3-1 ギルド
翌朝、ぼくとネロはリドの村の中央広場に出ていた。朝の天気は少し曇っていたが、村の天気予報士と名乗る人が言うには、昼過ぎにはさっぱりと晴れるらしい。フリュークは二連恒星、つまるところ太陽の役割を果たすのが二つもあるので、紫外線が気になるところだ。日差しを遮ってくれるので、曇りの方がありがたかった。
中央広場にはたくさんの建物があった。役所や病院、市場などの他、五階建て赤レンガのギルド支部や、リドの村のある大陸で最大の国、アラム王国との連絡所、時計天文台。他にもいろいろあった。言うなれば、駅前の騒然とした建物群といった感じだった。
ギルド支部というのは職業連合組合というやつで、例えばネロの使う剣や鎧などを作る鍛冶屋の組合は鍛冶ギルドと呼ばれる。つまり、特定の職業の人たちが情報交換などを行うための場所だ。本部は東大陸と西大陸に一つずつで、それらをも束ねる総本部は存在しない。リドの村は東大陸にあり、東大陸はアラム王国に本部が置かれている。とんでもなく小さな規模の集落でもない限り、ギルドの支部は置かれ、自然災害など必要な時に、人材派遣等を行っている。
ネロが先に向かったのは、赤レンガの建物、つまりはギルドだ。入館手続きで、ひものついた同行者カードを手渡された。首から提げておけというやつだろう。
「今日は一階に用があります」
木製の重たそうな扉を開くと、すぐさま人々が慌ただしく行き交う喧噪が現れた。中は入口で予想していたよりも広く、ずらりと並ぶ窓口に、昨晩見たような鎧を身に纏った人々が列を作っている。
天井は高く、豪華な照明が朝日に照らされてきらきらと輝いている。おそらくは二階か三階までの吹き抜けになっているのだろう。二階に相当する部分からは書物庫のようになっており、スタッフが慌ただしく動いているのが見える。窓にはアーチ状の装飾が施されていて、なんというか、風情がある。長い歴史を持つ、外国の人たちが集う館を改装したような、そんな感じだ。
一階でも似たような恰好をしているのも、ギルドスタッフだろう。開館時間からまだ数十分だと言うのに、みんな書類を抱えて小走りしている。
近寄ってきた守衛スタッフがぼくらを怪訝な目で見たが、ネロが自分のカードを見せると、彼は帽子を取ってお辞儀し歩き始める。そのまま彼についていくことになった。
「ここは、何かの手続き所なの?」周囲の音がかなり大きいので、腰を折って耳元で聞いた。
「ここは、依頼を紹介してくれる場所です。普段はこんなふうじゃなく、静かなのですが。わたしと同じ人たちにしてみれば、今のリドは稼ぎ時ですから」
依頼を紹介してくれるギルドは、クエストギルドというらしい。チープな響きだ、と思った。
依頼、というのは、まあつまりは困り事だ。どこそこにこれを届けてほしい、どこそこの何を持ってきてほしい、どこそこの魔物を倒してきてほしい、などなど、そういう類のものがこのクエストギルドに集められ、解決できる力のある人たちがそれを請け負う。仕組みとしてはこんな感じだ。
「今はとにかく魔物の数を減らしてほしい、と言うのが多いですね。アラム王国からの依頼なので、報酬も悪くないです」
「でも、こんなに人が居るなら、絶滅させてしまうんじゃない?」
「ふふ。絶滅させられるなら、どんなに喜ばしいことでしょう」
守衛スタッフに笑われてしまった。彼は耳がとがっていて、少し色黒だった。昨日、寝る前に読んだ本を思い出す。彼はぼくやネロのようなヒトと、テルミドールやホブゴブリンみたいなモンスターの、ちょうど中間に位置する、「魔人」のエルフという種族がある。
エルフの場合、耳がとがっているほか、手の指は四本だとか、目の構造が異なるとか、魔法に適している者がほとんどだとか。ヒトとほとんど同じ姿かたちをしているが、そういった違いがあるようだ。
「モンスターは夜のうちに復活するのです。魔力がぎゅっと、生き物らしき形に凝縮され活動する。倒されれば、また魔力の靄として霧散しますが、倒さなければ、そのまま成長し、生命に危害を加えるようになります」
ギルドの記録にも、年月をかけて進化し、討伐隊を幾度となく壊滅させてきたような、そういうモンスターが居たこともあるという。町一つ滅ぼした伝説のドラゴンだとかが、冗談ではなく本当に存在し、なんなら今まさにどこかの森で寝ている可能性だってあるというのだ。
