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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
五章 ポルト
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1-3 フォトフレーム

 やけに沈み込むソファに腰掛けたおれたちの前で、つい先ほど給仕の人が持ってきたコーヒー入りのカップが、ガラステーブルの上で呑気に湯気を燻らせていた。

 しかし、だれも、何も。言葉を発そうとしないから、ただただ、コーヒーの温度が冷めるのを待っているようなものだった。


 行き場のなくなったおれの目や頭は、わざとらしく体をソファにもたれさせてから、左右にある棚に関心があるような素振りをさせた。

 縦長の部屋の左右の壁は、少なくともおれとリンネが直立して縦に並べられても届かない高さまである棚が、奥のデスクの真横、部屋の隅までずらりと並べられている。しかも、その中には、様々な賞状、盾、トロフィーなどが所狭しと陳列されているのだ。


 きっと、その褒章たちの中には、レレヴァ公のものや、レレヴァ夫人、シホ嬢、そして「彼」のものもあるのだろう、と。そう思ったとき、なぜだか無性に懐かしさが、胸の中で渦巻いた。


「気になるかね」


 目の前にいる、レレヴァ公が、口を開いた。


「おれの子どもたちは、みな優秀だった」

「リドの村にあった、自警団の訓練所を思い出していました」おれは姿勢を正して答えた。「あそこにもそれなりに置いてありましたが、こんなにたくさんはありませんでした」

「そうかね」


 レレヴァ公が、まるで皮肉でも呟いたかのように笑った。

 対して、おれの連れ、リンネは、素晴らしく軍人的な格式高い挨拶をしてからというもの、レレヴァ公のデスクにあったたくさんのフォトフレームを眺めるだけで、何も話そうとはしなかった。それについても、レレヴァ公はやはり元軍人らしく、彼女の「報告」を口角も眉も微動だにせず、対応したのち、給仕の人にコーヒーを人数分頼んでから、おれにソファに座るよう促した。おれはそれに従って、持っていた鞄から書類を取り出しつつソファに腰掛けたが、リンネは何も言わずに、ただまっすぐデスクに向かったのだった。


 彼女が戻ってくるのを待とうかと思って、この左右の棚を眺めていた。

 だが、どうやら戻ってきそうになかった。ので、先に進めることにした。

 おれが書類を封筒から取り出そうとしたところ、コーヒーを一口飲んだレレヴァ公が手を伸ばして、おれを制した。


「用向きは把握している」

「そうなのですか」

「なにせ、きみたち2人を呼んだのは、おれだからな」

「どういう事でしょうか」


 封筒をテーブルに置く。書類はこの際もはやどうでも良いので、中にしまわなかった。

 当然、公都ヒュムネンへの調査の概要を、この人が知らないはずもないから、おれたちが何をしにきたかを理解しているというのは当たり前の話である。

 しかし、おれたち2人を呼ぶ、というのは、意外だった。

 いや、よくよく考えてみれば、少なくともアラム王国親衛隊の隊長リンネに似た女性と、リドの村の英雄が共に行動しているということくらいは、レレヴァ公の耳に入っていてもおかしくはないだろう。なんだかんだで目立つ行動をそれなりにしてきてしまっている自覚がないわけではない。


 だけれども。


 レレヴァ公はそういう意味で言ったわけではなさそうだった。

 明らかにおれたちの存在を確信していた、そういう口ぶりなのだ。思えば、リンネの「報告」の時だって、彼には思って然るべき思考が、言って然るべき言葉があるはずだった。だけど、それを見せる気配は一切しなかった。おれはそれを、「元軍人」という肩書きで片付けてしまうべきではなかったのか?

 おれの下手な裏読みは、さておくとして。

 彼はおれに、こう問うた。

 

「きみは、ポルトの町にいるヒトを、どう思った?」

「と、仰いますと?」

「なに、率直な意見でいい。きみからは、どう見えた?」


 まっすぐ、彼の顔を、目を見た。

 揺らぐことなく、おれの目をまっすぐじっと見つめている。

 どんな意図があるかは分からない。ただ、単純にこの町のヒトを見て、どう思ったか、という感想を、おそらくポルトの当主であるから聞きたい、というわけでもなさそうなのは確かだ。

 どう答えようか、思考を巡らせ、当たり障りのない答えを出そうかとした。


「あらぁ、お客様ですの?」


 聞き慣れない、声が、部屋の隅から聞こえた。

 ハッとして振り向くと、おれたちの右後ろ、廊下に繋がっている扉の前に、質素なドレスに身を包んだ、おれたちと歳の変わらないように見える女性が、立っていた。

 髪は肩まで、口元は微笑みを見せているが、目は細めているだけで、笑っていない。身には装飾品の類はほとんどないく、しかし唯一、左手薬指の指輪だけが光を失っていなかった。

 ふと反対側に首を回してみると、また別の女性が、何も言わずに佇んでいた。こちらは先ほどの女性よりも年上のようだ。ドレスではなく、レレヴァ公と同じようなカジュアルなスーツ姿であった。

 おそらくは、この2人が__。


「シホ、カレン。客人の前だ、出ていきなさい」

「嫌ですわぁ」

 

 ()()は、ケタケタと、口元を抑えようともせず、笑った。

 _()_()()()()()


「わたくしの夫を殺した女がそこにいるんですものぉ」


 一瞬。

 瞬きするよりも早く。

 推定レレヴァ・カレンとレレヴァ・シホが拳銃を構えた。

 おれは出遅れた。リンネの方を見ることを優先してしまった。


 しかし、発砲はなかった。

 あるのは、当然の静寂。

 リンネは一つのフォトフレームを手に取ったまま、微動だにせず、おそらくこの2人にも目を向けていない。

 その様子を見て、シホは機嫌を悪くする、と言ったこともなく、笑みになっていない微笑みを顔面に貼り付けたまま、拳銃をポケットにしまった。


「撃ったところで彼が帰ってこないのは、わたくしだって理解していますものぉ」


 訳がわからないが、とりあえずはこの場は収まったようだった。


「気が済んだのなら早く出て行け」レレヴァ公が語気を強めて言う。「客人に銃を突き付けるな」

「わかってますわよぅ。__あら?」


 気づけば、シホの顔が、眼前に迫っていた。

 思わず身じろぎするが、それ以上は下がれなかった。


「あなた」と、鼻を人差し指で押される。「何処かで出会ったことがあるかしらぁ?」

「いえ、初めまして」


 んー、と考えるそぶりをしてから、シホは顔を離した。


「とても、良い匂いがするのよぉ、あなたから。なぜかしらぁ?」


 __まるで。


「ゲオルグさまのような、安心する匂い」

「シホ」

「わかりましたわよぉ。そんなに睨みつけないでくださいましぃ」


 と言って、シホはカレンを連れて、部屋から出ていった。

 2人の姿が扉で隠れて見えなくなると、おれは思わずため息を吐きながらソファに大きくもたれてしまった。そしてすぐに我に帰り、レレヴァ公の方を振り返ると、彼も似たようにソファにもたれて、天を仰いでいた。

 おれがすっかり冷めたコーヒーを飲んでいると、リンネがそそくさとおれの隣に座り、同じようにコーヒーをあおった。

 そしてすぐさま、


「お暇させていただきますわ、さようなら」


 とだけ言って、おれの手を引いてその場を後にした。レレヴァ公は座ったまま、ただ手を振るだけだった。

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