部活見学
終わった。
やっとテストが終わった…。
同時に成績も終わった気がする。
なぜテストというものは6時限みっちり授業を受ける日よりもはるかに早く終わるのにこんなに疲れるのだろう…。
正直、出来はイマイチだが気にしない気にしない。これから頑張ればいいのだ。きっと。
「えーっと。連絡は以上…あぁ。もう一つ。昨日言い忘れてたが今日から部活を見学したい奴はしてもいいことになっている。今日は2、3年もテストだからな。まぁ好きにすりゃあいいが見学するんだったら昼飯を食べてからにしとけよー。」
部活か…。俺はどうしようか…。バスケは好きだが別にユージみたいにバスケ一筋なわけではない。
しかしほかにこれと言って入りたい部活も無いしなぁ。
それになにより女になっちまったし…。正直なところこれからどうすればいいのかさっぱりわからん。
まず人と喋るのが辛い。実際学校来るまでは何とかなるだろうと思っていたがこれが意外と大変なんだ。
まず口調。女口調で喋るのが非常に難しい。そして恥ずかしい。
そして落ち着かない。今の俺は周りに女として認識されているわけだから、当然、話しかけてくるのも女子生徒ばかり。俺は男の時に女子と喋ることが無かったわけではないが、囲まれたことはない。
あの駅前事件について朝、なんやかんや聞かれた時はホント焦った。昨日ほどでなくて助かったが。
「はーい。んじゃあ解散で、あぁ。挨拶は無しでいいから。寄り道しても問題は起こすなよー?」
なんか軽い担任だな。歳も若そうだし、教育実習生と見間違えられてもおかしくない。
さてと俺はどうしようか、鏡哉……は、空手君と柔道君、それとユージにつかまっている。
昨日ので誤解は解けたかと思いきや、朝、来た瞬間に鏡哉は連中につかまって勧誘され続けていた。
「斎藤!空手部を見学に行こう!!」
「なっ!ならばその後は柔道部に!!」
「だから…。俺は…。」
「そうだぞお前ら、鏡哉が入るとしたらバスケ部だ。」
「いやユージ待て…俺はそんなこと…」
「とにかくまずは空手だ!!さぁ行こう!」
「待て待て、おい!こら!…飯は…!?」
気の毒にな…。俺は空手や柔道に一切興味はない。まぁバスケなら見学してもいいが……。
鏡哉がつかまった以上、帰るにしても俺は一人で帰るしかないな。
「ね!響子ちゃん!!」
隣を向くと伊藤藍花…だったけか?が満面の笑みで立っていた。千堂実希…だったよな…。も一緒だ。
「これから私たち色々見て回ろうと思ってるんだけど、響子も一緒に行かない?」
ふむどうしたものか…。このまま帰ってもいいんだが、断るのも気が引けるし……。
「あ、なにか予定でもあった?それとももう部活決めてるとか?」
「い、いやそんなことは無いよ?千堂…さんと伊藤さんは決まってんの?」
「実希でいいよ実希で。私たちも決めてないの。ただぶらぶら見て回ろうかって。」
どうやら俺をどっかの部活に誘っているのではないようだ。
しかしこの二人は仲が良いようだしなんで俺を誘う必要があるのだろうか?
「えーと。一緒に行っていいのかな…。」
「何言ってんのよ。誘ってるのはこっちでしょ?じゃあ決まりでいいわね。」
「よーし。じゃあまずは食堂行こう!!実希ちゃん!響子ちゃん!腹が減っては戦はできぬ。ってね!!」
なんか成り行きで決まってしまったが、まぁいいか。嫌な奴らじゃなさそうだし。
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「お久しぶりです先輩!!」
「おお鵜川!!こんなにも入部希望者をつれて…!!」
「この斎藤が昨日電話でお話しした男です!!」
「おお!!君が!!ようこそわが空手部へ!!」
「いや俺は……。」
「俺は入部希望者じゃないです。」
「俺もです。」
「とにかく見学して行ってくれ!!!思う存分!!!」
「いや、だから俺は…。」
「さぁ皆!なんとしてもいいところを見せて、部員を確保しようじゃないか!!」
「おおーーー!」
………なんだってんだ一体……誰か助けてくれ…。
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「さて何を食べようかな?」
伊藤が目をキラキラさせている。
「へぇ。色々あるんだなぁ。」
と俺。
「響子は学食って初めて?」
「うちは給食だったからなあ。」
「へぇ。どこの中学?」
しまった………。墓穴を掘った…。
「えーと…。」
「ねぇ二人とも見て!!おいしそうなラーメン!!」
話の流れを変えないと……!!
