6-1 ヴートの剣と斧
お金を持っている人は、それなりに高い地位にいる人であることが多い。
それには、お金を持っているからその地位にいるのか、それともその地位にあるからお金があるのか、という疑問があるが、今は関係ない。
お金を持っていて、地位がある人、という表面だけを見て話している。
そういう人たちは得てして、自分の力を見せびらかそうと、無駄にお金をかけた建物や銅像やらを作ったりする。
あるいは彼らは、そういう趣味なのだろう。
ズーベ・ヘーアで、迷宮の周囲に置かれていた、正体不明の魔物を象ったような銅像や門の飾りなどがいい例だ。
ようするに、お金を持て余すような人たちは、とかく像を作りたがる。
もしかすると何かしらの意味を持つのかもしれないが、どんな事情であれ、この臨時中央政府議事館というところもそうなっているのだから、その傾向があると言っていいだろう。
「悪趣味ですわ」
そこを歩くだけで目が痛くなるほど真っ白な、石づくりの議事館の廊下は、とても長かった。その中央のカーペットの上をおれたちはとことこと歩いていた。
長い直線の廊下を歩いている途中、一定間隔で、床と同じ白い石のような材質の太い柱と、リンネが悪趣味だとつぶやいた像たちが並んでいた。
それら像は、正体不明の魔物や怪物ではなく、芸術にとんと疎いおれが見ても分かるような形をしていたが、こういった場所に合っているかと聞かれると、首を縦にも横にも振れない。
「造形の話ではありません。配置を言っているのです」
「そうなのか」
「女神像なのですから、会議室の扉の前にでも置いておけば、格調高く感じられるでしょう」
「分からないでもない」
「似たような像がずらっと、廊下に並んでいるのは、もはや気味が悪いですわ。こんなふうに並べたいのなら、甲冑を置けば良い」
「意味があるのかもよ」
「あるわけないでしょう」
大きなため息を吐かれてしまった。が、歩みは止めない。相変わらず、彼女が半歩先、右斜め前を行っている。
第一会議室とやらに向かっているが、かれこれ一〇分くらい歩いていた。
その一〇分というのも、議事館の中に足を踏み入れてからの話である。
そもそも、この議事館が、大きすぎるのだ。
公都ヒュムネンからそれほど遠く離れていない場所、高速軍用車でおおよそ二時間くらいの距離に、臨時中央政府区域はある。
もともと、公都ヒュムネンの周囲には、各国が手を付けることができない不可侵領域が設定されていた。不可侵領域なので、当然、ヒュムネンにいる貴族たちさえそこをどうにかできるものでもなかったので、なんにもない、ただの草原だった。
そこに、臨時中央政府を設置した。本当に何にもないから、どでかいのを作ることもできた。
そのどでかいものの一つが、この議事館である。
位置を決めるとき、中心となっていたヒュムネンがなくなったので、当然、東西南北いずれかに偏った場所になるのだが、その偏りを良しとしない、または政争の道具にしようとした人たちがいたらしい。下らない話だ。
左手にある中庭を、歩きながら、手すりの合間をみて覗いてみた。庭師たちがせっせと働いているのが見えた。あの人たちも貴族に選りすぐられた、お抱えの庭師たちなのだと、リンネは言っていた。
肩がぶつかれば、手に持っている道具で殺し合いかねないような、そんな人たちなのだと。
彼らの腕は測りかねるが、しかし樹木たちは確かに綺麗に整えられているのに、どうしてそれをする人たちがそうも不安定なのだろうか。
リンネは貴族がらみの話をするとき、本当に嫌そうな表情を浮かべる。伏し目がちの、食いしばった歯を唇からわずかに覗かせる、そんな表情だ。まさに反吐が出る、といったふうである。
これほどまでに貴族の世界を嫌っているのも、プラッツ公に世話になっていた頃、とくに舞踏会事件などにおいて、そういった、“汚い”という一言に収まらない場所を知ってしまった、巻き込まれてしまったからなのだろう。
「やっと着いた」
まるで迷子になっていたような錯覚を覚えるくらい歩いた。
目の前に現れた木製の扉は、天井に届くような高さがあった。
扉の左右には、これまた巨大な女神像は置かれていた。
それらには全く目もくれず、リンネはまるで最初から知っていたかのように、扉の中にある扉を開いた。つまりこの巨大な扉はただの飾りでしかなかったのだ。
無駄の塊を通り過ぎた先の部屋は、しかし、いたって普通の講堂のようであった。
正面にはステージになっている場所があって、そこには教卓のようなものがあり、そしてそこに向かって下がっていく感じだ。
とても大きな部屋で、ざっと全体を見回してみると、もしかすると千人ほど座れるくらいの広さと机の数だった――。
「待ちわびたわよ!!!!」
