第三話 宰相、伯爵暗殺
「女装して頂戴」
信じられない言葉に、俺は耳を疑った。
女装……? いやまさか、武装だろう。……確かにJの発音だった。あれだよな、女を装うと書いて、あの……。
「……はい?」
「宰相のお遊びが激しいのは知ってるでしょう? いきつけの店へ潜り込み、宰相を客として取り、毒で殺して欲しいの」
確かに宰相は女遊びが激しいことで有名だ。どこかの家に行けば必ず使用人を襲い、三日に一度は高級娼館に出かけ女を買うと。確かに殺すならこの方法が一番だろう。
しかし……。
「無理ですよお嬢様。俺もう22ですよ!?」
「……あら、私の言うことが聞けないの?」
「お心のままに」
逆らえるわけがない。そして帰ったところで、ウィッグを作らされ、お嬢様のいらないドレスを娼婦っぽくアレンジした。どうして俺は自分の精神を痛めつけるものを自分の手で作り出しているのだろう。せめてもう少し歳が若ければ……少年時代ならさぞ似合っただろう……。
「あら、随分と似合わないわね」
当たり前だ、体格も身長も声も成人男性なのだから。ほんと、どこかが痛い、どこかが。
「もう俺は22なんですお嬢様。お嬢様が16歳になられたのですから当然ではありますが」
「大丈夫よ。メイクをして胸に詰めればなんとかなるわ」
「……自分で、ですよね」
「ええ勿論。私自分でメイクなんてしたことないもの」
そして悲しいことに俺はメイクの腕がいい。それもこれもお嬢様の身の回りは全て俺が世話しているからだ。というか基本器用なのでなんでもできる。……おかげでハスキーボイス美女が生まれてしまった。どこからどう見ても女だ……これは。
「流石ね。今度はちゃんと似合うじゃない」
「……ありがとうございます」
お嬢様は少し揶揄うように言う。
複雑だ……。長年恋慕ってる人に、女装を褒められるなんて……。まだ一度もかっこいいとすら言われたこともないのに……。
落ち込んでいる俺とは反対に、お嬢様はふと鋭い目をすると、悪い笑みを浮かべた。
「宰相は前世で私に冤罪をかけた者の一人であり、アンナを傷つけたわ。……許すつもりはないの」
「……御意」
「本来なら私が自ら手を下したい所だけど……武器も使えない状態で押さえつけられれば、私では手も足も出ない」
いくら強くても、お嬢様は女性だ。それに、そんなこと俺が許さない。お嬢様が娼館に潜入するなんて絶対に。俺の命をかけてでも止めて見せる。
「お嬢様、ご安心下さい。俺が、必ず成し遂げますから」
「お願い。私は伯爵の方を抑えるわ。聖女費用の横領の証拠を掴んで。伯爵が死刑になってもらわなくては困るの」
夜の街は相変わらずうるさい。お嬢様は無事だろうか。
……お嬢様はただ復讐心で荒らしているだけではなくちゃんと考えている。俺は知らなかったが、聖女がいなくなってもこの世界が大丈夫なように調べ上げ、宰相に優秀な養子を取るよう勧め、伯爵家を潰した後も金融に影響が出ないよう対策をすでに練ってあった。
流石お嬢様だ。おかげで、誰であろうと躊躇なく殺せる。
娼館に着いたが、お嬢様の用意した偽の紹介状でまんまと入り込めた。
しばらくすると、でっぷり太っている体に悪趣味なほど宝石をつけた服を着た下衆な目の男が、高価な馬車でやってきて、店の中に入ってきた。
「おい店主、なんだこいつは、新入りか」
こいつか。お嬢様の大切な人を傷つけ、二度もお嬢様を絶望の淵に立たせたクズは。
「ほぉ……少々背は高いが、いい女じゃないか」
どちらにしろ、新人として宰相の相手を押し付けられる予定だったが、自ら選ぶとは。これで娼館に迷惑をかけずに済む。
「こいっ」
このクソ野郎……腕を掴んで無理矢理連れてくとか正気か。お嬢様じゃなくて俺で本当に良かった。でなければ今すぐ殴り殺してる所だ。
「宰相様……まずは初めに一杯、お酒でもいかがですか?」
ものすごく恥ずかしい、がこれも足をつけないためだ。遅効性の毒と睡眠薬を入れておいた。明朝……、起きて帰った頃に自然と倒れるだろう。
宰相は一杯飲み干すと、すぐさま俺を組み伏せた。
「はぁはぁはぁ……」
髪の毛掴むなこの野郎。ウィッグが取れるだろ。こんなやつの相手をするなんてごめんだ。早く睡眠薬効け。
そんなことを願いながら適当にあしらっていると、宰相はずるずると崩れて寝た。これで死亡報告を受ければ完了だ。
仕事を終え、バレないように娼館の窓からから抜け出してきた。
お嬢様の方は大丈夫だろうか……。なるべく急いで帰ろう。
「カツラが邪魔だ」
今すぐこんな物捨ててしまいたい。
バルコニーからお嬢様の部屋に入ると、すでに人影があった。
「ただいま戻りました」
「ええおかえり。成し遂げたようね」
「お嬢様もご無事なようで何よりです」
「長年彼らについて調べていたけれど……予想していたより罪が多かったわ。さすがは伯爵家ね。うまく隠していたみたい」
お嬢様はずっと一人で復讐の準備をしていたのか……。
「そういえば、俺アンナさんを見たことがないですけど」
「今世でも我が家に働きにきたけれど、その日にクビにしたわ。今は田舎の老貴族の方の使用人をしているはず」
「そうですか……」
「こっそり覗きに行ったこともあるけれど、幸せそうだったわ」
お嬢様は嬉しそうな、寂しそうな顔をしていた。
翌朝、宰相が死んだということを確認した。無事うまく行ったようだ。俺は情報屋に伯爵の汚職を流した。なるべく早く売りつけるように、と。
「さて、これから忙しくなるわね」
「もうそろそろ宰相の死と汚職が知れ渡ると思いますが……」
「次は、国王様と殿下に亡くなって頂くわ」