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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
四章 プラッツ
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5-3 慌ただしい日々

 剣が空を切る音がする。


 間髪入れず、硬い者同士がぶつかり合い、擦れ、歯ぎしりのように軋む音が、静寂な森の世界を破壊していく。


 地面に堆積していた、乾いている枯れ葉が、ワンテンポ以上遅れて宙へと舞い上がる。

 再び、金属同士がいがみ合う。

 火花が大量に舞う。

 火災を心配するが、それ以上に風が起きている。


 十二分に散らされるから、考えなくてもいいだろう。


 風が起きているのは。


 衝撃波が空気に、世界に影響を与えるよりも速く。

 切り裂かれた空間に空気が押し寄せるのとほとんど同じくらいの速さで。

 槍の穂先と長剣の切っ先がぶつかり合うからだ。


 ヒュムネン調査団の招集日時が決定した。

 来週頭の朝に、おれたちに迎えがよこされるらしい。そう言った旨の通知が、プラッツ公のもとに届いていた。


 そして同時に、調査団に参加する領も最終決定になったようで、参加領主とその代表の名簿もあった。

 申し訳なさそうな表情をしたプラッツ公から渡された、その名簿を一目見た瞬間、リンネの表情がとんでもないことになっていて、ちょっとだけ面白かった。


 そこに書かれていた参加国とは、『アロガン』、『ヴート』、『ガズダーム』、『ポルト』、そしておれたち『プラッツ』の五か国。


 確か、この調査団の話をプラッツ公が持ち掛けてきたときも訊いた気がするが、おさらいのために、おれは彼女たちにそれらの国々について、尋ねた。


 モスナ公国の勢力にはとんと疎いおれに、リンネが教えてくれたのは、プラッツ以外の四か国は、とにかく仲が悪いということ。お互いを敵視しあうがゆえに、軍事力の強化に余念がないところばかりだという。


 西大陸のガリア帝国から最新兵器だの試作兵器だのを平気で輸入し、平気でお互いの眼前でテストするような国々なのだ。

 それに加えて、プラッツ公が言うには、この四か国は<レッド・ホロウ>との関与が濃厚であると疑われているらしい。


 つまり、この招集会議を、一言で言い表すなら、ヤバいのだ。色々な意味で。

 昔から続く政治闘争を優位に進めんと目論んだ、世界情勢を揺るがすテロ組織と繋がっていると思しき国が、一堂に会する。そんな場に、血が流れないと言える者が、この場にどれだけいるだろうか。


 鎧袖一触、危機一髪。火気厳禁な会議室に、火花を散らしながら話し合いを進めていくなど出来ようか。


 下手すれば、その場で戦闘が起き、調査団などなんのその、そのままモスナ公国の覇権がかかった内紛のきっかけすら起こり得る。

 そうなれば、もはや東大陸は混沌の大地と化す。リドの村も、ズーベ・ヘーアも、無論、ここも、例外なく、巻き込まれる。


 旅どころではない。西大陸との連絡すら失われるだろう。


「ですが、まあ、少なくともヴートとは協調できるかもしれません」


 書類(と言っても紙二枚だけ)を、ダイニングルームのテーブルの上に放り、ため息交じりにリンネがそう言った。


「どうして?」

「わたくしの知り合いが来られるようなので。しかし」


 彼女が放り投げた紙を手に取る。


「ポルトは兵を手放したのですか?」


 質問を受けたプラッツ公は、腕を組んで、改めて背もたれに背をあずけ、顔の中心にしわを集めるような表情をする。


「そうなのだ。レレヴァ氏は軍人出身にしては珍しく、軍事力には否定的ではあった。それもキミも知っての通りだろう。しかし、そういった無謀なことをするような男ではないと思っていた」


