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クモをつつくような話 2023 その2

作者: 山崎あきら

 8月1日、午前1時。

 予報ではもうすぐ小雨が降り出すらしい。

 オニグモの20ミリちゃんが直径約40センチの円網を張っていたので、冷蔵庫に入れておいたイナゴの雄をあげた。

「見せてもらおうか、オニグモの20ミリちゃんの実力とやらを」〔こらこら〕

 しかし、20ミリちゃんはろくに捕帯を巻きつけずに牙を打ち込んだのだった。このやり方で強い脚を持つ獲物を仕留めるのは無理がある。実際、20ミリちゃんは暴れて円網に大穴を開けるイナゴを追いかけながら捕帯を巻きつけていた。これでほぼ決定である。20ミリちゃんは極端なガ狙いの偏食家なのだ。

「そんなこともあるさ、オニグモだもの」〔…………〕

 ヒメグモの3ミリちゃん(もう体長4ミリほどまで成長しているが)には体長20ミリほどの甲虫の鞘翅を外して、さらにまともに歩けないくらいまで弱らせてからあげた。しかし、というか予想通り、3ミリちゃんはぽとんとシート網の上に落ちてきたものの、しばらく様子を見てから枯れ葉の下に戻ってしまった。「こんな大っきいの無理!」ということらしい。

「そんなこともあるさ、ヒメグモだもの」〔…………〕

 とはいえ、ヒメグモが体長10ミリほどのカメムシを食べているのを見たこともあるから、安全に捕食できると判断すれば食べてくれるだろう。この場合も、そこに獲物がかかっているということを記憶している必要があると思うのだが、論文屋さんには「そんなことはあるわけがない」と言われてしまいそうなんだよなあ……。


 午前2時。

 ヒメグモの2ミリちゃんに体長6ミリほどの羽アリをあげてみた。「体長の3倍です!」なのだが、2ミリちゃんは果敢に獲物の周囲を歩き回って、なんとかして仕留めようとしている。結局のところ、クモがどれだけ積極的に狩りをするかはどれだけ食欲があるかによって決まるのだろう。作者にはそれを見極めるための経験が不足しているだけなのだな。

 体長10ミリほどのジョロウグモの幼体(近所では最大の個体)が横糸を張っているところだったので、体長6ミリほどのアリをあげた。雨が降り出す前に食べてもらいたかったのだ。さすがに気温が低い時間帯だと積極的に飛びついて来る。


 午後8時。

 月は出ているが、路面には水たまりもある。

 オニグモの20ミリちゃんが直径約五〇センチの円網を張っているところだった。どんどん元気になっていくなあ。もしかすると、住居にこもっていたのは脱皮のためだったのかもしれない。

 ヒメグモの3ミリちゃんは昨日あげた甲虫を枯れ葉の下まで運び上げようとしている。雨のせいで手を出せなかったのか、完全に忘れていて、網を補修する段階で改めて獲物に気が付いたのかはわからない。


 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんに体長20ミリほどのキリギリス体型のバッタをあげた。予想通りだが、大胆に円網を切り開く割に捕帯は多くない。


 8月2日、午前7時。

 光源氏ポイントのコガネグモは居残りちゃんだけになっていた。しかも、多分雨のせいだろうが、丈の高い草の後ろに引っ越していた。コガネムシをあげるのには無理があるので、円網の近くに生えていた草を揺らして、取り付いていたベッコウハゴロモの群れを驚かす。これで飛び立ったベッコウハゴロモのうちの3匹が居残りちゃんの円網に飛び込んでくれた。こういう手もあるのだ。

 比較的成長が早かったジョロウグモも3匹くらいが姿を消していた。ジョロウグモも雨が降ると引っ越しする子が多いのでやっかいだ。網が壊れたのをきっかけにして旅立つのだろう。ジョロウグモの幼体にとってはありがたくないであろうアリをメインにあげ続けてきたのだから「もう、いや!」と言われてもしょうがない。

 体長17ミリクラスの子が2匹だけ残っていたのだが、1匹の円網は直径約一五センチで、もう1匹は円網さえ張っていない。これは脱皮が近いので動けなかったというケースかもしれない。


 午前8時。

 道路脇で左右が約80センチ,前後が約40センチ、高さは20センチくらいの笠形の網を見つけた。笠形の部分は不規則網のような多数の糸で吊ってある。笠の中央下にいるクモの体長は22ミリほどで、頭胸部とソーセージ形のお尻の前半部は白、後半部は赤褐色で、途中までぐねぐねした白班が入り込んでいる。またお尻の頭胸部側の背面には一対の突起があった。これはおそらくコガネグモ科のクモだろうと思ったのだが、念のためにそこらで捕まえた体長7ミリほどのハエを笠形の網の上に投げ込むと、予想通り捕帯を巻きつけた。というわけで、少なくともジョロウグモではない。

※帰宅してから新海栄一著『日本のクモ』で調べてみると、この子はコガネグモ科のスズミグモのようだ。「平地~山地に生息するが、風通しの良い樹林地に特に多い」「網は縦糸、横糸共に粘性が無く、数ミリ間隔に引かれ極めて目の細かい構造になっている(絹網)」などと書かれている。

 ついでにウィキペディアの「スズミグモ」のページを開いてみると「スズミグモ属の種は熱帯を中心に分布する」という説明もあった。なるほど「笠の下で涼むクモ」か。〔「巣に住むクモ」という意味らしいぞ〕


 午前9時。

 今日のお土産は体長15ミリほどの細身のガを1匹。もちろんオニグモの20ミリちゃん用だ。問題は円網を張ってくれるかどうか、だが……。


 午前11時。

 ヒメグモの4ミリちゃんが卵囊を枯れ葉の下からどけていた。雄と同居し始めた頃に植え込みが剪定されてしまったから、交接できていないまま無精卵を産むことになったのかもしれない。


 午後4時。

 小柄なオオヒメグモがいたスーパーの北側の角に体長4.5ミリほどのオオヒメグモが不規則網を張っていた。場所はともかく、高さまでほとんど同じである。十王ダムのトイレにいたオオヒメグモたちは庇の下に網を張っていたから、種としての好みの範囲が狭いということではない。「そこに同じ種の誰かがいた」というシグナル(フェロモン?)が残っていたのか、あるいは、そこで出囊した子グモたちの1匹が帰って来たのかだろうかなあ……。


 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんが横糸を張り終えたので、今朝捕まえたガをあげた。すると、20ミリちゃんはちゃんとガの胸部に牙を打ち込んで捕帯を巻きつけ始めた。そこまではいいのだが、捕帯を巻きつけたガが棒状になっていない。せいぜいかつお節状だ。どうもこの子は捕帯をケチる……もとい、節約し過ぎるようだ。

 スーパーの東南の角にコガネムシが3匹いた。穴が開いているツツジの葉も多いからシーズンに入ったのかもしれない。どうして去年と同じ場所で群れることができるのかというのも謎なんだが……。


 8月3日、午前1時。

 近所のツゲの木のコガネムシは13匹! 古い葉に取り付いてしまったらしいやつもいたのだが、予想通り、若葉を探して歩きまわっていた。これでは若葉が食い尽くされるのも時間の問題だろう。若葉がなくなったらまた別の場所で群れるんだろうか? 

 オニグモの20ミリちゃんは食い足りなそうな様子だったので、体長20ミリほどの細身のバッタをあげた。

 体長4ミリほどになっていたヒメグモの3ミリちゃんは枯れ葉を長さ20ミリほどの大きなものに替えていた。シート網も補修されていたので、体長20ミリほどの甲虫を弱らせてからあげた。ぽとんと落ちてきた3ミリちゃんは体長で5倍の獲物に果敢に糸を投げかけている。食欲がある時ならば大型の獲物であっても積極的に仕留めるのがヒメグモなのだ。


 午前6時。

 昨日、光源氏ポイントで円網を張っていなかったジョロウグモの幼体と、円網を直径約20センチにしていた幼体の脚と体長が伸びていた。やはり脱皮したんだろう。その他にも体長15ミリほどの子が1匹、円網を張らずに上を向いている。


 午前7時。

 水田脇の道路標識に取り付けられた卵囊ではコガネグモの子グモたちがまどいを形成していた。

 1匹のコガネグモにはそこらで捕まえた体長30ミリほどのやたら脚の長いバッタをあげてみた。捕帯巻きつけ時間は途中で牙を打ち込みながら約30秒。それでもバッタは身動きしている。うーん……やはり「必要だ」と判断しただけ巻きつけるということになるかなあ……。ただ、ナガコガネグモの捕帯巻きつけ時間の方が平均値でも中央値でも短めなのは間違いないようだ。そして、オニグモの20ミリちゃんは捕帯巻きつけ量の判断が甘いということになるかもしれない。経験不足なのか、本能がバグっているのか……いずれにせよ、個体変異の範囲内だろう。


 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんが直径約60センチの円網を張っていた。どうも獲物を食べれば食べただけ元気になっていくようだ。で、今日もイナゴをあげたのだが、20ミリちゃんは捕帯を一切使わずにいきなり牙を打ち込んだのだった。

「それはガじゃないんだぞ」

 当然イナゴは大暴れするのだが、それを脚で抱え込みながら牙だけで仕留めようとしている。もう間違いない。この子は極端なガ狙いの偏食家である。まあ、「器用な生き方はできません」という子は嫌いじゃないのだけれど。


 8月4日、午前11時。

 ツバキの植え込みにいるヒメグモの4ミリちゃんのお尻は白っぽいオレンジ色、3ミリちゃんは黒っぽいオレンジ色、そして2ミリちゃんは濃いオレンジ色になっていた。ちなみに、スーパーの東側にいるヒメグモのお尻は明るめのオレンジ色だ。実に面白い。


 午後9時。

 ヒメグモの4ミリちゃんはアオバハゴロモを食べていた。しばらくの間はお尻の色に注目していよう。

 オニグモの20ミリちゃんは古い網を回収しているところだった。円網を張り替える時間が遅くなったということは、さほど空腹ではないのだろう。7時か8時頃に張り替えるようになるまで獲物をあげなくてもいいかもしれない。


 午後10時。

 オニグモの20ミリちゃんは直径約80センチの円網の横糸を張っているところだった。なんとまあ、張り替え時間が夜中側へずれたのに円網が大きくなっている。円網を大きくすれば、その分獲物がかかる確率が上がってしまうはずなんだが……糸の原料に余裕ができたので円網を大きくしたということなのかもしれない。だとすると、円網の直径はオニグモの食欲の指標にはならないということになる……かもしれない。 

 20ミリちゃんに少し弱らせたイナゴを1匹あげてしまってから気が付いたのだが、その円網のホームポジションには小さな肉団子が固定されていた。昨日のイナゴを食べ切れていなかったらしい。食べさせすぎだな、これは。


 8月5日、午前5時。

 オニグモの20ミリちゃんは円網の3分の2を残して住居へ戻ったらしかった。

 ヒメグモの4ミリちゃんのお尻は白っぽい緑色になっていた。アオバハゴロモを食べると緑色になるのは確かなようだ。しかも、それは作者があげたアオバハゴロモでは成り立たないということらしい。もしかしたら、活きのいいアオバハゴロモが必要なのか、あるいは、どれくらい空腹かによるのかもしれない。ああっと、アオバハゴロモの体液の色もチェックしておくべきかなあ。


 午後8時。

 また外した。今まさに、オニグモの20ミリちゃんが足場糸を張っているのだ。これでは9時頃には円網が完成してしまうだろう。今回の張り替えは日付が変わってからと思っていたのだが……毎日イナゴを1匹ずつ食べていてもまだ食べたいのかなあ……。円網が完成したら何か獲物をあげよう。


 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんにクロオオアリの大型ワーカーを3匹あげた(何回か咬まれた)。すると、20ミリちゃんは捕帯をそれぞれ15秒くらいずつ巻きつけたのだった。イナゴやコガネムシに対してもそれくらい巻きつければ、もっと楽に仕留められるだろうに……。20ミリちゃんは暴れない獲物が好きなのかもしれない。ジョロウグモじゃないんだから大型の獲物、大暴れする獲物も捕食できた方がいいと思うのだが、これもオニグモの個体変異の範囲内なんだろう。


 8月6日、午前5時。

 ヒメグモの4ミリちゃんと3ミリちゃんが産卵していた。夜になったらお祝いをあげよう。

 オニグモの20ミリちゃんは大穴の開いた円網を残したまま住居に引き上げていた。


 午前6時。

 光源氏ポイントではアオバハゴロモのシーズンは終わったらしかったのだが、1匹だけ残っていた個体をティッシュペーパーで挟んで潰してみた。すると、その体液はわずかに緑色を帯びていたのだった。さらにベッコウハゴロモも潰してみると、こちらの体液は透明だった。ううむ、謎は解けてしまったかもしれない。ああっと、体液が薄緑色のバッタもいるから、それをあげてみるのも面白いかもしれないなあ。

※実験に使用した獲物は後でジョロウグモが美味しくいただきました。


 体長22ミリほどのナガコガネグモ(隠れ帯は上下にI字形)にコガネムシをあげてみたところ、捕帯を約70秒間巻きつけた。どうなってるんだ、これは? 食欲がない時は捕帯を余計に巻きつけるのか? もしかすると、捕帯を大量に使うとお腹に余裕ができるんだろうかなあ……。これ以上は獲物の量を確実にコントロールできる室内実験が必要になりそうだな。作者はやらないが。


 午前8時。

 水田脇のガードレールに取り付けられていたコガネグモの卵囊はカビが生えたような緑色になっていた。

※スズミグモの卵囊も産卵直後は白くて、時間が経つと上半分が灰緑色になっていくから、表面がフェルト状の卵囊はカビやすいんだろう。


 よく見ると小さな穴が開いているから出囊済みらしい。その近くには体長1.5ミリほどのコガネグモの幼体が2匹いた。片方の子はいっちょ前に隠れ帯を1本だけ付けている。


 午前9時。

 帰宅したら手がカメムシ臭い。獲物を探しているうちに触れてしまったらしい。まいったね。


 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんが横糸を張り終えたので、体長15ミリほどの細身のガをあげた。コガネムシもイナゴもうまく仕留められないオニグモというのは初めてだ。ああっと、大型の獲物が得意ではないから、昼間のうちにかかるであろう小型の獲物をあてにして円網を張りっぱなしにしているのかもしれない。


 8月7日、午前3時。

 ヒメグモの3ミリちゃんと2ミリちゃんに体長15ミリほどのバッタをあげた。植物食のバッタの体液は薄緑色のことが多いので、そういう獲物を食べたらお尻の色が変化するかという実験である。なお、4ミリちゃんのお尻はすでに薄緑色なので今回はパスさせてもらう。

 結果はというと、2ミリちゃんはバッタに食いついたのだが、3ミリちゃんは枯れ葉の下に戻ってしまった。産卵直後には大きすぎる獲物だったのだろう。


 午前11時。

 ビンゴ! ヒメグモの2ミリちゃんのお尻が緑色になっていた。ヒメグモのお尻の色を変化させる要因の一つは獲物の体液の色だったのだ。

 ただし、去年、アリをあげ続けたヒメグモのお尻はモスグリーンに変化していったのだが、1匹だけ潰してみたアリの体液は透明だった。「体液説」だけではヒメグモのお尻の色の変化を説明しきれないかもしれない。

 スーパーの北側のオオヒメグモは体長8ミリほどになっていた。


 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんは肉団子をもぐもぐしていた。何を仕留めたのかはわからないが、今夜は円網を張り替えないかもしれない。


 午後10時。

 オニグモの20ミリちゃんが横糸を張っているところだった。やれやれ、外しまくりだなあ……。


 8月8日、午前11時。

 スーパーの北側のオオヒメグモの不規則網の中に赤茶色で脚の生えた何かがいた。体長はおそらく4ミリ以下。オオヒメグモの雄なのか、食べかすなのかわからないので、体長5ミリほどのアリを不規則網に放り込んでみると、少し時間はかかったがオオヒメグモが獲物に近寄って糸を巻きつけ始めた。すると、赤茶色の何かも脚を広げてクモの形になった。触肢に丸いものが付いているから、これがオオヒメグモの雄なのだろう。

 この雄はそろそろと雌に近寄って、その第一脚にそっと触れた。それに対して雌も嫌がる様子を見せず、雄は雌の腹側に潜り込んでいった。雄はすぐに離れてしまったのだが、多分交接したんだろうと思う。


 8月9日、午前11時。

 ツバキの植え込みにいるヒメグモは4匹になっていた。

 4ミリちゃんのお尻は白っぽいオレンジ色になってきている。小型のバッタを捕まえてこようかなあ……。

 スーパーの北側にいるオオヒメグモの側にいた雄の姿がない。やはり交接したのらしい。クモの雄はこの1秒にも満たない時間のために生きている。「我がクモ生に一片の悔いなし」だろうな。


 8月10日、午前1時。

 ツバキの植え込みにいるヒメグモは5匹になっていた。どこから集まって来るんだか……。小型のガとカゲロウを捕まえたのだが、フェンス越しに不規則網に投げ込もうとするとカーブして外れてしまう。翅を持つ昆虫を投げるのは難しいのだ。仕方ないので体長2ミリほどのアリをあげておく。

 オニグモの20ミリちゃんは横糸の間隔が狭くなった円網を張っていたので、イナゴをあげた。相変わらず、ろくに捕帯を巻きつけずに牙を打ち込む20ミリちゃんだった。


 午前6時。

 サルスベリの花が見頃になっている。

 光源氏ポイントではコガネグモの子グモたちがまどいを形成していた。

 ナガコガネグモらしい子グモたちもまどいを形成していた(二枚の葉に挟まれていてよく見えないのだが、壺型の卵囊らしいものがある)。ただし、陽当たりの悪い林の中だし、地面からの高さは約1.7メートルだ。

 7月に産卵したのなら、8月に有効積算温度が出囊する基準値に達してしまう可能性もあるだろう。また、1.7メートルもの高さに産み付けたのは草が少ないからだと考えることもできる。しかし、何故林の中なのかがわからない。もしかしたら、暑い時期には涼しい所で産卵し、気温が下がっていく時期には陽当たりのいい所に卵囊を取り付けることによって出囊時期を調整しているのかもしれない。あるいは、あまり暑いと胚の発生がうまくいかないというような事情があるのか、だろうかなあ……。


 午前8時。

 道路脇で左右が約80センチ、前後が約40センチ、高さは20センチくらいの笠形の網を見つけた。笠形の部分は不規則網のような多数の糸で吊ってある。笠の中央下にいるクモの体長は22ミリほどで、頭胸部とソーセージ形のお尻の前半部は白、お尻の後ろ半分は赤褐色で、その赤褐色の部分に向かって白いまだらが入り込んでいる。また、お尻の頭胸部側の背面には一対の突起があった。これはおそらくコガネグモ科のクモだろうと思ったのだが、こんな網を張るクモなど見たことがない。

 とりあえず、そこらで捕まえた体長7ミリほどのハエを傘形の網の上に投げ込むと、予想通り捕帯を巻きつけた。ということは、少なくともジョロウグモではない。

※帰宅してから新海栄一著『日本のクモ』で調べてみると、この子はコガネグモ科のスズミグモのようだ。「平地~山地に生息するが、風通しの良い樹林地に特に多い」「網は縦糸、横糸共に粘性が無く、数ミリ間隔に引かれ極めて目の細かい構造になっている(絹網)」などと書かれている。ついでにウィキペディアの「スズミグモ」のページを開いてみると「スズミグモ属の種は熱帯を中心に分布する」という説明もあった。なるほど「笠の下で涼むクモ」か。〔「巣に住むクモ」という意味らしいぞ〕


 午後8時。

 ヒメグモの4ミリちゃんのシート網に体長15ミリほどのバッタを投げ込んだ。ちょっと弱らせ方が足りなかったので、バッタが暴れてシート網が破れてしまったのだが、4ミリちゃんは獲物と枯れ葉の下を往復しながら獲物を少しずつ引き上げようとしている。これはもう「勝負あり」である。後は、白っぽいオレンジ色になっているお尻が緑色に変わるかどうかを確認するだけだ。

