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プロローグ 悪役令嬢様の拾われ従者


『わたくし、今日はとっても気分がいいの。だから教えてあげるわ』


 返り血に塗れた幼い令嬢は口元を歪めた。床には、同じく刺客として潜入した奴らの死体が散らばっている。


『あなたには二つの選択肢しかない。一つはわたくしを楽しませること、もう一つはこのまま殺されること』


 冷たい声が耳に響いた。頭の中はぐちゃぐちゃだ。呼吸は浅くなり、震えが止まらない。

 彼女はくるりと回って、再度俺の喉元に剣を突きつけた。


『それで、あなたはどちらにするのかしら』


 ああ、失敗だった。金が欲しいからって、貴族のお嬢様の暗殺を引き受けるなんて。俺はなんて馬鹿なことをしたのだろう。……こんなの聞いてない。

 右も左もわからないガキの俺は、体よく捨て駒にされたのだとその時気づいた。胸の底のどす黒い後悔と焦りは混ざり、一瞬で意識が遠くなる。


『生きるの? 死ぬの?』


 ……そこでプツンと、糸が切れたように、記憶の海に沈んでいった。



          ✞


「ほぉ……黒髪に碧眼、これは高く売れそうだ」


 今より、もっと。もっとガキの頃、凶作で俺を育てる余裕がなくなったんだろう、俺は両親に売られた。


「こいつは器量がいいな。愛玩動物(ペット)にちょうどいい」


 しばらくすると、太った貴族のジジイが俺を買うと言った。貴族なんて大嫌いだった。あいつらは、俺みたいな貧乏人をゴミを見るような目で見て、金を巻き上げ虐げて。こんなやつに買われてペットにされるなんてごめんだった。ペットで済めばまだいいが、役に立たなければ本物のペットの餌にされてしまうだろう。


 ……俺の唯一の幸運は、痩せ細っていたことで、鎖が抜け、隙を見て逃げ出せたことだ。

 そこからはもう、無我夢中の日々だった。食べ物を乞い、ゴミを漁り、生きるためにただただ必死だった。そのうち、自分の名前すらわからなくなった。ついには親の顔すら忘れた。

 それでも、それでもただ生きたかった。こんなクソッタレな人生でも、幸せになりたくて。なろうとして。


 結果がこれだ。大金に目が眩んじまった。ああ、これが走馬灯か。走馬灯ですら、俺は自分の名前も両親の顔も思い出せず、野望も叶わないのか。馬鹿らしい。このまま、死ぬのか。何もできず、何も叶わず。俺は……。そんなのっ……。


          ✞



『死んでたまるか!』


 俺は叫んでバッと顔を上げ、目を見開いた。


 ……綺麗だ。月明かりに照らされた少女は、愉快そうに笑う。ああ、人ってこんな顔だったっけ。


『そうね、誰しも死にたくないわ』


 そこで気付いた。このまま逃がしてもらえても、失敗した刺客なんて雇い主に殺されてしまうことに。

 そして打算的な俺は、咄嗟に嘘をついた。

 

『お、俺……は、あなたが好きになりました!……月に照らされて輝く銀色の髪とか、血を映したような目とか!』


 とはいえ全てが嘘なわけじゃない。綺麗だと思ったのは本当だ。俺は必死に続けた。


『俺はお嬢様に一生……永遠の忠誠を誓いますっ……だからっ!』


 お願いだから俺を殺さず、側に置いて欲しい。そう続けるはずだったんだ。



『……ふふふっ。うふふっ、あははっ。……予想外だったわ。その答えは』


 笑ったんだ。口元を抑えて、くしゃっと。その姿が、愛おしくて。とても無邪気に、とても幸せそうに笑った、その姿が何よりも輝いていて。


『まるでプロポーズのようね』

 

 思わず、守りたいと思ってしまった。我ながら馬鹿だと思う。ついさっきまで俺を殺そうとしていた相手になんて。

 俺はこの時、初めて恋とか愛とかを知った。

 恥ずかしくて、顔が熱くて、口に手を当てることしかできなくかった。



 俺を拾った彼女は、最悪で最強な悪女。公爵家の一人娘であり、後に第一王子の婚約者となるお方。そして国で一大事件を巻き起こし、彼女にとって都合の悪い者は次々と倒していった。国外追放、処刑、暗殺、毒殺、変死……、数えきれない程に。しかし証拠はなく、彼女は無実潔白なまま……。

 そして、史上では彼女をこう称す……『鮮血の白薔薇』と。

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