かなり物騒な世の中だ。何の前触れもなく、急にどこからか現れたモンスターによって、明日には命を落とすようなことがあるというのだから。
襲ってきたアイツを思い出す。しかし、ネロが言うには、あのテルミドールはまた事情が違うらしい。
「ひとたびモンスターを倒せば、その個体を構成していた魔力は、再び凝固するのに時間がかかります。だから、倒せば一応は、危険は減るのです」
「と、いうと、今のリドの村の周辺は、モンスターを倒しても倒しても、湧いてくる状況にあると」
「それだけだったなら、マシなんですが」ネロがため息を吐く。
「ネロさんには頭が上がりません」
「なら、もう少し情報の精査を期待したいですね」
「伝えておきます」
守衛スタッフがとある窓口の前まで案内すると、眼鏡をかけた女性が、窓口でぼくらを出迎えた。ネロが持っていたカードと小さな紙きれを窓口に渡すと、それらとぼくの顔を確認して、奥へ行ってしまった。
看板を確認すると、ここは報酬受取窓口だった。依頼達成をここで報告し、報酬を受け取る。その他にも、換金性が認められるモンスタードロップとやらを拾った場合にも、ここで換金してくれるらしい。
名前からして、モンスターの体内で凝縮された魔力のナントカとかがあり、そういうのをあれやこれやすると実用的なナニカが出来るのだろう。そしておそらく、ここは単純に報酬受取だけではない。その依頼を受注した人が無事か否かを確認する、そういった役目もあるようだ。依頼受注をした人が行方不明になったから、その安否を確認してきてほしいという依頼も出されるのだろう。
今はここには列はできていなかった。手前の、依頼受注の窓口が混んでいることから、夕方に混むようになるのだろう。
窓口の女性が帰ってきた。カードは返却されたが、紙きれは戻ってこなかった。そのままその場を去る。
「なんかもらえないの?」
「今からもらいに行きます。ただ、ちょっと額が多いようで」
「なんだか、今日はネロに何されても拒んじゃいけない気がしてきたよ」
「この程度でそんな事言っていたら、最終的には飼い犬にされているかもしれませんよ」
「あり得なくないのが恐ろしい」
「ですが、額が多いのは、半分くらい、シシさんのお陰でもあるんですよ」
「アイツ?」
「ええ」
段々と、昨日の自分が怖くなってきた。変な汗が出てきそうだ。
ただでさえ、この建物に入ってからずっと視線を感じるせいで、本当に変な気分だ。
ギルドにいる人たちが、ぼくらのことを見ている。すれ違う人も、わざわざ立ち止まって振り向いたりしている。しかも、明らかにベツモノを見る顔をしていた。もしかすると、ぼくの事がすでに知られたのではないだろうか、と、淡い期待のようなものを抱いていたのだが、そんなことは一切なかった。
皆、ネロの方に注目が向いている。当の本人は知らぬ顔であり、ぼくに対してしか反応せず、後ろにいるぼくの挙動不審がさらに目立っていた。
彼女に向けられているのは、好奇の目、ではなく、尊敬とか畏怖だとか、そういうものだ。例えば、体格の大きい、獣の耳が生えた大男が、ネロの歩行の先に居た。それに気づいた髪の毛を激しく編み込んだ厳つい仲間がその人を叩いて、ネロを指さす。すると、その人は途端に慌てた様子でそのラインから外れた。あの人?の胸当てや肩に付けている装甲には何かが激しく衝突した痕があり、ある程度の期間こういう仕事をやっていることが見て取れた。
同じく獣耳の女性グループが、ネロを見つけては駆け寄り、握手を求めてきた。興奮した様子であり、「去年の」「あの型は自流ですか」など矢継ぎ早に質問を浴びせた。ネロは簡単に答えた後、本のようなものを差し出されて、サインをせがまれていた。
いかにも魔法使いな紫のローブと先端に色のついた石を付けた杖を持つ、白髭交じりの老人が、帽子を外して、天井から降った光をこちらに反射させた。つまり、お辞儀をしたのだ。
この時から、ふざけて周囲を見ていないと、どうしてかネロの後ろを歩いていてはならない気がしてくる。この、目の前の少女は、いったい何をやってここまでの尊敬を集めたのだろう。
また、新しい集団がやってくる。今度は何をされるんだろう。