 実は隣の3ミリちゃんのシート網にもバッタを投げ込もうとしたのだが、外れてしまった。フェンス越しにヒメグモのシート網に獲物を投げ込むのはそれくらい難しいのである。


 午後11時。

 ヒメグモの4ミリちゃんのお尻が白っぽい緑色になっていた。意外に短時間で変わるのだな。

※改めて調べてみると、昆虫の血液(血リンパ)は基本的に透明で、食べた物によって色が変化するのらしい。昆虫は気管系によって直接ガス交換を行うので、血液にはヘモグロビンなどの酸素と結合するタンパク質が存在する必要はなかったのだな。「肌が白かろうが黒かろうが黄色だろうが、血液は赤いだろう」と思い込んでいた作者のミスである。


 8月11日、午前2時。

 台風七号は本州上陸コースに乗っているらしい。

 体長20ミリ弱の元気のないカマドウマを捕まえたので、オニグモの20ミリちゃんにあげた。20ミリちゃんはいつものように捕帯を数秒間巻きつけてから牙を打ち込み、それから円網を大きく切り開いて捕帯を追加するという手順で獲物を仕留めていた。せめてあと10秒間、余計に捕帯を巻きつけてから牙を打ち込めば、もっと大型の獲物でも楽に仕留められるだろうに……。ここまで捕帯をケチるということは、この仕留め方がこの子の本能にプログラムされているのかもしれない。つまり、個体変異の範囲内なのだろう。どんな環境変化が起こったらこんなへたくそな仕留め方が有利になるのかは見当も付かないが。ああっと、横糸が他のオニグモより細いような気もするから、出糸器官の異常のために大型の獲物には逃げられ続けてきたのかもしれない。ハンディキャップのせいで経験が不足しているのだとすれば、大型の獲物が苦手であっても不思議はないかもしれない。


 午前11時。

 ヒメグモの4ミリちゃんの枯れ葉の下には卵囊らしいものが2個あった。交接できているといいのだが……。

 体長80ミリほどのショウリョウバッタが目の前を飛んで行った。夏なんだなあ。


 8月12日、午後11時。星空。気温25度C。

 オニグモの20ミリちゃんは住居の入り口にたたずんでいる。オニグモはいきなり食欲をなくすからやっかいだ。〔食べさせすぎだろ〕

 オニグモの食欲を見切るのはとにかく難しい。隠れ帯を付けてくれるわけでもないし、個体差や齢による差もありそうだしな。


 8月13日、午前1時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていたので、冷蔵庫から出したイナゴをあげた。台風が接近中らしいので、今のうちに食べられるだけ食べておいて欲しいのだ。


 午前11時。

 スーパーの北側のオオヒメグモがいなくなっていた。食べかすも少なかったから、母親がいた場所に帰ってきたものの、獲物が少ないので引っ越したというところだろう。


 午後11時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張っていた。どうにもパターンが読めないのだが、オニグモの雌はオトナになると食欲旺盛になるようだ。産卵するためだろう。

 イナゴをあげてみてわかったのだが、20ミリちゃんは肉団子を咥えたまま円網を張り替えたらしい。

 行き倒れのアブラゼミもいた。まだ息はあるようなのだが、20ミリちゃんが捕食するのは無理だろうなあ。


 8月14日、午後1時。

 ヒメグモの4ミリちゃんの卵囊は3個になっていた。3ミリちゃんの方は2個だ。


 午後10時。

 オニグモの20ミリちゃんは直径約40センチの円網を張っていた。円網を小さくしたのは雨で損傷したせいかもしれない。枠糸から張り直すとなると、その分時間もかかるし、原料も余計に必要になるはずだ。この子はお尻がだいぶ大きくなっているので、ヘルシーなクロオオアリの大型ワーカーをあげておく。

 ヒメグモの3ミリちゃんには体長5ミリほどのガをあげた。

 2ミリちゃんにもベッコウハゴロモをあげようとしたのだが、シート網の上に落ちなかった。


 8月15日、午後8時。

 オニグモの20ミリちゃんは横糸を張っているところだった。お尻が重いらしくて「どっこいしょー、どっこいしょー」というペースで横糸を固定している。


 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんに体長40ミリほどのイナゴの雌をあげた。捕帯を巻きつける時間そのものは長くなったのだが、どうしてもイナゴの後脚の動きを封じることができないでいる。20ミリちゃんにとってはイナゴの雄くらいが限界のようだ。


 8月16日、午前6時。

 ヒメグモの4ミリちゃんと3ミリちゃんが枯れ葉の曲がっている部分に糸の層を造っていた。角度から推測して日よけではないかと思う。

 2ミリちゃんもついに枯れ葉を持ち込んだ。お祝いに体長10ミリほどのカゲロウ体型の獲物をあげる。2ミリちゃんはほとんど糸を巻きつけずに、獲物の脚の1本に牙を打ち込んだ様子だった。獲物はすぐに身動きしなくなったからこれも有効なのだろう。もしかすると、ナガコガネグモのように獲物の翅の大きさによって手順を替えているのかもしれない。


 午後11時。

 オニグモの20ミリちゃんは住居の入り口脇にたたずんでいる。この時間に円網を張リ替えないのなら食欲はないのだろう。……イナゴはどうしよう……。


 8月17日、午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんが横糸を張り終えていたのでイナゴの雄をあげた。ただし、円網の直径は40センチ弱だ。

 ヒメグモの2ミリちゃん(今の体長は3ミリほど)には体長20ミリほどのオンブバッタの雄を弱らせてからあげた。体長で六倍以上の獲物なのだが、ぽとんとシート網の上に落ちてきた2ミリちゃんは「イケる」と判断したらしくて、獲物に駆け寄ると、その後脚に少しだけ糸を投げかけてから牙を打ち込んだ様子だった。これは多分、そこが一番近かったというだけのことだろう。バッタの後脚は自切できるので、うかつに牙を打ち込むと後脚だけを残して逃げられる場合がある。できれば頭部・胸部・腹部のどこかに牙を打ち込めば確実なのだが、今回は自切しなかったので結果オーライである。

 なお、4ミリちゃんのお尻は白っぽいオレンジ色、3ミリちゃんは黒に近いオレンジ色だった。


 8月18日、午前6時。

 光源氏ポイントではジョロウグモのカップルが何組か出来上がっていた。ただし、そのうちの一組はどう見てもアシナガグモとジョロウグモのカップルだ。ジョロウグモの雄にも「エルフたんが好き!」とか「狼女さんラブ!」というような異種族好きのヲタクがいるのかもしれない。〔んなわけあるかい!〕

 10日ほど観察をサボってしまったので、17ミリを超える体長になったジョロウグモの幼体が増えていた。これくらいになると、弱らせたオンブバッタの雄くらいは捕食してくれるので楽だ。もっとも、アオバハゴロモはともかく、ベッコウハゴロモはほとんど見当たらないのだが。

 10日に見つけた林の中のまどいはまだ分散していなかった。こいつらはいったい何者なんだ? 

 今日もベッコウハゴロモに左の脛を噛まれた。たいして痛くはないのだが、感染症が怖い。


 午前8時。

 東屋形の喫煙所の脇にアブラゼミ・イナゴ・コガネムシなどの食べかすが落ちていたので見上げると、縦80センチ・横60センチくらいの円網があった。さらに探してみると、東屋の壁と庇の繋ぎ目部分にオニグモが1匹うずくまっていた。体長25ミリほどの立派な雌である。

 今日見つけたコガネグモは2匹だけだった。1匹は道路標識のポールにしがみついていて、もう1匹も円網を張り替えた様子がない。10日間の間にコガネグモのシーズンは終わっていたらしい。そういえば、昨日の夜、ツゲの木にいたコガネムシは4匹だけだった。


 午前9時。

 スズミグモのスズちゃんのドーム絹網の中央から上に突き出るように糸の塊が取り付けられていた。基本的な形状はコガネグモの卵囊のような肉入りワンタン型だが、多数の糸で上下から固定されているので縦に長くなっているようだ。色も少し古くなったコガネグモの卵囊に似たカビが生えたような灰緑色だし、お尻もしぼんでいるから卵囊で間違いないと思う。あのハエの命も無駄にはならなかったのだな。

 ただし、体長5ミリほどのチリイソウロウグモらしいクモが不規則網部に入り込んでいるのが気になる。スズちゃんはともかく、出囊直後の子グモたちにとっては脅威になるかもしれない。

 そして、この子はドーム絹網に隠れ帯も付けていた。ゆがんだ楕円形で、クモ自身と卵囊がある場所だけが4分の1くらい欠けている。スズミグモという種が生まれた場所の環境については調べようがないのだが、自身と卵囊を守るためのものだと考えれば、「こっちへ来るな!」というメッセージだろうと思う。あるいは逆に、産卵して空腹になったから「獲物を誘引するためだ」という解釈もできるかもしれないが、その場合は産卵前に隠れ帯を付けていなかった理由も説明できなければなるまい。ああっと、「何の機能もない。ただの気まぐれだ」という解釈もできるかもしれないなあ。


 午後9時。

 ツゲの木のコガネムシは1匹だけになっていた。やはり、コガネムシの成虫とコガネグモの成体の出現は連動しているとしか思えない。

 体長20ミリほどのバッタの子虫を捕まえたので、ヒメグモの3ミリちゃんにあげた。少し弱らせすぎたので反応が鈍いが、獲物がシート網の上にいることには気が付いているようだから食欲があれば食べてくれるだろう。

 バッタを食べ終えた2ミリちゃんのお尻はきれいな緑色になっていた。

 

 午後11時。

 オニグモの20ミリちゃんが横糸を張り終えたので、冷蔵庫に入れてあった体長15ミリほどのガをあげた。20ミリちゃんは脚でガの翅を抱え込むと同時に牙を打ち込むという、ごくオーソドックスな手順で仕留めていた。「オニグモにはガがよく似合う」のである。

 ヒメグモの3ミリちゃんはバッタを枯れ葉の下まで引っ張り上げていた。一般的に節足動物は力持ちなのだ。

 雌のカブトムシが歩道をさまよっていたのだが、残念ながら日本産甲虫の皇后を捕食できるようなクモはいない。街路樹の幹まで誘導させていただいた。


 8月19日、午前5時。

 ヒメグモの3ミリちゃんのお尻は頭胸部側から緑色になりつつあるようだ。お尻の後ろ半分は黒っぽいオレンジ色のままである。きれいな緑色にするためには、お尻がオレンジ色になってから、つまり、空腹になってから緑色の血リンパを持つ獲物をあげることが必要なのだろう。楽しむだけのためにヒメグモのクモ生に干渉するのもどうかとは思うが。


 午前11時。

 ヒメグモの4ミリちゃんと3ミリちゃんの枯れ葉の下側に子グモが何匹か見えた。よかったよかった。

 行き倒れのシオカラトンボの雌を拾った。よく見ると、その前脚は外側から内側に向かって動くようにできている。中脚は前方内側に向かって斜めに、後脚は真っ直ぐ前方に向かって動くようだ。これは歩くことを放棄した脚だろう。高速で飛行しながら獲物を抱え込み、口まで運ぶための脚の完成形だと作者は思う。もちろん、こんな脚で歩くのは難しいだろうが、「歩けないのなら飛べばいいじゃない」というのがトンボの考え方なのだろう。

 さてさて、では古生代カンブリア紀のアノマロカリスはどうだろうか。あのトゲトゲの前部付属肢は後ろ下方へ回転して獲物を口まで運ぶためのものだろうが、どうやって獲物を捕らえていたのだろう? どう考えても、停止するか、できれば後方へ向かってゆっくり泳ぎながら獲物を抱え込むのが合理的だとしか思えない。アノマロカリスの体側面のひれも後ろ向きにも泳げる形だし、そのキノコ形の複眼も(根元から動くとしたら、だが)後ろ下方を見やすそうだしな。しかし、こんなのんきな狩りは獲物が眼を獲得して、危険を感じたら逃げるか隠れるかするようになると成立しなくなるはずだ。「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」に参加することすらできなかったアノマロカリスは祇園精舎の鐘の声を聞いてしまったのだろう。


 午後3時。

 光源氏ポイントの近くの林の中の卵囊の周辺には脱皮殻しか残っていなかったので、遠慮なく糸をどけてみた。そこにあったのは、予想通りナガコガネグモの壺型の卵囊だった。早い時期に産卵された場合には年内に出囊することもあるのだろう。

 その近くで頭部と脚4本がないタマムシの死骸を見つけた。珍しいものでもないのだろうが、きれいなのでポケットに入れて持ち帰ることにする。潰さないように気を付けよう。

 ジョロウグモの網には順光でも虹が現れるのを確認した。逆光の場合ほど幅広くはないのだが、狭いリング状に切れ切れの虹が現れるのだ。これこそは「午後3時の虹」である。〔…………〕

 これは糸に入射した太陽光が透明な糸の内部で屈折して、ほぼ入射した方向へ出てきたということなんだろうと思う。


 午後4時。

 スズミグモのスズちゃんの食欲を確認するために、オンブバッタの雄をあげてみた。スズちゃんは当たり前のように駆け寄って捕帯を巻きつけ、牙を打ち込んでいた。一度産卵したくらいで食欲をなくすということはないようだ。ああっと、いけない! これは誘引説にとって有利な観察結果になるかもしれない。見なかったことにしようかな……。〔最初からやらなきゃいいだろうに〕

 興味を持ったことについては確かめずにはいられない。それが観察者というものなのだ。

「論文屋とは違うのだよ、論文屋とは!」〔こらこら〕

 まあ、論文屋さんもお金を稼がなければならないのだろうから、都合のいいデータだけを使うとか、目盛りを対数にして意味があるように見えるグラフを描くくらいは許されてもいいと思う。発表できれば仕事をしたことになるのだろうし、そんな論文を信じる方が悪いのだし、「論文の恥は書き捨て」ということわざもあるしな。〔んなものはない!〕

 

 午後11時。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を張り替えていなかったのだが、残っていた部分に羽ばたくこともできなくなっているシオカラトンボを放り込んでおく。


 8月20日、午前3時。

 オニグモの20ミリちゃんはシオカラトンボを食べたせいか、「今日もよく働いたわー」とでも言いたげに円網の残骸の糸の下にぶら下がっている。お尻も大きいから、食欲が回復するのには何日かかかるかもしれない。

 しかし、そうなると困るのが冷蔵庫の中のイナゴやヒグラシの在庫である。コガネグモたちもほとんど姿を消してしまったことだし、ナガコガネグモやスズミグモのスズちゃんに配ってしまおうかと思う。ただ……情けないことに腰からふくらはぎまで筋肉痛でバキバキなのである。休むのは明日にして今日だけは走るかなあ……。


 午前6時。

 光源氏ポイントでは体長10ミリほどのサツマノミダマシがシオカラトンボを仕留めていた。体長で4倍。これほどの大物なら残業した甲斐があったというものだろう。

 1匹のナガコガネグモにはヒグラシをあげた。しかし、このヒグラシは冷蔵庫の中で回復してしまったらしくて、激しく羽ばたき始めたのだった。捕帯を引きながら駆け寄ろうとしたナガコガネグモは「これは危険だ」と判断したらしく、獲物の手前で急停止すると、ホームポジションに戻ってしまった。ヒグラシが疲れて羽ばたけなくなるまで待つつもりらしい。昆虫はどうだか知らないが、クモはいったん停止したり、様子を見たりということもできるのである。

 今回面白かったのは、ジョロウグモの円網にアオバハゴロモを投げ込んでおいて、それでは足りないだろうと、お代わりのガを追加した時だった。こういう場合、ジョロウグモの雌は食べていた獲物を円網に固定しておいて、新たな獲物に駆け寄っていく。すると、同居していた雄が円網に固定されている獲物に近寄っていくのである。もちろん、獲物を盗むためだ。これは成功することもあるのだが、今回は雌が戻って来るのが早かったので、雄は獲物を置いたまま逃げて行った。

 ジョロウグモの雄は円網用の糸を造る能力を失っている(クモでは一般的なことらしい)。とはいっても、雌がオトナになるまで何も食べないというわけにはいかないので、雄は雌が仕留めた獲物を横取りしようとするわけだ。しかし、それが必ずうまくいくという保証はない。そういう場合に雄はどうするかというと、雌が回収した円網の糸を食べるのらしい(観察できたのは1回だけだが)。クモの糸はタンパク質でできているので、消化できるのなら獲物の代わりになるわけだ。このように「お菓子がないのならパンを食べる」ことができるのがクモという生物なのである。


 午前7時。

 スズミグモのスズちゃんの笠形の網にイナゴの雌を投げ込んでみた。スズちゃんは網の上に落ちたイナゴに捕帯を投げかけ、網を切り開いてバーベキューロール、さらに切り開いて、獲物がぶら下がった状態にしてから縦のDNAロールまで使って抵抗を封じ、それから牙を打ち込んでいた。見事なナガコガネグモ流のフルコースである。さらに、上から落ちてきたイモムシもぐるぐる巻きにしていた。

 しかし、こういうやり方ができるのなら垂直円網でもいいんじゃないか? ドーム絹網だと円網よりも糸が余計に必要になりそうだし……。作者が提示できる仮説は「捕食しやすさよりも防御を優先した」くらいだなあ。特に翅を持つ昆虫の場合は不規則網部分に引っかからずにクモまでたどり着くのはかなり難しいだろう。

 逆に粘球付きの円網の特徴は、基本的にクモがむき出しなので防御力は低下するが、原料が少なくて済むということになるんじゃないかと……いやいや、円網の粘球はほぼ1日で劣化するから基本的に毎日張り替える必要がある。スズミグモのドーム絹網は破れた場所だけ補修すればいいということなら、作業量はたいして変わらないかもしれない。わからんな。

※後で思いついたのだが、引っ越しのしやすさでは大きな差が出るかもしれない。ナガコガネグモなどの円網がキャンプ用のテントだとしたら、スズミグモのドーム絹網は一軒の家だろう。「この場所では十分な量の獲物を捕食できない」と判断した時、テントならすぐにたたんで引っ越しができるだろう。しかし、一軒の家だと分解して運んで建て直すのは大事だ。ということはドーム絹網はどこに張っても十分な量の獲物がかかるような豊かな環境で有利になるかもしれない。


 8月21日、午前3時。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を張り替える様子がない。まったくもう……オニグモは、食べ過ぎてしまってから食欲がないことに気が付くのだからやっかいだ。食べられる時に食べておかねばならないという生き方のせいもあるのだろうが、冷蔵庫の中の獲物が無駄になってしまいそうである。


 午前5時。

 散歩に出た。スーパーの東南の角まで行ってみると、体長25ミリほどのオニグモが住居へ引き上げるところだった。その周辺にはコガネムシが何匹かいたので、円網に1匹投げ込んでみた。25ミリちゃんはコガネムシに気付いていない様子だったが、おとなしくしていたコガネムシがもがき始めると、それに駆け寄って獲物の下側に入り込み、捕帯を投げ上げ始めた。その捕帯は明らかに20ミリちゃんのそれよりも幅広、あるいは糸の本数が多い。やはり20ミリちゃんは出糸器官にハンディキャップを抱えているようだ。

 さて、25ミリちゃんは盛んに捕帯を投げ上げるのだが、コガネムシはその捕帯を脚ではねのけてしまう。脚の動きを封じることができないのである。

 かなり長い時間にわたって捕帯を投げかけた後、25ミリちゃんは円網の一部を切り開いて、必殺のバーベキューロールに切り替えた。これでミイラのように捕帯でグルグル巻きにされたコガネムシは、やっと動きが鈍くなり、25ミリちゃんはその隙を突いて、甲虫の弱点である腹部腹面に牙を打ち込んだ様子だった。

 いやはや、ナガコガネグモの捕帯15秒で牙を打ち込んでしまうという手順はとてつもなく高度なテクニックだったのだなあ。もっとも、コガネムシがかかったのが円網の上部であったなら、25ミリちゃんももっと楽に仕留められたかもしれない。機会があったら実験してみようかな。


 午後9時。

 また間違えた。スーパーの東南の角でコガネムシを7匹見つけたのだ。つまり、コガネムシの季節はまだ終わっていなかった。料理をほとんど食い尽くしたので、次のパーティ会場へ移動したというようなことだったのらしい。

