7 狂敵
臨時中央政府の建物に戻ったあと、カサナシヴァとドラクネル、そしてプラッツ公の協力のもと、ポルトへの強制捜査許可の手続きを行った。
許可は案外あっさりと降りた。直接の証拠がないので推測にはなるが、おそらくは、アロガン家の後押しもあったのだと思う。彼らの兵士は捧げられてしまったことを、知らないハズがなかった。
そして、このタイミングで、アラム王国跡を調査していたネロとアリアから、情報が入った。
『覚えているか? あの地下水路』
電話室で、おれは受話器から聞こえる懐かしい声と話していた。
忘れるはずもない。
「覚えてるよ。アノインとか、<レッド・ホロウ>とかと初めて出会った場所だから。そこがどうかしたの?」
今ではすっかり、テルミドールやらゴブリンやらと肩を並べるくらい、各地に出現報告がある、流体種のアノイン。スライムのようにぶよぶよとしているが、報告によれば、針のように鋭く伸ばされたその手によって、装甲車が大破させられた事例もある。それでいて、魔法も多少、扱えるから、テルミドールとは比べ物にならない脅威である。
この種が生まれたのは、アラム王国の地下に張り巡らされていた、古い地下水路のなかで、<レッド・ホロウ>の集会が行われていたときである。
誰も立ち入らないような、水路の奥深く。そこで、生贄としてささげられていた、とある家の娘がいた。陣を組み、絶え間なく魔力を注がれ、ヒトとしての意識を失い、χ化した結果、アノインとして生まれ変わったのだ。
おれは、それを見た。初めて、ヒトがχ化するその瞬間に、立ち会ったのだ。
今は亡き戦友の助けをもらい、なんとか、死に物狂いで撃退した。この出来事は、<レッド・ホロウ>との確執の始まりでもあった。
懐かしいか、と聞かれたが、おれは何も答えなかった。
『先日から、けがをしていた生き残りの何人かが喋れるようになったから、情報を貰っていたんだ』
「それはよかった」
『あそこ、襲撃を受ける直前に、女神像が運び込まれていたらしい』
「女神像が?」
『ああ。そんでもってだな、女神像が運び込まれたのと同タイミングで、地下水路全体に、魔物が発生し始めていたそうだ』
「と、言うことは、つまり」
――ここでも、迷宮化か。
「<レッド・ホロウ>はずっとアラム王国の地下で、儀式をやっていたわけだ」
『かもしれない』
「何か痕跡とかはなかった?」
『そもそも、地下水路がなくなった』
「なくなった、とは」
『ごっそりくり抜かれていたんだ』
「……」
なにも答えられなかった。
いくら鈍いおれだとしても、流石にもう察していた。このことを、相棒にどう話せばいいかを、ずっと考えていた。
『おそらくだが、最初にやられている。城があったところに、でっかい大穴があった』
アリアは淡々と、本当にただ報告をするだけだ。
口を挟んでみた。
「どれくらいの大きさか、わかる?」
『百メートル超と聞いている』
――あれだ。
そうか、あれだったのだ。
アラム王国を滅ぼしたのは。
『それは、本当か?』
電話越しの声は、さすがに驚きを隠せなかったようだ。少しだけ裏返っていた。
おれは、今朝に見たこと体験したことを、かいつまんで話した。
カザンの正体や、おれにだけ話してきたことは、誰にも話していないから、もちろん、アリアにも話さなかった。
簡潔にまとめるのも、報告なのだ、という体だ。
息を吐く音が聞こえてから、やや間が空いて、そうか、と呟いた。
『今朝がた調子が悪かったんだが、そのせいだったか』
「そこまで届いていたんだ」
『あたしも、そちら側に近いからな、シシと同じように』
だからだ、と付け加える。
『気を付けろよ、シシ』
「え?」
『お前はかなり危ない場所にいる。なんならあたしよりも、濃い場所にいるかもしれない』
受話器を持つ手に力が入り、喉が細くなる。
知られている、というわけでもないだろう。しかし、それなりに深い仲であるから、分かることもある、というやつか。
「肝に銘じておくよ」
『ああ、お前なら大丈夫だと信じているからな』
そのあと、二、三、言葉を交わして、久しぶりの会話は終わった。
二〇分くらい話していた。顔を見られなくなって久しい友人の会話ではなかったが、とにかく、元気そうでよかった。それだけで元気づけられるものだ。
受話器を置いて振り返ると、すぐ後ろのテーブルで、リンネがコーヒーをすすっていた。
「それで、どうでしたか?」
と言うものの、どうせ大体のことは見当がついているのだろう。
この人に隠し事をしたって無駄だ。それはおれが一番分かっている。
対面の椅子に腰掛けた。手元には何もない。紅茶があれば、ちょっとは誤魔化せたかもしれない。
おれは動揺を隠すように、身振り手振りを交えながら、リンネに話を始める。
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拙作をお読みいただき誠にありがとうございます。
前編と後編の間に1、2ヶ月の空白を開けてしまい、大変申し訳ありませんでした。
その間に、ユニークpvが1,000を越えてしまったり、1日のpvが100に到達できたり、ブックマークをしてくださる方が増えまして、そのときは、大変嬉しく踊り出したいくらいでした。感謝の言葉が尽きません。
次章が、ラストです。
しかし、変わらずの遅筆の分際で恐縮ですが、このシシとリンネの話は、ブリュンヒルデだけでは終わりません。
長い長い道のりとなりますが、書ききる所存でございます。どうか最後までお付き合い願います。




