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間話 従者とお嬢様


 俺を拾ったお嬢様は、よくわからない人だ。

 まだ6才の幼い子供で、しかも公爵家のご令嬢なのに、朝4時に起きて剣術の鍛錬をしている。俺がじっと観察していると、


「あなたもやりたいの?」


 と言ってスペアの剣を渡してきた。ギリギリ振れるが、すごく重い。こんなの6才の子供が持つ重さじゃない。これを毎日振っているのか……。


「お嬢様は、なぜこんな事をされているのですか?」

「……。そうね。わたくしにはおとうさまの政敵からおおくの刺客がくるでしょう?」

「でしたら警備を今より厳重にすればいいのでは……いえ、なんでもありません」


 続けようとしたが、冷酷な目に、これ以上聞いてはいけないと言われた。


「あなたはこの時間をすきにすごしなさい。わたくしにつきあうひつようはないわ」


 そんなことを言われてもすることなんてない。

 それに、何のために鍛錬をしているのかはわからないが、俺はこの人を守りたい。この人より強くならないといけない。

 俺はお嬢様より早く起きて、このスペアの剣で修行することに決めた。



 ・ ⚫︎ ●



「わたくしは使用人と関わってはいけないの」


 なぜかお嬢様は全くというほど使用人に仕事をさせない。ほぼ全て自分でこなしてしまう。理由を聞いても、この一点張りで何も話してくれない。

 そんなお嬢様の使用人となって一年が経った頃のある日のことだった。


「これからは髪を梳いて頂戴」


 突然のことに酷く驚いた。そんなこと気にも止めず、お嬢様は椅子に座る。


「お、俺は卑賤の生まれですし、髪なんて梳いたことなくてっ」

「……」


 そもそも女の髪なんて触ったことがない。ましてや初めて触るのがお嬢様なんて無理だ。そもそも触れない。

 しかしお嬢様は言い訳なんて聞かないらしい。椅子に座ったまま無言の圧を貫いている。


「ありがとう」


 しどろもどろになりながら梳いた髪は不恰好としか言いようがなかった。もう羞恥と反省とその他諸々で手で顔を覆うことしかできない。

 それでもお嬢様は、少し満足げにそう言った。



 ・ ⚫︎ ●



「お嬢様っ、探したんですよ!?」

「あら、出迎えご苦労様」


 お嬢様はよく急にいなくなる。そしていつのまにか帰ってきている。帰ってきた時の様子は毎回異なっていて、嬉しそうだったり悲しそうだったり。本当によくわからない。10才の少女……ましては公爵令嬢がお付きもつけずに動くなんて前代未聞だ。

 なのに、


「いってくるわ」

「ただいま」


 それだけはちゃんと言って行く。逆をいえばそれだけ言っていなくなってしまうのだが、お嬢様にそう言われると、たまらない気持ちになって何もかも許してしまう。まあ、そもそも俺に叱る権利なんてものはないが。


「ああ、まだ言ってなかったわね。ただいま」

「はぁ……、お帰りなさいませお嬢様」


 本当に不思議なものだ。



 ・ ⚫︎ ●



 お嬢様はたまに俺を揶揄う。普段冗談なんて全く言わないのに、この時だけ楽しそうに。


「あら、貴方いつから雄鶏になったの?」

「……はい?」


 お嬢様はクスクス笑って俺をじっと見る。

 わけがわからず周りを見れば、ガラスに反射した自分にはトサカのような寝癖がついていた。


「あ゛っ!?」


 俺が慌てふためけばより楽しそうに、


「髪を直してらっしゃい」


 というのだ。お嬢様の笑いのツボがわからない。わかればもっと笑ってもらうのに。



 ・ ⚫︎ ●



 お嬢様が本当によくわからない。

 昨晩は刺客を容赦なく潰したと思いきや、今日はもう美味しそうにケーキを食べている。朝いちで買ってくるように言いつけられたものだ。相変わらず人使いが荒い。

 それにしても……お嬢様本人は平静を装っているつもりらしいが、嬉しいのが隠しきれていない。全く、どうしてこんなにも可愛いのだろうか。


「貴方も食べなさい」


 そしてどうやら美味しいというのを共有したいのか、甘さ控えめはあまり好きじゃないのか、よく俺にくれる。俺は甘いものが苦手だからちょうどいい。


「美味しい?」

「ええ、とても」

「そうよね、ここのケーキ美味しいわよね」


 満足げなお嬢様を見ていつも、買ってきてよかったと思う。



 ・ ⚫︎ ●



「あら、匂いが違うわ。これは……薔薇?」

「お気づきになられましたか。新しい香油を使ってみたんですよ。なんでも髪にハリが出るとか」

「既にハリがあって艶めいてると思うのだけど」

「当たり前です。誰が長年お嬢様の美容管理をしていると思ってるんですか」


 そう言うと、お嬢様は「それもそうね。長くなったわ」と感慨深そうに呟いた。


 お側で過ごせば過ごすほど、お嬢様についての謎は深まっていくばかりだ。恋心も忠誠心も増す一方で。

 王太子殿下とご成婚されても、俺はこのままお側にいられるのだろうか。俺は、誰かのものになったお嬢様を支えることが、本当にできるのだろうか。きっと死ぬほど悔しくて、辛いに決まっている。


「それでも……」


 きっと離れられもしない。俺はあの日からお嬢様に鎖で繋がれているのだから。恋心なんていう一番厄介なもので。


「ハッ。あーあ、俺ってなんて馬鹿なんだろ」


 俺は、お嬢様から貰ったピアスを触りながら、月を見ることしかできなかった。



『それはわたくしの所有物の証よ。ちゃんとつけておくこと』

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