 コガネムシには翅がある。したがって、一ヶ所の若葉を食い尽くしたら別の場所でまた群れましょうということができる。それに対して、歩くしかないコガネグモはコガネムシの群れを追いかけていくことはできないのだろう。2022年の光源氏ポイントにコガネムシの群れと7匹のコガネグモが現れたのは、ただ単に、そこにコガネムシにとってのごちそうが多かったということと、コガネグモが狙う獲物もたくさんいたというだけのことだったのだろう。2023年はコガネムシも含めて大型昆虫が少なかったので、コガネグモも引っ越していったのだと考えるとつじつまが合う。やれやれ、まいったね。

 改めて訂正しよう。「コガネグモ成体はコガネムシ、トノサマバッタ、ショウリョウバッタなどの大型飛行性昆虫を狙うクモなのだろう」と。イナゴは……イナゴ以下の比較的小型のバッタはナガコガネグモに譲って、棲み分けをしているんじゃないだろうか。

 問題はガだな。作者はコガネグモがガを仕留めるところを観察した記憶がない。ガを確実に捕食するためには、オニグモやジョロウグモのように素早く駆け寄って、翅を抱え込みながら胸部に牙を打ち込むというテクニックが必要になる。間違っていたらごめんなさいだが、鈍くさいコガネグモだと「あら、何か獲物がかかったのかしら。やれやれ、どっこいしょ」と腰を上げる前に鱗粉を残して逃げられてしまいそうな気がする。〔クモに腰はないぞ〕


 午後11時。

 スーパーの東南の角の乗用車1台分くらいの面積でコガネムシを11匹見つけてしまった。間違いない。パーティ会場である。そしてコガネグモは1匹もいない。

 その近くにいるオニグモの25ミリちゃんは円網の上端辺りにいた。強力なライトのすぐ前に円網を張っているので、その明るさを嫌って少しでも暗い場所にいるのか、あるいは涼しい場所で待機しているのだろう。獲物は多いのだろうが、夜なのに明るいというオニグモにとっては好ましくない環境にうまく対応しているようだ。

 その円網の上の方にコガネムシを投げ込むと、25ミリちゃんはいったん円網の中心部に移動して何回かつま弾き行動をした。コガネムシがもがき始めると、そこに近寄って少しだけ捕帯を投げかけた後、すぐにバーベキューロールに持ち込み、ほんの数秒間捕帯を巻きつけてから牙を打ち込んだらしかった。同じ条件で実験しているわけでもないので数字そのものにはあまり意味はないのだが、クモがコガネムシの強力な脚を封じるのにはバーベキューロールに持ち込むことが1つのポイントになるようだ、くらいのことは言えるかもしれない。

 オニグモの20ミリちゃんは今夜も姿を見せない。食べ過ぎたので食休みをしているのか、産卵か、あるいは獲物が多すぎるという意味で快適な環境ではないので引っ越したという可能性もあるかもしれない。作者は獲物をあげすぎなのである。それはわかっているのだが……。


 8月22日、午前11時。

 光源氏ポイントでは体長15ミリほどのジョロウグモがしおり糸に第四脚2本を添え、他の6本の脚を広げて下向きにぶら下がっていた。お尻の模様も白っぽいから脱皮するのだろう……と思っていたら、10分も経たないうちに頭胸部を持ち上げてお辞儀するような姿勢になった。

「えっ。ちょっと待って。まだ心の準備が……」などと言っているうちに頭胸部の背面を開いて頭胸部とお尻を抜き、続いて屈伸運動をするように脚を抜き始め、結局、8分ほどで脚の先まで引き抜いてしまった。

 いやはや、若い子の生着替えはよいものであるなあ。〔「脱皮」と言え。「脱皮」と!〕

 ちなみに、オニグモは住居の中で脱皮するらしくて、直接観察できたことはない。見た目はごついけれどシャイなクモなのである。


 午後8時。

 オニグモの20ミリちゃんが縦糸を張っているところだった。そしてよく見ると、そのお尻が二回りくらい小さくなっている。

 丸1日姿を見せなかった後、お尻が小さくなって食欲が回復したということは間違いなく産卵である。

「産卵産卵、さんらんらーん」〔それは錯乱〕

 ここは「お疲れ様」ということで、栄養豊かで、なおかつあまり激しく抵抗しない獲物をあげたい……と思ったら、冷蔵庫の中にはイナゴよりもおとなしいオンブバッタの雌が入っていた。クモの神様のお導きに感謝しよう。

 

 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんが直径約50センチの円網を完成させていたので、オンブバッタの雌をあげた。

 25ミリちゃんも円網を張っていたので、イナゴの雄を投げ込んだのだが、25ミリちゃんは嫌がって円網の端に逃げてしまった。これは……前日にコガネムシを2匹食べたくらいで食欲をなくしたわけか? もう少し小柄なコガネグモでも隠れ帯を2本付けるくらいの量だぞ。もしかしたら、作者の見ていない間に大量の獲物を食べたのか、あるいは、オニグモの消化能力(大食い能力?)はコガネグモほど高くはないということなんだろうか? 


 午後11時。

 25ミリちゃんは結局、イナゴに逃げられてしまったらしかった。食欲がないんだったら、せめて夜中過ぎに円網を張り替えるようにしてくれればいいのに……。オニグモは何を考えているのかわからん。〔あなたは人間よ。人間なのよ!〕


 8月23日、午後9時。

 街路樹で秋の虫が鳴いている。「草の葉がないのなら木の葉を食べればいいじゃない」ということらしい。嫌いじゃないぜ、そういうの。

 オニグモの25ミリちゃんは今夜も古い円網にぶら下がっている。産卵が近いのかもしれない。つわりがきつくて何も食べられない、とか? 

 お尻がモスグリーンと黒のツートンカラーになっているヒメグモの3ミリちゃんのシート網にオンブバッタの雄を投げ込んだのだが、知らん顔をされてしまった。面白くないので、そこらで捕まえたベッコウハゴロモも投げ込んでみると、ぽとんするんだ、これが。体長20ミリのバッタは食べないが、体長8ミリの飛行性昆虫は積極的に捕食するのらしい。出囊した子グモたちに食べさせるのには小型の獲物の方がいいということなのかもしれない。まったく……クモを観察していると、次から次へと新事実が現れやがるのだ。これではいつまで経ってもやめられないではないか。


 8月24日、午前2時。

 街路樹の秋の虫は鳴いていなかった。デートの時間は終わったのだろう。

 オニグモの25ミリちゃんが張り替えた円網の下にぶら下がっていた。空腹ではなかっただけのことらしい。

 ヒメグモの2ミリちゃん(今の体長は3ミリほど)に体長5ミリほどの細身のガをあげてみた。ガは不規則網に引っかかったのだが、2ミリちゃんはぽとんして、シート網の上で獲物を探し始めた。その後、ガが脚を動かしたことで獲物の位置を察知した2ミリちゃんは不規則網の糸を登って獲物に向かって行ったのだった。不規則網だと獲物の位置を特定し難いのだろう。つまり、ヒメグモに獲物をあげる時には、小型の獲物を、身動きはできるが逃げることはできないという程度に弱らせることが要求されるわけだ。今回はうまくいったが、実にめんどくさい。〔獲物を与えなければいいだろ〕

 念のために言っておくと、ヒメグモの不規則網部の糸には獲物を引きつける力があるようだ。粘球は付いていないとされているから、静電気による引力かもしれない。しかし、液状の原料が細く引き出される時に電荷を帯びるなんてことが可能なんだろうか? あるいは逆に、獲物の方が電荷を帯びているのか? ああっと、節足動物の関節部分が糸に引っかかるだけという可能性もあるかもしれない。


 午前11時。

 ヒメグモの2ミリちゃんの枯れ葉の下に卵囊のような物が見えるような見えないような……。角度の関係で確認できない。ちなみに、2ミリちゃんのお尻はほとんど真っ黒だ。

 2ミリちゃんと同じくらいの大きなシート網を張っている3ミリちゃんの枯れ葉の下には多数の子グモたちが群れていた。

 このところシート網を小さくしている4ミリちゃんのお尻はとうとう白っぽいオレンジ色になってしまった。もちろん子グモたちも3ミリちゃんに比べれば少ない。アリを投げ込んでみるくらいのことはするべきだろうかなあ……。

 スーパーの東側ではシジミチョウが交尾してやがった! くそったれが。卵をたくさん産みやがれ!


 午後3時。

 光源氏ポイントで、体長15ミリほどのジョロウグモにイナゴの雄をあげてみた。さすがに体長で2倍の大物だとすぐに手を出したりはしないが、たまに暴れるイナゴを観察している様子だったから、暴れ疲れるのを待っているのかもしれない。

 体長17ミリほどのナガコガネグモが脚先まで届くようなもやもや型の隠れ帯を円網に付けていた。脱皮の準備かもしれない。

 別のナガコガネグモにコガネムシをあげてみると、なんと断続的に90秒くらいの間捕帯を巻きつけた。ええと……これは学習で説明できるかもしれない。2022年の光源氏ポイントには多くのコガネムシがいた。当然ナガコガネグモがコガネムシを捕食する機会も多かっただろう。何回かコガネムシを捕食すれば、捕帯を節約しながらコガネムシを仕留めることができるようになるのかもしれない。

 コガネグモがコガネムシを仕留める場合にナガコガネグモよりも長い時間捕帯を巻きつける傾向があるのは、十数秒間捕帯を巻きつけたところで休憩するせいではないかと思う。ナガコガネグモの狩りにはないそのわずかな隙にコガネムシは捕帯をかき分けてもがき始めてしまうのだ。おそらくコガネグモも十数秒間捕帯を巻きつけた後すぐに牙を打ち込めば、それでコガネムシを仕留められるのではないかとも思うが、あくまでも捕帯を贅沢に使うというのがコガネグモの狩りなのだろう。あるいは、より大型の獲物を狙うクモとして「小物狙いのナガコガネグモの真似なんかできないわよ」という意識があるのか、だな。〔…………〕


 午後4時。

 スズミグモのスズちゃんにコガネムシをあげようとしたのだが、その寸前に作者の周りを飛んでいた体長20ミリ近いアブが不規則網部に飛び込んでしまった。もちろんスズちゃんはシート網の上に落ちたアブに駆け寄って牙を打ち込み、ホームポジションに持ち帰って捕帯を巻きつけ始めてしまう。

 ううむ、このところ観察をサボっていたのでクモの神様がお怒りになっているのかもしれない。跪いて許しを請うべきかな。「クモの神様、クモの神様。怒りをお静めください」と。〔やめとけ。あれは清らかな乙女でないと効果がない〕

※後で気が付いたのだが、このドーム絹網はヒメグモのシート付き不規則網の拡大版だな。ドーム形の絹網も重力まで利用して素早く獲物に駆け寄るために傾斜させてあるのだとすれば、ヒメグモのぽとんと同じ効果を狙っていると考えることもできるだろう。ただし、これはあくまでも作者の考えであって、正しいかどうかは保証できない。確かめたい人はスズミグモ自身に聞いてみて欲しい。〔できるかあ!〕


 午後11時。

 事故に遭ったらしい体長40ミリほどのスズメガを拾ってしまった。羽ばたくことはできるが、飛ぶのは無理らしい。これはもう、今夜中に誰かに食べてもらうしかない。

 しかし、こんな時に限って、20ミリちゃんも25ミリちゃんも円網を張り替えていない。粘球の劣化した円網など「あんなの飾りです」という程度のものでしかないのだ。

 結局、手が届く高さにある20ミリちゃんの円網にガの翅をつかんだまま押しつけることにした。〔危険です。よい子は真似しないでね〕

 大型のガの場合は、パタパタ振動に気が付いたオニグモが駆け寄って牙を打ち込んだことを確認してから手を放せば、粘球が劣化している古い円網でも問題なく捕食してもらえるのである。ただし、20ミリちゃんが牙を打ち込んだのはガの腹部だったし、翅も抱え込めていなかった。作者の持ち方がよくなかったのか、ガを仕留めるのまで下手なのかはわからない。ああっと、大型の獲物はすべて苦手なのかもしれないな、この子は。前世はジョロウグモだったんだろう。〔んなわけあるかい!〕

 ヒメグモの3ミリちゃんにも体長5ミリほどの太めのガをあげた。ガだと飛びついてくるんだよなあ、この子は。小型のガは捕まえにくいというのに……。


 8月25日、午前5時。

 オニグモの25ミリちゃんがコガネムシを食べていた。コガネムシのパーティ会場近くに円網を張っていると獲物には困らないのだろう。


 午前7時。

 体長2ミリほどのコガネグモの幼体3匹が水田脇のガードレールに網を張っていた。その他にまどいができている卵囊が二個ある。

 スズミグモのスズちゃんにはイナゴをあげ……ようとしたのだが、暴れるイナゴはドーム絹網を突き破って落下してしまった。「こんなこともあろうかと」用意しておいた予備のイナゴを半殺しにしてから投げ込むと、これはちゃんと捕食してくれた。ドーム絹網はイナゴ向きではないのかもしれない。だとすると、狙っているのはハエやガのような飛行性昆虫だろうかなあ……。


 午前8時。

 東屋の庇のオニグモの隣に茶褐色の綿菓子のようなものがあった。過去の画像には写っていないから卵囊だろう。オニグモにとっては、この時期が産卵シーズンなのかもしれない。


 8月26日、午前4時。

 ヒメグモの4ミリちゃんの様子がおかしい。お尻が白っぽいオレンジ色だから空腹のはずだと思うのだが、シート網を補修していない。

 3ミリちゃんのお尻はモスグリーンだから食欲がなくてもおかしくはないのだが、子グモたちに食べさせるために獲物を狩る必要があるはずだ。それなのにシート網には大きな穴が2つ開いている。ガを投げ込んでもぽとんしない。これは育児放棄というものではあるまいか? 

 2ミリちゃんには、そこらで捕まえた翅のあるアリのような体型の体長5ミリほどの昆虫をあげた。


 午前11時。

 ヒメグモの3ミリちゃんはガに手を付けていない。枯れ葉の下には子グモたちがうじゃうじゃいるのに、どうやって育てているんだろう?


 午後11時。

 オニグモの20ミリちゃんはボロボロの円網のホームポジションにいた。あまり空腹ではないオニグモでは普通の行動である。円網を張り替えるまで待つ気にもなれないので、体長10ミリほどのよく太ったガをあげてしまう。


 8月27日、午前5時。

 オニグモの20ミリちゃんが珍しく円網を回収していた。縦糸が3本くらいしか残っていない。これは……ガ1匹くらいならすぐに食べてしまえるから、糸を食べるための時間的余裕があった、ということかなあ……。


 午後11時。

 ヒメグモの2ミリちゃんにベッコウハゴロモをあげた。

 3ミリちゃんにもガをあげようとしたのだが、シート網の縁ギリギリだったので、3ミリちゃんが駆け寄る前に落ちてしまった。ただ、ぽとんはしたから食欲がないわけではないのだろう。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を張り替えていたのでイナゴの雄をあげた。

 25ミリちゃんも円網を張り替えて、円網の外で待機していたので、コガネムシをあげた。この子もだいぶお尻が大きくなっているのだが、いつになったら産卵するんだろう? 


 8月28日、午前5時。

 ヒメグモの4ミリちゃん(今の体長は3ミリほど)のお尻はオレンジ色になってしまっていた。体長3ミリほどのアリをあげておく。

 3ミリちゃんには体長5ミリほどのガをあげようとしたのだが、シート網の穴から落ちてしまった。二匹目のガはどこに落ちたのかわからない。しょうがないので、体長1.5ミリほどのアリのような羽虫をあげておく。

 4ミリちゃんも3ミリちゃんも獲物がかかればぽとんするんだけどなあ……。

 2ミリちゃんだけは元気で、シート網もちゃんと補修している。4ミリちゃんと3ミリちゃんは産卵疲れと夏バテでシート網を補修する力が残っていないんだろうか? ヒメグモは子育てするクモなのだから、その場合でも子グモたちに何かを食べさせる必要があるはずなんだが……もしかして、「ママは疲れたからね、あなたたちは共食いでも何でもして勝手に育っていきなさい」というわけか?〔んなわけ……ないとは言えないかもしれない〕

 あるいは、一部の鳥のように吐き戻しを食べさせているのか、だなあ。

 四匹目のヒメグモも現れた。体長3ミリほどで、お尻はオレンジ色。まだ枯れ葉は付けていない。名前は……1ミリちゃんでいいかな。〔「3ミリBちゃん」くらいにしとけよ〕


 午前6時。

 近所にナガコガネグモが現れた。ただし、お尻の側面の茶色の部分が黒に近いくらい濃い色になっている。


 午前7時。

 光源氏ポイントのナガコガネグモにはお尻の側面が黒い子と茶色の子がいる。やはり、秋型が現れ始めているのかもしれない。

 

 午前8時。

 スズミグモのスズちゃんは2個目の卵囊を1個目の上に取り付けていた。卵囊の色自体は白なのだが、ゴミグモのように卵囊にゴミのようなものを付けている。そして、スズちゃんのお尻は二回り以上も小さくなっていた。まるで別グモである。さらに直線状の隠れ帯が1本増えている。何だ、これは? まさか戦闘機の機首に描き込まれる撃墜マークのように産卵するごとに1本ずつ増やしていくのか?〔んなわけあるかい!〕

 あるいは、悪いモノが卵囊に近づけないように結界を張っているようにも見える。

「ノウマク・サマンダ・バザラダン・カン!」

「うぬぬ、不動明王呪か。これでは入れぬ。だが……甘いぞ、スズミグモ。我が眷属であるチリイソウロウグモは、すでにその網に中に入り込んでおるわ!」

 はたしてスズミグモ一家の運命やいかに。〔いい加減にせんかい!〕

 今回、スズちゃんにはコガネムシをあげてみたのだが、捕帯を3回くらい投げ上げてから諦めてホームポジションに戻ってしまった。「こんな大っきいの、無理!」ということらしい。代わりにイナゴの雄をあげておく。

※スズちゃんは産卵して体重が減っていることに気が付いていて、そのためにコガネムシのような体重のある獲物に手を出すべきではないと判断したという可能性もあるかもしれない。大規模な室内実験をしているわけではないので、真の要因を探り出すのは難しいのだ。


 午後11時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていたので、そこらで捕まえたオンブバッタの雌をあげた。体長15ミリほどのガもいたのだが、捕まえ損なった。素手でガを捕まえるのは難しいのだ。

 25ミリちゃんは円網を張り替えていなかった。


 8月29日、午前4時。

 ヒメグモの4ミリちゃんと3ミリちゃんがシート網を補修していたので、それぞれ体長5ミリほどのガとベッコウハゴロモをあげた。いやはや、シート網があると楽でいいわさ。

 2ミリちゃん(現在の体長は3.5ミリくらい)の枯れ葉の下に卵囊らしいものが見える。作業中らしいので、用意したアリは新顔の3ミリBちゃんにあげた。


 午前5時。

 ちょっと気になったので、オニグモの25ミリちゃんの様子を見に行ったら、なんと、体長17ミリほどのお尻が三角形のクモ(多分オニグモの雄)が張り替えられていない円網に侵入していた。どうやら、25ミリちゃんは交接していなかったのらしい。ううむ、今夜中に交接するとしたら、9月のうちに産卵できるかもしれない。しかし、その場合、年内に出囊するんだろうか、それとも来年の春まで卵囊内で待機するんだろうか? 


