自業自得だ。俺は悪くない
「おいテメェちょっと可愛いからって調子のってんじゃねぇぞ!?」
「あんま俺らになめた口きかない方がいいぜ?」
「もう遅いけどなぁ?」
まいった。非常にまいった。なんだこのめんどくさい状況は!?
今、俺の面前には派手な装飾がジャラジャラついた服を着て頭がトゲトゲのなんだか非常にガラの悪い男三人が立っている。
何でこんなことになったかというと、それなりのわけがある。
ザイエーで晩飯の買い物を終えた後、あの日どっかにいってしまった漫画をもっかい買おうということになり、本屋に行ったがなんと売り切れで、そこで諦めればいいものを、なんとしても今日読みたいという意見が一致した俺たちは、わざわざ駅前の本屋まで来たのだ。
ザイエーから割と近い位置にあるこの駅は都会でもないがそこまで田舎でも無いというこの町の中心的な位置にあり、ちょうど日が暮れようとしているこの時間帯は結構な人の量になる。
無事、漫画を手に入れることに成功した俺達はさっさと帰…れば良かったのだがな。
鏡哉のヤローが腹が痛いなんて言い出して駅のトイレにダッシュして行ってしまったからな。さすがにほって帰るのも気が引けるので俺はぼんやり駅前のベンチに座っていた。
「ねぇ彼女。暇なら俺たちと遊ばない?」
そうそう。こんだけ人がいりゃあ中にはナンパしてるチャラい男がいるんだよ。
ナンパなんて何処がいいのだろうか?さっぱりわからないな。
ナンパする人の気持ちは残念ながら俺には分からないが、それについていく人の気持ちもいまいちわかりかねる。
いま声掛けられた人はなんて答えるのだろうか…
「ちょっと聞いてんの?無視?」
え?なに?俺に言ってんの?
我に返り前を向くと前述した男三人が立っていた。
うっわ。なんてこった。どうしよう。これ確実に俺に言ってるよ…。
「え~、っと。悪いけど他をあたってください。」
こんなもんだろうか?
「そんなこと言わずにさ~。遊ぼうよ?楽しいぜ?」
他当たれっつってんだろうが人の話スルーすんなよ!!
「だから…。他をっ!?」
なんだこいつ!?突然手を掴んで!何のつもりだ!?
「あっちにさ、ケーキのうまい店があんだよね。ひとまずそこでお茶しようよ。」
馬鹿かお前は!?一体どこのどいつが日が暮れかけたころにひとまずお茶なんてするんだよ!?
…腹立ってきたな。
「離せよっ!!」
チャラ男その①の手を強引に振りほどく。
「ってえ!何すんだよ!?」
「自分が悪いんだろうが。」
あ、つい声に出しちまった。出来るだけ乱暴な言葉は使わないようにしてたんだが。
「おいテメェ……」
とまぁこんなわけで……。
ああ…最初から全速力で逃げていればよかった。俺は運動神経自体にはそこまで自信はないが体力にはそこそこ自信はある。…いやあった。
中学時代の部活で相当走ったからな。こんな奴らならそのうち撒けただろうに…。
ていうかこの状況で周りの人間みんな素知らぬ顔かよ?ひどい世の中だよまったく。
「まぁ今から謝れば許してやらないこともないぜ?まぁその場合は今日は俺達に付き合ってもらうけどな?」
チャラ男その②が手をパキパキならす。
いつの時代の漫画だそれは!?世の中こんなバカがいたとは…。こんなところで女相手に暴力振るってみろ。たちまちお巡りさんが駆けつけてくるぞ?
愚問だが、俺に謝るという選択肢はない。まあプロのボクサーなんかに同じこと言われたら全力で謝るだろうが。今回は問題ないだろ。いざとなったら大声あげて逃げればいいし。
「おい、どうしたぁ?謝らねぇのかぁ?」
ああ。いちいち腹が立つ奴らだな。
俺は喧嘩なんかしたことはないからわからないが、この状況なら正当防衛になるんじゃないだろうか?
いや、なる。
「どうしたぁ?怖くなっちまったかオイ?」
チャラ男その③が俺に近寄ってくる。今しかないな…。
たしか昔読んだ漫画に力はなくても膝や肘は十分凶器になるとか書いていた…。それでいこう。
「誰がっ!!」
俺はチャラ男その③の頭を引っ掴み、
「ビビるかっ!!!」
そのまま前かがみになった男の顔面に膝を叩き込んだ。
ドゴッ!!
うわっ。膝痛っ。すげー膝痛い。
俺がこんな痛いんだから相当効いたろうと思って手を離したらそいつはそのままグタッと地面に寝転がった。伸びているようだ。
なんか、こう、スカッとした。
「なっ……?」
チャラ男たちは焦っている。周囲の人々も悲鳴が上がるどころか、静まり返っていた。おそらく予想外の出来事だったんだろうな。携帯をかけようとした手を引っ込めた人もいた。ところで俺は最近の俺自身に起こった出来事でひとつ解ったことがある。
人はイレギュラーに予想以上に弱い。次なにかが起こるまで思考がフリーズしてしまうんだ。
今がチャンスだっ。
俺はこの時の判断を後悔することになる。…なんか前にも言ったなこのセリフ…。
そう…ここで逃げてりゃ良かったんだがなあ…。
俺も人生初の経験で興奮してたんだろう。
俺はチャラ男①を攻撃するべく動いていた。
予想どうり俺が動いてからハッとして身構えるチャラ男①。それじゃあ防御は間に合うまい。
「遅いっ!!」
なんか漫画みたいなこと叫んでしまったような気もするが、気にしない。
「うぐっ!!」
俺の肘は見事にチャラ男①の腹に食い込んだ。そこまでは良かったんだが…。
「いった!?」
なんとコイツ。腹にジャンプを仕込んでいたではないか!!
