間話 お嬢様と従者
私、イザベラ・グトケレド公爵令嬢には、誰にも言えない秘密があった。
それは、私が死に戻り、暗殺計画を立てていること。かつての人生で、私は冤罪をかけられ処刑された。しかし目が覚めれば幼い頃の自分に戻っていて。
私は考えた。どうすれば多くの人を助けられるだろうか、と。瘴気も、あの性悪聖女も、無能な王族も、我欲な貴族や父も、それによって起こった戦争も、全てが国や民の害でしかなかったことは忘れない。
私は、全員暗殺することにした。私が強くなり、全ての罪を背負えば、あんな惨劇は起きない。
考えれば考えるほど、強くなればなるほど、死んだ時の内なる願いを忘れていった。なのに……貴方に逢って思い出してしまった。
いつものように刺客を皆殺しにしていた時、彼はそこにいた。まだ12才だった彼は、次々に倒れていく同業者を見て、青ざめていた。
……まだ若い。まだやり直せる。そう思った。
それでも、ここで逃したとして失敗した刺客なんて処分されると、私にだってわかった。
私もまだ死ぬわけにはいかない。彼らを全員殺さなければ、死んでも死にきれない。
私にだって、心の猶予が欲しくて、チャンスを与えた時、彼は一瞬気絶したかと思えば、意志の強い目で吐き捨てた。
『死んでたまるか!』
嗚呼……何故忘れていたのだろう。その言葉で、私は確かに幸せになりたいと願い、なると決意したあの時を、思い出した。気づけば大義に押しつぶされていたことに、気づけていなかった。
『お、俺……は、あなたが好きになりました!……月に照らされて輝く銀色の髪とか、血を映したような目とか!』
私がそんなことを思っているだなんて知らない彼は、殺されないように、と必死で話し続けた。
『俺はお嬢様に一生……永遠の忠誠を誓いますっ……だからっ!』
こんな展開は、私にも予想外だったの。まさか、自分を襲ってきた刺客が、忠誠を誓ってくるなんて。
『……ふふふっ。うふふっ、あははっ。……予想外だったわ。その答えは』
それに、永遠だなんて……
『まるでプロポーズのようね』
死に戻って初めて、笑った気がした。彼は顔を真っ赤にして、口を手で覆っていた。大方、恥ずかしくなってしまったのでしょう。
私はこの、愛おしくて哀れで、野心を持つ少年を、従者として迎え入れることにした。
といっても、彼が逃げたそうなら、逃してあげてもいい。しっかりと、私の敵にならないように教育を施してからだけど。
『誰が長年お嬢様の美容管理をしていると思ってるんですか』
いつのまにか、彼と過ごした日々は長くなっていた。
最初の頃は、疑り深く観察してきていたのに、いつのまにか心配性の執事のようになり、家族以上に接する関係となっていた。
手先が器用なこと、商売をするのが夢だったこと、たまに寝癖がひどいこと、甘すぎるものが好きじゃないこと、私を優しい目でみてくれること。
気がつけば、お互いに知ることが増えていった。そして、彼が一番大事だった。
だからこそ、言えなかった。
どうシミュレーションしても、私一人で暗殺を成し遂げるのは無理なことは、わかっていた。例え成し遂げられたとして、私は死んでしまう。生き残ったまま、暗殺を成し遂げるには協力者が必要だった。
けれど……巻き込みたくなかった。もしどこかで間違えれば、一番最初に死ぬのが誰か、考える必要もない。これは私一人で成し遂げること。
それなのに、解決策は見つからないまま、聖女が降臨する日まで時は迫っていて。
私は覚悟を決めた。