誰も居ないと思っていたから、千人を収容できるような講堂全体を揺るがす大声に、おもわず肩が跳ねた。
声の発信源は、言わずもがな、教壇の中央、教卓があるその地点である。
そこを見やると、女性と男性が一人ずつ、立っていた。
違和感。さきほどステージのほうは眺めていたはずだが、彼女たちの姿を見落としていたのだろうか。
女性はまるで講師のように教卓に両手をついて、おれには目もくれず、一直線なまなざしを、リンネに注ぐ、いや、眼光を撃ち放っていた。注いでいたのは、天井近くの小窓からの日光だ。淡い光を、彼女は目と、長めの金髪の中、頭頂部に近い側頭部あたりから覗いている、一対の赤黒い角で反射していた。魔人なのだろう。
対して、男性は、ステージ両脇にあるスピーカの、右側のやつの真下の柱にもたれるように立っていた。彼は、穏やかな表情でおれを見ていた。彼は獣人である。鼻と耳が長く、太刀のように細長い目は、一瞬だけ威圧的に感じたが、敵意がないことは明らかだった。
「お知り合い?」おれはリンネに近づいて、小声で言った。「すごく元気な方だね」
「あれはいつもあんな感じですわ。『喧噪』そのものです」
「こら、そこ!! 聞こえているわ!!」
ズビシッッ!! という擬音が聞こえてきそうなほどの勢いで、指を刺されてしまった。
「そこもなにも、ここには、わたくしたちと、あなた方の四人しかおりませんわ」
「そう、そのあなた!!」
教卓を蹴り飛ばさんとするような勢いで、その女性は教卓を跳び箱のように飛び越え、椅子の背もたれを伝いながら、ほぼ最短距離でおれたちのほうに近寄ってきた。
ここに設置されている椅子は、通常時はコンパクトに収められるよう、角度をつけられているタイプの椅子だ。座るときに、背もたれを引くと、まっすぐになるようなやつである。
女性はそれにもかかわらず、つまさきで、飛び石を進むように、それらの椅子を動かすことなく、おれたちの目の前に降り立った。呆れたようなため息が、隣から聞こえてきた。
「相変わらず騒々しい」
「元気なのは良い事よ!!」
「お互いにね」
呆れつつも、二人は、二人にしかわからないような挨拶を交わしていた。
「どうせ生きていると思っていたわ」
その人は、さきほどまでの騒がしい表情を脱ぎ捨てて、あまりにも冷たい目をしながら、吐き捨てるように言った。
リンネは顎を一瞬上げ、何か、思いめぐらせるように目を動かしたが、結局は何も言わなかった。
ごくわずかに、無言の間が空いた。具体的に言えば、一秒もなかっただろう。
その人も、一瞬だけ目を瞑って、口角とともに目じりをあげておれを見た。
「ごきげんよう、リンネのパートナーさん。わたしはギュスターヴ・シフォ・カサナシヴァ。リンネの元同僚よ」
手を出されたので、こちらも出した。はじめて四指の人と握手した。
「シシです。元同僚、というと、親衛隊の?」
「士官学校時代の同期ですわ」
影が落ちる。
カサナシヴァの後ろに、獣人の男性が立ったからだ。
ああ、と気の抜けた声を出して、カサナシヴァは彼の右にずれた。
「この人は、クーちゃん。わたしの夫よ」
クーちゃん、と紹介された男性は、一瞬、カサナシヴァを見下ろしたのち、ゆっくりと頭を下げた。
「……ギュスターヴ・エヴォ・ドラクネルだ」
おおよそ「クーちゃん」という愛称とは程遠い、聞きほれてしまいそうになる低音ボイスに気を取られ、挨拶をするのを忘れるところだった。
ドラクネルは、リンネとおれを交互に見たあと、やや間があって、そしておれを観察するように眺めてから、また目を閉じてしまった。
落ち着いている人だなあ、というのんきな感想を抱いているとき、リンネはまたも大きなため息を吐いていた。
威圧感を感じさせるような、わざとらしいため息だったが、しかしそれを全く微塵も意に介さず、カサナシヴァはそんな自身の夫の様子をみて、やや恍惚とした表情を浮かべている。
苦い顔をしたリンネを全く見ずに、頬に右手をあてて、リンネを呼び止めるように左手をひらひらと振っている、そんな絵面だった。
「あのねぇ」
再度、呆れがこれでもかと言うくらい含まれたため息とともに、砕けた言葉がリンネから出てくる。
「何人目なの、彼は」
その言葉の意味を、おれが理解するよりも先に、カサナシヴァは自然なふうにそれに応えた。
「六人目。あなたを入れて、七人目」
「わたくしを数えないで」
カサナシヴァは右手を差し出したが、リンネは気持ち強めにそれをふり払った。
その隣で目を丸くしているおれを見つけて、身体をこちらに向け何かを言おうとしたが、目線だけ隣に動かして、中途半端に差し出された手を引っ込めた。
「残念ねぇ」
うふふと笑う。おれには、その笑い方が、不気味なものに映っていた。
「……、説明をお願いしていい?」