 午前6時。

 光源氏ポイントにいる比較的大型のジョロウグモの雌11匹のうち9匹は雄と同居していた。


 午前7時。

 脱皮したばかりのオンブバッタの雌を見つけた。いやいや、若い子の生着替えは……。〔やめんかい!〕


 午前8時。

 スズミグモのスズちゃんの二個目の卵囊は薄汚れたような色になりつつある。最初の卵囊は潰れたように平らになっていた。出囊したのかもしれない。

 スズちゃんにはイナゴの雌をあげたのだが、ドーム絹網の下から捕帯を投げ上げるので獲物の抵抗をうまく封じられない。ドーム絹網に穴を開けて、そこから捕帯を投げ上げ、さらに切り開いてバーベキューロール、DNAロールと切り替えながら捕帯を巻きつけて、それから牙を打ち込んでいた。どうも、スズミグモ、というか、スズちゃんにはイナゴの雌は大きすぎるようだ。仕留められる獲物の範囲はイナゴの雄辺りが上限だろう。他のスズミグモはどうだかわからないが。

 スズちゃんのドーム絹網に寄生しているチリイソウロウグモも産卵したらしい。くすんだオレンジ色の卵囊が1個吊り下げられている。

 その近くではジョロウグモのカップルが交接していた。今年度の初観察である。しかし、この雄がしつこい。雌が嫌がらないのをいいことに3回も触肢を挿入しやがった。女の子には優しくしろよな。

 バリアーのせいでピントが合わせにくかったのだが、マニュアルフォーカスでなんとかその瞬間を撮影できた……と思う。

 水田脇ではガードレールにコガネグモの子グモたちが間隔を開けて網を張っていた。一番大きい体長3ミリほどの子はいっちょ前にX字形の隠れ帯を付けている。


 午前9時。

 帰ろうとして坂道を下っていたら、オニヤンマが胸にぶつかってきた。どうせなら食パン咥えた女子高生がいいのに……。〔それは人身事故になるぞ〕


 午後1時。

 オニグモの25ミリちゃんと雄は寄り添ったままうずくまっている。これはもう間違いない。カップル成立である。

「見せてもらおうか。オニグモのカップルの交接とやらを」〔やだっ。見ないでよ、スケベ〕

 …………。

 

 午後8時。

 オニグモの25ミリちゃんは住居にいるが、雄は円網の残骸の中心部辺りに移動していた。「ここへおいでよ」と誘っているような感じだ。オニグモは強い光を嫌う傾向があるようなので、今夜はライトを当てないで2匹っきりにしておいた方がいいかもしれない。


 午後9時。

 作者の部屋に体長10ミリほどのゴキブリの子虫が現れた。これは珍しい。

 もちろん捕まえたのだが、獲物保管用のジッパー付きポリ袋がもうない。しょうがないので、弱らせてからヒメグモの4ミリちゃんのシート網に放り込んでおく。かなりの大物なので4ミリちゃんはぽとんしなかったが、安全だと判断すれば食べてくれるだろう。


 午後10時。

 オニグモの雄は円網の外で糸にぶら下がっている。25ミリちゃんがその隣にぶら下がれば交接だ……が、これは時間がかかりそうな気がしてきた。まあ、なるようになるだろう。ああっと、雄が先にぶら下がるのだとしたら、「ここへおいでよ」フェロモンが必要になりそうだなあ。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていたので、体長15ミリほどのガをあげた。この程度の獲物なら何の問題もなく仕留めてしまう20ミリちゃんであった。 


 午後11時。

 25ミリちゃんはまったく動いていない。もしかしたら「暗くなるまで待って」ということなのかもしれない。しかし、残念ながらそこの強力ライトは夜の間は点灯しっぱなしなのだ。〔エコじゃないな。自分だけならいいだろうというのはエゴだぞ〕

 もう作者の方が限界だ。寝ることにする。交接したかどうかは行動の変化で見当を付けよう。

※オニグモの雌雄はどうやって出会うんだろうか? 以前観察したカップルは若い雄のすぐ隣に若い雌が引っ越して来たのに対して、今回は雄の方からやって来たわけだ。作者がオニグモの交接(今回はまだ交接していないが)を観察するのは二度目でしかないのだが、それでも真逆のパターンである。さて困った。

 ええと……まず成体の雄は雌を求めて三千里の旅に出ることと、まだ交接できていない成体の雌は「お婿さん募集中」フェロモンを放出しているのはおそらく間違いないだろう。今回は徘徊中の雄が偶然それに気が付いたという状況だと思う。

 しかし、それでは若い雄の近くに若い雌が引っ越して来たというケースを説明できない。もしかしたら、若いオニグモには雌雄共に積極的に引っ越しをするタイプが存在していて、しかも、彼らが残していったしおり糸には、雌であるか、雄であるかの情報が載っているのかもしれない。引っ越しの途中で異性の残したしおり糸を見つけた個体はそれをたどって行って、異性の近くに居着くという可能性はあると思う。

 ただし、その場所が獲物が少ない環境であった場合、カップルでオトナになり損なうということになるんじゃないだろうか。そういう場合はどうするんだろう? どちらかが先に引っ越して、残された方はそれを追いかけて行くとか、あるいは、一緒に越冬して来年に賭けるという手もある……かなあ……。


 8月30日、午前3時。

 オニグモの25ミリちゃんは横糸の間隔が不揃いな円網を張っていた。

コガネグモ科のクモの場合、脱皮や交接のようなイベントの前後に、こういう普通ではない円網を張ることがあるようだ。しかし、雄はまだそこにいる。この後、雄がどこかへ去って行けば、交接した可能性がそれだけ高くなるわけだが……。


 午後6時。

 オニグモの雄は25ミリちゃんから離れる方向へ約1メートル移動していた。交接を終えた雌は雄にとって危険な捕食者でしかないのだ。


 午後11時。

 ヒメグモの4ミリちゃんに体長5ミリほどのアリを、3ミリちゃんには体長18ミリほどのガをあげた。なお、4ミリちゃんはゴキブリに手を付けていない。弱らせすぎたようだ。

 そして3ミリちゃんの子グモたちは4ミリちゃんのよりも明らかに数が多い。この差は交接時期の違いだけで説明できるんだろうかなあ……。


 8月31日、午前5時。

 オニグモの雄は姿を消していた。そして、25ミリちゃんの円網の横糸の間隔は比較的揃っている。オニグモも交接した後は心が乱れるのかもしれない。

 というわけで、これ以降はオニグモの25ミリちゃんは交接したという前提で観察を進めていくことにする。特に、いつ産卵するのかを知りたい。前回と同じならだいたい30日後。お尻の大きさを基準にすれば1週間後に産卵ということもあるかもしれない。

 ヒメグモの2ミリちゃんの枯れ葉の下に卵囊らしいものが二個見えた。体長12ミリほどの細身のガをあげておく。


 午前7時。

 光源氏ポイントにおいては今シーズン初となるジョロウグモの交接を観察した。この雄もしつこくて、交接してからいったんバリアー部に戻って、また雌に近寄って交接というのを何度も何度も繰り返している。脱皮直後の雌は拒否することができないのをいいことにヤり放題である。〔「交接」と言え!〕

 なお、近日中に脱皮しそうな子がもう1匹いる。


 午前8時。

 スズミグモのスズちゃんにオンブバッタの雌をあげた……のだが、不規則網部分に引っかかった獲物に対して、スズちゃんはドーム網を強く弾くことしかしなかった。ヒメグモのように糸を伝って不規則網部の獲物にまで近寄っていくことはしないようだ。ドーム網の上に落ちてきた獲物だけを捕食できればそれで十分という豊かな環境で生まれた種なのかもしれない。あるいは、空腹ではなかったので「逃げられてもいいわ」という気分だったか、だな。


 午前9時。

 車にはねられたらしい体長30ミリほどのアゲハの仲間を拾った。内臓がはみ出しているので急いで光源氏ポイントへ引き返したのだが、空腹のジョロウグモを探すのが難しい。体長20ミリほどの子にあげてみたのだが、無視されてしまった。当然、もがき続けるアゲハは円網から外れてしまう。次は鱗粉を少し擦り落としてから、体長15ミリほどの痩せている子の円網に放り込むと、この子は飛びついて牙を打ち込んでくれた。

 やれやれ……。ジョロウグモであっても、大きな翅を持つ獲物であれば、体長で二倍くらいまでは積極的に捕食してくれることもある、ということだな。〔ナガコガネグモに食わせりゃよかったんじゃないか?〕

 …………。


 9月1日、午前1時。

 月の周囲にリングができている。

 ベッコウハゴロモを捕まえたのでヒメグモの3ミリちゃんのシート網に放り込んだ……のだが、いったんはぽとんした3ミリちゃんは枯れ葉の下に戻ってしまった。獲物が身動きしないとノイズだと判断されてしまうのらしい。まあ、ベッコウハゴロモが羽ばたけば捕食してもらえるだろう。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていたのでイナゴの雄をあげた。

 25ミリちゃんも張り替えていたのだが、イナゴを投げ込む前にコガネムシが飛び込んでしまった。

 この辺りにはコガネムシが14匹いる。パーティはまだ終わっていないらしい。


 午後8時。

 オニグモの25ミリちゃんが円網を張り替えて、そのこしき部分で待機していた。観察例は少ないのだが、オニグモの雌は交接すると食欲が昂進するのらしい。産卵のために多くの栄養を必要とするのだろう。ただ、25ミリちゃんのようにお尻の大きな子なら少しダイエットしてもいいような気もする。

 その時、飛んで来たコガネムシがその円網に飛び込んだ。それに対しても難なく捕帯を巻きつけて牙を打ち込む25ミリちゃんだった。そして、この辺りにはコガネムシがまだ10匹くらいいる。さて困った。これでは冷蔵庫の中のイナゴの在庫が減らせない。

 

 9月2日、午前1時。

 ヒメグモの4ミリちゃんが2.5ミリまで縮んで、お尻もオレンジ色になってしまった。これはいかん。体長5ミリほどのアリをあげておく。ぽとんして糸を投げかけていたから食欲はあるのだろう。

 3ミリちゃんと2ミリちゃんのお尻は黒っぽいモスグリーンだ。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていたので、イナゴの雄をあげておく。だいぶお尻が膨らんできているから、2度目の産卵もあるかもしれない。

 

 午前11時。

 ヒメグモの4ミリちゃんのお尻がモスグリーンになっていた。一安心である。


 午後10時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていた……のだが、外側から4本目の横糸の一番上の部分が下がっている。お尻が重くて持ち上げられなかったんだろう。

 25ミリちゃんは円網を張り替えていなかった。コガネグモほど大食らいではないようだ。

 スーパーの東南の角付近には28匹のコガネムシがいた。パーティ真っ盛りである。


 9月3日、午前1時。

 オニグモの25ミリちゃんが円網を張り替えていたのでイナゴの雄をあげた……のだが、寄って来ない。かなり食欲がなさそうだ。


 午後1時。

 ちょっと疲れていたので、クモ観察をサボって「クモ 論文」で検索していたら、とんでもない論文を見つけてしまった。

 論文のタイトルは『チュウガタシロカネグモ(Leucauge blanda)は発する糸を変えて機能的な巣を形成する』で、著者は兵庫県のある高校の科学部の部員数人。

 この論文の欄外には「神〇川大学全国高校生理科科学論文大賞2019」と書き込まれていて、さらにこの科学部の活動記録をたどると、同じタイトルの論文が「第11回東〇理科大学坊っちゃん科学賞研究論文コンテスト」でも優良入賞していた。いろいろなところでいい評価を受けた論文であるのらしい。〔二重応募だぞ?〕

 子供のやることだ。いいオトナは生暖かい眼で見てあげよう。

 なお、この論文は、2023年9月3日の時点では「チュウガタシロカネグモ 論文 7450」で検索すると出てくる(削除される可能性が高いので閲覧はお早めに)。

 さてさて、この論文のどこが問題かというと、まず「2.観察方法と結果」に掲載されている図1の「チュウガタシロカネグモ」の写真がどう見てもジョロウグモの幼体なのである。さらに図7「チュウガタシロカネグモの円網」の写真は決定的にジョロウグモのバリアー付き馬蹄形円網なのだ。つまり、この高校生たちは最初の一歩を間違った方向に踏み出して、そのまま真っ直ぐ突き進んでしまったというわけである。青春だなあ。

 とはいえ、ここまではクモについての基本的な知識のない子供たちのささいなミスであって、年寄りが文句を言うほどのことではない。問題はチュウガタシロカネグモとジョロウグモの幼体の違いを知らない上に図鑑を開いて確認することもしないような人間が審査員だったということだ。顕微鏡写真はともかく、いかにもな数字やグラフがずらりと並べられているのを見ただけで「おお、これはすごい」と思ってしまったのだろうな。しょせん、素人さんのクモに関する知識などその程度なのである。クモの生態学がちゃんとした科学になるのには何百年かかるんだろう? 


 午後8時。

 ヒメグモの3ミリちゃんのお尻がオレンジ色になっていたので、シート網に体長5ミリほどのアリを投げ込んだのだが、まったく反応がなかった。風が強いせいだろうと思う。シート網付き不規則網は獲物がかかったことを感知し難いようだ。


 9月4日、午後3時。

 雨と風のせいでヒメグモの3ミリちゃんと2ミリちゃんの網が跡形もなく消えていた。無事なのは4ミリちゃんの網だけである。祇園精舎の鐘はいつ鳴るかわからないのが怖い。すでに独立した子グモが少しでもいればいいのだが……。


 午後9時。

 ヒメグモの3ミリちゃんと2ミリちゃんが枯れ葉を卵囊や子グモごと、ほぼ元の高さまで戻していた。

「聞く耳持たないわよ、祇園精舎の鐘の声なんか」ということらしい。

 そして、2ミリちゃんはどうかわからないが、3ミリちゃんはフェンスの手前側に居着くつもりのようだから、卵囊をぶら下げたまま、垂直に近い角度のフェンスをよじ登ってきたんじゃないかと思う。小さくてか弱そうに見えるのにタフなクモである。


 9月5日、午前3時。

 体長50ミリほどのスズメガの仲間を捕まえたので、オニグモの20ミリちゃんにあげた。ガの場合は直接牙を打ち込めばいいので、20ミリちゃんでも問題なく仕留められるのだ。後で確認したらちゃんと棒状にしていた。

 25ミリちゃんは今夜もコガネムシをもぐもぐしている。

 ヒメグモの2ミリちゃんはお尻がモスグリーンのままだったので空腹ではないと判断して、4ミリちゃんと3ミリちゃんにそれぞれ体長10ミリほどの細身のガをあげた……のだが、弱らせすぎたせいで羽ばたかないので、獲物にたどり着けない様子だった。弱らせないと逃げられてしまいそうだし、加減が難しい。アリにするべきだろうかなあ……。

 なお、珍しいことに3ミリちゃんの子グモたちのうちの数匹が枯れ葉の表側に出ていた。

 

 9月6日、午前6時。

 冷蔵庫に入っていたバッタの類をすべて光源氏ポイントのオトナのジョロウグモたちに配ってしまう。それでも全員には行き渡らないので、そこらで捕まえたガもあげる。しかし、体長40ミリ弱のアゲハをあげた子は警戒して寄ってこない。

 羽ばたき続けるアゲハは網から外れて落ちてしまったので回収した。後でスズミグモのスズちゃんにあげよう。


 午前7時。

 残念。スズちゃんはドーム絹網を張っていなかった。卵囊が3個に増えていて、お尻の厚みも半分くらいになっているし、チリイソウロウグモの姿も見えないから「いいクモ生だったわ……」ということなのかもしれない。

 アゲハはていねいに鱗粉を擦り落として、近くにいた体長20ミリほどのジョロウグモにあげた。さすがにアゲハが羽ばたいている間は様子を見ていたが、アゲハがおとなしくなったところで近寄って牙を打ち込んでいた。ジョロウグモは大きな翅を持つ獲物なら安心して捕食するということではなく、「仕留める」と決断する閾値がコガネグモ科のクモよりも大型の方向へずれているというだけのことらしい。


 午後10時。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を張っていない。

 25ミリちゃんも住居にうずくまったままだ。

 ヒメグモの4ミリちゃんと3ミリちゃんに体長5ミリほどのアリをあげた。これくらいが不規則網にしろシート網にしろ引っかかりやすいかもしれない。


 9月7日、午前5時。

 オニグモの20ミリちゃんと25ミリちゃんは円網を張り替えなかったようだ。


 9月8日、午前3時。

 祝、産卵! オニグモの25ミリちゃんが住居のすぐ側で茶褐色の綿菓子を作っているところだった。交接したのは8月29日頃だから産卵まで11日くらいである。獲物さえ十分に食べられれば30日もかからないということだな。


 20ミリちゃんも円網を張っていない。こちらもおめでたかもしれない。


 午前11時。

 雨も風も強い。道路が川になっている。これではジョロウグモたちが引っ越しをしてしまいそうだ。ヒメグモたちの網も落ちてしまうかもしれない。 


 午後10時。

 ヒメグモの2ミリちゃんは枯れ葉をツバキの木側に10センチほど寄せていた。偶然かもしれないが、そこなら風当たりはいくらか弱くなるだろう。ではなぜ、3ミリちゃんはそうしなかったのかというのが新たな問題になるわけだが……。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を張り始めたところだった。もちろん、お尻はぺたんこになっている。

 25ミリちゃんはもう円網を完成させていて、しかもホームポジションには肉団子らしいものまで取り付けていた。


 9月9日、午前11時。

 日立市では観測史上1位の雨量を記録したそうだ。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を回収していた。

 それに対して25ミリちゃんは大穴が2つ開いた円網を張りっぱなしで住居に戻っていた。

 というわけで空腹のオニグモは円網を食べて飢えを凌ぐという可能性があるかもしれない(オニグモは産卵後に食欲が昂進するという仮定が必要だが)。

 ヒメグモの2ミリちゃんの枯れ葉の下に子グモが何匹かいた。それはいいとして、3ミリちゃんの子グモだけが桁違いに多いのはどういうわけなんだ? 


 午後10時。

 ヒメグモの4ミリちゃんと3ミリちゃんに体長4ミリほどの羽アリ(?)をあげた。3ミリちゃんはシート網を張ろうとしているらしくて、糸を何本も風に乗せているのだが、残念なことにフェンスの外側には糸が付着するべき基盤がないのだった。

 オニグモの25ミリちゃんは円網を回収し始めていた。

 その周辺のコガネムシは乗用車三台分くらいの面積に6匹しかいなかった。別のパーティ会場へ移動しつつあるのか、シーズンそのものが終わったのかはわからない。


 9月10日、午前5時。

 ヒメグモの4ミリちゃんが産卵していた。ちょうど今、卵囊の仕上げをしているところだ。お尻はもちろんオレンジ色。


 午前7時。

 クズの花が咲き始めている。

 光源氏ポイントではカメムシやカタツムリが交尾してやがった。まあ、作者は女なんか欲しいと思わないが。〔嘘つけ!〕

 持ってきた6匹のガはすべてジョロウグモたちに配ってしまう。一番大きい体長40ミリほどのスズメガ(多分)は、やはり一番大きい体長25ミリほどの子にあげた。ガであれば、これほどの体格差でも飛びついて来るのだ。


 午前8時。

 スズミグモのスズちゃんは相変わらずドーム絹網を張っていない。3個の卵囊の真下にいるから、素人さんが見たら「卵囊を守っている」などと言いそうだ。

※実際にそういうキャプションを付けた画像を公開しているサイトもある。


 午前9時。

 しっぽを再生中のカナヘビを見つけた。しっぽの途中からチョッカクガイの殻が生えているみたいだ。

 東屋のオニグモはいなくなっていた。死期を覚ってオニグモの墓場へ向かったのかもしれない。〔どこにあるんだ、そんなもん!〕


 午前10時。

 逆光になったので、光源氏ポイントのジョロウグモの1匹が黄色い網を張っているのに気が付いた。それがなんと、スズメガをあげた子である。食べてくれているから無益な殺生にはならないのだが……。

 弱らせたイナゴの雄をあげた子たちは、いつものようにしばらく様子を見てから慎重に近寄ってチョンチョンして、安全に仕留められると判断した後、できるだけ遠い間合いから牙を打ち込んでいた。

 本日のお土産はイナゴの雄4匹、小型のバッタ3匹、ガが2匹である。日本は平和で豊かな国だ。


 午後9時。

 オニグモの25ミリちゃんにイナゴをあげた。周辺にはコガネムシが6匹しか見当たらなかった。もう円網を張ればコガネムシが飛び込んでくるというような状況にはならないはずだ。

 20ミリちゃんには体長5ミリほどのガをあげた。

 25ミリちゃんには二回目の産卵を目指してもらうとして、20ミリちゃんに三回目の産卵をさせるかどうかについては迷いがある。三回目の後、どういう行動を取るかを観察するか、それとも、このままクモ生を終えてもらうか……。 

 

 9月12日、午前1時。

 オニグモの25ミリちゃんはコガネムシを仕留めたらしかった。周辺ではコガネムシを11匹見つけたから、パーティが終わるまでは獲物に困ることはないだろう。

 20ミリちゃんにはイナゴの雌をあげようとしたのだが、イナゴが暴れると円網から外れて落ちてしまう。その上、20ミリちゃんも円網の外へ避難してしまった。この子にとってはイナゴの雄くらいが限界のようだ。

 ヒメグモの4ミリちゃんには冷蔵庫の中で力尽きていたヒシバッタ、2ミリちゃんにはそこらで捕まえた体長5ミリほどのガをあげた。


 午前10時。

 オオハンゴンソウが咲き始めている。

 光源氏ポイントでは前回とは別のジョロウグモのカップルが何度も交接していた。

 縦15センチ、横20センチしかない網を張っているジョロウグモと全面的にバリアー風にしているジョロウグモも1匹ずついた。体長20ミリ以上なので成体だと思っていたのだが、脱皮前の亜成体だったのかもしれない。

 お尻の側面が黒いナガコガネグモは痩せているだけかもしれないと思ったので、詳しく観察してみた。しかし、痩せていても側面が茶色の子もいるし、太っていても黒い子もいる。今のところは秋型だとしか思えない。


 午前11時。

 1匹のナガコガネグモの円網に、頭部が噛み砕かれ、腹部の後端もなくなっているスズメバチの食べかすらしいものが取り付けてあった。ジョロウグモならともかく、捕帯で獲物の抵抗を封じてしまえるのなら捕食できても不思議はないだろう。

 7本脚のジョロウグモに、あえて活きのいいキリギリス体型のバッタをあげてみたのだが、これがどうにも……。そろそろと近寄ったかと思うと、バッタが身動きしただけでホームポジションに戻ってしまう。しばらく様子をみてからまた近寄って、脚先でチョンチョンすると、またまたバッタが身動きするので逃げ戻る。またしばらく様子を見てからそろそろと近寄って、脚先でチョンチョン、触肢でもしょもしょして、それからパッと踏み込んで牙を打ち込んだ。今度は獲物が暴れても逃げ戻ることはなかったから、これで「勝負あり」だろう。

 クモの脚はもげても脱皮の時に再生されるのだが、脚が少ない間は獲物に対する積極性が低下するような気がする。痛い目に遭った記憶が残っているのか、あるいは、自分の攻撃力が低下していることをわかっているんだろうかなあ……。


 午後4時。

 昼前に観察したジョロウグモのカップルがまだ交接を繰り返している。いったい何回ヤッたら気が済むんだ、お前らは!

