試行錯誤
読んでくださってありがとうございます!
できればご感想など頂けると嬉しいです。
これからもチマチマ頑張って書くのでよろしくお願いします!
「さあ!できたわよ!響子ちゃん!起きて!」
……ん…?
…俺はどうやら眠っていたようだ。まあ昨日も一昨日もほとんど寝てないんだ。仕方ないだろう。
今日、無事退院した俺達(俺と俺じゃない方の俺)は、今その足で美容院に来ている。
男のくせに美容院だと?なんて事を言うやつもいるが、ここは俺の母さんの幼馴染である田中女史が経営している店なのだ。そのおかげで俺は幼少の頃からこの美容院にお世話になっている。
「…あぁ…寝てました。すいません。」
「いいのよ!こんなかわいいコの髪をいじれるなんて滅多にないし!!」
ほかの客が聞いていたら怒りだしそうなお世辞だな。この人はお世辞の言い方が分かってない。
お世辞というのは、もっとさりげなく褒めなくては。
「一応こんな感じでいいかしら!?」
「……おぉ。」
鏡に映っていたのは俺、なのだが、もはや完全に女の子にしか見えない。
肩にかかりそうな長さでボサボサだった髪は、長さこそ変わらないものの、すっきりしていて、
なんというか、こう。
…だめだ。俺の知識ではちょうどいい形容が見つからないな。
「あんまりかわいい髪形は嫌だっていうから少しボーイッシュめなボブにしたんだけど、どうかしら?」
ボブ?誰だそれは。
「あ…はい。ありがとうございます。」
俺は髪形のことなどよくわからないが、髪を切った後学校に行ったら、しーんとされたことはあっても馬鹿にされたことはなかったし、やはりこの人の腕はいいのだろう。だがあのしーんとなるのは何なのだったのだろうか?気になる。
「うーん。響子ちゃんならもっとかわいい髪形も似合いそうなんだけど…。髪も染めたらもっと…。」
生憎、俺は髪など染める気はない。別に染めたいとも思わないし、俺は黒髪が好きなんだ。
ちなみに俺は斎藤鏡哉の親戚という設定でここにいる。名前はあの時、咄嗟に出た響子というのををそのまま使っている。一応漢字は変えてみた。別に意味はない。
「あら終わったの?……まあ…一層可愛くなったわね響子!」
母さんが鏡をのぞきこんできた。なんというか、母さんのテンションが妙に高いな。
「えっと…いくらだったっけ?」
「ああ!いいのいいの!お金は結構!」
俺はこの美容院でお金を払った記憶がない。なんでも、いつも髪が伸びきってから来て、髪形に注文をつけず、尚且つどんな髪型でも似合う…らしい俺は、切っててすごい楽しいのだそうだ。
俺もただ座っているだけで人を楽しませることができるのは嬉しい限りだが、カッコいいわ!!を連発するのだけはやめていただきたい。やはりこの人、お世辞は下手だ。そんな言葉はユージにでも言ってやってください。
「あら?いいの?いつも悪いわねぇ。」
「いいのよ!今日はいつもの二倍楽しかったわ!」
「ありがとう。また今度お茶しましょうね?奢るから。」
「あらそう?いつも悪いわねえ。それよりこの間ね?常連の加藤さんが……で……。」
「ふむふむ、それで?」
「……ったら。………で…」
「それじゃあ………な……てこと?」
「そうなのよ!!」
「「あははははははは!!」」
ああ。また始まった。こうなるとこの二人のおしゃべりは止まらない。だから俺はここ数年は一人で髪を切りに行くことにしていたのに…。
ため息をつきつつ椅子から立ち上がり、待合席へと行く
そこには先に切り終わり、俺の切り終わるのを待っていたもう一人の『俺』、鏡哉が…間抜けな顔で寝息を立てていた。 こいつもボサボサだった髪が、見事にさっぱりしている。長すぎもせず、短くもない。前髪も目にかからない程度だし、気に入った。
いやいやこいつは俺だが俺じゃないんだ。そんなこと考えても仕方がないじゃないか。
しかしこいつが寝ていてはしゃべり相手がいなくて俺まで眠くなってくる………。
