第2話 歴史の授業
「西暦1582年、織田信長が明智光秀に本能寺の変で暗殺されたあと、妹『お市』が織田家家臣『羽柴秀吉』の協力を得て家督を継ぎ、1590年に天下統一を果たしました。そして、お市は征夷大将軍となって、後に三百年近く続く織田幕府を開きました」
「うん、よく暗記できてるわね山田。大変よろしい!」
「えっ? ええええっ!!!??」
「おや有馬、どうかした? 質問があるなら先生答えるけど?」
「質問っていうか指摘です。佳奈の答えは間違ってますよ佐藤先生!」
「はぁ? どこが間違ってるって言うのよ! 先生は肯定してるじゃない」
「まぁまぁ貴方たち、幼馴染だからって授業中に仲良く喧嘩しないの」
「ッ(カー///)」
「誰がこいつと仲良くするか。まったく……あっ」
「……」
蟻塚さんが俺に注目している。
「……ボソ(フフ。面白い男)」
「ッ!? (なんだか急に胸がドキドキする)」
一瞬、周りに少女漫画みたいに、ホワホワした何かが浮き上がる雰囲気が湧いた。けれど、すぐに先生によってその雰囲気は破壊された。
「それじゃあ有馬、せっかくだし、貴方の答えを聞かせてくれるかしら?」
「えっ? 皆の前でですか?」
「勿論。例え正解じゃなくても、皆の前で意見を発表することが重要なの。さぁやってみよう!」
クラス全員が無言で俺の方を向いて威圧感が半端なく、世界で俺一人だけ間違って居る恐怖感が湧く。
「くっ……」
ここで俺がとれる行動は二パターンある。
①大人しくここは引く。だがあとからきっとダサいと感じるだろう。
②この明らかに不正解な空気感を吹っ飛ばす! だがそうすると、俺の評価は、頭が狂った痛い奴認定されて、クラスで孤立するだろう。
さぁどうするんだ俺!
「①だな……」
俺は屈辱を感じながら席につこうとした。すると佳奈が「これだから出しゃばり男は……」と、ボソッと言うのが聞こえた。
カッチーン。
クソが! 元々出しゃばりなのはお前の方だっただろ佳奈!
お前に脳天スパイクかまされたせいで周りがおかしくなったんだ。
こうなったヤケクソだ! こんな世界否定してやんよ!
「うーん……せっかくいい機会だったけど有馬、無理しなくていいわよ。次に進めるから席について――」
「本能寺の変のあと! 羽柴秀吉が明智光秀を討ち取って、天下統一を果たしたあと、豊臣秀吉と名乗るんだ! お市は秀吉に保護されて、その娘の茶々が秀吉の側室になった!」
「ま、マコト!? アンタ急に何訳わかんないこと言ってんのよ……先生こんな奴ほっといて早く授業をし続けて下さい!」
「いいわね有馬。そのまま続けて」
「えっ!?」
「その後秀吉は朝鮮出兵したり、色々あって死亡したあと、豊臣家の家臣『石田三成』と大名で自分が天下を取るのを伺っていた『徳川家康』との間で争いが起こり、両者が東西に軍を分けた天下分け目の熱い戦い、その名も『関ヶ原の戦い』が起こって、東軍の徳川家康が勝利し、後に徳川幕府を開く! 以上です!!」
……。
多少細かい部分は省いたが。俺は歴史が大好きで、つい説明に熱が入り込んでしまった。
そして気がつけばクラス全体が呆然としている。
「いい加減にしなさいよマコト。ここはアンタの妄想を話す時じゃなくて、ちゃんとした授業なのよ!」
「素晴らしいわ有馬」
「えっ先生!? でもこいつが言ってる事は唯の妄想で不正解じゃ……」
「確かに有馬の答えは不正解よ。だけどちゃん皆の前で自分の意見を曲げる事なく言えたわ。これは素晴らしい事よ。因みに有名な日本史研究者の人の中には、有馬と同じ意見の人が居て、もしかすればあり得たかもしれない歴史ってこの前テレビで言ってたわ。そこが歴史の面白いところでもあるのよねえ」
先生のフォローのあと、クラスから「へぇ~」と感心の声が上がり、自然と拍手まで起こった。
「なによ、マコトのくせに……」
「……(へぇ、ますます面白い男)」
……。
さて、授業も一通り終えて分かったことだが。
歴史に関しては、俺が知ってる大まかな流れと一緒だが、所々重要な局面で女性の偉人が現れて、活躍したり、国語では主人公がやたら女性が多く、中には著名な小説ま視点が女性のものになってたりしていた。
そこである一つの仮説が俺の頭の中に閃いた。要するにこれはアレに違いない。ネット小説の題材でよくあるアレだ。
「もしやこれは異世界転生!? うわ、まじかよ。どうせならファンタジー世界に転生して、チート貰って無双したかったー!!!」