 他の子は太陽の方向にお尻の後端を向けている。まだまだ暑いのだ。


 午後9時。

 オニグモの25ミリちゃんの円網にそこらで捕まえたコガネムシを投げ込んであげた。

 20ミリちゃんにはイナゴの雄をあげておく。


 9月13日、午前1時。

 オニグモの25ミリちゃんの円網には別のコガネムシが1匹かかっていた。余計なことをしてしまったようだ。


 午前3時。

 25ミリちゃんはコガネムシを1匹捨てていた。食べきれないということらしい。

※このコガネムシはアリの群れが美味しくいただきました。


 しかし、コガネグモならコガネムシ2匹くらいは平気で食べてしまいそうだ。コガネグモは一気に大量の獲物を食べて、産卵して、クモ生を終えていく、「宵越しの獲物は持たないわよ」という江戸っ子タイプのクモなのかもしれない。それはまた、大型の獲物が大量にいる場所でなければ生きられないクモということでもあるだろう。準絶滅危惧種に指定されてしまうわけだ。

 ヒメグモ3匹はお尻が黒っぽくなっていた。これはまずい。冷蔵庫に入れてあるヒメグモ用のハエが傷んでしまいそうだ。ジョロウグモたちに食べてもらうしかないかもしれない。

 しかし、それもまた問題で、ヒメグモは子育てするクモなのである。したがって、自分の食欲に関係なく獲物を捕らえる必要があるはずだ。それなのに、今年のヒメグモたちはあまり積極的に網の補修をしないのである。それに母親が枯れ葉の下まで運んだ獲物に子グモたちが取り付いている様子もない。育児放棄というのは考えにくい、というか、考えたくない。小鳥のように吐き戻しを与えて育てているんじゃないかという気もする。


 午前4時。 

 体長20ミリほどの細め体型のハエ3匹をオニグモの20ミリちゃんとジョロウグモ2匹に配って歩いた。20ミリちゃんと体長15ミリのジョロウグモはもちろん問題なかったのだが、あまり期待していなかった体長10ミリほどのジョロウグモも飛びついて牙を打ち込んだのだった。体長10ミリなら体長5ミリのアリですら慎重に安全確認するところである。どうして「この獲物は安全だ」という判断ができたんだろう? 飛行性昆虫は翅まで含めた面積の割に体重が軽いだろうが、円網の振動でそこまでわかるんだろうか? 


 午後10時。

 オニグモの20ミリちゃんにイナゴの雄をあげた。

 ヒメグモの4ミリちゃんと3ミリちゃんにも体長5ミリほどのアリをあげたのだが、気付いてもらえなかった。夜明け前の風が弱い時間帯を選ぶべきなのかもしれない。


 9月14日、午後1時。

 光源氏ポイントには脱皮したばかりらしいジョロウグモがいた。珍しく同居しているオスが交接しないな……とか思っていたら、さっそく始めやがった。

 今日も実験をする。ジョロウグモは何を基準にしてガとそれ以外の獲物を識別しているのかがわかっていないので、ガの翅をむしって、ハチやハエサイズにしてから1匹のジョロウグモの円網に投げ込んでみた。すると、ビンゴ! その子は円網の端まで避難したのだった。

「やはり、問題は翅の大きさだったのだな」と思ったのだが、念のためにそのガを外して別の子の円網に投げ込んでみた。すると、ダウト! 飛びついて来るんだ、これが。うーん……ガとそれ以外ではなく、獲物の体重(正確には円網に飛び込んだ時の運動エネルギー)かなあ……。いずれにせよ、空腹度を揃えないと有意なデータは得られないはずだ。これ以上実験を続ける意味はないかもしれないなあ……。


 午後2時。

 スズミグモのスズちゃんのお尻の後ろ半分が黒ずんでいた。がんが全身に転移している末期の患者のようだ。脚先に触れると身動きはするのだが……。

 森の中の道路脇で、体長30ミリほどのジョロウグモを見つけた。頭胸部が大きく腹部も太い女王様体型である。

 拝謁の栄誉を賜ったので、イナゴの雌を弱らせてから捧げようとしたのだが、バリアーに弾かれてしまった。しかも、女王様はまったく反応してくださらない。

 よく見ると、馬蹄形円網の前にバリアーの糸がほぼ等間隔に張り巡らされている。まるで「わらわに獲物を捧げるなど1年早いわ」と言われているようだ(ジョロウグモにとっての1年は人間に換算すると100年以上である)。しかし、作者にもクモ観察者としてのプライドがある。余計めに弱らせたイナゴを、今度はバリアーの隙間を狙って投げ込んでみた。これでうまく円網に届いた……のだが、やっぱり無視されてしまう。「そのような活きのいい大型の獲物など食えるか!」ということらしい。しょうがない。ここはおとなしく退散して、後でもっと小型の捕食しやすい獲物を用意することにしよう。

 しかし、なぜバリアーなのだろう? 食欲がないのなら網を黄色くすればいいだろうに……。暗いからだろうか。光源氏ポイントのような明るい環境なら黄色い網でも昆虫に見つけてもらいやすいだろうが、森の中ではあまり役に立たないのかもしれない。その場合はバリアーで強引にはじき飛ばすしかない、とか? 


 午後3時。

 水田脇で体長8ミリほどのナカムラオニグモが縦糸しかない網のこしき部分に直径15ミリほどの雲形の隠れ帯を付けていた。これは脱皮が近いのかもしれない。そして、コガネグモ科の24時間営業のクモは一般的に雲形の隠れ帯を作る能力を備えている可能性が出てきたとも言えそうだ(使うか使わないかはそれぞれのクモの判断によるのだろうが)。


※9月15日より天気と最低気温と最高気温を記載する。クモは小型の変温動物なので気温の影響が大きいだろうということに今頃気が付いたのだ。


 9月15日。曇り。最低24度C。最高30度C。

 午前6時。

 昨日円網を張っていなかったジョロウグモが脱皮して体長20ミリほどになっていた。横糸がたったの11本、直径二〇センチもない円網を張っていたので、体長20ミリほどのガをあげた。飛びついてくるくらいの体力はあるようだ。

 子グモのまどいを見つけた。その側にいたのはキシダグモ科のイオウイロハシリグモらしかった。新海栄一著『日本のクモ』によると、「キシダグモ科のクモはすべて球形の卵のうを口にくわえて保護する習性を持っている」のだそうだ。愛だねえ。

 昨日のナカムラオニグモが横糸を張っていた。体長が変化したようには見えないから、引っ越して来たばかりで片付けが間に合っていなかっただけ……じゃないな。『日本のクモ』によると、ナカムラオニグモは本来、「網の一端の葉や穂先などを丸めて袋状住居を作る」クモなんだそうだ。周辺の草の葉がすべて刻んだ稲わらの下敷きになっているので、隠れ帯で代用するしかなかったんだろう。ひどい話だ。

 スズミグモのスズちゃんは姿を消していた。卵囊3個なら大往生と言えるだろう。合掌。


 午前7時。

 もしかすると、またミスったかもしれない。昨日拝謁した女王様体型のジョロウグモ(「森の女王様」と呼ぶことにしよう)は今日も獲物に反応しなかったのだ。これは脱皮の前の絶食かもしれない。体長25ミリほどだったからオトナだと思い込んでしまったのだが、それにしては、同居しているオスが交接しようとする素振りすら見せなかったし……。

 しかし、体長25ミリから脱皮したら、いったい何ミリまで伸びるんだろう? まあ、そういうことは、あと3日くらいでわかることではあるのだが。


 午前8時。

 去年の10月に作者の指を触肢でもしょもしょして、それからまたぎ越えていったオニグモ(多分)が残業して獲物をもぐもぐしていた。お尻の背面が平らになっているから産卵直後で食欲旺盛なのかもしれない。


 9月16日。晴れ。最低24度C。最高30度C。

 午前1時。

 オニグモの20ミリちゃんに弱らせたイナゴの雌をあげた。とりあえず三回めの産卵後の行動を観察しようというわけだ。20ミリちゃんは相変わらず、ろくに捕帯を巻きつけずに獲物に牙を打ち込むと、円網に大穴を開けて、いかにも捕帯を巻きつけているように第四脚を振り回すのだが、やはり捕帯の量は少ない。もういいや。この子はジョロウグモの生まれ変わりだと思うことにしよう。

 25ミリちゃんはコガネムシを仕留めていたが、周辺にいたコガネムシは3匹だけだった。パーティは終わり……というか、コガネムシの季節そのものが終わりに近いのかもしれない。

 チャバネゴキブリが交尾していた。片方が翅を持ち上げて、もう片方がその下に頭部を入れたと思ったら交尾して、そのまま走り出した。よく外れないものだ。

 なお、ウィキペディアによると、翅を持ち上げた方が雄で、腹部背面から出る分泌物を雌に舐めさせてから交尾するのらしい。ヒトに例えると、男の脇の下の匂いを嗅いで「まあ、ステキ!」というようなものだな。〔……例えるなよ〕

 体長3ミリほどになっていたヒメグモの4ミリちゃんには体長5ミリほどのアリをあげた。今回はうまくシート網の上に落とせたし、4ミリちゃんにも気付いてもらえた。やれやれ……。


 9月17日。曇りのち晴れ。最低25度C。最高32度C。

 午前7時。

 水田脇にいたナカムラオニグモはいなくなっていた。よほど住み心地が悪かったのらしい。「実家へ帰らせていただきます!」とか?〔クモの実家というと、バルーニングの出発地点か?〕

 ここでもカタツムリのカップルが交尾していた。で、その2匹の外套膜の下にピクピクとリズミカルに動く白いものがあった。もしかして、これが心臓なんだろうか。もしもそういうことなら、カタツムリも交尾する時には胸がドキドキするのかというテーマで論文が書けそうだな。うまくいけばイグノーベル賞を受賞できるかもしれないぞ。〔カタツムリの胸ってどこにあるんだ?〕

 スズミグモのスズちゃんの子グモたちがまどいを形成していた。ということは、以下のようなことが言えるだろう。

(1)1個めの卵囊を確認したのが8月18日、2個めが8月28日、3個めが9月6日である。したがって、産卵から出囊まで最長で約1ヶ月、最短で11日くらいということになる。まあ、こういうことは室内で飼育すれば一発でわかることだが。

(2)ナガコガネグモと同じように、少なくとも一部の子グモは冬が来る前に出囊した(もちろん子グモで越冬できるのかどうかは未確認だ)。

(3)「卵囊を守るスズミグモの母親」などというキャプションを入れるカメラマンが現れそうだ。

※個人的には「卵囊を守る」と「卵囊の側にいる」は同じではないと思う。「卵囊を守る」と言いたいのなら、卵囊に手を出そうとするものに対して母親が防御するか、あるいは攻撃することを確認してからにして欲しい。

 例えば、卵囊を持ち歩くキシダグモ科やコモリグモ科のクモや産卵室を造って産卵するフクログモ科のカバキコマチグモなどは「卵囊を守る」と言ってもいいかもしれない。しかし、一部のジョロウグモが卵囊の側にいることがあるのは、疲れ切っていて動けないか、気温が低すぎて動けないだけだろうと思う(作者が卵囊の側にいるジョロウグモを始めて観察するまでは、産卵後のジョロウグモはすべて元の網に戻っていた)。

 スズミグモに関しては、卵囊に攻撃を加えてみないと確認できないのだが、体力的に動けないか、あるいはドーム絹網から立ち去る気になれないだけという可能性が高いと思う(同じコガネグモ科のナガコガネグモは力尽きるまで円網にしがみついていたし)。


 その少し先におわします森のの女王様は円網の一部をお張り替えになっておられた。体長はお変わりないようなので、前回は空腹ではなかっただけのことらしい。〔また外したんだ〕

 その張り替え済みの部分を狙って、バリアーの糸の間から生け贄のバッタを投げ込むと、今日の女王様はご機嫌がうるわしかったらしくて、飛びついて捕食していただけた。光栄なことである。もしも食べていただけなかったら「おっといけにぇ」と言わなきゃならないところだし。〔…………〕


 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張っていたのでイナゴの雄をあげた。

 25ミリちゃんは横糸を張っているところだった。コガネムシがかからなくなれば、もっと早い時間帯に円網を張り替えるようになるだろうから、そうしたらイナゴをあげよう。


 9月18日。晴れ。最低24度C。最高34度C。

 午前11時。

 ヒメグモの3ミリちゃんがフェンスの前に幅三センチほどのシート網を張っていた。この辺りが限界なんだろう。

 オニグモの25ミリちゃんの円網には大穴が開いていた。昨夜はかなりの大物を仕留めたのかもしれない。 


 午後8時。

 オニグモの25ミリちゃんが横糸を張っているところだった。

 20ミリちゃんも今、横糸を張っている。

 この2匹には後でイナゴをあげよう。


 9月19日。晴れ。最低23度C。最高34度C。

 午前5時。

 オニグモの25ミリちゃんは食べかけのイナゴを捨てて、コガネムシらしいものをもぐもぐしていた。無益な殺生をしてしまった。


 9月20日。曇りのち雨。最低24度C。最高31度C。

 午後1時。

 今日もイナゴをポケットに入れて光源氏ポイントまで行ってみた。

 イナゴを配っていて気が付いたのだが、同じくらいの体長でもお尻がウインナー形の子の方が鉛筆形の子よりも獲物に対して積極的であるような気がする。もちろん、体重を量ったわけでもないし、空腹度を同じにして比較したわけでもないので定量的なデータではないのだが、「ジョロウグモは自分の体重をある程度把握している可能性がある」くらいのことは言えそうだ。

 そんなことを考えているうちに雨が降ってきた。イナゴはまだ残っているのだが、急いで家へ帰ることにする。


 9月21日。曇り。最低22度C。最高29度C。

 午後11時。

 オニグモの25ミリちゃんは卵囊の横にうずくまったまま。円網も昨日から張り替えていない。

 20ミリちゃんも住居の入り口辺りにいる。


 9月22日。雨時々曇り。最低24度C。最高27度C。

 午前5時。

 25ミリちゃんは今日も「卵囊を守っている」。あっはっはっはっは。

 20ミリちゃんも円網を張り替えなかったようだ。


 9月24日。曇りのち晴れ。最低19度C。最高25度C。

 午前1時。

 オニグモの25ミリちゃんは卵囊のすぐ近くでお尻ぺったんぺったんをしていた。なんと、そこに産卵するつもりらしい。卵囊を隙間なく並べるなんて……スズミグモやゴミグモのようだ。

 20ミリちゃんは住居の近くで糸にぶら下がっていた。こちらはすでに産卵を済ませたらしくて、お尻の背面が平らになっている。


 午前5時。

 25ミリちゃんは1個めの卵囊をぺったんぺったんしている。これは産卵じゃない……のか? じゃあ何なんだと聞かれても答えようがないのだが。

 20ミリちゃんは住居に戻っていた。


 午前9時。

 光源氏ポイントのジョロウグモたちはほぼ全員円網を薄い黄色にしていた。無色なのはどう見ても幼体という体型の子たちだけだ。


 午前10時。

 ヒガンバナが咲き始めていた。

 当たり前だが、スズミグモのスズちゃんの子グモたちの姿はなかった。

 森の女王様にイナゴを捧げる。今回も積極的に食べていただけた。ただし、隣の子の円網はかすかに黄色くなっているのに、女王様の円網は無色だ。女王様の網は森の中でも特に暗いところにあるから、そのせいかもしれない。

 コンパクトデジカメのメモリーカードの空き容量がゼロになってしまった。16ギガで1年と9ヶ月弱。毎年1月1日に交換してしまうのがベストかもしれない。


 午後1時。

 オニグモの25ミリちゃんは卵囊を大きくしていた。直径が二倍ほどになっている。何なんだ、これは? 


 9月25日。晴れ時々曇り。最低15度C。最高26度C。

 午前5時。

 近所に網を張っていたジョロウグモ3匹が姿を消した。「ここに網を張っていても冬までに産卵するのは無理」という判断らしい。雄が2匹、破れた網に居残っているのだが、どうして追いかけなかったんだろう?


