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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
四章 プラッツ
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5-2 過去の話

 カラジナルらの家には電話がなかったので、電話がある場所を求めて、おれたちはのんきに町へと歩き出した。


 求めて、と言っても、目指すべき場所はある。


 その場所とは、シバタに案内されて一夜のみ明かした、あの宿である。

 来賓用の、高級宿だ。


 あそこなら、屋敷とのホットラインくらい持っているだろう、という、おれからの提案を、リンネは一つ返事で受け入れた。


 たとえ電話があったとしても、屋敷には繋げられないだろう。そもそも番号を知らないし、取り次いでもらえるかどうかも怪しい。

 なので、屋敷と繋がりのある場所に行こう、という話をしたところ、あの宿のことを思い出したのである。


 まるで今の今まで忘れていた感じの物言いだが、実際に、ほぼほぼ忘れかけていた。


 今思えば、そこをシバタが案内したのも、いろいろ見越してのことだったのかもしれない。そんなことを言うと、「考えすぎですわよ」と、相変わらず前を行くリンネが笑った。


 今の彼女は、はつらつそのものである。


 途中、魔物でも出てこようものなら、それを狙った一振りで、周りの樹木はおろか、地面ごと消し飛ばしてしまいそうなほど、元気に腕を振り回していた。


 たかが一日で、こうも良くなるとは、おれを含めた三人も、予想外だった。


 ただトラウマを克服できた、というだけではないのかもしれない。


 おれにも、リンネの本当の心情は、分からない。おれは断片的に情報を得て、そこからつなぎ合わせただけなのだから。なんなら、情報と情報とを合わせるための“つなぎ”の方が、消費量としては多いくらいだろう。


