まさかの入学式 鏡哉編
何度も言ったが俺は平均的な運動能力の持ち主で、ましてや武道なんか習ったことはない。
どちらかと言えば温厚な方だと思うし、また、どちらかと言えば格闘技なんかより野球中継とかの方が見ていて楽しいと思う。
そんな俺がなんで入学早々こんなおかしな誤解をされているんだ?
そもそも俺はあの男を突き飛ばしてひるませ、その隙に響子をつれて逃げるつもりだった。
間違ってもあんな盛大な蹴りをお見舞いするつもりなんて無かったんだ。
まぁ響子の奴は言い寄られてイライラしてやっちまったんだろう。俺は意外と短気なんだ。
そこはちゃんと自覚している。
そんな平和主義者の俺が入学早々知らねえ奴から武道系の部活に誘われるとは…。
くそ。恨むぜ伊藤さんとやら……。
ホームルームが終わった後、さっきの続きとばかりに奴らが寄って来た。
「おい斎藤!一体何部に入るんだ?」
「いやまだ決めてねぇけど。」
「ならば是非俺と空手部に!!」
「柔道だ!!」
熱いというか…どっちかと言うと暑苦しい奴らだな…。
それはそうとさっきから何人かの女子たちのグループがこっちを見ながらひそひそ話している。
きっと野蛮だとか言ってんだろう。勘弁してくれ……。
響子の奴は素知らぬ顔で帰り支度をしていやがる。くそ。誤解を解く手伝いをしてくれたっていいじゃないか……。まぁ俺があいつの立場でもそうするだろうが…。
「なに言ってんだよ。鏡哉はバスケ部に入るんだろ?」
ユージか…。こいつはどうやら上映会に参加していなかったらしいな。
「なに!?それは本当か斎藤!?」
「いや…だから決めてねぇって…。それと。お前らが何を勘違いしているか知らないが俺はお前らが思っているほど強くないぞ。喧嘩だってしたこともないしな。」
「そんな馬鹿な!?あの身のこなしは…。」
「だからあれはだな、響子がからまれてたんで仕方なく…。」
「えっ!?何!?二人は知り合いなのですか!?」
突如伊藤さんとやらが詰め寄ってきた。あれ?この娘どっから出てきたんだ?
「あ?あぁまぁな。」
なにやら女子軍団がより一層ざわついている。なんだなんだ?見知らぬ奴より知ってる奴を助けたって方が自然じゃないか。なぜざわつく?指をさすな。
「だからありゃ偶然ああなっただけだから、変な誤解しないでくれ。それじゃ俺帰るから。」
まぁこれで勧誘されることは無くなるだろう。やれやれだ。
「おい響子、帰ろうぜ。」
「ん?わかった。」
「ねぇ。二人は付き合ってるの?」
またしても突如女子に話かけられた。えっと、こいつの名前は知らないぞ。
「あぁ。私は千堂実希よ。あなたの動画を映してた藍花の友達…っていうか保護者?」
「何それ実希ちゃん!ひどっ!!」
なんか面白い奴らだな。
「でもあたしも気になるなそこんトコ!」
「生憎、付き合ってない。」
「なんで?」
いやなんで?とか言われても困るんだが……。
俺は残念ながら女と交際などしたことなどないし、そんなこと聞かれても答えに窮する。
まさか、実はこいつは俺なんだよね。なんてこと口が裂けても言えねぇし…。
…よしここはあの設定で行くか。うん。
これは俺が昨日ゲームをしつつなんとなく考えた必勝の策だ。
「いやこいつは親戚でだな…。」
「親戚って付き合っちゃいけないの?」
……なん……だと……?
そう切り返されるとは……。…そんなことは俺は知らんぞ。
「…こいつとオ……ゴホン私は付き合ってなんかないよ。」
響子が口を開いた。
「ふーん。お似合いなのに。まぁいいや。じゃあまた明日ね。斎藤くん。響子。…さて帰ろ?藍花。」
「うん!それじゃあね!!」
どうやら危機は去ったようだ。しかし依然、女子グループの視線を感じるのが気になるが…。
「さて俺らも早く帰ろうぜ。」
「ああ。」
うん。なんとか誤解は解けたな。
「おい待ってよ。俺も入れてくれ!」
うお!?ユージを忘れていた。
「あぁ。ユージも帰ろうぜ。」
「…えっと。よろしく…鈴木。」
響子が必死に初対面モードになっている。笑える。
「あぁ。湧二でいいよ。それにしても鏡哉の親戚だったとは。いや、なんか最初から似てるなぁって思ってたんだよね。」
おぉ。さすがユージだ。似てるも何も、こいつは俺さ。
「あ。じゃあこっちも響子でいいよ。」
「そう?じゃあそう呼ぶよ。」
うん。響子もユージと仲良くなれそうでよかった。
家までの帰り道、ユージが
「そういや勉強した?明日っからいきなりテストだぜ?」
「「げっ……。」」
しまった。忘れてた。
「あははは。二人ともどうせ勉強してないんだろう?いや~よく似てるなぁ。今からでも勉強しとけよ?それじゃあまた明日な。」
「……明日がテストとは…まったく忘れていたな…。」
「あぁ。それどころじゃなかったしな。」
「まったくだ。特に俺の方な。」
「まぁ今からでも帰って勉強するか。」
「はぁ。仕方ないな…。それはそうと、お前、空手部はいらないのか?」
はぁ?何を言っているんだこいつは?
「冗談だよ。」
なんだよ冗談かよ。
「空手部なんてごめんだ。まぁなんとか誤解もとけたし大丈夫だろう。」
「そうだな。なんか予想外に目立っちまったが…。」
まったく一難去ってまた一難とはよく言ったものだ…。
正確には一難去ってなかった上にまた二、三難、くらいなのだがまぁ。この時は知るよしもない。
勉強?ちゃんとしたさ。響子と二人で、
散々ゲームをした後に……だが…。
そしてそれは全くと言っていいほど意味がなかったが。