 午後9時。

 オニグモの25ミリちゃんが円網を張っていた。まだまだ産卵できるということらしい。

 20ミリちゃんは今日も住居の入り口に顔だけを出している。この子は祇園精舎の金の声を聞いているのかもしれない。

 ヒメグモの4ミリちゃんが枯れ葉の下から出てきていた。そのお尻は白っぽいオレンジ色だ。


 9月26日。晴れのち曇り。最低19度C。最高28度C。

 午前5時。

 また外した。オニグモの20ミリちゃんも円網を張っていたのだ。産卵の疲れから回復するのに時間がかかったというだけのことらしい。とりあえずイナゴを1匹あげようと思って家に戻って冷蔵庫からイナゴを出してきたら、20ミリちゃんは住居へ戻る素振りを見せている。その円網に急いでイナゴを投げ込んだ。……迷惑だったかもしれない。


 午前9時。

 光源氏ポイントにいるオトナのジョロウグモは3匹に減っていた。後は体長12ミリを先頭に幼体が何匹かだ。ただし、オトナの1匹はお尻がラグビーボール形になっている。

 その代わりというか、センターラインのある舗装路を越えた水田脇にジョロウグモが11匹いる。電柱付近に網を張っているのが4匹、地上から約10メートルの高さの電線の間にいる子たちが7匹だ。ジョロウグモは高い所が好きなのである。そして、産卵する時にはまた道路を越えて、落葉広葉樹の葉に産み付けるんじゃないかと思う。人間で言えば実家へ帰って産卵するようなものだな。〔人間の場合は「出産」だ!〕


 午前10時。

 森の女王様のお姿はなかった。そんなにイナゴを食べるのが嫌だったのか、あるいは産卵かもしれない。産卵ならまた戻ってきていただけるかもしれないから、たまには様子を見に行くことにしよう。


 午後9時。

 玄関に住みついている体長2ミリほどのオオヒメグモ(多分)の不規則網に体長7ミリほどのアリを投げ込んでみた。「体長の三倍です!」という大物だが、積極的に近寄って、糸を投げかけるような動作を見せる2ミリちゃんだった。

※この子は外来種のマダラヒメグモらしいことが翌年に判明することになる。


 9月27日。曇り時々雨。最低20度C。最高26度C。

 午前5時。

 コンビニの看板や窓に緑色のカメムシがたくさんいる。縦約1.7メートル、横約1.2メートルの看板には20匹くらい。交尾シーズンなのかもしれない。

 オニグモの25ミリちゃんは円網を張り替えていた。ただし、その直径は40センチ弱と小さめだ。

 20ミリちゃんは円網を回収して住居の入り口近くにぶら下がっていた。  

 

 午後11時。

 オニグモの20ミリちゃんが横糸を張っているところだった。この時間に網を張り替えるというのは、獲物を消化する能力がかなり低下しているということなんだろうかなあ。

 20ミリちゃんにイナゴをあげて、ふと気が付くと、体長12ミリほどのクロオオアリがブロック塀の地面近くに浮いている。ライトを向けてみると、体長2ミリもないオオヒメグモ(多分)が取り付いていた。「体長の六倍です!」という獲物でも仕留められるのらしい。 


 9月28日。晴れ時々曇り。最低22度C。最高30度C。

 午前5時。

 オニグモの20ミリちゃんはイナゴを食べ続けている。曇っているので「夜明けはまだのはず」とでも思っているんだろう。夜中に円網を張り替えたのだから、冬眠前の食い溜めということはあるまい。


 午前10時。

 オオハンゴンソウの見頃は過ぎたようだ。

 光源氏ポイントにいる1匹のジョロウグモのバリアーにコガネムシの食べかすらしいものが2つ取り付けられていた。この辺りでは毎年1匹か2匹はコガネムシがジョロウグモに仕留められているようだ。円網から脱出できないまま力尽きてしまうまで待って、それから腹部腹面に牙を打ち込めば仕留められないこともないのだろう。セミやスズメバチと同じでジョロウグモにとって好ましい獲物だとは思えないが。 


 午後1時。

 スーパーの東側からまた1匹、ジョロウグモの幼体が姿を消した。「ここにいたのでは死ぬまでオトナになれない」という判断なのだろう。置いて行かれた雄が哀れである。


 午後8時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていた。祇園精舎の鐘の声は聞かなかったらしい。イナゴの雌をあげると、今回も円網を大きく切り開いて獲物を宙吊りにしてから縦のDNAロールに持ち込んだ……つもりらしかったが、やはり捕帯が薄い。まあ、仕留められないということもあるまい。


 9月29日。晴れのち曇り。最低20度C。最高28度C。

 午前1時。

 オニグモの25ミリちゃんが円網を張っていたので、そこらにいたコガネムシをあげた。もうコガネムシはほとんどいなくなっているのだが、まったくいなくなったらイナゴも食べてくれるんだろうかなあ……。


 午前6時。

 スーパーの東側にいる体長17ミリほどのジョロウグモの幼体に同じくらいの体長のキリギリス体型のバッタをあげた(以後、この子を「17ミリちゃん」と呼ぶことにしよう)。17ミリちゃんは積極的に獲物に近寄って、その胸部背面(翅?)に牙を打ち込み、じりじりと頭部の方へ移動して、バッタの脚の動きがまだ止まらないうちに捕帯を巻きつけ始めたのだった。これならイナゴも捕食できるかもしれない。

 スーパー周辺でオトナになれそうなジョロウグモは17ミリちゃんだけなので、積極的にサポートしていこうと思う。なお、この子のバリアーには2匹の雄が同居している。

 帰り際に体長30ミリほどのスズメガを拾った。「早起きは1匹の得」である。


 9月30日。曇り一時雨。最低22度C。最高25度C。

 午前7時。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモたちの中で最も黄色い円網を張っているのは陽当たりのいい道路側の子だった。もしかすると、明るい、あるいは陽当たりがいい場所では円網をより黄色くするのかもしれない。明るい環境での黄色い円網は昆虫に視認されやすいだろうしな。


 午前8時。

 スズミグモのスズちゃんの卵囊の周囲で子グモたちがまどいを形成していた。

 最初の卵囊を見つけたのが8月18日、2個目は8月28日、3個目は9月6日で、まどいを見つけたのは9月17日と9月30日だ。これで3個目のまどいが10月7日頃に現れるようなら産卵から出囊まで約1ヶ月ということになるだろう。

※あくまでもこの場所の気温では、という話である。もっと暖かい地域ではより早く出囊するだろうし、寒い地域では遅くなるのではないかと思う。


 午後10時。

 オニグモの20ミリちゃんにイナゴをあげた。この子は4回目の産卵をするつもりなのかもしれない。比較的小柄な子だから、一度に産める卵の数が少ない分、産卵回数を増やそうということなのかも。


 10月1日。晴れのち雨。最低21度C。最高26度C。

 午前3時。

 ジョロウグモの17ミリちゃんが姿を消していた。これでスーパーの周辺では今年中にオトナになれそうな子が1匹もいなくなってしまった。今シーズンのスーパー周辺はジョロウグモにとってよい環境ではなかったようだ。


 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張っていたので、体長15ミリほどのガをあげた。20ミリちゃんは素早く飛びついたのだが、肉団子を捨ててから牙を打ち込んだ様子だった。口が塞がっていても円網は張れるが、獲物に牙を打ち込むのは無理なんだろうな。


 10月2日。曇りのち晴れ。最低19度C。最高26度C。

 午前10時。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモの1匹の円網に体長2ミリ以下の羽虫が多数くっついていた。近くでは小規模な蚊柱も立っている。ジョロウグモが本領を発揮する季節がやって来たようだ。


 午後1時。

 スズミグモのスズちゃんの子グモのまどいが2個になっていた。どちらも密集している。そして、スズちゃんの2個目の卵囊の中央部が凹んでいた。ということは、第二のまどいの子グモたちは2個目の卵囊から出囊……いやいや、それぞれ2個目と3個目の卵囊からの子グモたちという可能性もあるだろう。


 午後2時。

 行き倒れのスズメバチを2匹見つけた。脚に触れるとわずかに反応するが、長くはあるまい。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモの1匹の円網にガを投げ込んでみた。この子は素早く獲物に駆け寄ったのだが、牙を打ち込んだのはガの翅だった。明らかなミスである。しかし、そのまま観察を続けていると、この子は右の牙だけを引き抜いて少し前の位置に改めてへ打ち込んだ。次は左の牙を引き抜いてまた少し前に打ち込むという、ヒトが慎重に二足歩行するようなやり方で獲物の胸部に到達したのだった。

 なるほど、ガの翅には鱗粉が付いているので粘球が効きにくい。それでも翅に牙を打ち込まれたまま飛べるほどの飛行能力はないのだから、常に片方の牙を打ち込んだままにしておけば逃げられることはないのだな。

 オニグモであれば駆け寄っていく段階で狙いを付けて、ほぼ確実に胸部へ牙を打ち込んでしまうところだが、少しくらいミスしても冷静にリカバーできるというのもたいしたものである。


 10月3日。晴れのち曇り。最低15度C。最高26度C。

 午前3時。

 半袖では寒い。

 オニグモの20ミリちゃんはホームポジションにいたが、円網は張り替えていない。25ミリちゃんも卵囊の側でうずくまったままだ。最低気温が15度Cだと、だいたい6月頃の気候になる。しかも下がる方向への変化だから狙っているガなどの昆虫が飛べなくなっているんだろう。


 10月4日。雨時々曇り。最低18度C。。最高21度C。

 午前11時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えた……かもしれない。昨夜の円網の状態を記録していないので断言できない。

 25ミリちゃんは相変わらず卵囊の側でうずくまっている。


 10月5日。晴れ一時雨。最低17度C。最高26度C。

 午前2時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を回収していた。夜明け前に張り替えて、そのまま日没まで張りっぱなしにするつもりではないかと思う。夜間に円網を張っていても無駄だという判断だろう。


 午前5時。

 また外した。20ミリちゃんは住居へ戻ったらしいのだ。何をしたかったんだろう。……気温が上がるかもしれないと思って待機していた……のか?


 午後1時。

 光源氏ポイントでジョロウグモたちにイナゴやそこらで捕まえたガやハエを配る。

 体長17ミリの子もちゃんとイナゴを捕食してくれた。

 体長20ミリほどの子はバリアーにイナゴの食べかすを3個、カメムシ1個、その他に何かわからない直径5ミリほどの丸い物を付けていたが、それでもお尻はまだラグビーボール形と言えるほど膨らんでいない。オトナになるのは本当に大変なことなのだ。

 気温が下がれば素手でガやハエを捕まえるのが楽になるのだが、ジョロウグモも網を部分的に補修するようになるので、補修して横糸が新しくなった部分を見極めなくてはならない。年を取ると心眼を開くのも大変なのである。〔老眼だから見えないだけだろ〕

 お尻の側面が黒っぽいナガコガネグモが3匹いた。茶色の子も2匹。ナガコガネグモの個体数そのものは減っている。


 午後2時。

 スズミグモのスズちゃんの子グモたちのまどいは2個のままだった。


 10月6日。晴れ。最低13度C。最高25度C。

 午前4時。

 オニグモの20ミリちゃんは住居にこもったまま。気温が上がらなければ、このまま越冬するんじゃないかと思う。


 午後5時。

 ほとんど飛べなくなっている体長40ミリほどのトンボを拾ってしまった。また光源氏ポイントへ行かねば。


 10月7日。晴れ。最低12度C。最高24度C。

 午前7時。

 オニグモの25ミリちゃんが円網を張り替えていた。円網には緑色のカメムシも1匹。なかなか予想通りには動いてくれないなあ。


 午前9時。

 光源氏ポイントでは、まだしおれていないカラスウリの花が一輪残っていた。気温が低いのでしおれるのにも時間がかかるのか、遅い時間に咲いてしまったドジっ子かもしれない。

 ジョロウグモは少なくとも4匹が姿を消していた。ただし、お尻がソーセージ形の子もいなくなっているから、産卵する子と引っ越しする子が混じっているかもしれない。

 ここの電柱からは電線が北西と南東に向かって延びているのだが、ジョロウグモたちは全員南東へ向かっているようだ。北西側の電線の間には網が1枚もない。その代わり、南東側には十数匹が網を張っているのだ。枠糸を共用して畳1枚半くらいの巨大な網にしてしまっている子たちも数匹いる。これは太陽に向かって引っ越していった結果なのか、それとも、何年か前の最初の1匹がたまたま南東へ向かったというだけのことなんだろうか? とにかく、明らかな偏りがあるようだ。

※その年の最初の1匹の残したしおり糸を、後に続く子たちが辿っていったのかもしれない。


 午前10時。

 スズミグモのスズちゃんの子グモたちのまどいは消えていた。後には不規則網のようなものが残されているだけだ。次のまどいはおそらく、10月11日から13日辺りに現れるだろう。〔また外れるぞ〕

 予想を外すのも芸の内だと思っていただきたい。

 森の女王様の隣にいたジョロウグモも姿を消していた。


 10月8日。晴れのち雨。最低12度C。最高22度C。


 10月9日。雨。最低15度C。最高19度C。

 いかんな。冷蔵庫の獲物が傷んでしまいそうだ。


 10月10日。雨時々晴れ。最低17度C。最高24度C。

 午後1時。

 コスモスが見頃になっていた。

 光源氏ポイントで体長5ミリほどのコガネグモの幼体を見つけた。これくらいの体長から亜成体になるまでどこにいるのかはいまだにわからない。


 午後2時。

 スズミグモのスズちゃんの卵囊は下側2個がへこんでいた。というわけで、3個目はまだ出囊していないらしい。今月中に出囊しない場合は来年の5月以降になるんじゃないかと思う。


 午後9時。

 オニグモの25ミリちゃんが直径約五〇センチの円網を張っていた。雨上がりの暖かい夜が来るのを待っていたのらしい。おそらく、ここで十分な量の獲物を食べて越冬に入るつもりなんじゃないかと思う。

 そこで、こんなこともあろうかと冷蔵庫にストックしておいたイナゴをあげたのだが、イナゴの方を向くだけで寄ってこない。必殺のツンツン攻撃を何回か繰り返して、やっと捕帯を巻きつけてもらった。円網の下側からは捕帯を巻きつけられたカメムシもぶら下がっていたから、すでに十分な量の獲物がかかっていたのかもしれない。

 なお、25ミリちゃんの体長は20ミリほどになっていた。2度目の産卵からほとんど円網を張っていないのだから、体重も回復していないのだろう。


 10月11日。晴れ。最低14度C。最高23度C。

 午前7時。

 オニグモの25ミリちゃんは卵囊の側で下向きになっていた。カメムシは食べなかったようだ。他の獲物があるうちは食べないつもりでいるのかもしれない。


 10月12日。晴れ。最低12度C。最高22度C。

 午後1時。

 光源氏ポイントの近くの地上6メートルから8メートルくらいの電線の間に張られているジョロウグモたちの網はすべて無色のようだ。その他に森の中の特に明るくない場所にいる子たちも無色の網を張る傾向があるような気がする。

 これらを誘引効果説で説明するなら「そういう場所は獲物が豊富なので網を黄色くする必要がない」ということになるだろう。ただし、地上8メートル以上の高度を飛ぶ昆虫というとユスリカやそれを狙うトンボ、あとは風に逆らって飛ぶ能力がない体長2ミリ以下の小型昆虫くらいしか思いつかない。チョウやガ、ハエ、ハチなどは花や草の葉がある高度を飛ぶんじゃないかと思う。

 排斥効果説なら、第一に高い場所には獲物が少ないので網を黄色くしてまで獲物を減らす必要がない。第二に明るくない場所では網を黄色くしても目立たないので意味がないというところだな。

 そして、森の中のジョロウグモたちの方が成長が早いような気がしないこともない。森の中の方が獲物が多いのか、あるいは、陽当たりが悪い場所では体温が上がりにくい分、エネルギーを節約できるという可能性もあるかもしれない。

 イナゴがだいぶ少なくなった。冬が近いのだな。


 10月13日。晴れ。最低12度C。最高22度C。 

 午前7時。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を張っていなかった。食欲はあるが寒くて動けなかったというところだろうか。


 10月14日。晴れ時々曇り。最低10度C。最高24度C。

 午前10時。

 オニグモの25ミリちゃんが円網を張り替えていた。まだ食い足りないらしい。


 午後1時。

 光源氏ポイントでは体長5ミリほどのゴミグモが円網のこしき部分に楕円形の隠れ帯を付けていた。ゴミの用意が間に合わなかったんだろう。


 午後2時。

 森の女王様の隣の子にイナゴをあげようと思ったのだが、円網にはね返されてしまった。少なくとも二四時間は張り替えていないようだ。


 午後7時。

 オニグモの25ミリちゃんが円網のホームポジションで待機していたので、冷蔵庫からイナゴを出して円網に放り込んだ。しかし、25ミリちゃんはイナゴを仕留めると、それを円網に固定して、卵囊の側に戻ってしまった。何か「今日もよく働いたわー」とでも言いたげな態度である。まあ、気が向いたら食べてもらえるだろう。


 午後11時。

 25ミリちゃんはイナゴを卵囊の側に持ち帰って食べていた。オニグモはもともと夜行性だから、ライトで照らされている場所では食べたくないんだろう。


 10月15日。雨のち晴れ。最低14度C。最高18度C。

 午後6時。

 気になったのでオニグモの20ミリちゃんの様子を見に行ったら、水滴の付いた円網が張ってあった。……面白いように外されているなあ。〔予想するからだろ〕

 住居から出てくるようならイナゴをあげようと思う。


 午後8時。

 20ミリちゃんが住居から出ていたのでイナゴをあげた。それを食べ終えたら、安らかな眠りについて欲しい。〔……間違ってはいないような気もするが、オニグモの場合は越冬のための休眠だぞ〕


 10月16日。晴れ。最低11度C。最高25度C。

 午後2時。

 光源氏ポイントに12日から数本のバリアー風の糸しか張っていないジョロウグモがいる。体長17ミリほどで、お尻はソーセージ形だから亜成体だと思っていたのだが、すでに5日間、ちゃんとした網を張っていない。というわけで、この子はすでに産卵を終えて、お迎えが来るのを待っているのかもしれない。

 今朝は冷え込んだせいか、網を張り替えたジョロウグモが少ない。張り替えていても、せいぜい三分の一の部分くらいだ。さっさと産卵してしまえばいいだろうとも思うのだが、もしかすると、交接してから一定の日数が経たないと産卵できないというような事情があるのかもしれない。

 ああっと、オニグモの25ミリちゃんが巨大な卵囊を造ったのは、交接が遅くなったので卵の消費期限が切れてしまって、卵を捨てるしかなかったということなのかもしれない。どこかに、クモは無精卵をどう処理するのかという情報はないもんだろうかなあ。


 午後10時。

 オニグモの20ミリちゃんが横糸を張っているところだった。後でイナゴをあげよう。そして、この子はまたお尻がしぼんでいるような気もする。もしかして、また産卵したのか? 


 午後11時。

 オニグモの20ミリちゃんにイナゴをあげた。

 25ミリちゃんも何か獲物を食べていた。


 10月17日。晴れ一時雨。最低12度C。最高24度C。


 10月18日。晴れ。最低10度C。最高21度C。

 午前3時。

 オニグモの20ミリちゃんの円網の残骸に食べかけのイナゴがぶら下がっている。毎晩少しずつ食べているようだ。

 25ミリちゃんは緑色のカメムシを卵囊の側に運び込んでいた。

 玄関にいるオオヒメグモ(多分)が活発に動きまわっている。直径3ミリほどの脚の生えたボールがちょこまかと動きまわるのはかわいらしい。24時間営業をしていても、クモはもともと夜行性の節足動物なのかもしれない。

 なお、記録はしていないが、この子の不規則網にはたまにハエやアオバハゴロモ、アリ、イナゴの後脚などを投げ込んでいる。オオヒメグモ流の吊り上げ式の狩りも見てみたいとは思うのだが、歩くタイプの獲物を壁際まで誘導するのはめんどくさいのである。中平清先生はすごい人だったのだなあ。


 午後2時。

 ヒガンバナのシーズンは終わりつつあるようだ。代わってキンモクセイが咲き、黄葉と落葉が同時に始まっている。

 光源氏ポイントにいるやや小柄なジョロウグモが数日前から円網を張っていない。お尻はラグビーボール形だから成体のはず。ということは、脱皮前の絶食ではない。あり得る可能性としては、産卵するべき時が来るのを待っているというところだな。やはり、交接してから産卵まではある程度の期間が必要なんだろう。そしてそれは、気温が下がった分だけ長くなるんじゃないかと思う。リスクの大きい生き方をするものだ。


 午後4時。

 道路に転がっていた段ボール箱から釘が突き出ていた。こういうことをする人間もいるのだ。 


 10月19日。晴れ時々曇り。最低12度C。最高25度C。

 午前4時。

 オニグモの20ミリちゃんが3分の2しか残っていない円網で待機していた。食べかけのイナゴは捨ててある。

 25ミリちゃんは円網を張り替えていた。とりあえずイナゴをあげておく。

 この子たちはどうして休眠に入らないんだろう? もしかして、一度産卵してしまった子は休眠できないことになっているんだろうか? この気温でもカのような昆虫が飛んでいたりするので、獲物を捕食するチャンスはゼロではないはずなんだが……。


 10月20日。晴れ時々曇り。最低13度C。最高25度C。 

 ほとんど一日中寝ていた。疲れているなあ。


 10月21日。曇り時々晴れ。最低13度C。最高20度C。

 午前3時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていた。そのお尻は少し凹んでいる。空腹のままで越冬するわけにはいかないということなのかもしれない。イナゴだと食べきれない可能性もあるので、アリを2匹あげておく。

 25ミリちゃんも円網で待機していた。ただし、張り替えた様子はない。

 玄関のオオヒメグモ(多分)は不規則網の糸をほとんど回収して壁の隅にうずくまっている。休眠に入った……と言いたいところだが、直前にイナゴの後脚やアオバハゴロモをあげているので、ただ単に食べ過ぎで動けないだけという可能性も……いやいや、食べ過ぎなら網の糸まで食べないだろう。

 そこで「オオヒメグモ 休眠」で検索してみると、田中一裕博士の「オオヒメグモの休眠と季節適応」という学位論文が見つかった。この論文によると「休眠が誘導されるタイミングは、温度や餌条件とは関係なく短日光周期にさらされたあと一定の時間(約40日)が経過したところにあった」のだそうだ。獲物をあげた直後に休眠に入ったように見えたのはただの偶然だったのだな。やれやれ、また間違えるところだったよ。〔室内にも短日光条件が存在するのか?〕

 うーん……確かに、外出している間は昼間でも暗いし、夜でも明るいこともよくあるなあ……。


 午前11時。

 近所にいる、まだ成体になっていないジョロウグモAが数メートル引っ越していた。ただし、同じ個体だと確認したわけではない。頭胸部と腹部の比率から同じ個体だろうと判断しただけである。

 スーパーの東側にいたジョロウグモBは100メートルくらい引っ越したようだ。

 ジョロウグモCだけはスーパーの東側の植え込みに居続けている。

 引っ越しを決意するきっかけとか、引っ越しが必要だと判断した理由があるはずだが、それが何なのかは今のところわからない。


 午後2時。

 光源氏ポイントでは円網を小さくしている、というか、係留糸が切れたりして小さくなってしまった円網をそのままにしているらしいジョロウグモたちが多くなっていた。ちゃんとフルサイズの円網を張っているのは、糸が無色でお尻もソーセージ形の子ばかりである。この子たちはまだオトナになっていないんじゃないかと思う。

 小さな羽虫がびっしり付いている円網も多い。羽虫のほとんどは体長2ミリくらいの透明な4枚翅でアブラムシのような体型だが、1匹だけは体長4ミリほどで茶色の翅だった。


 午後3時。

 円網に半円形の隠れ帯を向かって左側に3本、右側に2本付けている体長4ミリほどのゴミグモを見つけた。お尻の背面がごつごつしているからヨツデゴミグモではない。どうもゴミが足りないのを隠れ帯で補っているのらしい。


 10月22日。晴れ。最低7度C。最高19度C。

 とうとう最低気温が一桁だ。 

 午後2時。

 光源氏ポイントの近くのガードレールにジョロウグモが1匹たたずんでいた。お尻はソーセージ形で円網は張っていない。この時期に、この2つの証拠があれば産卵後だと思っていいんじゃないか、と思ったのだが、卵囊は見当たらなかった。まだ「卵囊を守っている」ように見える状況が発生するような気温にはなっていないのだろうな。 

 光源氏ポイントの近くでは体長15ミリほどのオニグモが残業していた。このままでは24時間営業をすることになりかねない。近くの草地で捕まえたオンブバッタの雌をあげておく。クモの神様のお導きがあれば、また来年会えるだろう。

 全身茶色のカマキリを撮影した。カマキリはカメラを向けただけで目線をくれるので撮影も楽だ。

 どういうわけか、コガネムシも1匹いた。


 10月23日。晴れ。最低8度C。最高22度C。

 午後8時。

 玄関のオオヒメグモ(多分)が12センチくらい移動していた。もしかすると、ただの腹ごなしだったという可能性もあるかもしれない。その場合は越冬できない……のか? 