 それでいて、結局のところは彼女の芯の強さに甘えたうえでの結果なのだから、あの手助けは、無駄だった、もしくはそもそも必要なかったのではないか、とも思えてくる。

 しかし、そこから情報は得られた。そう思えば、決して無駄ではなかった。

 この道中、そんな話をしようとしていた。


「わたくしの過去、ですか」

「そう。そういえば、舞踏会事件のことも、キミから教えてもらっていないから」

「教えるほど、大したものでもありませんが」


「その縁が、今こうやって実を結んでいるのに」

「わたくしとエブラエさまの縁はそれだけではありませんのよ」

「だけど、大きな出来事には間違いないでしょ?」

「それは否定しません」


 元気があるのはいいことだが、有り余っていると、そのうち剣を振り回しかねず、話を続けさせて、気を紛らわそうとした。


 もちろん、おれのそんな思惑などは、企んだ時点でバレているだろう。

 これもまた断られるかと思いきや、リンネはそこまで悩む素振りは見せず、前を行く間隔を詰めて、わずかに声量をおとして話し始めた。


 ただ、その話をここにそのまま書くと怒られそうなので、いろいろと簡略化したり、ボカしていることを、ご承知おき願いたい。

 そもそも、彼女がここを知っているのか、という疑問は、この際、置いておこう。


     *


 リンネがプラッツ公の世話になり始めたのは、彼女がまだ八歳だったかの頃だった。

 物心がついたのもその辺であるらしい。

 ほとんど養子のような形で、あの夫婦に引き取られたそうだ。


 というと、本当の両親はどうしたのか、という疑問が浮かんでくる。いや、そもそも、彼女がこの世界フリュークで生まれたのだろうか。


「わたくしはフリューク生まれ、フリューク育ちですわよ」

「そう、なんだ」


 この情報は重要かもしれないが、今のおれの立場を解明するピースの一つでしかなく、それだけでは不十分だった。


 なので、話を進めることにした。

 つまり本当の生みの親、両親について訊いてみた。

 おれの質問に、彼女は表情一つ、眉の角度さえ変えず、


「捨てました」

「捨てた?」

「ええ。わたくしが、ではなく、わたくしを、捨てたのです」

「それは――。理由は、分かるの?」


「わたくしの奇行に怖気づいて、それっきりですわ」

「奇行って……」

「聞けば、シシも『捨てられて当然だ』と思うでしょう」

「そんなことをしでかしたのか?」


 怪訝そうな顔をしたおれを見て、うふふ、と彼女は笑う。


「娘が突然、はらわたを引きずり出そうと、お腹を掻っ捌いたら――、そんな光景を想像してみてくださいな」


 できないよ。

 できるわけない。


「なん、どう、いう状況なの、それは……」

「文字通り」


 まだ林を抜けきっていないが、彼女はあたりをきょろきょろと見まわし、服を捲って自身の腹部を見せた。


「ゼルテで手足などは戻りましたが、こういうのはそのままですのね」


 と、おれの手を取って、自分のその痕をなぞらせた。

 その時のおれのリアクションがどういうものだったかは、もはや言うまでもないだろう。さておき、彼女のしなやかな筋肉質であり、それでいて柔らかな腹部において、その横一直線は確かに異質だった。


 おれの手がやられている、へそのやや下あたり。そこだけ皮膚の感触が違っていた。


 遠い過去の傷跡だけれども、それを認知してからは、おれの頭はよく冷えた。

 希死観念、というやつだろうか。


 話を聞く限り、思春期などに多いそうだが、少なくとも八歳よりも下の子どもが、そんなものを抱くことがあるのだろうか。


「確かに、その当時は、衝動的なものだったのかもしれません」


 その痛みによって、彼女は意識が芽生えた、と言った。


「そして、両親にそんな姿を見られて、病院に連れ込まれ、一命をとりとめたものの、そんな子どもは知らないと二人は言い、わたくしを知り合いの人に渡してしまいました」

「その知り合いが、プラッツ公?」


 どうしてそんなことを、と訊きたかったが、口は全く別の言葉を発した。

話を急きすぎた、と思った。


 だが、それを聞いたところで、どうせ答えが返ってくるとは到底思えなかったので、良かったのかもしれない。


 おれの手を離し、服を直しつつ、彼女は話を再開した。


「いえ。わたくしの生まれた家は、エブラエさまらと交流があるような上流階級などではなく、アラム王国の、ごくごく普通の一般家庭でしたわ」

「キミの出身を聞いたのも、今日が初めてだな」

「あら、そうでしたのね」


 わたくしは言ったつもりでしたけれど、と、口を指で隠しながら、笑った。


「そのご友人が、カーサラさまですわ」

「なんと」


 思わず古風な驚きをしてしまった。

 まさかその名前が、ここで出てくるとは思わなかった。


 しかし、カーサラさんが正しければ、かなり長い間、アラム王国のエッダ王との密約関係があったそうだから、もしかすると、実の両親とも、どこかしらで繋がりがあったのかもしれない。王城勤めだとすれば、あり得る話だ。