「へぇ。学食にしてはちゃんとしたラーメンだなぁ。せんど…実希は何食べるの?」
「私は弁当持ってきたからいいわ。響子は?」
よし…うまく誤魔化した。
「お、私は…カレーでも食べようかな。」
「藍花は?」
「あたしはもちろんラーメン!!」
「おいしい!このラーメンいける!!」
そんなにがっつくと汁が飛ぶぞ…。
しかし…確かにうまそうなラーメンだな。
あっさりしてそうで、細麺で、俺が好きなタイプのラーメンだ。
それにこのカレーもうまい。俺は辛いカレーは好きじゃないが、このカレーはいい感じだ。
家のカレーとはまた違ったおいしさがある。
学食なんてしょぼいなんて考えてた自分が恥ずかしい。すいません学食のおばさん達。
今度はカツカレーも食べてみよう…。値は張るがあれもおいしそうだ。
なんか最近カレーばっかりだな。うまいからいいんだが…。
「響子?」
千堂がこっちを覗きこんできた。
「え?」
「どうしたのボーっとして。」
別にボーっとしていたわけではないんだが。
「え、いやおいしいなと思って。」
「ふっ何それ。」
何かおかしなことでも言ったかな…。
「響子ちゃんってよくボーっとしてるよね。」
そんなはずはない。俺はボーっとしたことなんかないはずだぞ。今だって考え事をしていただけなのに。
「そんなことはない。」
ちょっとムッとして言い返す。
「ふふっ響子って面白いわね。」
「なっ。どこが?」
そんなことはじめて言われたぞ。
「むしゃむしゃカレー食べてたと思ったら急に動かなくなって、見てて楽しいわ。」
「ほんとほんと。第一印象と全然違う。」
第一印象……。
「…私の第一印象って?」
「ん?なんかカッコいい!!ってかんじかな。」
「私はなんか冷たそうな印象をもったわね。」
伊藤はいいとして、千堂…ひどいな……。自分で言うのもなんだが俺は冷たくは無いはずだ。
「………。」
「あ!いや第一印象ってだけで今はそんなこと考えてないよ!?」
千堂が焦ったように言った。
「そうそう。今日なんか消しゴム貸してくれたし。実希ちゃんは自覚なしでさらっとひどいこと言うけど本人はそんなつもりないから安心していいよ?」
「そ…そう?」
まぁそれなら安心だな。うん。
「さて、御馳走さま~。」
「御馳走さま。」
え?二人とも速くない?俺カレーまだ半分残ってるって……。
「早…。」
「いやいや。響子が遅いんだって。」
そうなのか?いや確かに男の時に比べたら遅くはなっているがそれでもそこまで遅くは無いはずだ。
「すぐ食べるから、むぐ、少し待って。」
「ボーっとしてるからよ。あ、そんなに急がなくてもいいわよ?時間はたっぷりあるし。」
そんなことを言われても俺は人を待たすのも待たされるのも嫌いなんだ。
それにそんなに見つめられていると落ち着かなくて仕方がない。
早く食べ終えなければ……。
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「よーし入部希望者に受け身を教えるぞ!!」
「いいか斎藤。受け身は柔道の基礎だ。しっかりしないと怪我をする。」
「いやだから俺は……」
「おい早くバスケ部見に行こうぜ?」
「そうだぞ斎藤。柔道に入るくらいなら空手だ。あの蹴りはもう空手しかない。」
「…もういい加減にしてくれ。」
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「さて、まずはどこから行く?」
「あたしは別にどこでもいいよ?別に入りたい部活もないし。」
「んじゃ響子は?」
「ん。私も別にこれといった希望は無いかな。」
「困ったわね。じゃあそこの体育館からまわってみる?」
「りょーかーい。」
体育館ではバスケ部とバレー部が練習をしていた。
「お?なんだ?見学か?」
「あ、先生、なんでこんなところに?」
担任がバスケ部の練習してる横でパイプいすに座っている
「なんでって、伊藤…。そりゃあおまえ俺が女子バスケ部顧問だからだよ。」
