俺とあいつの青息吐息
何分くらい経っただろうか。
何とか目の前にいる『俺』にも、今の俺の意味不明な状況を理解させた。
ちなみに夢じゃなかったみたいだ。ほっぺたがまだヅキヅキする。
いくら目の前にいるのが見知らぬ女でも、斎藤鏡哉しか知りえない事をすらすら並べられたら
もう信じるしかないだろう。まだ半信半疑って顔してるが。
俺もそうなんだ。まあしかたないだろう。
俺じゃないほうの『俺』が言う。
「しかしなぁ……。なんたってこんなことに…。」
「それは俺のセリフだ。」
「俺もお前なんだ。問題ないだろ?」
「お前は体も元の俺のまんまじゃないか。…女になっちまった俺よりかはましだろう。」
「…やめよう。こんな水掛け論、一生終わらんぞ。」
「…俺も今そう思った。」
さすがは『俺』。俺と考えることも同じなようだ。
やはりこうなってしまったのはあの時階段から落ちてからなんだろうか。
だがなんだって階段から落ちて一人の人間が二人になっちまうんだ?
考えれば考えるほど分からない。まったく、世の中にこんな不思議現象がおこるなんて。
ふと顔を上げればまったく同じタイミングで『俺』と目が合った。
おそらく同じことを考えていたんだろうが、お互い苦笑しながらため息をつくので精いっぱいだった。
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どうやら俺の隣にいる口の悪い女は、本当に俺の記憶を持った、俺自身のようだ。間違いない。
突然ほっぺたを両手でバシバシ叩き始めた時には心底焦った。でもまさかこんなわけとはね。
しかし俺も俺なんだ。これも間違いない。
しかしこいつが俺とは……。
確かに俺の顔の面影がないこともないが、なんというか、こう、
全体的に細い。…すらっとした印象だな。
病院の患者が着てる…薄っぺらい、あのなんか寒そうなやつ。それを着てるからよくわからないが、
なんというかこう、細いな……。そう。華奢と言うほうがしっくりくるかもしれない。
俺もそこまでがっちりした体格ではないが、それでも俺と比べてまだまだ細い。
胸……、小っせーな。ちょっとあれー?ってなるくらい…。
いやいや何言ってんだ俺!?こいつは俺だぞ?
ん?どうしてそんなにすぐ女の言うことが信用できるかって?
当たり前だ。信用するも何も、俺の普段考えていたことや、口に出したことのないような俺の内面や、
幼き日のトラウマなどなど、次から次へとでるわでるわ。
反論の余地がない。間違いなくこいつは俺だ。
それにしゃべり方も俺そっくりだし。
しかし自分とまったく同じ記憶と自我を持った人間がいるというのは、どういう状況なのだろうか?
いや、まあ、まさにこの状況なんだが。
頭がこんがらがる。
階段から落ちてこんなことになるとは、……不思議としか言いようがない。
俺達?はため息をつきながら苦い笑いを浮かべるしかできなかった。
その時。
ガチャ……
突然病室のドアが開かれる。
ハッと顔おあげるとそこにいたのは俺の母さんだった。
「あら!?目が覚めたの!?もう!心配したじゃないの!」
どうやら見舞いに来たようだ。
「っ!?…母さん……。」
見舞ってくれるのはすごいありがたいのだが、もう少し後にしてほしかった。
まだ俺(女)と相談して今後の方針を決めていないじゃないか!
…まあ、そんなの決まらんだろうが…。
せめて心の準備くらいじゃないか。
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一体今日は何回思考がフリーズしてしまうのだろう。
いきなり母さんが現れた。
どうやら階段から落ちた間抜けな息子を見舞いに来てくれたようだ。
俺がフリーズしている間に『俺』が一言。
「母さん……。」
相当焦っているのが声でわかるぞ『俺』よ。
我ながら情けない姿だ。俺も人のことは言えないんだが。
「あら!?あなたも気がついたのね!?」
明らかに俺に対して言っている。どうすればいいんだ?
「あ……はい…。」
思わず敬語が出てしまった。
「ほんとごめんなさい。ウチの息子のせいで………。」
……どうやら俺のことを息子だと認識していないようだ。分かってはいたが、やはり悲しいな。
頭のどこか一部分はそんな冷静なことを考えていたが、まだほかの大部分は絶賛パニック中だ。
「えぇっと………?」
そんな答えで精いっぱい。
すると母さんが言った。
「あぁ。えーっとね?覚えてない?あなたザイエーの階段で、うちの息子とぶつかって、そのまま二人一緒に転げ落ちたのよ。それから二人してずーっと気を失ってたの。」
俺は誰かにぶつかった記憶はないんだが…
「えっと母さん?それは誰か目撃者がいたってことか?」
『俺』が尋ねる。
「いやそれが通報してくれた人が見つけた時には二人して倒れてたそうなのよ。」
なるほどな。やはり俺はあの瞬間二人になったようだ。
「そんなことより、あんたちゃんと謝ったの?こんな女の子に怪我させて!!」
「あ…ああ。」
しかし母さんが俺のことを分からないとなると、俺はどうしたらよいのだろう。
「あなた。お名前は?」
再び母さんが俺のほうに顔を向ける。
「きょ……」
しまった!!つい自分の名前を言ってしまいそうになった!馬鹿だわ、俺。
「きょ?」
うわ、ばっちり聞こえてたよどうしよう。
母さん!俺をそんなに見ないでくれ!
『俺』もあちゃ~、みたいな顔で俺を見ている。見るな!!
「きょ…うこ、です。」
……言っちまった。親に偽名を……。
しかもなんてベタな名前なんだ………。
誰か何とかしてくれよ。