 ただの一般家庭と一国の当主より、さすらいの旅人もどきが知り合うこと自体は、なんら不思議ではないだろう。


「そこで、カーサラさまが、わたくしになんと仰ったか、分かりますか?」

「唐突だなぁ。んー、あの人のことだから、そうだな、『剣と使いたいなら、師匠を紹介してあげるよ』、とか?」


 そこそこ考えて出した答えだったが、今度はリンネが目を丸くして、歩みを止めた。


「すごい、ほとんどその通りですわよ。気持ち悪いぐらい、合っていますわ」

「褒められている気がしない」

「褒めていませんもの」


 見事なほどに、「うへぇ」と言った表情をするリンネ。


「で、そこで、カラジナルさんと知り合ったと」

「そうなります」


 再び歩みを進める。林はもうすぐ抜けそうだった。


「カラジナルさんって、その時から剣の達人だったの?」

「伝説のSクラスパーティだとかなんとか言われていましたが、わたくしにはまったく興味はございませんでした」


 そんな話を、どこかしらで聞いた覚えがある。


「それで、リンネは弟子にしてもらえたんだ」

「なれるわけないでしょう、八歳の娘が」


 そりゃそうだ。


「十になるくらいで、ようやく剣を持たせてくれました。それまでは雑用、座学ですわ」

「八歳の、他人の子どもに雑用やらせられるカラジナルさんもなかなかだね」

「そういうのを押し付ければ、泣いて帰るとでも思っていたのでしょう。それを諦めさせられたのが、十歳になるころ、という訳です」


「リンネの剣を学びたい、という思いが伝わったのかな」

「子どものころから鍛えられる武器が、剣だった、という理由ですけれどね」


 それでも、才能はあったらしく、とんでもない速さで片鱗どころか頭角さえも見せず、その名を轟かせ始めた。

 当然、王国にも伝わっており、そのころから、プラッツ公とのつながりもでき始めていた。


 と、言うよりも。


 その頃のカラジナルは、プラッツ公の護衛の一人であったそうだ。だから、名前がどこかへ伝わるよりも、当然にリンネを知るだろう。


 まず最初にリンネへの興味を示したのは、フラメ夫人だという。予想のど真ん中、と言った具合だ。


 年端のいかない、幼い娘を鍛えているなど、たとえ当人がそれを望んでいるのだとしても、それが広まってしまうと、彼の外聞がどうなるかは、想像に難くない。

 だから、これはカラジナルにとっては運の尽きでもあり、助け船でもあったのだろう。


「基本剣技は一年程度で会得しましたから、あとは自己研鑽を積むだけ。そこで、あのゲストハウスを与えられたのです」


「簡単に言うじゃん」


「わたくしからすれば、あなたも同類なのですよ、シシ」

「おれはユキムラ流をごくわずかにかじっただけで、ほとんど基本の基本しか知らないよ」


「それは立派な槍の才能ではありませんか」


「おれの話は良いから」


 林を抜けて、大通りに沿って歩く。もうすぐ、大外の一番円道に出会うだろう。

 そこから、リンネは一度、アラム王国へと出る。


 目的はもちろん、親衛隊の入隊要件を満たすため。


 国営の士官学校に入学した。

 これもどこかで聞いた。

 そうだ、フェンデルから聞いたのだ。


 フェンデルと、リカルド、マテウスは、その士官学校の卒業生であったことを、思い出した。

 そういえば、彼らもリンネの話をしていたような気がする。


 士官学校は年齢によって中等、高等に区分される。


 当時十二歳であったリンネは、中等に入学し、さっそくエピソードを残していた。


 親衛隊に入るための学校と言っても過言ではない場所だが、それだけ人気も高く、入学すらままならない。一応、入学に当たって家柄などは一切考慮されていないそうだが、教育にお金を掛けられるような家が有利であるのは、言うまでもなく、想像に難くない。


 つまるところ、周囲には、名門の子どもが多いのである。


 そう考えるとフェンデルもその姉も凄く努力したんだろうな、という感想がよぎる。彼らもリンネと同様、平民の出だ。ただ、父親は親衛隊で隊長をしていたが、それが有利に働くような場所だとは思えない。


