遠足 メンバー決め
世界ひろしと言えど、俺ほど奇妙な体験をしている人間はいないんじゃないだろうか。
第一回目の体育の授業以降は、別段変ったイベントがあるわけでもなくも過ぎ去り(週3回の体育は俺にとってだけすごい重大な罰ゲームだが)4月もあと3日ほどで終わり。
そろそろあったかいというより暑いにかわってくる頃である。あぁいやだいやだ。
俺の通う高校でもまだ入学してからひと月と経っていないのに、もう衣替えだ。
衣替え。なんということは無い。それまで着ていた学生服を脱ぎ、半袖カッターで登校するだけの事である。我が高校の場合は制服がブレザーなのだから、脱ぐのが学生服からブレザーにかわるだけの話。
これは男子生徒の話。女子には夏用に別の制服がある。っていうかそのほかにもなんやかんや種類がある。何だよ中間用って。
俺は本来前者、男の制服を着てるはずだった。それが入学直前、間抜けにも階段から転げ落ちてしまい。
気がづいたら、なんと女になっていた。…コナン君もびっくりだな、これ。
…意味が分からない?わからなくて当然だ。俺だっていまだにこれは夢で、そのうち目が覚めるんじゃないか?などと考える事がある。でもほんと気づいたら女になってたんだよ。そして多分、夢でも無い。
んでもって男の俺の体はどこに行ったのかって言うと、これがちゃんとあるんだ。死体とかじゃないぜ?ちゃんと生きてる。
よく聞く話に入れ替わり(フィクションの話な。現実では一回も聞いたこと無いよ)なんてのがあるが俺の場合は違う。
なんとまぁ、俺の体の持ち主は俺なんだ。…当然っちゃあ当然なんだが。
なんだか話が見えてこないって?仕方ないだろ?俺にだっていまだによくわからん。
つまり、階段から落ちた一人の人間が二人に増えて、さらに片方の性別が入れ替わった。と言うべきかな?
自分がもう一人いるってのは奇妙な感覚で。まぁ、趣味から何から全部同じで、自分の過去をすべて体験して来ている奴がいるってことだな。そう言うと気味が悪い気もするが、なにせ自分自身だからな。別に普段気味が悪いなんて思ったことは無い。
そして突如二人になった息子、いや片方は娘…なのか?をあっさり受け入れてくれた母さんのおかげ?で、なんだかよくわからんうちに入学をはたし、なんだかんだで今日まで来てしまったというわけである。
今まで15年と少し、男で生きてきたのにいきなり女になってしまったわけだが、もう苦労の連発である。まず、いまだにスカートに慣れない。あと下着な。やはりトランクスが恋しい。
風呂に入るのだって一苦労だ。なんで自分の体を見て猛烈に恥ずかしくならにゃいかんのだ、え?
ほかにもまだまだある。先週のあれはもうパニクったねホント。何が何やらだぜ、俺のトラウマワースト3入りを果たした。なにかというと
「おいこら。斎藤響子。そんなに俺のホームルームは退屈かな?え?」
そういや今はホームルーム中だったな…。
「…あぁ、えぇっと。」
「いっつもホームルームだけ寝やがってなぁ。」
すいません先生。だけど英語と数学も基本寝てます。
ていうか今は起きてたんだけど。
「……お前もだ斎藤鏡哉ぁ!」
バシッ
「うげっ!!」
どうやらこいつはホントに寝てたようだな。
この担任は俺と鏡哉を区別するためフルネームで呼ぶ。ホントは俺も鏡哉なんだけども。
「…まったく、お前ら二人だけだぞ。この陣台高校の金八さんと呼ばれる芦原直人のホームルームで堂々と寝ているのは。」
誰が呼んでんだよ誰が。
「まぁいいや。とにかく、前から言ってるように来週は遠足だから、さっさと班分けをするぞ。」
そろそろ5月と言えどまだまだクラス全員が打ち解けたとは言い難い。俺もまだ顔と名前が一致しない奴がちらほらいる。
でもまぁ。今のやり取りでクラスの雰囲気がだいぶ砕けた感じになったからな。割とさっさと決まるんじゃないだろうか。
「よし、じゃあ今から各自班を作ってくれ。7~8人でな。できたら班長決めて、この紙にメンバー記入して、勝手に帰っていいぞ。はいじゃあ始め。俺は職員室に帰るから。あぁ、忘れてたけど、男女混合だからな。半々くらいで頼むぞ。まぁうちのクラスなら大丈夫とは思うけど、あぶれる奴がいないように頼む。」
高校生になって遠足かよ。と思うだろうが、(俺だって最初は思った)問題はそのコースである。
まずこの学校の最寄駅から6,7駅行ったところで現地集合し、そっからかなり歩いたところにあるキャンプ場で昼飯を自炊、その後でキャンプ場に隣接する山のハイキングコースを上って頂上まで行き、何もせず降りて来て、まったく同じルートをとおって集合場所に帰りつき、なにもせず解散という、まったく何がなんだかよくわからない、ただ大変に疲れるだけの代物なのである。まるで自衛隊の行軍演習だよ。