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「……のわ!?」
響子を待っていた俺はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
なにやら太ももに違和感を覚え目が覚めると…
「おい…何してる…?起きろ。」
いつの間にか髪を切り終わった響子が俺の太ももを枕に寝ていた。
母さん達はレジの前で談笑中だ。なるほど。だからか…。
しかし…あんなぼっさぼさの髪がここまで変わるとは……。やはり美容院だなここは。
俺なんかにはもったいない。…あ…こいつも俺か…
まったくややこしい……男の俺にはもったいない。ということだ。
「おい起きろって…。」
なんだかんだで昨日もあんま寝てないみたいだったからなあ。…かく言う俺も熟睡できたわけではないが…。
「おーい。こらー。」
仕方ない、こうなったら最終手段だ。
「いたぁ!?」
デコピンである。
「何をする!?」
「起きないお前が悪いんだ。」
「なっ。自分が先に寝てたんだろうが!?」
「ム…それでもお前は俺の許可なく俺を枕にした。」
「ムム……。」
どうだ反論できまい…
俺とこいつの口げんかは俺同士が口げんかをしているわけなので、当たり前だが大抵の場合終わらない。エンドレスだ。
しかし今回は早期決着が見込めそうだな。
「ほら…あんた達、いつまでイチャついてんの?帰るわよ?」
俺たちが前を見るといつの間にやら談笑を終えた母さんが立っている。
「ほんとなかいいのねぇ。あなたたち。」
そりゃあ俺同士ですからね。と言いそうになった。危ない危ない。他人には親戚で通すんだった。
じゃあ親戚にはどう通すんだ?という考えが頭をよぎったが、まあ考えないでおこう。
「ほらいくわよ~。急がなくっちゃ日が暮れちゃうわ。」
ん?まだどっか行くのか?
「ほら早く車乗りなさいよ。」
まったく。やっと家に帰れると思ったのに……。
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「んで?結局どこへ行くんだよ?」
「服よ!服!あんたの!あんたまさかずっとそんなかっこでいる気じゃなかったでしょうね?」
やはりだめか?
今俺は退院する時に母さんが持って来た、俺の既に小さくなってしまっていた昔の服を着ている。
「あと服だけじゃなくて色々買うものもあるし…。下着もね?」
おぅ…………そいつの存在を忘れていたぜ……。
「今日はとりあえずザイエーでいいわね。もっと色々買うのはまた今度にしましょう。」
俺はザイエーだけでいいのだが……。
あっという間にザイエーに着き、俺たちがまず向かったのは………下着売り場だ。
もちろん婦人用の方な?
「なあ……。」
鏡哉が言う。
「なんで俺まで行かなきゃなんないんだ?男が女ものの下着売り場にいるのは色々とまずい気がするんだが……。」
「うるさい。我慢しろ。俺だって我慢してるんだよ。」
「お前は見かけ女だから問題ないんだよ。」
「大ありだ!恥ずかしくて死にそうだ。」
「だから…。俺はそれ以上なんだよ!!」
俺はザイエーにはそこそこ来るが、二階の…こんな所にはまず用があるはずもなく、来たことがなかったから知らなかったが…結構色々種類があって驚いた。
女ものの下着というのはこんなにあるのか…。
男のはせいぜい棚二個分くらいしか置いてないぞ…?
「ちょっと響子いらっしゃい。」
「なんだ?」
母さんが店員を引き連れてやってきた。
「今から計ってもらうのよ。」
は?何を?
「まあ…その…なんだ……頑張れ。」
鏡哉が乾いた笑顔で俺を頭をポンポン叩いてきた。
そういや背ぇ縮んだなぁ俺。
そのあと、気づけば俺は見知らぬ店員に試着室に連れ込まれ服を引っぺがされ体中にメジャーを巻きつけられていた。
これなんて罰ゲーム?
