1-2 港町
細長い筒状の監視カメラが、この車を舐めるように見つめる。
レンズの奥のいくつもの円が、せわしなく動いている。
その動きはやけに人っぽく、どこかで操作しているのではと思っていたが、完全自動で動いているらしい文言の看板があった。
カメラは高い天井から、細いワイヤ二本と支柱で、ほとんど吊り下げられている状態だった。左右のレーンを覗いてみると、同じような形で監視カメラがあったが、左右どちらとも、球体のような形をしているカメラだった。ここだけが、ノーマルな形をしているようだ。
いつものように検問所に居るのだが、ここは他の検問所とは雰囲気が異なっている。全てが自動化されているからかもしれない。
これまた分厚い直方体が、道路の左右の脇に立っている。その奥にゲート状の機械があり、分かりづらいが、直方体とゲートには、特殊なカメラが仕込まれているのが見えた。また、直方体の表面はガラス状で、その中が見えづらくしてある。その中身は、いわゆるタレット、自動射撃システムであることも分かった。
『IDカードを、こちらにかざしてください』
と、機械音声が喋る。ゲートからアームが伸び、運転席に向かってディスプレイがこちらに向けられる。そこにカードの型が映し出された。
ドゥオルジにIDカードを手渡し、それを認証してもらった。
わずかな間のあと、ディスプレイに『認証完了』の文字と、IDナンバーが表示される。非常に短い表示時間で、すぐさまアームはしまい込まれた。駆動音が鳴る。
前方の遮断機が、内へ内へとしまい込まれ、短い棒になった。
車は動き出す。ゲートをくぐると、日の光が浴びせられた。トンネルを抜けたのだ。
ポルトは東西に細長く、港湾部分を除いた陸地だけで見ると、モスナ公国の中でも領土はかなり狭いほうだ。西側が海なので、港湾設備になっており、東側が大陸からの出入国口になっている。
坂はなく、平坦である。ただ、中心からやや離れた、領主の館のあるところは、若干小高い丘になっている。館は4階しかなく、屋上から平坦な町が一望できる程度なので、それほど高さもない。
町の建物も、あって3階くらいで、そのほとんどが宿酒場だ。貨物船から降りた人たちに向けたサービスが主だということだろう。
対して、港湾設備はおそらく領土の半分以上の面積があり、そしてかなり機械化されていた。アームだけのものから人が乗り込める程度の大きさのロボット、レールの上をゆっくりと動く超大型クレーンなどが、船から貨物を降ろすためにせわしなく動いており、その動きには迫力があった。
船を修理、改修するためのドッグなども複数あり、これまで見てきた景色から予想していたから、のどかな港町をイメージしていたところ、やや想像と異なった景色だが、これはこれで悪くない。夜になれば機械のランプたちがより映えて見えることだろう。
東大陸はのどかな風景の町並みが多く、大型の機械を目にすることはあれども、ここまで機械化が進んだ景色は、初めてだ。
町中に入るために、一度北側の道を通らねばならない。館の全貌をぐるりと見させるような造りの道だ。すこしして、一般道に合流した。
大型の車両が並んでいる場所が見える。あれは港湾内施設の中で貨物を運ぶためのものだろうか。人が沢山乗れるような大きな籠が本体の前にあり、昇降するアームに繋がっている。そんなのが数十台、ずらりと並んでいた。
舗装されている黒い地面の上を走っているが、揺れも少なく、タイヤが擦れる音がよく聞こえてくる。
車がすれ違う。大型だ。後ろにいくつもの貨物を連結させていた。社名らしき文字が入っているが、見たことがない。
何もかもが目新しくて、よく見ようと窓を下げようとしたとき、
「おかしいっスね」
と、怪訝な声を漏らしたのは、ドゥオルジだった。
「ええ、変ですわ」
リンネも、渋い顔をしていた。先ほどすれ違った大型車を追う体勢だったが、すでにそれは見えなくなっている。
西からカーブして町へと入る道を走る。向こう側に、出口専用のトンネルが見えた。
「何か、変なところが?」
「挙げるなら、ゼンブっスね」
「全部?」
「ポルトはこんなに機械化されていなかったハズっス」
どういうことだ。
「もともとは、ズーベ・ヘーアのように、機械がそれほどなかった場所でしたわ」
活気はあった。時代とともに活性化していく貿易のために多少の機械はあっても、ここまで鉄臭くはなかったという。
窓を少し開けて、空気を嗅いでみた。確かに、潮の匂いに混ざって、ほんのわずかながら、機械油の匂いが漂っている。
「当主サマが機械嫌いだったというウワサもあったっスね」
「機械を見ると戦争を想起させると仰っておりましたから。しかし、ビジネスとは話が異なります。ですから機械化もある程度は進められておられました」
「急な心変わりをされたっていう線は」
「あり得ませんわ」
力強く否定された。リンネは腕を組みつつため息をつく。
「よくも悪くも、転々と考えが変わるようなお人じゃないっスね。電気を通すのだって、奥さんと息子が力強く粘り強く説得したおかげだとも言われてるっス」
「本当に、ずいぶんとお詳しい」
「お得意サマっスから」
車は中央を外れた場所に止めた。ことが終われば、誰かが回収しにくる手筈になっている。