こんなものを新入生の恒例行事にしている校長の頭の中を分解して見てみたい。
なにが「生徒たちの友情をはぐくむ大切なイベント」だ。そんなんなら一日全部休み時間。とかにした方がきっと効果的に違いない。
ただでさえ運動不足でなまってる所に女になって小学生顔負けの体力になってんだぜ?勘弁してほしいよまったく。
いやほんとに。
「よっしゃ響子!一緒の班になろう!」
そう後ろの席から声をかけてきたのは楓である。
熱血スポーツ少女のこいつは、女になってからできた、俺の数少ない友達の一人である。
なぜかいつも体操服を二着持っていて、俺に貸し付けようとしてくる。
女版ユージ。
「ん?あぁ、いいよ?」
もともと俺はそんなに行事等に積極的に参加するタイプで無いが、誘ってくれるなら喜んで参加する。
「あら、じゃあ私も入れてもらおうかな。」
そのまた後ろの席から実希が加わる。
「もっちろん!歓迎歓迎!」
実希はかなりの優等生である。元々そんなオーラはあったが、先日テストの結果が発表された時には驚いた。一位だぜ?一位。髪もなっがいし、なんか俺の中の委員長像とぴったり一致する。事実、彼女は満場一致で委員長に就任した。
俺の結果?…鏡哉とはぴったり同じ点だったのには驚いた。順位?…そっとしておいてくれ。
「あ!あたしも入れてよー!」
一番窓側、一番前の席から叫びながら手を振っているのは藍花である。実希とは、幼稚園時代からの友達らしく、俺も実にいいコンビだと思う。優等生タイプの実希とは対照的で、いや別に藍花がバカってわけじゃない。っていうか普通に俺より点良かったし。そうじゃなく…こう、天真爛漫というか。そんな感じだ。
結局この二人も帰宅部に落ち着いたようだ。
これで四人か…そろそろ男入れないと数的にやばいな。
これはメンツ的にってことで精神的には俺は男で女は3人である。うん。
この3人は俺とまぁ親しく接してくれるわけなのだが、当然、女友達として、である。
俺としてはなーんか騙しているみたいで負い目を感じてしまう。…少しだけ。
「よーし玲衣!おまえも入れー!」
玲衣…あぁ、小泉さんね。たしか楓とおんなじ中学の。
「え?あぁ、ごめん。アタシもう部活のコと約束しちゃってるから。」
「え~?なんだよ友達づきあい悪いぞ~。」
「だからごめんってば。今度なんか奢るから許してよ。」
そういや小泉さんは何部なんだろうか?
「む~。仕方ない。じゃあ4人で良いか。」
「男子、誘わないとね。」
と実希
「っていってもアタシ知ってる人このクラスにいないよ?」
「私と藍花の中学にいた男子、このクラスにはいないからね。」
「適当に連れてきて入れればいいじゃん。」
んな適当な…。よし。ここはひとつ俺が一肌脱いでやろう。
「おーい鏡哉。」
「おう、そっち何人?」
「4人。」
「4人、ね。こっちは俺とユージだけなんだが。」
そりゃあ寝てるからな、お前ら。
ちなみにユージは肘をついた絶妙の姿勢で寝ているため教師にばれた試しがない。
中学時代は居眠り王と呼ばれていた。
「だってさ。あいつら入れていいかな?」
「よし!これで6人だ!」
「ほんと響子ちゃんと斎藤くん仲いいねえ。」
「阿吽の呼吸ってやつね。」
藍花と実希め。何言ってやがる。
「よし!あと一人は俺に決めさせてくれ。いいだろ?」
突如口を開いたのはユージである。お前…いつのまに起きてたんだ…。
「おーい月代ー。お前は入れよー。」
月代?あぁ。そういやユージが言ってたな。ユージいわく、バスケ部の仲間なのに、全然打ち解けてくれない、シャイな奴、なんだそうだ。うわ、すげー目つきわりぃ。
「あ?俺?」
「そう。」
「なんで俺を」
「いいよな!?」
「だからな」
「いいよな!?」
「……好きにしろよ…。」
最後の一人はなんか納得してないみたいだがこれで7人そろった。
「よっし決まり!班長は実希でいいよね。」
みんながうなずく。月代以外。
「…もう。何よそれ。」
実希は乗り気ではないらしいな。だが多数決だからならざるを得ないのだ。民主主義万歳。
「係決めとかお昼のメニューとかは、明日決めるみたいだから、今日はこれで解散ね。じゃあ私はメンバー書いてくるから。」
なんだかんだで仕切っているな…実希…。
女になってからというもの体力面では苦労しかしていない気がするが、遠足ね………ジョギングでも始めるかな……。
今から始めても遅いか……。