 リンネの場合、世に名を轟かせた剣豪の唯一の弟子と言われるような扱いを受けており、高名はむしろマイナスに働いていた。

 何かあれば決闘を申し込まれていたそうだ。


「決闘って」

「きっと、あの人の弟子になりたくてなれなかった方々だったのでしょう。弟子は基本、断っていたということも、本人から聞いておりましたから」


「高名な師匠につけておきたい、っていう、家の思惑だったのかも?」

「それもあるでしょう」


 申し込まれた決闘は数知れず。

 しかし、やはり。


 予想に反することもなく。


 リンネはそのことごとくを、こっぴどくやり返した。


 百戦連勝。


 圧倒的な剣技の前に、泣いて帰る同級生も居たのだとか。

 名門の出のプライドも、ズタズタにするほどの、圧倒的な才能。

 物語の主人公みたいな存在だと、素直な感想を抱いた。


「果たして、決闘の申し込みは無くなりました。それはそれで張り合いがありませんでしたわ」


「面白がっているじゃないか。でも、それでようやく、集中できたんじゃないか?」


 おれがそう言うと、彼女は首を横に振った。

 決闘の次は、結婚の申し込みが急増したそうだ。


「けっこん」


 目を大きく、丸くして驚いているのを自覚した。

 当人は、ものすごく面倒くさかった、というのを、ため息一つで表していた。


「決闘の方がいくらかマシ、でしたわ」


 とんでもない才能を持っている平民を、家に向か入れたい。

 単純な戦力としても、話題としても。リンネほど強力なモノはないだろう。

 しかしやはり、それらすべてを、押しなべて一蹴した。


 モスナ公国の領主・当主・諸侯らとの確執は、ここから始まったのでしょうね、と、自嘲気味に笑った。


 そんな慌ただしい日々を過ごしながら、四年の中等を首席で修了したリンネは、一度、プラッツに帰国した。高等に進学する前に、一年程度の期間が空くらしく、その時間を使ったらしい。


 そして、帰国した矢先、件の事件が起きたという。

 舞踏会事件。

 概略としては、当主暗殺未遂事件だ。


「というと、プラッツ公が狙われたのか」

「正確にはご夫人もでした。おふたりの性格をご存じでしょう? わたくしの中等の修了記念パーティを開いて頂いたのです」


 そんな大げさなものは恥ずかしいと固辞しようとしたが、親孝行と思って、とプラッツ公に言われてしまうと、断れる彼女ではなかった。


 しかし、好意で開催されたオープンなパーティの中に、暗殺集団を仕向けた連中が居た。

 差し向けてきた犯人は、おおかた予想は付いていたそうだが、そちらは証拠不十分という理由で、中央政府は動かなかったらしい。


 おれでもわかるくらい、バレバレなもみ消しだった。


「そちらは、ってことは」

「暗殺集団の方は、わたくしが全員斬りました」


 おれは言葉を失った。

 だが、それこそ、リンネたりえる所以とも言える。

 苛烈さ、無情さ。

 向かってくるなら、きっちり邀撃する。


 どれほどの人数が紛れ込んでいたのか、分からなかったという。

 辛くも逃げ延びた者が居た、ということにしておきたいところだが、それは楽観的すぎると、自分でも思った。


 斬った感触と残っていたパーツが合わない、なんていうフレーズを、軽く言われてしまった。


「ああ、でも、全員というわけではありませんわ」


 リンネが人差し指だけ、上げると、


「リンネさまに斬られて唯一生き残ったのが、わたしなのですよ」


 ふと、後ろから声が掛けられた。

 気が付けば、一番円道を抜け、ギルド方面に差し掛かろうとしている場所だった。

 いつの間にか、少し前にクランと入った喫茶店の前を通り過ぎていた。市場が近いために人通りは多くなり、陽も高く昇っていく途中である。


 振り向くと、ウェクアがそこに立っていた。

 往来では浮くはずの燕尾服、黒肌と白髪は、なぜか違和感なくそこに溶け込み、道行く人々は無意識下において彼女の周囲を避けて動く。


 そこに居る人を認識せず、しかし人が居ると分かって、人の波が自ら裂かれていく。


 左耳の近くの髪を、左手で耳に掛けようとする。

 エルフ種は、長く細くとがった耳が特徴である。クランもそうだが、それは明らかにヒトとは違うのがわかる。


 しかし、ウェクアのそれは。

 真ん中あたりですっぱりと無くなってしまっていた。

 彼女はゆっくりと頭を下げて、礼をする。


「お迎えに上がりました、リンネさま、シシさま」


 ふっと笑みを向けてくるウェクアに向かって、リンネは軽々しいふうに、

「ご苦労、ウィー」


 片手を上げて応えた。

     *

「リンネがウェクアを斬ったのは、本当の話」


 ウェクアの動かす車に乗って屋敷に出向くや否や、熱烈な歓迎が待ち構えていた。

 三日のあいだに付きっ切りで世話をしてくれていたメイドたちへの謝礼は、「受け取れ」「受取らない」の応酬で三十分は使ったし、シバタやウェクアらの執事にも深々と礼を言わねばならず。


