らしていく方が気が楽だと思っていた。自分の屋敷で働いてもお金は貰えない。未来は暗澹としていた。いずれ親の都合のいい婿を連れて来られ愛情の欠片もない生活を送るのだと思っていた。
そこへいきなりの契約結婚の話だ。相手は美貌の冷徹と噂の公爵、冗談を言っているようには見えなかった。
着いた先は上品な応接間だった。家具も落ち着いたものばかりだ。
「まずはお茶だな」
と言った公爵が合図をすると侍従が紅茶とお菓子を持ってきた。
「ゆっくり飲んでくれ。話は飲みながら聞いてくれるか?」
ララは家では飲むことのない高級なお茶とお菓子を食べながら話を聞くことにした。冷徹公爵様は案外優しいのかもしれないと思いながら。
契約の条件は
一 決して愛情を持たない
二 愛人は作らない
三 社交があるときにはそれなりに付き合うこと
四 触れない(エスコートとダンスは別) の四点だった。期間は三年で後は自由にしてもいいとのことだった。
見返りは伯爵家の借金の肩代りと執務の手伝い、これには賃金が発生するらしい。至れり尽くせりの内容にララは何か裏があるのではと思ったが、こんなビッグチャンス逃すわけには行かないと頷くことにした。
契約書は既に作ってありララがサインを入れるだけだった。サインをし終わったララは
「公爵様、実家の借金を払っていただいたら家と縁を切りたいのですがお願いできませんでしょうか?これ以上のご迷惑はおかけしたくありませんので」
「いいよ、権力の力で縁を切ってあげよう」
「ありがとうございます、この御恩は忘れません。失礼ですが、恋人の方がおられないとすると女性に興味がないのはそっちですか?」
「本当に失礼だな。君の考えているそっちではない。あまりにも酷い女性を見てきたせいで嫌になっただけだ」
「申し訳ありませんでした。契約は必ず守りますのでご安心ください。ではこれで失礼いたします」
「もっと料理を持ってこさせよう。ゆっくり食べたら公爵家の馬車で送らせよう」
「たっぷりと頂いて帰りたいと思います。有難うございました」
こうしてララの波乱の夜会は幕を閉じ、契約結婚の幕があがった。
読み返しましたら物足りなく感じましたので編集しました。ストーリーには影響はありません。
自分中心な冷徹公爵でしたが、女性側に出した提案は優しいかなと思っています。毎日更新しますので良かったら次話も読んでいただけると嬉しいです。宜しくお願いします。