「へっへっへ。捕まえたぜ。まさかさっき買って後で読もうとしてたこれが役に立つなんてな。」
くそっ。なんてやつだ。おそらくジャンプをそんなところにしまう奴は日本中探してもお前しかいないだろう。しかしまずいな。
俺のエルボーで大したダメージを受けなかったらしいチャラ男①はすぐさま俺の両腕を掴んだ後、よくドラマとかで犯人が人質をとってる時のような状態にもっていきやがった。
こうなるともう俺の力じゃあ太刀打ちできない。
んでもってチャラ男②が下品な笑みを浮かべて俺ににじり寄ってくる。
ああ、ギャラリーの人々…だれか警察を呼んでください……。俺、女になって三日目、早くも貞操の危機です。
…と、その時何かが走ってくるような音が聞こえてそちらを見ると……。
…いや見ようとしたら、チャラ男②が吹っ飛んで行った。
……1メートルくらい。
今、誰かが走ってきてチャラ男②を吹っ飛ばした。俺にはそう見えた。
今の攻撃は何だろうか。
フライング後ろ回し蹴り…?無理やり名前を付けるとしたらそんなんになりそうなすさまじい蹴りだった。これこそ漫画だ。
吹っ飛んだチャラ男から目を離しておそらく親切な最強の武道家であろうお方の方に目をやると………なんとそこにいたのは鏡哉だった。
はぁ!?意味が分からない。
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俺がトイレから出て駅前に出ると、何やら人だかりみたいになっているところが見えた。
「ちょ…警察呼んだ方がいいんじゃない!?」
なんて物騒な会話が聞こえてくる。
何だ?喧嘩か?
俺は喧嘩なんかしたことないから分からないが、こんな人の多いところで喧嘩なんかして、警察沙汰になったらどうする気なんだろうか。
そう思いつつ様子をうかがうと…なんと響子ではないか!?
しかも二対一かよ!?いや一人伸びてるな…てことは三対一!?
なんてやつらだ…。おそらく、俺である響子から喧嘩を吹っ掛けることはないはずだから、あいつらが悪いんだろう。しかしこれはまずい。加勢しないとそのうち…
って言ってるそばからつかまっちまったよ!!こうなったらやるしかないか…。
まあ人間不意打ちには弱いものさ。なんとかなる……。多分。
そして響子を捕まえてない方の男に向かってダッシュする。
俺の予定ではタックルして、そいつが吹っ飛んだすきに響子つれて逃げる…という至極簡単かつ、無鉄砲な作戦だったんだが、部活を引退してからというもの、ロクに運動なんてしてなかったものだから、男にタックルする姿勢になろうとした瞬間、俺は軽くつまずいてしまった。
いかん!!これでコケてはかっこ悪すぎて明日から街を歩けない!!!踏ん張れ俺!!!!
何とかズッコケるのだけは回避した俺だったがバランスが大きく右に崩れてしまい、なんとか体勢を立て直そうと左足の全力で次の一歩を踏み出す。すると何が悪かったのか余計にバランスが崩れもう俺の制御はきかなかった。
あぁ。終わった……。
後から聞いた話ではその時俺は左足を軸にジャンプしながら体をひねって、それはもうすごい体制になっていたらしいのだが、その時の俺は
もう駄目だ。笑い物決定だぜ畜生…なんていう心境で右足に思いっきり力を入れていたんだ。
そうすると右膝の側面あたりに衝撃が走り…
気がつけば俺は吹っ飛んだ標的の前に華麗に着地していた。
おぉぅ!? 何が起きた!?
「なっ…!!!!」
最後の一人が全速力で逃げていった。
よくわからんが、上手くいったようだな。
「おぉ……。」
「すっげーーー!!」
気がつけば周りを人に囲まれてなんやかんや言われていた。
「すっごいですね!!私これはまずいと思ってケーサツに電話したんですけどなかなか来なくて…どうしようかと見てたらあなたが来て…もう!すごいです!」
「いやかっこよかったぜ兄ちゃん。俺がどう仲裁に入ろうか考えてたらもうあっという間にやっつけちまうんだからな!!」
「いやその女の子も相当強いぞ!俺見てたんだもん!」
…なんでもいいが最後のやつ。お前は人としてそれでいいのか?ずっと見てたって…。
ん…?まて。警察だと?
「おい響子帰るぞ!!警察が来たらいろいろ面倒なことになりそうだ。」
最後の一人はともかく、一人は響子が、もう一人はなんかいつの間にか倒れてたんだ。警察署になんか連れて行かれたら大変だ。俺は早く久しぶりの我が家に帰りたいんだよ。面倒なことは俺の嫌いなものランキングで上位にランクインする。
俺は急いで人をかき分けて道に置いていた買い物袋をつかむ。
反対側から自転車に乗った警官が来ているのが遠目に見える。おそらく近くの交番から来たのだろう。
「おい!はやく!」
「あ……ああ…!」
俺たち二人は全速力で駆けだす。
「あ…おい兄ちゃん!どこ行くんだ!?」
まだあのおっさん何か言ってるな…。ま、いいか。