死ぬほど恥ずかしかった。まだ顔が熱い…。
俺は下着選びを母さんに任せることにしてベンチでジュースを飲んでいる。
俺の胸はAカップの下着がちょうどいいサイズだそうだ。
まあ胸なんて大きくても重いだけらしいから、丁度いい。…別に残念とか思ってないし。
「さて響子、鏡哉。次は服よ!」
はやっっ。俺まだジュース飲み終わってねえ。
「うーん。これもいいわね。鏡哉。これはどう?」
「いいんじゃねえの?」
「まてまてまてまて!!!なんだそのフリフリなスカートは!?」
「可愛いじゃない!!」
「やめてくれ!そんなの着れるわけないだろ!?」
「なによ。響子はもう女の子なのよ?」
「そうだとしてもだ!!」
まったく油断も隙もない。鏡哉はあてにならん。自分でなんとかせねば!!
「スカートは駄目だ!!ズボンだズボン!!」
「どうせ高校の制服はスカートよ?」
高校……そういや俺は高校に行けるのだろうか?
「大丈夫よ!!母さんに任せなさいって言ったでしょう!?だから!はい!これ!!」
「ああ。ありがと…って!!だからスカートは嫌だって!!!!」
なんとかスカートだけは回避し俺が選んだのはくるぶしの上あたりまでの比較的ぴちっとしたズボン、レギンスとか言うらしいな…。最初はなんかの防具かと思った。
それとTシャツにパーカーだ。
助かった。あんなフリフリだけはごめんだ。
「さて、あんたの希望に沿ってあげたんだから、今すぐ着てきなさい。その間に母さんはその服に合う靴買ってくるわ!あんたが履いてるお母さんの靴、それぴったりなんでしょ?あ…ちゃんと下着もつけなさいよ?」
「ちょ…!」
行ってしまった…。何なんだ今日の母さん。
「まあ頑張れ。ほら、試着室はあっちだぞ。」
鏡哉が肩を叩いてきた。
「…お前内心どうでもいいとか思ってねぇか?」
「……女になったのが俺の方じゃなくてよかったとは思ってるな。」
畜生。後で殴る。
そして試着室に入ったのはいいものの、この、ブラジャーの付け方がイマイチわからん。
いやそりゃあ何となくはわかるけど……でも後ろのとめる所、これ手ぇ届かねぇよ!?
こんなの届くわけないじゃん!?
試行錯誤すること10分、なんとかつけれた。
腕がつりそうだ。
さて次はこれだ。パンツだ。ショーツ?だったか?まあなんでもいい。
これは簡単にはける。難なくはけたんだが。
ここで気づいた。なんだこの違和感は!?
胸を締め付けられパンツまでも締め付けてくる。ああ…。トランクス……お前は最高だったよ。
今までありがとう…。
試着室に入ること15分、やっと出ることができた。
「おう。遅かったな…………。」
なんだ?なんで固まる?
「似合ってんじゃねえか。」
「俺に言われてもうれしくないな。」
「俺も自分に女ものの服が似合うなんて言うのは不思議な感じだ。まあ変じゃないってことがわかってよかったじゃねえか。自分に嘘言っても仕方ねえからな。」
ふむ。これは似合っているのか…。
「そんなことより、母さんは?」
「パートに間に合わなくなるってこれ置いてから直接パート行った。ついでにこれもはいとけ。」
「な…もうそんな時間か!?」
「ああ。あと晩飯の買い物頼まれた。」
「はぁ。歩いて帰るのかよ……。」
いつまでも嘆いていても仕方がないので母さんが買ってきたかかとの低いヒールみたいなよくわからん奴(後で名前聞いとこう)をはいていざ行こうと思ったら、この靴?すげえ歩きにくい。しかも裸足だから足がスースーする。夏でもないのにぞうりをはく羽目になろうとは。女ってのはこれよりずっとかかとが高いのをはきこなしてんのかよ…。すげぇな…。
「どうした?早く行こうぜ?ぼやぼやしてると日が暮れちまう。」
「あ…ああ。」
ん?俺の着てた服やら靴やらが入った荷物がない…
と思ったら鏡哉が持っていた。
「お前、いつの間に…。」
「あぁ。中身は俺でも見かけは女だからな。一応俺が持たないと、周りに白い目で見られちまう。」
「あぁ。なるほど。」
言い草はアレだが、俺は自分が思ってたより結構紳士なようだ…。
俺たちは並んで食品売り場を目指し、歩き出した。