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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
五章 ポルト
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1-1 隧道

 真っ白な囲いの中に作られた舗装路。

 ただただ平坦でまっすぐな道。

 まともに使用された形跡はないが、整備だけはやけに行き届いている。


 貴族のなかでも、トップクラスの富裕層のためにもうけられた、緊急事態用連絡通路を、一台の軍用車両が快走していた。

 

 その車の中に、おれたちはいる。

 向かう先は、今は東大陸唯一の玄関、ポルト。

 今は、と言うのは、アラム王国が滅ぼされる前は、王国管理の港湾があったからだ。東大陸の輸出入を担う重要な拠点だったが、王国が魔物の襲撃レイドを受けたと同時に、破壊されてしまった。

 そのため、東大陸から出ようとするなら、ポルトからしか出られない。だが、大陸一の王国が一夜で滅ぶように、世界情勢も不安定であるから、もしかすると出ることすらできないかもしれない。そんな状態だ。

 

 おれの相方にとっても、縁のある場所だ。その縁の良し悪しは、問うまでもないだろう。


 なんにせよ、おれたちは西大陸に用があるわけだから、どのみち避けては通れなかった。


 ただ、こんな形で向かうことになるとは、予想だにしていなかった。

 手にある小さく折り畳まれた紙の文字を覗き見た。


 特殊調査権限付与の証明書類だ。この連絡通路の使用許可も兼ねている。これを失くしたら、それなりに面倒くさいことになるので、胸ポーチにしまっておく。


 オレンジ色の照明が眩しくて、瞼を閉じる。


 つい昨日、おれたちに発行された、臨時政府正式の調査権限である。執行可能な権限は何十個もあるらしいが、全ては把握できていない。想像したことはおおよそできる、とリンネは言った。

 調査対象者は、もちろん、ポルト。

 正確に言えば、ポルト当主、レレヴァ・サルボ。

 当人と、その夫人のレレヴァ・カレン、および義娘のレレヴァ・シホの、計三人。


 内容は、先の一件で判明した、<レッド・ホロウ>への支援をした疑いを調査すること。

 さらに、ヴート国の友人、カサナシヴァ曰く、夫人と義娘の二人は、魔物であるという。夜中に光るらしい。


「夜中に光るなんて、ランタンか何か持ってたのを見間違えたんじゃないっスかね」


 と、この車を運転している雇われドライバ―のドゥオルジはぼやいた。

 二つの目の中にある、四つの虹彩が、バックミラー越しにおれの顔を見た。


 彼女はずっと、唇の端を上げているような顔をしている。連れてきたカサナシヴァ曰く、役に立つ人材らしいが、どうもそうには見えない。ずっとにやけている。

 おれたちを興味深そうに眺めるものだから、鬱陶しがったリンネが、その目は何が見える、と圧を掛けたところ、色がよく見えるだけ、と答えていた。なんでも、三原色より多くの原色を認識できるのだとか。


 本当に色がよく見えるのかは知らない。目の仕組みについて、おれは全く分からないからだ。

 ただ、「よく見える」のは、どうにも確からしかった。

 

「見間違いかどうかを確かめに行くのですわ」

「たったそれだけのために、Sクラス二人が出張るモンっスか」

「この世界に長くいるあなたなら、よく分かるのではなくて?」

「どうっスかね」


 死人を相手したことはないので、と笑う。

 

「アタシは、生きている奴が一番怖い存在だと思ってるっス」

「同意しますわ」

「アンタは生きてるんスか?」


 最近、リンネは振る舞いを隠そうとはしなくなった。

 いや、これは正確ではない。

おそらく本来のリンネという人格が、徐々にあらわになっているようだ。

 まるで物語に登場するような、お姫様のような。

 戦乙女ともてはやされていたリンネは、既に居ない。

 ここにあるのは、とんでもなく剣が強い、それなりの良家の出自らしい謎の女性。

――おれは、そのおまけみたいなものか。

 実のところ、最近はそんなことも思わなくなってきた。


「わたくしは生きておりますわ」


 さも、当然と言わんばかりの口調で(実際ここにいるわけだから当然なのだが)、そう言い放った。


――生きている。


 死を飲み込む経験が他人よりも多い、ギルドの依頼請負人フトラクとして、生き死にを考えないわけにはいかない。


 もちろん、おれたち以外の、である。


 自惚れと思われるかもしれないが、しかし、事実、おれたち二人は、この世界においては類を見ないほどに強くなった。

 言うまでもなく、さらに上の存在がいることも分かっている。少なくとも、ギルドが把握できている中では、最上位にはなっているだろう。


 それゆえに。

 最近は、「生きながら死にゆく」とは、どういう意味かを考え始めていた。


「なら、アタシはアンタが怖いっスよ」

「あら、怖がられるようなことは何もしておりませんわ」

「強力な生者は、強力な死者を作り出す」


 口の端からキャンディの棒をはみ出させながら、ドゥオルジは言った。


「強い光は、それだけ影を生み出す」

「まったく、道理ですわね。ただし、それが嫌だというのなら、影すら包み込んでしまえばいいだけのこと」

 

 ドゥオルジは短く、舌を三回鳴らした。


「光で包めば、中のモノが焼け焦げちまうっス」


 それは。


「それは、違う」


 思わず口をついて出た。

 目線が四つ突き刺さる。


「光があれば影ができる。けれど」


 光は浸透する。

 隙間があれば、どこにだって。

 トンネルの照明が眩しくて、車窓を曇りガラスにしてもらったが、それでも弱い光が、おれの膝を照らしている。

 手が、見える。字も、微かに読める。


「影は、影でしかない」


 闇は、闇でしかない。

 濃淡はない。そこにあるのは、闇だけ。

 そこでは、すべてがおなじなのだ。

 濃さも密度も何もない。光とは違う。

 闇が闇で在れるのは、真っ暗な場所だけだ。

 そして、そこには――。


 死者がいる。


 ドゥオルジは目を細めた。おそらく見えているのだろう。

 おれと言う存在に隠れた影を、見透かしているに違いない。

 

