異体同心な俺達
まずい。
母さんが俺(女)に質問し始めやがった。どうすればいい?
事情を説明したところで信じてもらえるのか?他人のフリをするべきか……?
いやだめだ。そんなことしたら俺はともかく、この俺(女)はどうなる?
完全に身元不明の謎の人物だ。
いや待てよ?仮に俺があの時本当に誰かとぶつかって階段から落ちたんだとする。
その時にぶつかったこの女に俺の人格と記憶が上書きコピーされて俺(女)が生まれてしまったとしたらどうなのだろうか。当然家族も心配してるだろう。
本当にそんなことが起こればの話だが、一人の人間がいきなり二人になるより幾分かはマシな仮説なのではなかろうか。
どちらにせよこの不可思議な現象を報告した方がよいような気がする………。
「きょ…。」
俺(女)が名前を言いかけて、とまった。
おい!なぜ止まる俺(女)!そのままカミングアウトしてくれないのかよ。
そう思いつつ俺は俺(女)の方を見る。
「きょ…うこ、です……。」
うおい!?嘘ついてどうするつもりだ!?俺(女)!?
あいつが名乗った以上、俺は口のはさみにくい状況になってしまった。
「きょうこちゃんね。私は斎藤智里。見ての通りそこの鏡哉のお母さん。よろしくね。」
そんなことはきょうこちゃんも知っているんだが…。
「えっと、きょうこちゃんは家、どこなの?あなた、三日間も寝てたのにまだ身元が分かってないらしのよ。身分証明になるものも持ってなかったらしいし。まあ気がついたからよかったけど。」
なんと!!俺は三日間も気を失っていたのか!
それなのにまだ身元が割れていないとは…。
俺の人格コピー説は現実味が薄れてしまったな。普通、娘が三日も帰ってこなかったら警察に通報するだろう。
おっとそれより、さらに追い詰められてしまったきょうこちゃんは何と答えるのだろうか。
「あ~…そのえっと…。」
そりゃ答えられないよな。これは助け舟を出さなければ。
「母さん。俺たちはいま気がついたばかりなんだが、病院の先生を呼んだ方がいいんじゃないか?悪いけど呼んできてもらえないかな。」
「あらそうなの?じゃあ呼んでくるから、じっとしてなさいよ?」
どうやらうまくいったようだ。母さんが病室から出ていく。
さて、どうしたものかね。
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なんとか『俺』のおかげで切り抜けることができて俺はほっと息をなでおろす。
しかしこれからどうしたものか。
「おい。どうすんだよきょうこちゃん。」
「おいなんだその呼び方は。」
「お前がそう名乗ったんだろうが。それになんか呼び名がないと不便で仕方ない。」
反論の余地がないな。
「……ちゃんづけしないでくれ。自分にちゃんづけされるっていうのは気もちが悪い。」
「…自分にとはいえ、気持ちが悪いと言われるのはショックだ。」
「いやそういうことではなくて、こう、変な感じというかだな…だから…」
「そんなことよりも。お前一体どうするつもりだ。嘘の名前なんか名乗って。」
「そんなこと知るか。気がついたら名乗ってたんだ。」
俺がそういうと『俺』はため息をつき、言った。
「俺は母さんには本当のことを喋るべきだったと思うぞ。じゃないとお前、困ったことになる。」
んなことは解ってるよ。解ってるが…。
「……信じてもらえなかったらどうすんだよ。」
同じ人間どうしだからなんとかこの状況が理解できたんだ。違う人間に理解してもらえるのだろうか。頭が変になったと思われるんじゃないだろうか。
「信じてもらうしかないんだよ。そうしないとお前、天涯孤独、謎の少女だ。大丈夫だよ。なんとかなるさ。」
少女は余計だがその通りだ…。
しかし俺はこんな楽観主義者だったろうか?