「しーーっ! 図書室では静にしてください」
「あ、ごめんえーと……誰だっけ。同じクラスなのは知ってるけど」
「(がーん!!)」
「あっ! ごめん思い出した。瀬名陽向さんだったよね」
「そ、そうです!」
名前の割にクラスで一言も喋らないから目立たないんだよなぁ瀬名さん――とは口が裂けても言えない。
因みに今は何してるのかというと、歴史の授業で本格的に周りの環境に違和感を感じた俺は、放課後、この図書室でこの世界――俺の視点から見て『男女逆転世界』の歴史を調べていた。
あ、そうそう。そういえば歴史の授業のあと。やたら蟻塚さんが俺に話しかけてくるようになった。
「有馬君って男子なのに、意外と自分の意見を言えるタイプなんだね。すごーい。見直しちゃった。ねぇねえ、他にもああ言った話とか知ってるの? 教えてよ」
「う、うん良いよ。えーとね――」
「マコト! あんた授業中に出しゃばって来てなんなの? そんなに内申点よくしたいの? あーあ、そうやって女の先生に媚売るところが男子っぽいわね」
「……佳奈、お前何いってんの? てか、どっか行けよでしゃばり女。俺は今蟻塚さんと会話してて、お前になんか興味ねーよ」
「えっ――」
「……(キュン)」
……。
あの会話以降、今日の佳奈はすごく落ち込んでたな。
「……」
「あ、あの。有馬君って歴史詳しんだね。じ、実は私もなんだ」
「へぇ……」
「……っ」
「ん? なに?」
「あ、いえその……」
「?」
なんか接点の無い女子からも話しかけられるようになったな。
しかもこういう気が弱そうな女子は大抵こっちに目を合わせずにキョドってて、前の世界に居た挙動不審オタク野郎の大野みたいだ。
「まぁね、歴史は好きだよ。特に日本史の全般が好きなんだ。だから詳しく知れるオススメの本って無いかな」
「! わかりました。私取ってくるんで待っててください」
そう言って瀬名さんはいそいそと本を取りに向かった。
「うーん……やっぱりこの世界の女子って、前の世界と比べてやたら僕に親切なんだよなぁ」
ドンガラガッシャーン!!
「えええ!! なにごとー!?」
音がすら方に向かうと、瀬名さんが本棚の前で尻餅をついて転んで居た。
「どうしたの瀬名さん。大丈夫?」
「いたた。心配なく。ちょっとあの本棚の一番上の棚にあるオススメの本を取ろうとしたら背が届かなくて……」
身長150センチ台の僕に比べて、瀬名さんは140センチ台で低い。それは無理してでも届かないものだ。
「あのさ、脚立とかないの?」
「あっ! あります!」
「だったらそれ使おうよ。まったく、瀬名さんは抜けてるなぁ」
「すみません」
「まぁいいよ。僕が脚立を持って来て上がるから、瀬名さんは抑えてて」
「え、あ……でも、いいえ、やっぱ……」
「なに?」
「なんでもありません!」
「?」
……
脚立を登って、一番よ上の棚にある本『詳しくわかりやすく解説! 古代日本〜現代まで』を手に取った。
「ふーんこれかぁ。瀬名さん。下りるからちゃんと脚立抑えててよ?」
「……はっ! はい!!」
……。
「あの……、その。有馬君も抜けてる所というか、隙があると思うので気をつけた方がいいと思います」
「え、どこが?」
「ごめんなさい! やっぱなんでもないです! 忘れて下さい!」
「そう……(瀬名さんってやっぱ挙動不審で変な子だな)」
「あ、有馬君ここに居たんだ。何してるの?」
「蟻塚さん!? えーと、本を借りに来てて。今丁度終わったところだよ」
「そうなんだ。だったらさぁ、私と帰らない?」
「勿論!」
「あ、あの……有馬君!」
「ん? なに瀬名さん」
「……(じー)」
「あっ、いえその……。また今度、有馬君にオススメの本を探して選んでおくので、よかったら放課後また図書室に来てくださいね」
「うん、気が向いたらね」
「……気が、向いたらですか。はは。お待ちしてます」
……。
「はぁ~あ。やっぱり蟻塚さんには敵わないのかなぁ。それにしても、有馬君って、隙がある男子でドキドキしちゃった」
瀬名視点。
脚立を登る有馬を見上げると、そこにはプリッとした有馬の尻が瀬名の目に焼き付いた。
要するに元の世界で言えば。
女子がスカートを履いたまま抑えずに、下にいる男子にパンツを見せつけているに均しい状況だ。
「あーもう! 有馬君のお尻の形が頭から離れないよぉ。私変態だ!」
思春期真っ盛りの女子である、瀬名陽向には刺激が強すぎた。こうして陽向は誰も居ない図書室で悶々とするのであった。
続く。