 10月24日。晴れ。最低12度C。最高22度C。

 午後2時。

 光源氏ポイントで一番黄色い網を張っていたジョロウグモが姿を消していた。産卵する時が来たんだろう。残った網に所在なげにたたずんでいる雄が哀れである。

 オンブバッタの雄をあげたオニグモは円網だけを残していた。


 午後7時。

 台所にあった糸くずを取り払ったら、体長2ミリほどのおしりの丸いクモが逃げて行った。作者はめったに掃除しないので、オオヒメグモなどにとっては快適な環境なのだろう。


 午後8時。

 オニグモの20ミリちゃんが横糸を張っているところだった。まだ休眠するには早いということらしい。こんなこともあろうかと、冷蔵庫の中に1匹だけ残しておいたイナゴをあげることにする。


 10月25日。晴れのち雨。最低12度C。最高22度C。

 午後1時。

 22日に残業していたオニグモの15ミリちゃんがまた残業していた。何かをもぐもぐしていたので手は出さないでおく。獲物の在庫もないし。

 その近くの草葉の陰には1匹のジョロウグモがたたずんでいた。〔……殺すなよ〕

 お尻はソーセージ形なので産卵を済ませた雌だと思うのだが、そこはガードレールの前なので、近くには卵囊はもちろん、卵囊を取り付けるのに適した場所も見当たらない。草などが枯れてから、もう一度探してみようかと思う。

 その代わり、というわけでもないのだが、コガネグモの卵囊を2個見つけた。


 午後2時。

 スズミグモのスズちゃんの1個目と2個目の卵囊は片面が凹んでいるのだが、3個目は膨らんだままになっている。これはおそらく、このまま越冬して来年の春以降に出囊するんじゃないかと思う。

 午後3時から雨の予報が出ているので、今日はここまで。


 10月26日。晴れ。最低11度C。最高23度C。 

 午前10時。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を残したまま住居へ引き上げたらしかった。その円網には小さな羽虫が10匹くらいかかっている。オニグモも、この季節だけはジョロウグモのように横糸の間隔を狭くすれば、より多くの獲物を食べられるだろうに……。アイゼンの父が許してくれないんだろうかなあ。〔……アイデンティティか?〕


 午後1時。

 光源氏ポイントの向かい側にいたオニグモの15ミリちゃんは円網だけを残して住居に戻ったらしかった。このまま休眠に入ってくれれば楽でいいのだが……。

 お尻がソーセージ形のジョロウグモを見つけた。無色の網もちゃんと張っている……と思ったら大間違い。この子がいたのは通常の待機場所ではなく、その上のバリアー部分だったのだ。食欲がないということは産卵を済ませて戻ってきた子である可能性が高いだろう。

 光源氏ポイントに戻ると、体長30ミリほどのジョロウグモが黄色い糸を数本引き回して、そこにたたずんでいた。お尻はラグビーボール形だが、脚先に触れてもわずかな反応しか見せない。こういうのは判断に困る。お尻の形以外は産卵後としか思えないのだが、ジョロウグモは通常、ナガコガネグモのようにお尻が球形になるまで食べ続けたりしない。十分に太った後は網を張り替えず、網にかかっている小さな羽虫も食べようとしなくなるのだ。まあ、「太ってもいいから食べたい」というジョロウグモがいてもおかしくはないのだが……。


 午後5時。

 玄関のオオヒメグモ(多分)は休眠していないようだ。やはり室内では日照時間の変化を感じられないのだろう。さてさて、獲物はどうしたものやら……。


 10月27日。晴れ時々曇り。最低11度C。最高21度C。

 午前1時。

 オニグモの20ミリちゃんが住居から出てきた。この時間に出てくるということは、夜明け前に円網を張り替えて、気温が上がる昼間の内に円網にかかった小型の羽虫を夜になってから糸ごと食べるつもりだろう。「クモ3億年の知恵」である。


 10月28日。晴れ一時雨。最低12度C。最高19度C。

 夕方に小雨が降るらしい。

 午前7時。

 ホトケノザが咲いていた。春なんだなあ。〔まだ冬も来てないぞ〕

 オニグモの20ミリちゃんは住居に引き上げたようだが、大穴が開いた円網が残されている。これはなんだ? 小さな羽虫10匹くらいで満足したのか? 


 10月29日。曇りのち晴れ。最低11度C。最高19度C。

 午前10時。

 オニグモの20ミリちゃんは円網のほとんどを回収したらしかった。数本の糸しか残っていない。

 スーパーの東側にいる体長17ミリほどのジョロウグモ(以後、17ミリBちゃんと呼ぼう)が、捕帯を巻きつけられた雄らしいものを円網の中央部からホームポジションに持ち帰って食べ始めた。この時期に仕留められたということは、交接を済ませてから覚悟の上で食われたのだろう……と思いたい。ちなみに、スーパー周辺にいるジョロウグモはこの子を含めてあと2匹だけのようだ。


 午後1時。

 光源氏ポイントではまた1匹、ジョロウグモが姿を消していた。

 向かい側にいるオニグモの15ミリちゃんは今日も残業していた。というか、最近は街灯の周囲を飛ぶ昆虫も見なくなっているから、昼勤にシフトしているのかもしれない。とりあえず、そこらで捕まえた枯れ草色のオンブバッタをあげておく。もう、本当にこれが最後だぞ。


 10月30日。晴れ。最低9度C。最高20度C。

 午前11時。

 スーパーの東側にいるジョロウグモの17ミリBちゃんにそこらで捕まえた体長5ミリほどの黒い昆虫をあげた。見た目は甲虫のようだったので鞘翅を外してからあげようと思ったのだが、鞘翅の硬い感触はない。なんだかよくわからない獲物だが、17ミリBちゃんは第一歩脚でチョンチョンしてから牙を打ち込んだ。

 なお、今、オトナになっても産卵はおそらく12月から1月になるだろう。20ミリ以上の体長になるまで粘ろうとすると、産卵できないままクモ生を終えることにもなりかねないわけだ。そういう事態を避けるためには、脱皮回数を減らして幼形成熟のように小さなオトナになってしまうことも有効なのだろう。これもまた「クモ3億年の知恵」である。


 10月31日。晴れ時々曇り。最低11度C。最高20度C。

 午前10時。

 今日は燃えるゴミの日だったので、体長7ミリから10ミリほどのハエを6匹、捕虫網で捕まえた。

 オニグモの20ミリちゃんも円網を張り替えていたので、これ幸いとハエを投げ込んだのだが、はね返されてしまった。アリも落下してしまう。指先で触れてみても粘球の粘りけがほとんど感じられない。昨日の午後8時頃には住居の入り口にいたから、それ以降に張り替えたとして最大14時間。それでここまで劣化するんだろうか? オニグモは真夏の夜のクモだから、その円網も秋の気候には弱いんだろうかなあ……。


 午後1時。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモたちは、ほとんど全員網を張り替えていなかったので、舗装路を挟んで向かい側に立っている電柱の近くにいた体長20ミリほどのジョロウグモにそこらで捕まえた体長10ミリほどの甲虫の鞘翅を外してからあげた。〔過保護だな〕

 できれば確実に食べてもらいたいのである。この時期、半分だけであっても無色の糸で張り替えてあるジョロウグモの網は珍しいのだ。


 午後8時。

 オニグモの20ミリちゃんの円網に体長2ミリほどのアブラムシ(多分)がびっしりかかっていた。なるほど、ハエやアリは無理でもアブラムシ程度の小型昆虫なら飛べるわけだ。これは参ったね。


 アブラムシ

  翅の生えたる

   成虫を

  捕食せんとす

   秋のオニグモ

 

〔和歌と言うには優雅さが足りない〕

「認めたくないものだな。自分自身の和歌さゆえの過ちというものを」〔和歌ったな、作者ぁ!〕

 …………。

 玄関のオオヒメグモ(多分)は壁から2センチくらいの範囲で不規則網を張っていた。やはり休眠する気はないらしい。まあ、休眠しないで越冬するようなら、それはそれで貴重なデータになるだろう。

 

 11月1日。晴れ。最低10度C。最高23度C。

 午前11時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんが縦横40センチくらいの無色の円網を張っていたので、ハエを2匹あげた。冷蔵庫にはハエがあと4匹入っている。できれば腐る前にあげてしまいたいのだが、体長17ミリでは毎日ハエを食べるのは無理かもしれない。


 午後11時。

 オニグモの20ミリちゃんが直径約60センチの円網を張っていた。吐く息が白くなるような気温の中でよく働くものだ。それとも、これ以上気温が下がる前に張り替えてしまいたかったのかなあ……。とりあえず、ハエを2匹あげておく。


 11月2日。晴れ。最低10度C。最高25度C。

 午前9時。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を残したまま住居に戻ったらしかった。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんのお尻がソーセージ形になってきている。その円網は3分の2くらいの範囲が張り替えられていたが、その糸はまだ無色である。ハエを2匹食べた程度では黄色にしてくれないらしい。後でまたハエをあげよう。

 気温が高い時期に獲物を捕獲して冷凍しておくという手もあるかもしれないな。


 午後2時。

 ウルシの葉が真っ赤になっていた。

 光源氏ポイントでナガコガネグモを1匹だけ見つけた。横糸は張っていないし、細めの体型でお尻の後端が黒ずんでいるから産卵を終えて戻ってきた子だろう。

 網を張り替えたらしいジョロウグモは1匹だけだった。

 舗装路を挟んで向かい側の電柱の周囲にも網を張り替えたらしいジョロウグモが2匹いたので、そこらで捕まえたガとアリをあげておく。


 午後3時。

 オリンパスのコンパクトカメラがまたトラブった。おかげで、貴重なアオバハゴロモの画像がピンク色に染まってしまった。これさえなければいいカメラなのだが、ここぞという時に限ってピンクのフレアが出るのだ、このクソカメラは。

 オニグモの仲間(ヤマシロオニグモ?)が常緑広葉樹の葉の上に糸を十数本張り渡して、その下に潜り込んでいた。これは、越冬するために散らない木の葉を選んだのか、あるいは、ただ単なる腹ごなしかもしれない。たまには様子を見に行くことにしよう。


 午後8時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網のホームポジションにいた。その円網にはアブラムシが100匹くらいくっついている。なるほど、円網を張る意味はあったわけだ。

 

 11月3日。晴れ。最低11度C。最高24度C。

 午前11時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんの無色の円網に少し弱らせたオンブバッタの雌を投げ込んでみた。体長で2倍以上の獲物だが、17ミリちゃんは慎重に安全確認をしてから牙を打ち込んだ。産卵前の積極的に捕食しなければならない時期だし、オンブバッタはイナゴほど暴れないので体長17ミリ程度でも仕留めることができるのである。

※オンブバッタがイナゴよりもおとなしいのは、背中に乗っている雄を振り落とさないため……という説明も出来るのだが、実際は雄が食べる分の草まで食べることで、雌が早くオトナになれるというメリットがあるというところだろう。

 昆虫などの雌は産卵するために大きくなる必要があるのに対して、雄は精子を提供できる大きさになるだけで十分なのである(哺乳類などは縄張りや群れを守る必要から雄が大型化することもある)。そういう意味ではイナゴはだいぶ無駄なことをしていることになるわけだが、食料である草などが豊富な場所であれば、少しくらいの無駄は許容されるのだろう。ということは、雌の成長に支障が出るほど草が少ない環境ではオンブバッタの方が子孫を残す上で有利になる可能性があるかもしれない。逆に捕食者が多い環境では逃げる能力が高いイナゴの方がいくらかは有利になるだろう。


 さてさて、これだけの大物を食べれば、17ミリBちゃんも2日後くらいには円網を黄色くするんじゃないかと思う。しばらくは観察を続けよう。


 午後1時。

 光源氏ポイントの向い側にいるオニグモの15ミリちゃんが住居から出ていた。ひなたぼっこかな? お尻がかなりもっこり……〔「もっこり」言うな!〕

 もとい、ふっくらしているので捕食する必要があるとは思えないのだが……。

 そうこうしているうちに、体長20ミリほどのジョロウグモが網を離れて、係留糸の上を向かって右方向へ歩きだした。産卵するつもりらしい。

 この子は約1メートル先の枯れ草の茎までたどり着くと、第一脚で手探りするような動作をした後、引き返した。そのまま元の網も通り過ぎて、約3メートル先のコンクリート製電柱まで歩いたのだが、樹木ならともかく、コンクリート製の電柱には産卵に適する場所どころか、脚先の爪が引っかかるほどの凹凸も少ない。2回ほど脚を滑らせてしおり糸でぶら下がっていた。無事に産卵できるんだろうかなあ……。

 腹部腹面の赤い帯が黒ずんでいるジョロウグモもいた。まもなく寿命が尽きるのかもしれない。


 午後3時。

 光源氏ポイントのヤマシロオニグモ(多分)は円網を張っていた。糸を張り回した葉はただの住居だったのらしい。

 またフレアが出た。しょうがない。クモを中心から外して撮影しておく。


 午後7時。

 暖かいせいだと思うが、オニグモの20ミリちゃんが張り替えていない円網で待機していた。

 25ミリちゃんもしおり糸にぶら下がって、降りたり上がったりしているから円網を張るつもりなんだろう。


 11月4日。曇り時々晴れ。最低13度C。最高24度C。

 午前11時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんはオンブバッタを投げ捨てて円網を張り替えたらしかった。大型の獲物を食べることよりも網を張り替える方を優先したのらしい。まいったね。


 11月5日。曇りのち晴れ。最低14度C。最高21度C。

 午前5時。

 サイクリングシューズの滑り止め(実際はシューズとペダルを密着させてパワーロスを減らすための部品)を交換した。歩かなければもっと長持ちするのだが、クモにあげる獲物を捕まえたりしていると消耗が早いのである。ちなみに四〇センチの段差を降りると1日で壊れる。歩くようにできているサイクリングシューズもあるのだが、その分重くなってしまうのだ。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていた。その直径は約40センチだ。

 同じく25ミリちゃんの円網の直径は約30センチだった。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんは縦30センチ横40センチくらいの円網の横糸を張っているところだった。そこらで捕まえたワラジムシをあげておく。


 午前11時。

 またフレアが出た。というか、温度差によるセンサーの誤作動のような気がする。いずれにせよ、設計段階での不良品だから修理もできない。露出補正がダイヤル式のコンパクトカメラは珍しいからなんとかして使いたいのだけどなあ……。サドルバッグではなく、ポケットに入れておけばいいのか? それだと腰に痛みが出ると思うんだが……。


 11月6日。曇りのち雨。最低14度C。最高24度C。

 午前5時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていた。

 25ミリちゃんは張り替えていない円網で待機……というか、強力ライトの光で暖を取っているのかもしれない。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんは縦も横も約40センチの円網の横糸を張っているところだった。この子は少しずつ円網を大きくしているんだが、どういう意味があるんだろう? 食欲があるのは間違いないのだが……。

 ああっと、雨が降りだした。


 午前9時。

 ゴミ収集日は明日なのだが、集積場所に生ゴミが置いてあった。当然、カラスが袋を破り、生ゴミの匂いに誘引されたハエが集まってきていた。この季節では貴重な獲物である。6匹捕まえた。


 午前10時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんに体長15ミリほどのガをあげた。なお、雨が少し降ったのでわかりやすかったのだが、17ミリちゃんは円網の向かって左半分だけを張り替えたらしかった。


 11月7日。雨のち晴れ。最低20度C。最高24度C。

 午前1時。

 もうすぐ雨らしいので、オニグモの20ミリちゃんに体長15ミリほどのガをあげた。で、困ったことに、20ミリちゃんはガの腹部の胸部寄りに牙を打ち込んだらしかった。やれやれ、「オニグモはガの胸部に牙を打ち込む」なんて言わなきゃ良かった。お詫びして訂正させていただきます。


 午前11時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんは円網の向かって左半分だけを回収していた。多分、そこで雨が降ってきたんだろう。それはいいとして、どうして新しい側を張り替えようとしたんだろう? 獲物はほとんどかかっていないのだからどちらを張り替えても同じという判断なのかねえ。


 11月8日。晴れ。最低10度C。最高20度C。

 午前7時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんは円網を全面的に張り替えていた。さらにバリアーも増やしたようだ。なお、円網の隅の方にはガの鱗粉が少し残っていた。

 バリアーのない部分を狙って冷蔵庫の中で力尽きていたハエを投げ込んだのだが、17ミリBちゃんは数歩踏み出してからホームポジションに戻ってしまった。これはおそらく、気温が低いので獲物を仕留める能力も低下しているから気温が上がるまで様子を見ようという判断だろう。気温11度Cで獲物がかかるということ自体が異常なのだ。

※円網を黄色くしてもバリアーを増やしても円網にかかる獲物を減らす効果が得られるという点では同じなんじゃないかと思うのだが、どういう基準で使い分けているんだろう? 黄色い円網は全体的に獲物を減らす効果があるのに対して、バリアーならホームポジション付近だけをガードできる……のか? 