「同意します。ただ、となると……」



 地面が球状にへこむ。


 その中心には、カラジナルがいて、彼に向けて槍を勢いよく振り下ろしているのが、おれ。

 しかし、それほどの衝撃を、防ぎの型とは言え、細い長刀でいなされてしまっている。


 刀身に滴るつゆでも払うかのように、おれの身体を払いのける。

 片手で姿勢を整えながら着地し、すぐさま飛んでくる追撃を弾く。

 互いの得物は長いのに、とにかく彼の近距離戦闘は素早い。


 身体を使って避けることも、槍を使って受けることも。その場その場で最も早い行動を選ばなければ、即座にそれを見抜かれる。


 見抜かれてから、隙として重たい一撃が放たれるまで、距離を取らせてくれるような時間は、もちろんない。


 切り下げをいなす。槍を縦に、勢いを借りて地面に立てる。


 柄を蹴り上げて、持ち直しのタイミングを遅らせ、大きく横振り。

 派手に火花が散って、彼の身体が派手に後退していく。

 まともに当てたはずだが、やはりうまく勢いを逃がされている。

 いったん、距離が離れ、間合いが生まれた。


「ふー」


 と、軽いため息を吐きながら、剣を左手に持ち替え、右手をぶらぶらと振った。


「一撃一撃が重たいよ、シシ。本気で殺しに来ていないか?」

「そうでもしなければ、おれなんかでは、あなたとは渡り合えませんからね」

「自画自賛は趣味ではないんだけどさ、これでも剣聖とかなんだとかと言われていたんだぜ、おれって。そんな奴に、武器を持ってたった一年半かそこらのキミが、こうやって何十回も打ち合えるんだから、自慢できるよ」


「自慢しませんし、まだあなたは本気でもないでしょう」

「いやいや、結構マジでやっているつもりなんだけどなぁ」


 がっくし、と口で言いながら、肩を落とす。

 それを止めさせるかのように、おれは穂先から空気を固めた弾丸を撃ち放った。


「おっと」


 空気の弾丸は、本物の弾丸よりも多少なりとも速度低下しやすく、初速も遅い。リンネと手合わせする際には、けん制としては確実に有効な手段の一つとして機能する。だから、距離が離れている場合において、彼女は確実にこれを見たがる。


 視認して確実に避けるために、目視する。

 だが今のは、完全に視界から外れていたのにも関わらず、彼の眼前にまで迫っていたように見えたのに。


 まるで羽虫を払うかの如く、透明な弾丸は一振りで散らされた。


 ぎゅっと、後ろ手を握りしめ、回転力を高めるために、力を込めた。

 もう一回。


「ほっ、と。すごい、さっきの構えと全く一緒なのに、全然弾の質が違った」

「満面の笑みでそう言われても、恐ろしさが勝りますよ」

「おいおい、褒めているんだから素直に受け取りなって」


 会話の最中にも、不規則なタイミングで放っているが、その全てが弾かれている。

 すべて、何らかの細工を施していても、彼の一振りにはかなわないのだ。


「じゃあ、お返し」


 腰に剣をもっていく。そして、上半身は伸ばしたまま、前傾姿勢になった。

 リンネがよくやる、居合の構えだ。

 だが、ここから彼のところまでは、どう見たって十メートル以上は離れている。

 その間には、先ほどの衝撃でへこんだ地面もある。

 足をつかって飛んでくるにしたって、迎え撃つことくらいは――。


「よっ!!」

「!!」


 ゾァッッ!! と、木々がざわめいた。

 居合の構えから繰り出されたのは、強烈な脚力を用いて間合いを詰める技ではなく、その場で剣を振りぬく動作をしただけだった。


 それだけのように、見えたのだ。

 しかし、無意識のように、咄嗟に振り下ろしたのが、何かに当たったのは、わかった。

 無音に近い空間の中で、涼しい風が、さあっと優しく背筋を撫でていく。

 

 バシィッッッッ!!