人間、同じ性格で同じ記憶を持っていたとしてもTPOで考え方が変わるものらしい。(この場合TとPは一緒だが)
俺としてはどうも何とかなるようには思えないのだが。
まぁしかしここで他人のフリを続けて立って仕方がないことくらいはわかってるさ。
「………わかったよ。母さんが戻ってきたら説明しよう。そのかわり、お前も手伝えよな?」
「当り前だろうが。」
そのときの『俺』のその言葉は、妙に心強かった。
いや多分気のせいだ。
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事情を説明することで合意した俺たちだったが、その後は検査やらなんやらで色々あって一息ついた時にはもう夕方だった。
俺もきょうこも怪我自体は打撲とすり傷程度だそうだ。まったく、こんなんで一瞬死ぬかもしれないと思ってしまうとはね。情けなっ。
母さんはパートに行ってしまった。
明日も来るって言ってたし、一世一代のカミングアウトはその時でいいだろう。
しかし初めて入院というものをしたがこんなにも退屈なものとは思わなかった。
一応テレビはあるが……。俺が買った漫画はどこに行ってしまったのだろうか?
そのうえ飯は美味しくない。隣にきょうこがいなければ暇で暇でどうしようもなかったところだ。
…自分と会話するなんて妙な気分だが。
打撲程度といっても頭を打って気を失っていた訳だから明日一日様子を見て、それで問題なければ晴れて退院できる…訳なのだが、はたして母さんに信じてもらえるのかどうか。
大丈夫と言ってしまった手前、こんなこと考えちゃだめなんだろうが、あの時のきょうこのさも不安げな顔を見れば誰だってああ言うしかないだろう。俺はあんな不安げな顔ができるとは知らなかった。それとも女になったからできる表情なのだろうか?
なんだかんだと考えているうちいつの間にか眠ってしまい、朝になってしまっていた。
きょうこが声をかけてくる。
「よう。朝だぞ。起きろ。」
目にはうっすらクマができている
「お前寝て無いのか?クマ出来てんぞ?」
「そういうお前もな。」
3時まで起きていたのは覚えてるんだがな。
「生憎だが寝てたよ。」
さて、面会時間は1時からなんだが。どうして病院はこんな規則正しい生活をしなきゃならないんだろうか。まだまだ時間がある。
全く、暇だな。母さんに話すのは少し不安もあるが、早く来てほしくもある。
そんな心境だった。
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結局昨日は一睡もできなかった。『俺』もあまり眠れなかったようだ。
自分が二人になるという、異常事態の中で、ぐっすり眠れる奴もそうはいないだろうが、俺はその上いきなり性別が変わってしまったのだ。
改めてそう思うと自分の体に違和感が…そりゃそうだな。
なにせ生まれて15年と4か月、ずっと足の間に存在した我が息子が消え失せちまったんだから。
トイレに行った時はやばかった。間違って男子トイレに入りそうになって(いや本来は間違っていないのだが)あわてて女子トイレに駆け込んだものの、すごい勢いで恥ずかしくなった。
いくら体が女でも女子トイレに入るというのは勇気を必要とする。
そして見渡す限りの個室。ピンクを基調とした壁、男子トイレではありえない光景だ。いつまでも突っ立ってるわけにはいかず、個室に入り、試行錯誤の上やっと用を足すことができた。トイレに入った時以上に恥ずかしかったのは言うまでもない。顔から火が出るという言葉の意味を、身をもって知った。ほんとに出るかと思った。
そして運命の時は来た。
ガラッ……
母さんが入ってくる。
「元気そうね鏡哉。よかったよかった。きょうこちゃんも退院出来そうで良かったわ。」
「……母さん。話がある」
『俺』が言う。
「なに?そんな真剣な顔して?」
「今から言うことは、冗談でも無いし、俺の頭がおかしくなったんでもない…と思う。だからちゃんと聞いてくれ。」