 そしてプラッツ公への回復報告も、それはそれはとても長い時間を使うことになった。

彼はリンネの復調をいたく喜んだ次の瞬間には、険しい顔になった。まだそこまでの高齢ではないはずなのに、その迫力は本物だった。彼が元軍人だという話があるが、その裏付けとしてはこれ以上となく説得力のある顔つきだった。


 あまりの迫力によって、おれたちだけでなく、フラメ夫人やシバタらもやや身構えたのが空気感で伝わった。


 そんな彼が、たっぷりと時間を使って熟慮した結果、導き出したのは、


「身体検査をしなさい」

「はぁ」


 理由はシンプルである。三日もろくに飲み食いできなかったのだから、メンタル的には回復しても、身体の方にはなにかしら残っているかもしれない、ということである。


 というわけで、プラッツ公は町から医者を呼び寄せ、臨時の健康診断を始めてしまった。

 当然、男性陣は屋敷からはじき出されることになった。もちろん、おれも例外ではない。

 ただ、時間がかかるとはいえ、一日かかるわけでもないだろうから、ゲストハウスにでもお邪魔しようか、と考えていたそのときに、フラメ夫人がどこからか現れて、手持ち無沙汰になっていたおれをこっそり連れ出してくれた。


 そのときに、聞かせてくれた話が、舞踏会事件の続きである。


「あの子が、わたしを守るためにやってくれたのだと、それは理解しています」


 母屋の裏口とも言えない、不思議な場所から、屋内へと入る。


 ウェクアの魔法の力が失われてしまったのは、その時が原因だという。リンネに斬られ、生死を彷徨っていたころ、身体の回復のために、全ての魔力を使い果たしてしまったからなのだ。


 フラメ夫人は、痛々しそうに話してくれた。


 その場の凄惨さを。

 あの時の血なまぐささを。


 避難誘導からわざとはぐれたフラメ夫人は、自身の寝室で襲われそうになったとき、暗殺者から守ってくれたリンネを心配して、現場に戻ったそうだ。

 そこで、ウェクアにとどめを刺さんとするリンネの姿を見て、思わず大声で留めた。


「暗殺なんて、わりと慣れっこなのだけれど、未だにあの光景が目に焼き付いているの。血の海とは、まさにああいうのを表すのね」


 暗殺が慣れっことは、と言いたかったが、茶化すようなことは言うつもりはなかったので飲み込んだ。


 現場に戻ってきた夫人を、リンネは咎めようとしたが、夫人の心配はそれ以上だった。

わが娘は狂ってしまったのか、と。


 自分を守るためにやったとはいえ、これほどまでに酷いことがあるのだろうか、と。


 その後、一人を除き、暗殺集団が全滅したことが確認され、その生き残りである彼女は、身体機能の回復のために魔力を枯渇させてしまったがために、記憶障害、短期的な記憶喪失を受けてしまった。が、それは夫人にとっては、幸運だったと言える。


 身寄りがないのなら、引き取ってしまいたい、と。


 自身を暗殺しようとした者が記憶喪失になってしまったため、保護したいという提案に対し、プラッツ公は嫌な顔を全くせず、快諾したという。


 その後、やや時間を置いて、記憶は戻ったが、やはり、枯渇してしまった、魔力は戻ってこなかったそうだ。


 しかし、当時使用していたその寝室は、いくら清掃したところで、血の匂いが染みついてしまって、使えなくなってしまった。そのため、今では壁の中に埋め立てられているそうだ。


 この話を、おれにしている時。

 夫人が屋敷のどこかの壁を触っていたのを、思い出す。

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