 背後の木々が、無音の空間の中で、何らかの力を受けて、大きくしなった。


「!!?」

「おお、これを対処されるか」


 額に嫌な汗が浮かばせているおれとは対照的に、カラジナルはとても嬉しそうな声色で言った。


 プラッツ公との会議が終わってから、宿に戻るまでの道なりに、おれはリンネに訊いた。

 何を尋ねたか。


――“悪夢”について。


「そんなに訊きたいのですか?」


 車中、右隣で、窓枠に肘をついて頬杖をしている彼女は、おれを見ずに、嫌そうな声で言った。

 あからさまな拒絶であることは、おれでもわかった。


「訊いておきたいんだ」

「なんのために」


 おれは押し黙る。

 彼女は一度だけ、おれに目をやってから、そしてまた外に向けた。

 窓ガラスに反射している彼女は、目を閉じていた。


「そんな気分ではありませんわ」

「じゃあ、いい」


 あら、と。思わず声を上ずらせていた。


「もっと押してくるかと思いましたが」

「そんなに嫌そうな顔をされてまで、無理強いをするつもりはない」

「ふうん」


 へんなの、と呟いたのが聞こえた。


     *


 それが、カラジナルとの仕合をするきっかけだった。


 それって、どれ? という疑問が聞こえてくる気がするが、説明すると、この前置きの前の部分のことを指している。


 説明不足であるのは承知の上だ。だが、この車内の数回のやり取りだけで、おれはカラジナルに仕合を挑むことを決意した。


 その内容を振り返れば、やや持ちこたえたものの、やはり見えない攻撃の前には、成すすべもなく倒れていた。感じ取れていなかった。だからボロボロにされた。

だが、その車内の会話の時点では、そうなるべきであるとして、彼に無謀な戦いを挑んだのだ。


 しかし、そうは言っても、彼の本気を一割でも味わえたのは、それを引き出せたものとして、成長としてかみしめて良いだろう。


「ほら、立てるかい?」

「ありがとうございます……」


 さきほど、おれがカラジナルと打ち合ったときに出来た凹みよりも数段深い、それこそクレータのように凹んだ地面の中心で、彼の手を握って立ち上がる。


 ぱらぱらと、土塊が頭やら尻やらから落ちていく。身体のどこかをはたけば、土ぼこりが立ち上った。


 だが、奇跡的なほどに、おれの身体には外傷はほとんどなかった。あれほど激しくやり合ったのなら、多少は切り傷くらいできそうなものだが、湯船につかっても浸みるような箇所は無さそうなくらいだった。

 それも彼の誘導のうちだろう。それを突き崩すまでが、当面の目標になりつつあった。


「しかし、驚いたよ」


 彼は革の鞘のようなものに仕舞った剣を背負いながら、おれの顔をまじまじと覗き込んだ。長身なので、子どもの顔を見るように、やや腰を曲げている。


「数日前より、動きにキレが増している」にっ、と、歯を見せる笑い。「思い切りがよくなった。悩みが減ったのかな」

「悩みは増える一方ですよ」

「だが、背筋が伸びた。筋が一本通ったんだ」


 始まりは、リンネのこと。彼女の過去をおおよそ知れた。今は、その情報とおれとの繋がりを把握できていない、材料がまだ足りないのであろうけれど、きっとそれに沿うカタチでおれが居るのだと、要るのだということが、わかったのだ。