へぇ。この人バスケしてたのか……。
「お?斎藤さん?それと伊藤さんに千堂さん?」
声をかけられた方を振り向くと体操服姿の女子生徒が汗を拭きながら近づいてきた。
見覚えはあるんだが…。
「あ、アタシは芹沢。アンタとおんなじクラスの。」
「あぁ。そういえば。」
いたな、こんなやつ。
その見るからにスポーツ少女って感じのショートカットにやや日焼けした肌がよくマッチしている。
「なに?バスケ部はいんの?経験者?」
ニカッとした笑顔がさわやかだ。
「おー?どうした芹沢ー。疲れたら休んでていいぞー?倒れられても困るからなー。」
「いえ先生。まだまだ余裕っすよ。」
「そうか?ならいいけど。お前も熱心だなぁ。こいつもう入部届けを持っきたんだぜ?………おい!!加藤!今のパス!!ちゃんととる人のことを考えてパスしろって言っただろ!?俺が見てないと思って気を抜くな!!」
ほぉ。ちゃんと顧問してるんだな。教室での姿からは想像もつかない。
それにしても芹沢…。ユージと仲良くなれそうな奴だ。こんど教えとこう。
「私達は色々見学して回ってるの。バスケは…したことないわね。」
「あたしも。運動は苦手なんだ。」
「ふーん………。斎藤さんは……?」
そんなあからさまにがっかりされても…。
さてどう答えたものか。
「まぁ、若干ならできるけど……。」
なにしろ補欠だからな。
「ホント!?」
「お、斎藤。なんなら入ってみるか?」
「そうしなよ斎藤さん!!」
マジかよおい。
「え、いやでも体操服とか持ってないし。」
「アタシの貸してあげるからさ!ね?もう一個持ってきたんだ。アタシ。」
「へぇ。響子ってバスケしてたんだ。道理でスリムなわけだわ。」
「ほんとほっそいもんねぇ。響子ちゃん。」
「部室はあっちだからな。まぁ気軽に、遊びのつもりでいいぞ?」
おいおい待ってくれよ。別にバスケがしたくないわけではないがそんないきなり…。
俺は男なんだぞ?
女とバスケって……。
バスケは激しいスポーツだ。真面目にやればいやでも体がぶつかったり密着したりする。
いつか女子バスケ部の顧問が不在の時に何をトチくるったか我らが顧問が練習に女子バスケ部レギュラー組を入れて5対5練習をしたことがある。
その際我が男子バスケ部二軍は男子一軍と戦った後に休憩無しで女子レギュラーとも戦わされていた。その時は皆まともにプレーできなかった。
だって迂闊に触れられないじゃないか。あんな冷や冷やした練習は二度とごめんだと思った。
「…でも練習の邪魔に…。」
「はっはっは。そんなことは無いぞ。どうせ今日は慣らしだ。ま、無理にとは言わないが。」
「響子。私たちここで待ってるからバスケしたら?」
「そうそう。響子ちゃんがバスケしてるの見てみたいし。」
「はい決まり!アタシの体操服、部室のアタシのカバンに入ってるから!」
はぁ。仕方ない。でも久しぶりだな。ちゃんとできればいいんだが。
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はぁ疲れた。
「さて鏡哉。やっと二人になれたな。」
「誤解を招くような発言はやめたまえユージくん。」
「よっし!じゃあバスケ部に行くか!!」
「スルーか。…もう明日でいいんじゃないか?俺は勉強で疲れている。」
「なーに言ってんだよ。どうせゲームしてたんだろ?」
「…………ソンナコトハナイ。」
「図星だな。」
「…はぁわかったよ。行きます行きます。しかしお前も物好きだな。補欠だった俺を誘っても仕方なかろうに。」
「ん?なんか勘違いしてないか?お前は十分上手かったぞ?ただ八木原に嫌われてただけだ。」
確かに俺は顧問には嫌われていたな。
「しかしそれでもお前らスタメンにはかなわない。」
「そんなこと無いってのに。」
俺はユージみたいにドリブルがうまいわけでもないし堀田みたいに3Pがバンバン決まるわけでもないのさ。
「ま、いいや。行くぞ鏡哉。」
ふぅ。しかし変な誤解のせいでひどい目にあった。何とかこれで収まってくれたらいいが…。