 近所にいる別のジョロウグモ(お尻はラグビーボール型)は、体の側面を太陽に向けて、体全体を水平に近い角度にしていた。これは日光浴で体温を上げようという姿勢だと思う。冬が来るのだなあ。


 午前11時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんに、そこらで捕まえた体長5ミリほどの昆虫2匹をあげた。もちろん鞘翅が硬くないことを確認してからである。まったく、ジョロウグモは手がかかる。それもまた、ジョロウグモの魅力ではあるのだが。


 午後2時。

 光源氏ポイントの向かい側にいるオニグモの15ミリちゃんのお尻がぺったんこになっていた。産卵したとしか思えないが、この体長で産卵したとなるとオニグモではない。では何グモだろうか、ということで新海栄一著『日本のクモ』を開いてみた。オニグモの仲間は種類が多いので同定し難いのだが、どうやらヤマシロオニグモらしい。雌の体長が12~17ミリで「腹部の色彩、斑紋には変異が多く、セジロ型、アトグロ型など様々な個体が見られる」のだそうだ。危ない危ない。

 ここには体長25ミリほどのジョロウグモもいた。お尻がソーセージ型だし、円網の直径も約20センチだったので、産卵を終えた子だろうと思ったのだが、内蔵のはみ出したガをあげると飛びついてきた。これはおかしいぞと思ってよく見ると、係留糸に脱皮殻もあった! もう11月だというのにオトナになってしまったのらしい。産卵できるのか……いやいや、それ以前に、まだ独り者の雄がいるのかというのが問題だが、作者にできることはほとんどありはしないなあ。


 11月9日。晴れ。最低8度C。最高20度C。 

 午前10時。

 お尻がもう少しでラグビーボール型になりそうなジョロウグモの17ミリBちゃんに冷凍しておいたハエを解凍してからあげた。やはりバリアーが邪魔だ。

 この子が円網を半分ずつ張り替えるのは、気温が下がったので、あまり多くの獲物を食べられないということなのかもしれない。フルサイズの円網では手に余るのだろう。

 で、左側だけというのは、作者が獲物を投げ込んだ時の穴が開いていたので、左側だけを張り替えたということなんだろうなあ。翅の生えたアブラムシが円網全体にかかっていたのなら、半分ずつ順番にという張り替え方をしたんじゃないだろうか。

 話は変わるのだが、無色の円網プラスバリアーと黄色い円網の差はどこにあるのだろう? バリアーの糸は17ミリちゃんの背面側辺りが一番密になっている。ということは、バリアーはジョロウグモにぶつかってくる比較的大型の獲物をはじき返すためのものだろう。ぶつかられてもたいした問題はないアブラムシクラスの小型昆虫は糸の間をすり抜けて網にかかってしまうはずだ。

 黄色い円網はというと、ハエのように障害物を回避することができる昆虫は円網に気が付けば避けてくれるだろう。その結果、円網にかかるのは回避できない(自力で飛行方向をコントロールできない)翅の生えたアブラムシのような小型昆虫が多くなるのかもしれない(もちろん障害物に気が付かないようなドジっ子の大型昆虫はかかってしまうだろうが)。ジョロウグモも変温動物なのだから、気温が低くて素早く動けない時期に大型の獲物は捕食したくないのかもしれない。もちろん、そこには空腹度という要素も絡んでくるだろうが。ああっと、17ミリBちゃんがバリアーを強化したのは、作者が今の17ミリBちゃんにとってあまりありがたくない大型の獲物、つまりハエをほいほい投げ込んだからだったのかもしれない。〔迷惑な話だ〕


 午後2時。

 光源氏ポイントでは産卵を終えたらしいナガコガネグモが小さくて横糸の間隔が揃っていない円網を張っていた。

 舗装路を挟んで向かい側にいるジョロウグモの25ミリちゃんには体長15ミリほどのガを2匹あげた。独身の雄が現れる確率はゼロではないのだから、その時に備えてお尻を大きくしておいても悪いことはないだろうという判断である。

 お尻が細くて、ちゃんとした網を張っていないジョロウグモも2匹いた。産卵を終えた子たちらしい。しかし、やはり卵囊は見当たらない。 

 ここには樹木がほとんど生えていない。ジョロウグモが産卵しそうな場所はコンクリートの電柱とガードレール、高さ60センチほどの常緑広葉樹だけで、その後方には用水路と水田しかない。いったいどこに卵囊を取り付けたんだろう? ジョロウグモの考えていることが理解できたらいいのになあ。まあ、そこまでしても作者は雄なんだが……。


 午後3時。

 自販機にしがみついている体長2.5ミリほどのコガネグモの幼体を見つけた。無事に越冬して欲しいものだ。


 11月10日。晴れのち雨。最低11度C。最高17度C。


 11月11日。晴れのち曇り。最低10度C。最高14度C。

 午前7時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんは円網を全面的に張り替える途中らしかった。中央部にはまだ横糸がないが、休憩を終えてから完成させるつもりだろう。

 オニグモの25ミリちゃんはいなくなっていた。越冬に適する場所へ向かったのだと思いたい。


 午前10時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんの網の中央部には横糸がないままだった。気温が低いので、横糸を全面的に張り替えるのは無理だったのかもしれない。まあ、これでも「部分的な張り替え」ではあるわけだ。解凍したハエをポケットに入れて温めてからあげる。

 ウィキペディアの「ジョロウグモ」のページには「成体になれば、人間が畜肉や魚肉の小片を与えてもこれも食べる」と書かれている。まったく抵抗することのない死んでいる獲物はジョロウグモにとっては翅の生えたアブラムシと同じようにいい獲物なのだろう。


 午後1時。

 光源氏ポイントにはナガコガネグモが2匹いた。気温が高い状態が続いていたせいだろう。

 舗装路を挟んで向かい側にいるジョロウグモの25ミリちゃんには解凍したハエと、そこらで捕まえた体長15ミリほどのガを時間差をつけてあげた。もちろん、25ミリちゃんは飛びついてきたのだが、本来、この時期には食欲をなくしているくらいでなくてはいけないよなあ……。

 ヤマシロオニグモの15ミリちゃんは住居の入り口にたたずんでいた。


 11月12日。雨時々曇り。最低8度C。最高12度C。

 午前8時。

 雨は降っていないが、路面には水たまりがある。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんは円網を張り替えていなかった。寒いし、雨だったんだろうしな。


 午後9時。

 血圧が170まで上がってしまった。しばらく安静にしていても160までしか下がらない。まいったね。


 11月13日。雨のち晴れ。最低6度C。最高13度C。

 午前9時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんは縦糸も横糸も張っていなかった。バリアーだけを残して、完全な絶食体勢である。お尻はラグビーボール形になっているから当面は絶食しても問題はあるまい。


 午後1時。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモは3匹だけになっていた。ただし、円網を張り替えたらしいのは体長22ミリほどの子だけだ。体長10ミリほどのワラジムシをあげておく。球形になれないワラジムシならジョロウグモでも補食できるのだ。

 向かい側にいる25ミリちゃんには解凍したハエをあげた。この子の網の横糸もかなり劣化してしていたのだが、なんとかハエが落下する前に牙を打ち込んでくれた。


 午後2時。

 久しぶりにスズミグモのスズちゃんの卵囊を撮影したら真っ青! ホワイトバランスまでおかしくなった……というか、日陰だと判断が難しいのかもしれない。かと言って、フラッシュを使うとバックが真っ黒になるし……。

 だいぶ寒くなった。そろそろハンドルカバーを付けようかと思う。


 午後7時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんが縦糸を張り始めたようだった。気温が下がる前に円網を完成させてしまおうということかもしれない。


 午後9時。

 17ミリちゃんは横糸を張っているところだった。気温が低い分、時間がかかっているようだ。


 午後11時。

 17ミリBちゃんは円網を完成させていた。さて、どうしたものやら……。

「冷蔵庫には何もないもの」〔そんなこと言うなよ〕

 …………。

 落ち葉の下を探ればワラジムシくらいは手に入るかなあ。 


 11月14日。晴れ時々曇り。最低2度C。最高16度C。

 午前11時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんは円網の向かって右側3分の2をわずかに黄色い糸で張り替えていた。成し遂げたぜ。〔おめでとう。おめでとう〕

 しかし、糸が重なって見えるような角度から見ると黄色く見えるという程度の色なので撮影はできなかった。残念。

 さてさて、張り替えてから12時間以上経過した円網に、落ち葉の下にいた体長5ミリほどの黒い甲虫を、鞘翅を外してから放り込んでみた。これがちゃんとかかったところを見ると、ジョロウグモの横糸はオニグモのそれより消費期限が長いのかもしれない(気温や湿度にもよるだろうが)。


 午後2時。

 光源氏ポイントにいたジョロウグモにオンブバッタの雌をあげた……のだが、しばらくしてから見たら、自切したらしい後脚に捕帯を巻きつけていた。気温が下がると獲物を仕留める能力も低下するのだろう。ジョロウグモにとっては、この時期に大型の獲物がかかるのは迷惑なのかもしれない。


 午後3時。

 ジョロウグモの25ミリちゃんがお尻を風下に向けて糸を流し始めた。この子の円網は係留糸が切れたらしくて面積が半分くらいになっているから、改めてちゃんとした網を張るつもりなんだろう。

 その近くにいる体長22ミリほどの子は足場糸を張り始めた。

 ジョロウグモは通常、夜明け前から朝にかけての時間帯に網を張り替えるのだが、17ミリBちゃんも含めてこの3匹は気温が高いうちに網を張り替えることにしたのらしい。それは正しい行動である。しかし、2日間に3匹のジョロウグモが網を張り替える時間帯を変更したのは偶然なんだろうか? 偶然ではないとしたら、明け方の気温が活動限界以下になったならば、翌日から暖かい時間帯に張り替えることになっている、という可能性が出てくるわけだ(11月13日の最低気温は6度Cである)。こいつぁ面白くなってきやがったぜ。


 午後4時。

 車に轢かれたらしい体長80ミリほどのカマキリを見つけた。これを放っておいたのではクモの神様のバチが当たるというものである。最近は常備しているポリ袋に入れて光源氏ポイントの向かい側まで戻ることにする。

 このカマキリのたたまれていた前脚の鎌を広げて25ミリちゃんの張り替えていない網にひっかけてあげたのだが、予想通り、25ミリちゃんは網の隅まで逃げてしまった。自分の体長の「3倍です!」という大物なのだからしょうがない。安全に食べられると判断したら食べてもらえるだろう。〔明日は明け方から雨らしいぞ〕

「安全だ」と判断するまでどれくらいかかるかが問題だな。


 11月15日。曇り時々雨。最低8度C。最高13度C。

 午後2時。

 向かい側も含めて光源氏ポイント付近で円網を張り替えていたジョロウグモは1匹だけだった。その子の円網に体長5ミリほどの甲虫を投げ込んだのだが、外して捨てられてしまった。気温が低い上に曇り空では獲物を捕食する気にもなれないらしい。

 25ミリちゃんもカマキリに手を付けていない。明日は晴れるらしいから、それに期待しよう。


 11月16日。晴れのち曇り。最低5度C。最高18度C。

 午前11時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんは、円網の向かって左側3分の2を張り替えていた。落ち葉の下にいた体長7ミリほどのワラジムシをあげておく。


 午後1時。

 光源氏ポイント付近のジョロウグモたちは、ほぼ全員円網を張り替えていた。

 ただし、お尻が膨らみ始めている25ミリちゃんだけは、もとの網のすぐ側に新たな網を張ってしまった。そこまでするほど死んだカマキリが嫌だったのらしい。悪いことをしてしまった。

 なお、その円網は縦も横も約30センチとジョロウグモとしては小さめなのだが、この季節には部分的に張り替えるのが普通だから、最初から管理しきれるような大きさにしておこうという判断なのだろう。お詫びの意味を込めて、そこらで捕まえた体長15ミリほどのガをあげておく。

 同じくらいの体長の行き倒れの昆虫を見つけたので拾ってみたら、なんとカメムシ! 指が臭くなってしまった。〔何でもかんでも拾うからだ〕

 頭にきたので25ミリちゃんの円網に放り込んでおく。〔迷惑だろうな〕

 暖かかったせいか、ヤマシロオニグモの15ミリちゃんも円網を張っていた。


 午後4時。

 25ミリちゃんがカメムシを食べていた。はっはっは。空腹であればカメムシも食べるのだよ、明智君。〔今時の子は読まないぞ『怪人二十面相』なんか〕


 午後5時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんにも体長15ミリほどのガをあげた。明日は朝から昼頃まで雨らしいのだ。

 今日はカメラを2回落とした。「耐衝撃」というカメラなので故障はしていないが、側面が少し凹んでしまった。どうも自作の軽量ネックストラップが短すぎて、背中のポケットに収まりきらないのらしい。しょうがない。リストストラップと併用して長くしよう。


 11月17日。雨のち晴れ。最低12度C。最高16度C。

 午前11時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんのお尻はラグビーボールより少し膨らんだ形になっていた。


 11月18日。曇りのち晴れ。最低8度C。最高15度C。

 午前11時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんはまたバリアーの本数を増やしたようだ。作者が比較的大型の獲物を投げ込むのはそれほど迷惑だったのらしい。お尻も大きくなったことだし、サポートするのはここまでにしようかねえ……。


 11月19日。晴れ。最低6度C。最高18度C。

 午前11時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんが体長16ミリほどの黒いハチのような獲物に捕帯を巻きつけていた。ハチクラスの昆虫が飛べるほど暖かいのだな。


 11月20日。晴れ。最低5度C。最高16度C。

 午後1時。

 久しぶりにパンクした。直径2ミリほどのL字形になった針金がリヤタイヤに刺さったのだ。今日は遠出する予定はないので、チューブだけを交換して光源氏ポイントに向かう。とは言っても、タイヤにも大穴が開いているので、今日中にタイヤも交換する必要がある。


 午後2時。

 行き倒れのスズメバチ(体長40ミリほど)を見つけてしまった。わずかに脚や翅を動かすのだが、起き上がることはできないらしい。これをそのままにするわけにはいかない。バンダナで包んでポケットに入れ、光源氏ポイントの向かい側にいるジョロウグモの25ミリちゃんの所まで持って行く。〔危険です。よい子は真似しないでね〕

 しかし、張り替えた様子のない25ミリちゃんの網ではスズメバチの体重を受け止めきれないのだった。これではどうしようもない。うちに帰ってタイヤ交換をしよう。


 午後8時。

 下の前歯に歯石が付いていたので爪ヤスリの先端でこそげ落とした。〔よい子は真似しないでね〕

「歯石」と言うだけあって、大きめの砂粒のようなものだった。思うに、石というものは「強く固くありたい」という心を持っているんじゃないだろうか? これすなわち「石強固」である。〔「意志強固」だ! だいたい「石」では四文字言葉にならん〕

「四字熟語」だね。〔…………〕


 11月21日。晴れ時々曇り。最低3度C。最高17度C。

 午後1時。 

 光源氏ポイントでは1匹のジョロウグモが横糸を張っているところだった。やっと動きまわれるくらいに体温が上がったということなんだろう。変温動物にとってはつらい季節なのである。

 ジョロウグモの25ミリちゃんの円網には枯れ草の下にいた体長10ミリほどの甲虫を放り込んだ。張り替えた様子のない円網だし、25ミリちゃんもあまり積極的に飛びついてこないしで、円網から外れて落ちてしまったのだが、それを拾ってもう一度投げ込むと、今度は牙を打ち込んでくれた。


 午後2時。

 体長15ミリほどの行き倒れのガを拾ってしまった。しょうがない。光源氏ポイントまで引き返す。

 肉団子をもぐもぐしている25ミリちゃんにあげると、肉団子を放り出して飛びついてきた。ガだと途端に積極的になるのだ。なお、肉団子は糸で円網に繋がれているので落ちることはない。


 11月22日。晴れ。最低5度C。最高20度C。

 午前11時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんは円網の左半分をほぼ無色の糸で張り替えていた。そうか、空腹かあ……。


 午後2時。

 光源氏ポイントの向かい側の25ミリちゃんの円網にはテントウムシが2匹かかっていた。軽い獲物であれば、張り替えていない円網でも支えられるのだな。


 11月23日。雨のち晴れ。最低11度C。最高21度C。


 11月24日。晴れ。最低7度C。最高21度C。

 午後1時。

 イチョウの黄葉が見頃になっていた。

 ハチのような体型でお尻が黄色と黒の横縞模様の昆虫が車道を歩いていたので、つかんでみたら刺されてしまった。ハエではなかったらしい。〔よい子は真似しないでね〕


 一刺しの

  痛みで我は

   覚りたり

  この昆虫は

   蜂であるべし 


※ハチの翅は四枚、ハエは二枚だからそこを見ればわかるのらしい。


 ジョロウグモの25ミリちゃんの網の側に立っている電柱の表面を、ナミテントウ約二〇匹とナナホシテントウ数匹が歩きまわっていた。パーティ会場なのか? 

 25ミリちゃんの円網にもテントウムシが二匹とカメムシが一匹かかっていた。

 今日もまたフレアが出た。防水・耐衝撃・耐寒だが、まともに撮影できないことがあるカメラ……。買う方が悪いのか。


 11月25日。晴れ。最低5度C。最高12度C。

 午後1時。

 ジョロウグモの25ミリちゃんの円網にはカメムシだけが残されていた。食べる物がないのなら別だろうが、積極的に食べる気にはなれないらしい。

 午後5時。

 今月の走行距離が1000キロを超えた。とは言っても、1日60キロのペースで17日走れば1020キロになる。たいしたことではないな。


 11月26日。曇り時々雨。最低5度C。最高9度C。

 午前11時。

 スーパーの前で行き倒れのハチ(24日に刺されたのと同じ種らしい)を拾った。〔また刺されるぞ〕

 だいじょうぶ。翅を片方だけ閉じていないからかなり弱っている……はずだ。

 このハチを張り替えた様子のないジョロウグモの17ミリBちゃんの円網に放り込んだのだが、17ミリBちゃんは近寄ってチョンチョンしただけでホームポジションに戻ってしまった。かなり劣化していた円網もハチの体重を支えきれなかったらしくて、脚だけを動かしていたハチも円網から外れて落ちた。変温動物の活動限界を読み損なった作者のミスだな。


 11月27日。晴れ時々曇り。最低6度C。最高17度C。

 午前10時。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんが円網の4分の3を張り替えていた。これは獲物をあげないとバチが当たるだろう。そこらの落ち葉をかきまわして捕まえた体長4ミリほどの昆虫をあげる。今回はためらいもせずに駆け寄って牙を打ち込んでくれた。


 午後1時。

 光源氏ポイント周辺では25ミリちゃんを初めとして、少なくとも三匹のジョロウグモが円網を補修済みか、横糸を張っているところだった。ジョロウグモの活動限界は気温6度C辺りまでなのかもしれない。

 25ミリちゃんには昼前に捕まえた体長7ミリほどのワラジムシをあげた。牙を打ち込む前にくるくると転がしていたのは、翅がないのでどこに牙を打ち込めばいいのかわからなかったのか、あるいは、脚が多すぎるので困惑していたのかもしれない。

 体長25ミリほどの別のジョロウグモは縦10センチ、横7センチくらいの円網(?)を張っていた(お尻は太めのソーセージ型)。横糸は粘るものの、その間隔は不揃いだし、何よりも網自体が小さいから産卵を終えた子だろう。 


 11月28日。晴れ。最低6度C。最高20度C。

 午前11時。

 今日は燃えるゴミの日。ハエを2匹捕まえた。とりあえず冷蔵庫に入れておく。

 ジョロウグモの17ミリBちゃんは円網の右側3分の1くらいを張り替えたらしかった。


 11月29日。晴れ。最低5度C。最高16度C。

 午後9時。

 今日も湯船の中にクモがいた。体長4ミリほどの、多分オニグモの仲間だ。さすがに寒いので湯船から出てもらうことにする。


 11月30日。晴れ。最低2度C。最高15度C。

 午後1時。

 イチョウの葉が散り始めている。

 ジョロウグモの25ミリちゃんが円網の半分を張り替えていたのでハエを一匹あげた……のだが、食べようとしない。寒いせいかもしれないが、食欲がないんだったら張り替えるなよな。

 光源氏ポイントの奥の森の中には産卵を終えたらしい一匹のジョロウグモがいた。しかし、卵囊が見当たらない。しおり糸も途中で途切れている。よほどうまくカモフラージュしているようだ。


 午後4時。

 光源氏ポイントの近くで、落葉広葉樹の枯れ葉三枚で包まれたジョロウグモの卵囊らしいものを1個見つけた。糸で固定されていない葉がすべて散ってしまえば、もっと見つけやすくなるだろう。



     クモをつつくような話2023 その3につづく

 すみません。枚数制限をオーバーしてしまいそうなので、12月分だけを「その3」として分離します。あしからず。

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