第二話 聖女暗殺
『え、これで小説の世界に行けるんだよね!』
『確か物語では……そう、これこれ! これで私も逆ハー!!』
『禁忌犯してよかった〜』
……。
✞
「……さて、聖女暗殺についてだけれど」
お嬢様は口元だけ歪ませて話し続ける。
あの冷酷な目、懐かしい。
「三日後、隣の領地の村外れで発見されるわ。そして王宮で保護されたのち、聖剣も大聖堂で見つかったことで、聖女は我が国の管轄となる……」
三日後……。確かお嬢様は王妃教育が予定に入っていたはずだ。
というよりも急だ。だとしたらもっと早く、俺に話してくれてもいいはずなのに。
「私は王妃教育で王城にいなくてはいけないのはわかっているわね」
「夜遅くまで、予定に空きがありません」
お嬢様が悔しそうに密かに拳を握ったことを、俺は見逃さなかった。
「そうよ……どう足掻いても、予定を無くせなかった」
「だから、私の代わりに、聖女を殺して頂戴」
……俺が、聖女を、殺す。前世で、お嬢様を貶め、苦しめた張本人を、殺せるのか。
「と、いうことは現れた瞬間、ですか」
「ええ。夜の野原だから心配しなくていいわ。この剣で、体に触れず、返り血も浴びず、胸を一突きで」
本当は自分で殺し、確認したいであろう大役を、俺に任せて頂けるだなんて。
こんなに光栄なことはあるだろうか?
お嬢様は回転本棚を動かすと、奥から何かを取り出した。
「この剣……聖剣と呼ばれるものは聖女が現れた瞬間に光り輝くわ。気づかれて失敗しないよう、気をつけて頂戴」
この錆びた汚い短剣が聖剣だとは……。こんな風に擬態し隠されてきたのか。ここにあるということは、お嬢様が大聖堂から盗んできた……ということなのだろう。
が、聖女とかいうクソの手に渡るよりは断然いい。
「御意」
そして三日後、俺は例の村外れの野原に来ていた。この黒い服と残忍な気持ちは久々だ。
日が暮れ、すっかり夜に包まれた頃、突然星が降った。その瞬間、野原の真ん中に少女が現れる。その刹那、光り始めた短剣を迷わず心臓めがけて投げた。
「なんで……どう……してっ」
目を見開き驚いた後、少女は静かに崩れ落ちた。普通心臓を貫けば即死するものだろう……悍ましいな。
足跡をつけないように近づき死亡を確認する。大量の血溜まり。息はしていない。ひとまず任務を遂行できたことに安堵する。
「これは……」
去ろうとした時、紫色の小瓶を見つけた。見覚えがある。一昔前に貴族で流行った惚れ薬だ。香水にし、体に吹きかけるのが主流だった。が、大量の魔力がなければ効果がない上に大半が偽物だったこともあり、もう市場では見なくなったはず……。
「お嬢様に報告だな」
お嬢様の敵ならば、俺の敵だ。どんな奴でも、排除する。
全てはお嬢様が生きるため。俺が生きるため。
聖女の死はすぐに世界中に広まった。聖剣によって胸を突かれ死んだことで、神からの啓示だという者もいれば、預言者がいると言った者さえいた。……まあ、あながち間違ってはいない。神のようで預言者なようなお嬢様の命で殺したのだから。
惚れ薬の件はきっと王宮が隠しているのだろう。
「へぇ、惚れ薬、ね」
「はい」
「予想通りではあるわ。当時、私も含め誰も気づけなかったのが不思議なくらいね」
お嬢様は本日、世界会議に出席する。議題は勿論聖女の死と今後についてだ。本来は王子殿下が出席される予定だったが体調を崩され、代わりに出ることとなったのだ。
勿論、体調を崩された理由はお嬢様が仕込んだ下剤による腹痛だが。
「殿下が少々頭足らずで本当に良かったわ」
「しかし本当に机の上に置いてあったクッキーを食べるとは……王族としての危機管理能力をどこに捨ててきたのでしょうね」
下剤を仕込むのはとても簡単だったらしい。何日か前に、そっと王子殿下の机の上のわかりづらい所にクッキーを置いておくだけ。お嬢様曰く、「殿下は直前まで次第をお読みにならないから」だそうだ。今頃勝手に食中毒だと思っているらしい。
前世でお嬢様を都合よく使い裏切ったのだから、最終的に死ぬとはいえ全く足りないが、いい気味だ。
「髪色はちゃんと茶色に染まっているわね」
お嬢様はふと俺の方に振り向いて、髪をいじる。
「勿論です」
「貴方の顔や全てが認知されたら困るの」
「はい」
基本いつでも人前では髪は染め、顔や身長も変えている。元の黒髪や青い目のままでは少々目立つからだ。全てはお嬢様唯一の懐刀としてい続けるため。
「〜王国、イザベラ・グトケレド公爵令嬢ご出席です」
いくら従者でもこの先へは入れない。流石に世界会議の警備は厳重だ。まあお嬢様なら何かあっても返り討ちにするだろうが。側で守れない不安というのは大きい。
しかし、俺の不安をかき消すかのように、分厚い壁を越えるほどのどよめきが聞こえた。
『私に考えがありますわ』
『聖女が神の手によって殺された今、我々の魔力で封じればいいのです。400年前にはない、魔法道具がありますわ。各国の王や重鎮の方々の魔力を集め増幅すれば聖女に匹敵するはずです』
『己の力で解決できるものを頼み、堕落していた我々を神はお怒りなのでしょう』
そうして何時間後か、会議は終わったようでお嬢様が出てきた。すました顔をしているが、この感じは成功したらしい。
お嬢様に論破されたであろう奴らは青白い顔をして、救われた者たちは晴れやかな顔をしている。
「お疲れ様です」
「貴方もご苦労様」
その後会場を堂々と退場し、馬車に乗り込んだ。もちろん盗聴道具がないか確認済みだ。
「わかっているでしょうけど、作戦は成功したわ」
「流石ですお嬢様」
「次の段階に移るわよ」
どうやらあの青い顔をしていた奴らは前世で冤罪を後押しした一派だとか。新たに聖女を呼ぶ儀式とかなんとか確証のないものを提案したが、全てお嬢様に論破されたとのこと。
「次は、宰相と伯爵を殺すわ」
次の敵はその一派のトップである宰相と資金面で支えている伯爵。
「御意」
「それで、問題のどう殺すかだけれど……女装して頂戴」