「この人は、変人。それだけで十分ですわ」
「変人だなんて」
とんでもない、と、声を荒げつつ、身を大きく寄せてきた。
「才ある者は、それを後世に遺すべき義務があるの。わたしはそれを最も忠実に履行しているだけ」
「その方法が変だと言っているのです」
「えっと、つまり……?」
「シヴァという妻、一人に対して、六人の夫が居るのですよ」
それを聞いて、おれは、ほへぇ、という間抜けな声を出すだけだった。しかし、その反応を肯定的に捉えたらしいカサナシヴァ本人は、「チッチッチ」と、舌を鳴らしつつ、人差し指を横に振った。
「五人の夫と、一人の妻よ」
どどん、と胸を張ったカサナシヴァに対し、目を細めて最大限の呆れを送るリンネ。
おれは、良くわかないまま、なんだか凄い人だ、という感想しか抱かなかった。そこで、浮かんできた疑問を素直に尋ねてみた。
「後世に遺すというのは、子孫を、ですよね」
「ええ、そうよ」
「女性と女性で子どもが?」
「そこで、ヴートの科学の出番なの」
モスナ公国に属する各公領の特色などは、あまり詳しくなかったので、ヴートについて簡単に教えてもらった。
カサナシヴァの言う通り、ヴートは技術国であり、その中でも秀でているのが医療関係なのだそうだ。
そう言われてみれば、世話になった医者なども、確かにヴート出身の医療関係者であることが多かったような記憶がある。
「最先端技術を、そんなことに使っているなんてね」
「そんなこととはなによ。これでも立派に貢献しているのよ」
「あなたがヴート家に気に入られたのは、剣の腕があってこそでは?」
「もちろん、そちらを欠くことはないわ」
リンネの同期をやれているだけあって、変な人ではあるが、しかし見た目や言動では測り得ぬ実力があるのは、確からしい。
どういうわけか、ヴートが医療に秀でていることを快く思わない勢力があるらしく、そのため、ちょくちょく謎の勢力からの攻撃があるという。
そういう話は、自警団時代に、わずかに耳にしたかもしれない。うっすらとした記憶が蘇ってくる。いつ、そんなことを話したかは到底思い出せないが、おかしなことをする勢力もあるのだ、と、教官かに言われたのだろう。
「医療技術を欺瞞だのなんだの言う人も、未だに少なくないのよね」
そうこぼしていたが、本人は特に困った様子はない。
「――考えの相違は、どうしようもない。わたしたちは、守るべきものを守るために居る。それだけだ」
後ろに気配を消して控えていたドラクネルが、口を開いた。彼はさきほどと同様、おれを見つめていた。
彼の言に、カサナシヴァは彼の腕を自分の腰に回しながら、何度も頷いた。
「クーちゃんは偉いねぇ」
そこで、この部屋の扉が開かれた。振り向くと、甲冑を着た人々が、そこからぞろぞろと部屋に入ってきていた。
時計を見てみると、ブリーフィングの開始時刻が近づいてきていたので、おれたちは彼女たちと別れ、自席に向かった。
そこからと言えば、とにかく頭が痛くなるような、あってもなくても良いような責任のなすりつけ合いが始まった。
そもそもその責すらも、本当にあるのかどうかすら判然としないのだから、いくら議論が白熱したところで、決着がつくはずもない。
おれたち二人は傍観者側であるから、巻き込まれなくて良かった。が、それらを見て頭を抱えているのを、リンネは小さく笑った。
――わたくしの気持ちを、少しは理解できた?
少しどころではない。嫌と言うほど、思い知らされたのだから。
しかし、彼らが互いを貶め合っているのを、ただ聞いているだけではなかった。
いくつか面白そうな情報を抜き取れたので、そういう点では全く無意味ではなかったと言える。
一つは、おれたちが向かっている目的地、ポルトの、現状。
裏付けは取れていないが、ポルト家はかなり不安定な状態なのだろう。ポルトの私兵はそれなりに有名らしく、この場にいないことに、他の代表がざわついていた。
もう一つは、ヒュムネンに見える“影”。こちらは、おそらく“顔見知り”らしい。
いったい何に執着しているかは分からないが、どうにもまだ断ち切れていない因縁だ。
結局、おれたちはヴート組とともに、ヒュムネンの南口から侵入することになった。
先陣として、ガズダームとポルト、北組としてアロガンという組み合わせになった。
「クサい」と思われている二組が先陣になったのは、泳がせるという意味があるのだろう。アロガンが単体なのは、彼らは立地的に兵を多く動かしやすかったということらしい。近くに二千人以上が留まっている。
ヴートも、一〇〇人ほどいる。輸送は装甲車で行っているらしいので、それにおれたち二人が便乗する形だ。
作戦開始は明日の朝。
会議という名の大声大会が終わったのち、おれたちはいつも通りに、その日をやり過ごした。




