第四話 国王陛下、王太子殿下暗殺
「次は、国王様と殿下に亡くなって頂くわ」
我が国の第一王子であり、王位継承権一位である殿下。良く言えば素直。悪く言えば世間知らずで平凡だ。しかし国王譲りの金髪と赤い瞳、整った顔で、社交界では人気があるとのこと。
「お嬢様は、王太子殿下の事を……」
「恨んでいるわ。ずっと。……それに、王の器とはいえない」
俺も密かにそう思っていた。そんな彼より、庶子ではあるが頭がよく決断力がある第三王子様の方が王に相応しいと。それに、殿下の顔などお嬢様の美貌に比べればノミ以下だ。
「聖女の惚れ薬如きで冷静な判断のできない者が王なんて先が思いやられるわ。聖女の役割を国が担うのだから、最初くらいしっかりとした王が必要よ」
お嬢様の目に映っているのはやはり憎悪だった。自分を死まで追い詰めた者を許せないのは当然だが。
「当時、第三王子殿下は他の人よりは冷静な判断ができていたことを覚えているわ。第二王子殿下はこの後隣国の第一王女との婚約が決まるから、国王様と殿下がお亡くなりになれば
必然的に第三王子殿下が王位を継ぐはず」
どうやら同じ考えだったようだ。国王と王太子暗殺……王家を敵に回すのか。いや、聖女を殺した時点で世界を敵に回している。さすが我がお嬢様だな。
「王族を毒殺というのは難しいわ。誰かを暗殺犯に仕上げるのも難しい。……だから、誰かではなく神になすりつけようと思うの」
「聖女の時のように……ですか」
「……貴方は神を信じるの?」
神、か。そんなもの……。
「いるわけないじゃないですか。ガキの頃親に売られてから、ずっとそう思ってきました」
「……奇遇ね。私も、あの首が落とされた時に、神なんて死んだわ」
作戦は、王城の別棟にある祈祷室に二人を呼び出し、聖剣のレプリカで心臓を突き刺すというものだった。
「祈祷室の中に聖剣のレプリカはあるし、深夜は誰もいないわ。……問題はどうやって王城に入るかということ」
「俺一人でしたら……」
「いいえ。私が屠るの」
「ですが……」
もし、ここで失敗すればお嬢様が逃れられないだろう。俺一人なら、俺が口を閉ざして死ねばいいだけの話だ。
「私を誰だと思っているの? ……大丈夫よ」
俺より数十倍も強いことなんて嫌という程知っている。それでも……。
「私は門番の交代時間を知っているわ。だから貴方は門番に変装して頂戴」
「かしこまりました」
もう意地でも聞いてくれないだろう。というか俺の首が飛ぶ。それもそれで本望だが。
「私が入ったら、祈祷室で合流するわよ。もう一人の門番を眠らせるのを忘れないように」
「ご武運を」
「貴方もね。決行は今夜。私はこれから王妃教育を受けに王城に向かうわ。そのまま殿下と国王様を誘うためにもね」
絹糸のような髪を揺らして、お嬢様は進む。復讐のために。
「さようなら」
お嬢様は聖剣に付着した血を振って落とすと、物言わぬ死体を見下ろした。ステンドグラス越しの月明かりを浴びたその横顔は恐ろしく無表情で。神聖さすら感じられた。
数時間前、俺は代理の門番の振りをして、もう一人の門番を眠らせ、お嬢様を王城に通した。静寂に包まれた、王城を歩き続けると、いつのまにか中庭に出ていた。お嬢様は、「ここが、祈祷室よ」とだけ言うとまた黙ってしまわれた。
その後のこのことやってきた陛下と殿下は、後ろから現れた我々に気付けず、いとも容易く心臓を突き抜かれた。いくら王族でも人間。心臓を突かれれば即死だ。
お嬢様が、どれだけ辛い思いをしたのかは、殺した時の横顔を見れば歴然だった。
「よくここで祈ったわ……。戦争を止められるよう、戦争で多くの犠牲者が出ないよう……」
「お嬢様……」
「ここからは混沌よ。私は去るわ」
「……御意」
お嬢様を見送った後、俺は護衛に戻り、何食わぬ顔で眠らせた門番を起こした。このまま翌日まで、俺は門番だ。お嬢様以外の侵入者を払い、何事もなかったと伝えなければならない。
翌朝、王城は混沌に満ちていた。宰相の変死、伯爵の汚職、何よりも国王と第一王子の死。暗殺か、贖罪かと騒がれている。勿論全てお嬢様の仕業だが。
予定通り、門に異常はなく侵入者はいなかったことを伝えた。
……そうしてやっとのことで屋敷に戻ると、お嬢様はバルコニーで外を見ていた。
「……任務遂行致しました」
「……ご苦労様」
もう日は落ちかけ、部屋は真っ赤に染まった。少し焦った様子だ。どうかなさったのだろうか。
「予定より早いけれど……終わりにしましょう」
お嬢様は振り返ると、覚悟を決めた顔をして言った。
「……最後に、お父様を殺すの」