病室の空気が変わった。
「………何?」
「母さん。俺の横にいるこいつ、こいつはきょうこと名乗ったがありゃあ嘘だ。こいつは…。」
そこで俺も始めて声を出す。
「おい、……いい。そこは俺が言う。」
「そうか?ならまかせるわ。」
母さんが訳が分からないといった顔で俺を見る。
「母さん。俺は…鏡哉だ。母さんの息子の。」
「…………え?」
再び母さんは『俺』の方を向く。そして『俺』がいう。
「そいつの言ってるのは本当だ。んでもって、俺も鏡哉だ。これも嘘じゃない。よくあるドラマで入れ替わりなんてのがあるが、そうじゃない。こいつは俺で、俺も俺だ。」
さすがに母さんは黙ってしまう。俺は声を出す。
「信じられないかもしれないけど、本当なんだ。目が覚めたら女になってた。んでもって横には俺がいたんだ。夢かとも思ったけど、夢じゃなかった。」
「俺も驚いた。目が覚めたら横に俺と名乗る女がいた。嘘かとも思ったが、嘘じゃなかった。」
母さんが口を開く。
「………そう、…だったの…。」
「いやこれは本当なんだ。こいつに俺…鏡哉しか知らないようなことを聞いてみてくれ!なんでもこたえれるはずだ!」
「そうだ嘘じゃない。信じてくれ母さん!」
今更になって思うが、ずいぶん俺の声は高くなっているな。なぜこんなことに今になって考えているのかは知らない。
「誰が嘘だなんていったのよ。母さんはそうだったの…って言ったの!」
………ん?いま何て?
「「え…?信じてくれるのか?」」
見事にハモッた。
「最初っからなんか違和感あったのよねぇ。そうかぁ。きょうこちゃんは鏡哉だったのね。はやく言ってくれればいいのに。」
「いや…え?そんな簡単に…。」
『俺』が言った。
俺?俺は声も出なかった。まさかこんなに簡単に話が進むとは思ってもみなかったからな。
「だってあんた達すごい真剣だし、嘘ついてるようには見えないから。」
「いやしかしだな。こんなわけのわからん現象が……」
「それはお互いさまでしょう?母さんだって信じられないわよ。でもあんた達が嘘を言ってる風には見えないもの。それによく考えたらそっくりね、あんた達。細かい動作とか、あ、そりゃどっちも鏡哉だから一緒なのか…。」
「母さん……。」
やっと声を出すことができた。こんなわけのわからない状況を、いとも簡単に信用してくれた。
そしてこんな姿になってしまった俺を鏡哉だと認めてくれた。正直、泣きそうなくらい嬉しい。ありがとう。母さん。
「……鏡哉……。」
母さんが笑顔でこっちを向く。そして口を開いた。
「こんなに可愛くなってッ!!!!!」
…………は?……今、なんと?
「おわっ!?」
いきなり母さんが抱きついてきた。なんだ!?
「でも面影はあるわね。目とかそっくり。でも顔が小さくなった分ぱっちりして見えるわ…。母さん娘もう一人くらいほしかったのよ!!里紗の時はほんとどこで間違ったんだか…。よくわからないけど、神様に感謝しないといけないかしら!?」
前言撤回だ!!なんだこの展開は!?俺の感動を返せ!!!
「ちょっ!?痛い!!離せっ!おい!!痛っ!!」
「あら、ごめんごめん!つい……。」
「何がつい…だ!どこの世界につい息子に抱きつく母親がいるんだ!?」
「あら?今はもう娘よ?それに欧米ではこんなの普通よ?ふ・つ・う。…多分。」
「……もう勝手にしてくれ……。」
やはり口では母さんに勝てない。
するとそれを見ていた『俺』が笑い出した。
「ククッ…。あっはっはっは。」
「なんだよ?」
「いやっ。俺と母さんの言い合いを第三者の立場で聞いたのは初めてだったんでつい……くっくっくっく。」
そんなこんなでいとも簡単に母さんは俺、達を信用してくれた。嬉しい限りだが、これからの俺の生活はどうなるのだろう?元に戻れるのだろうか?
今日の帰り際母さんが言った「全部母さんに任せなさい!!明日が楽しみねぇ。」という言葉が非常に引っ掛かる。
……今日も眠れそうにないな。