 どうにも、彼女は他とは違う存在のようだ。どちらかと言えば、おれに近いのかもしれない。

 同じなら、区別がない。近いのなら、区切りは見える。


「…へぇ」


 ふっ、と一息つくように、彼女は笑った。


「ところで、お二人さん、ポルトに何の用があるんスか?」

「客の素性を探るのが、あなたのお仕事ですのね」

「気になったから聞いただけじゃないっスか。答えたくなきゃそう言えばいいんスよ」

「知っていることをわざわざ言う必要がございましょうか」


 どうにも、彼女と相棒の相性が良くないようで、だんだんとリンネの語気が強まっていくのが分かった。

 普段なら、こんな安っぽい煽りには乗らないのだが。

 また、どこかしらが不調なのかもしれない。


――いや。


 前回に引き続き、今回もそうだ。

 リンネに縁のある地に向かっている。

 しかも、ポルトは自分だけの場所ではない。

 つい先日まで、トラウマとしてハッキリと心に残っていた、ゲオルグの故郷である。

 もしかすると、未だに完治できていないのかもしれない。

 だが、仮にそうだとしても、やるべきことは変わらない。


「ドゥオルジさん」

「おう、呼び捨てで良いスよ」

「今のポルトって、どんな状況ですか?」


 おれの問いに、にやり、と笑った。


「雰囲気は前と変わらないっス。たしかに、防衛費がかさんで増税されたり、こっちの大国が潰れて取引相手が消えたせいで一時期は滅茶苦茶どんよりとしてたっスけど、今は元通りに近いっス」


「へぇ。さぞかし、良い取引相手が見つかったのでしょう」


「そこなんスよ」


 ドゥオルジはフロントガラスに映っていたリンネに人差し指を指した。


「ポルトってほら、輸送がメインじゃないスか」

「そうですね」

「なら、稼ぐなら、船と車を使うっスよね」


 増えてないんスよ、とドゥオルジは疑問に思わせるような、わざとらしい抑揚で言った。


「増えていない、とは」

「取引回数、って言うんスかね。港に立ち寄る貨物船の数も、下ろされた積み荷を運ぶ車の数も。以前のようなひっきりなしの出入りってわけじゃあない。でも、持ち直した、っていう事になってるんスよね」


 不思議なこともあるもんスねぇと笑う。

 言う通り、かなり不可解な状態だ。


「公都が()()なった時期から、確かにポルトの財政はとんでもなく悪化しておりました。今でもそうです」


 回復したわけじゃありません、と言うと同時に、リンネは薄茶色の細長い封筒を取り出す。封をしているところに、機密文書、という赤印があるのが見えた。

 中から取り出したのは、薄い紙が一枚。両面に何かが書いてある。

 どうやらそれは、ポルトの港湾施設の財政が書かれている紙だった。

 いつの間にそんなものを、と思っていたが、そういえば、と思われる箇所がなかったわけではない。

 おれたちはあくまで、ポルトの財政が怪しい、<レッド・ホロウ>や、そのほか反モスナ公国的な敵国への、武器等の横流しがないかを確認するために派遣された、という名目で派遣されている。偽装工作カムフラージュという体裁を保つための資料だった。

 もちろん、その資料自体は本物だ。落としたりしたら大変だから、どこかのタイミングで焼いてしまわなければならない。


 折りたたまれていたのを、手首のスナップを効かせて振って均してから、リンネはそれを一瞥した。全てを読むのに一分と掛からなかった。


「人の数が異様ですわね」

「どういうこと?」

「死者が蘇ったんじゃないっスかね」


 わずかな空白が生まれる。

 あらかじめ分かっていたかのような即答に、リンネは疑いの目線を向けていた。しかし、本人はハンドルを正しい姿勢で握りなおし、肩をすくめるだけだった。


「ずいぶんと、内情にお詳しいのですね」

「そりゃあ、だって。ポルトはお得意様っスから」


 レレヴァさまにも何度かお目通りかなったこともあるっスよ、と笑った。

 だが、どうにもそれだけではない気がする。

 それだけならば、カサナシヴァが役に立つと言って、この人を連れてくることもなかっただろう、という、一種の期待のようなものがあるからだろう。

 このエルフは、なにを知っているんだろう、と。


「町に異様な人の数が居る、にもかかわらず、その人たちはどこかへ出ようとしない」


 出国数記録は、事件後の減少した数値のまま、回復していないという。

 ならば、町は人だかりになっているはずだ。せき止められた川の水は溢れるしかない。


「普通っスよ。この普通っていうのは、今このような、記録が少なくなってからの方っス」

「そもそも、異様なほど増えた人と言うのは、どこから来たんだろう」

「客船はそれなりに通っておりますわ。この時世でも、こちらに渡る能天気は案外と多いものです」

「じゃあ、その人たちは、一体どこに……」


――儀式、かもしれない。

 供物として用意された人たち。

 おれたちが向かう本来の目的に照らせば、十分にあり得る線だ。


「いつから、人の数が増えているんだろう」

「戻った、と言われはじめたのは、三か月前かそこらっス。その時から」


 ポルトとの取引ができなくなったっスね、と小さく付け加えた。

 外部を遮断しているのか。いや、出すものは出国させ、入国を禁じているのかもしれない。

 となれば。

 あまり良くない考えが頭をよぎる。

 最悪のラインが、どんどん広がって、下がっていく。


「お、もうすぐ出るっスよ」


 顔を上げると、長いトンネルの先が、白んでいた。

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