 そして、クランのこと。これは単なる解放に近い。


 リンネが二人の死者に向き合えたように、おれも一人の生存者に向き合った。そして、語り継いだのだ。親友の生きざまを。


 続く一連の事件は一応の解決を見、そしてその影響により、以前よりもわずかにみえてきた、“おれ”という存在。


 語ることもなく、語られることもなく。自然発生したかのようにそこにあり、ただただ動く存在。


 まるで、魔物のよう。

 そして、通ったのは筋ではない。

 なぞったのだ、輪郭を。


「そうとも言えるかもしれない。で、シシくん、キミはそこから何を得た?」

「まだ何も。これから得ようかと」

「ほう。それは、なんだね?」

「強さ」


 光がおれの手に収束する。

 物体がそこに顕在化する。


 重量がここに実体化する。


 しかしそれよりも速く。

 カラジナルは剣でもって、その奇襲を防いだ。


 影が周囲を覆い始めた、乾いた雑木林の中で、ひときわ異彩と異音を放つ火花が、散る。

 強くならなくちゃいけない。


 強くあらねばならない。


 ずっと、ずっと目の前にぶら下げられてきた目標だが、それはしばらく見ないうちに、いがいと手の届く範囲にまで降りてきているようだ。


 だがそれは、あくまで昔のおれが掲げてきた目標である。

 まだまだ上には上が居る。

 それを自分に叩き込むために、カラジナルに仕合を挑んだ。

 次に動くべきは、一週間後。


 ヒュムネン調査団は一度、臨時会議堂に集合したのち、すぐさま行動を開始することになっている。


 それまでに、学べることはたくさんあるだろう。

 今は激しい運動を厳しく禁じられているから大人しくしているリンネだが、週の後半では彼女も交えた仕合をするつもりだ。


 なかなかに忙しいが、すべてやらなければならないことなのだ。

 ぼーっとしているだけで強くなれたわけではない。

 おれも、彼女も。


 切っ先が、いや、何かがぶつかるたびに、

 火花が散る。


 鉄臭い空気が生み出されていく。

 白熱する組み合いとは逆に、頭の方はやたらと冴えていた。


 集中していなかったわけではない。片手間で戦えるような相手ではないことは、もはや長すぎるほど連ねてきただろうから、今さら言うことはない。


 やり方は正しいのだろうか。

 この先どうすればいいのだろうか。


 途方もない、漠然とした不安が、槍に乗っていたかもしれない。


 そう考えると、これは仕合ではなく、カラジナルからの尋問だったと言うべきかもしれない。

 聞き出そうとしていたのだ。


――結局、どうしたのか。


 どうやってリンネを救い出したのか、ということを、おれは誰にも話していなかった。おそらく、今後とも、話す機会は、本人とでさえも、あるかわからない。


 これを知ろうとしていた者は、この後になっても、リンネ本人の他に、カラジナルくらいしか現れなかった。


 今思い返せば、答えを引き出そうとしていたような、探るような剣筋が、いくつもあったような気がする。


 それらに答えたかどうかは、定かではない。


 そんな中、おれは、カラジナルとのやり合っている途中で、不思議な現象に遭遇していた。

彼と打ち合うおれを見下すような、もう一人の“おれ”のような、そんな意識が生まれていた。


 見下す、というのは、物理的に、である。


 頭の上から、二人の仕合を見ていたのだ。

 剣を凌ぐことを考えつつも、そんな映像がどこからか流れてきているのを、そのとき、感じていた。


 ソイツは、そう在りながら、なにをしていたのかと言えば、相棒であるリンネについて、ただひらすたに考えていたようだ。

 薄情な奴である。本体が悪戦苦闘しているにもかかわらず、ぼうっと他のことを考えているのであった。


 果たして、この打ち合いは、それほど長くは続かなかった。

 分離されていた意識は、いつの間にか、おれの中に戻っていた。


 だが、戻ってきたと同時に、考えていた内容は、きれいさっぱり、夢のように忘れてしまった。


 なにもかも曖昧な奴である。もしくは、本当は何も考えていなかったのかもしれない。

 残ったのは、上から見る景色と、疲れだけ。あとは経験だろうか。


 そういえば、結局。

 結局、リンネの話は半分しか聞けなかった。


 様々な出会いの話は興味深かったが、知りたかったことに繋がりそうな情報はあまりなかった。


 どうしても、彼女はおれに関する情報を隠したいのだ。

 しかし、それは意地悪をして教えたくない、という感じはしない。変なふうに聞こえるかもしれないが、どちらかと言えば、優しさ、から来るものだと思う。


 つまるところ、おれやリンネがフリュークに居るのは、やはりおれの過去が原因なのだろう。なにもかもが、そこに繋がっている、そんな気がする。


 いったい、おれはどういった存在なのだろうか。

 きっと、こんなふうに冒険をするような人間ではなかっただろうし、そんな環境にもなかっただろう。魔法を知ったときの違和感からして、元居た場所には魔法がなかったことも分かる。


 まったく異次元な世界に来ることになってしまった、その原因はなんだろうか。

 理由。

 きっとそこに、全てを詳らかにする何かが隠されているのだろう。

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