誰か、というのは、ドゥオルジはおれたちをケレンズルへと運ぶまでが、一つの契約となっているから、本当に名前の知らない誰か、というわけだ。
「じゃあアタシは船を確保するっスから、夜に港で一度集まるっス」
「わかった、気を付けて」
ドゥオルジは振り返ることもなく、足早にその場を去った。次の瞬間には人の中に紛れていき、姿を追う事が出来なかった。
人。
人の数は、道の先が見通せないほどだ、と言うほどではない。比べるなら、やはりプラッツの方がにぎわっていただろう。
今いる場所が、中央市場通りを外れたところの、観光客向けの宿屋街だから、主要層とはやや違っているからかもしれない。だが、車を停めた道路の行く先が幹線道路のはずなのに、ここを走る車はかなり少ない。先ほどの出口、出国専用トンネルへとつながる大きな道路なのだが。
みんな、徒歩である。しかも、ほぼ手ぶらだ。何も持っていない人が大多数である。
――違和感は、そこ、か。
比べる対象がプラッツという、観光大国であるから、多少はそういう差も生まれるだろう。どちらかと言えば、ここは観光がメインではない。出入口なだけだ。ただ、船に乗ってきた人たちにとっては久々の陸地であるから、一度、酔いを醒ましてもらうため、ここで一休みするのだ。
しかし、そう言った面を考慮して見てみても、やはり、おかしい。
大体の人は徒歩であり、手ぶらであり、グループで固まっていない。
少なくとも、おれたちの近くを歩いている人たちは、九割がた、話すこともなくただ歩いているだけだ。
――旅行客らしき姿は、無くもないが。
意識すればするほど、目の前の光景が歪んでいく。
どこへ行くかも決まっていない、ただウロウロとする人たちだけが見えるのだ。
呆然としているところ、リンネに手を引かれて歩き始める。
やるべきことをやるだけ。
「ギルドは、ないんだっけか」
「ええ。モスナ公国にギルドがある領地のほうが少ないのですわ」
「部外者がずけずけと入ってきてほしくないんだろうね」
「貴族の安息地ならそうかもしれませんわ。ここはそういう場所ではありませんが」
出口に繋がる道路の方へと歩き、中心へと向かった。
この国を出る車は、ほとんどが大型車両である。四人乗りの乗用車二台ぶんくらいのサイズのコンテナを、三つも四つも後ろにくっつけたものしか見ていない。
巨体が結構なスピードで走るものだから、それが近くを通ると、風で引っ張られそうになる。
ふと運転席を見る。曇りガラスだから何もわからない。
運転手は、あれで外が見えているのだろうか。
それほど歩かずに、件の館の前に立った。
横にも奥にも巨大だが、縦はそれほどでもない。
コンクリート造りの館の前のゲートに、衛兵が一人だけ、銃を持って立っていた。目線を隠すような、フルフェイスマスクをしている。
「すみません、門番の方ですか」
おれが声を掛けると、彼は肩にある無線機に何か小さくつぶやいてから、頷いた。
ポーチから臨時政府の書類を取り出して見せると、やや慌てた雰囲気になり、再び無線機に何かをしゃべりかける。
すぐさま応答があった。それを聞いた彼が、右人差し指を頭の上でくるくる回すと、門はひとりでに開き始めた。
「右手の関係者口からお入りください。案内人が居ますので、それに従ってください」
「どうも、ご苦労様ですわ」
言われた通りにすると、右手に燕尾服の男が立っていた。
「ご案内いたします」
彼はドアを開け、おれたちを招き入れた。おれたちは何の苦労もなく、建物の中に入ることができた。
関係者口は、華美な正面玄関を迂回して、応接間へ直接向かえるように作られていた。
館はおおよそ正方形になっている。案内してくれている人いわく、客船でやってきた貴族らはもとより、貨物船の企業の社長などを相手にすることが多く、たくさんの人をもてなせるよう、不都合がないように作られている、とのことらしい。
何がどう不都合にならないのかは不明だが、それではここは、もはや宿だ。領地を治める者の館、という感じがしない。
廊下を歩いている途中、リンネが目線をあちらこちらへ外しながら、おれに囁いた。
「全員、外部の者ですわね」
「どういうこと?」
給仕の人間は、基本的に外部の者じゃないのか、と言うと、そうじゃありませんのよ、と焦ったような声色が返ってきた。
「レレヴァ本家の者が見えません。シバタやウェクアなどのように、長く勤めている者の姿さえ。たった二年で、全員を入れ替えたのでしょうか」
「全員に暇を出して、また新しく雇ったなんて。そんな非効率な事をする人なの?」
「あり得ませんわ」
リンネが事あるごとに言うから覚えたのだが、レレヴァ家現当主は元軍人であるらしい。
肩書までは覚えていられないが、現場に出向く指揮官として、名を轟かせていたそうだ。
大勢の戦いができる人なら、たしかに非効率を嫌うはずだろう。ちょっとでももたつけば、それだけで百人、千人単位で死者が出るのだから。
息子、ゲオルグにも、その気は遺伝していたそうだ。
「思っていた以上に、事態は深刻かもしれませんわ」
「わかった」
ここです、と案内されたのは、書物庫、というプレートが埋め込まれた扉の前だった。
ノックすると、奥から男性の声がした。
リンネは胸に手を添えて、一つ、深呼吸をする。
「失礼します」
少しだけ、おれが前に出た。




