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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
四章 プラッツ
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5-1 慣れない起床

 きっちり八時間、意識を手放していたので、気づけば朝になっていた。

 どことも分からない、木造の天井。なぜだか親しみを感じる部屋の雰囲気と、布団の柔らかさが、再びおれを眠りの底に誘う。


「おはよう」


「おはようござ――」


 まどろみに突っ込みかけた頭を動かして、声を掛けられたほうを見てみると、カラジナルがそこに寝そべっていた。

 ここが彼の家であることは何となくわかっていたし、その寝室におれが居ることも分かっていた。

 寝室ならば、彼が寝間着でいることも何ら不思議ではない。

 しかしながら、それらの当然に除くことができる疑問点らを解決しても、どうして、彼は寝間着の前面をはだけさせているのか、までは、答えは分からなかった。

 以前から、幾度か述べているから、もう分かっている人もいるだろう。おれはあまり人の風貌に関しては気にしないようにしている。できる限り、特徴的な(例えるなら、カラジナルの場合は赤い髪をしていて顔に傷がある)部分を抜き出している。


 これは、おれが他者の顔をじっと見るのは失礼であると思っていたことと、そもそも顔を見るのが苦手であったせいである。


 さて、なぜこんな話を急にしだしたか、というと。

 カラジナルという人、ヒトは、長髪であり、細身の長身であることに加え、世に言う中性的な顔立ちをしている。


 普段、街中では体型を隠すような(リンネ曰く帯刀を隠すためという)服装をしているせいで、酔っ払った人たちからナンパされたり、酔っていなくてもナンパされたりするらしい。


 酔っ払ってはいないが、しかし、寝ぼけた頭では、同じことだろう。


 つまるところ、「見知らぬ女性が隣に居た」と勘違いしたおれは、がっちり固まってしまったのだ。


 しかも、先述した通り、カラジナルは寝間着の前面をはだけさせている。薄くも筋肉質な胸板を見てしまっている。

 一気に眠気は冷めたが、硬直が解けないおれを見て、カラジナルは目を細めて笑う。


「おやおや、どうしたんだい。そんなにじっと、おれのことを熱く見つめちゃって、さ」


 彼のしなやかな、とても剣豪とは思えないような、細い指が、おれの目の前に迫る――。


 ズパァン!! と。


 珍妙な時空を、扉と共に勢いよくぶっ飛ばしたのは、腰にエプロンを巻いたクランであった。

 その表情は微笑んでいるが、しかし。


「おはようございます、シシさん」


 努めて穏やかな声色で、おれに微笑みかける。

 硬直の上からさらなる硬直を受けたような感触。

 存在しない突風が通り過ぎていく。

 いや、「はらう」というのはこういうのを言うのだろう。

 

 むくりと起き上がる。カラジナルがあくびした。


「おはようございます、クランさん」

「朝食はできております。どうぞ」


 おれは見逃さなかった。

 言葉のあと、おれに微笑んだのちに、

 氷よりも冷たい、恐ろしく冷たい目線で誰かを突き刺したのを。

 

 隣を見てみると、炎のような赤い髪の人が、またあくびをした。


 しばらく整えていないために、もさもさになりつつある髪を掻きながら、廊下を歩いていると、換気のために開けているらしい大窓から、庭の様子がうかがえた。


 入ってくる風はやや冷たい。

 そんな中、


 ぶん。

 ぶん。


 一定間隔で、リズムを刻むように、空を切る音が聞こえてきた。

 久しく聞こえてこなかった音だった。


 窓の方に寄って、そこから庭に顔を出してみる。

 すると。


「あら」


 長い髪を後頭部でまとめ、タオルを首に掛けた軽装の姿のリンネと、ばっちり目線が合ってしまった。

 手に持っているのは、おそらくいつも右手に持っている方の剣である。

 久方ぶりに握ってもらえて、さぞかし喜んでいるのだろう。朝日を目いっぱいに浴びて、煌めている。

 額や頬についている汗をやや強引に拭いながら、彼女は一度、大げさに呼吸する。たったそれだけで息が入るのだから、恐ろしいものである。


「おはようございます」

「おはよう。元気?」

「ええ、おかげさまで」


 にこやかに笑ってくれた。

 おれも目を細めて笑う。

 ふと気づいた。

 朝日がやけに眩しい理由に。

彼女の髪色が、一色に染まっていることに。


「リンネ、髪」なんとたどたどしい言葉だろう。我ながら恥ずかしい限りだ。「戻ったね」

「そうみたい、ですわね」


 染髪料が落ちてきているような中途半端な状態ではなく、まったく最初からそうなっている、金絹シルクゴールド色が、戻っていた。


 戻ったのは色だけではない。長さもそれなりになっていた。

 髪型に明るいわけではないが、つい先日まではショートくらいだったのが、セミロングくらいになっている。まとめられるほどの長さでもなかったはずだ。

 そのまとめているのを解く。ふわっと、まるで重力がそこだけ弱くなったかのように、ゆっくりと落ちる。

 戻っている。

 『あの頃のように。』


――あの頃?


 おれは首を傾げる、心の中で。

 フリュークで出会った頃、だろうか。

 確かに、あの時の彼女も、これぐらいの髪の長さだった。

 既視感、懐古だろうか。


 なにはともあれ。


「そんな急に身体を動かしても大丈夫なの?」

「動かしたくてたまりませんの。ずっと眠っていたような気さえしますわ」


 ん~、と腕を伸ばし、伸びをする。

 実際のところ、この数か月は悪夢の中で眠っていたようなものだ。

 自分を蝕んでいたモノが取れたのだから、文字通り憑き物が落ちた心地なのだろう。

 

 一枚の葉が、ひらひらとリンネの背後に落ちる。


「ッふ」


 鞘もなしに、居合の構えをし、その葉を斬った。そしてすぐさま、それを手に取った。

 すっと、それをおれに見せてくるので、どれどれと見分してみる。


 確かに斬ったはずなのだが、その葉は形を保ったままだった。

 ふふん、と笑う。

 つまんでいる人差し指と親指をずらすと、その葉と全く同じ形の葉が、後ろから現れた。


「なんだい、手品かい?」

「よくご覧くださいまし」


 その二つを見比べても、全く同じ形をしている事しかわからない。

 しかし、それでもじっと見つめてみて、ようやくわかった。

 ああ、そういうことか。


 全く同じ形をしているのも当然である。

 なにせ、それらは、元は一枚の葉なのだから。

 縦に薄く斬ったというのだろう。


「よくもまあ、こんな薄く、しかも乾燥した葉を。……刀身よりも薄いのに」

「身ではなく、刃で斬ったのです」


 葉を、か。

 ふっと、息を吹きかけると、あっさり、それらは折れてしまった


「じゃあ、キミがおれのことを殴ったことも、覚えてなかったり?」

「それは……」


 一瞬、間が空く。

 そのわずかな合間に、彼女の表情は一度ならず、二度、三度、それ以上に、変化した。

 思い出している。三日間、いや、それ以上前からのことを。


 想像は付く。


 別に意地悪をしようと思って聞いたわけではない。単純にあの時の記憶があるかどうかを知りたかっただけだ。

 他にも訊きたいことはある。

 ああなってしまった原因と思しき夢についても、結局は訊きそびれているのだから。

 今は、単純におれが聞き方を間違えただけ。


「ごめん、意地悪な聞き方だった」

「いえ、したことは謝ります。ですが」


――言ったことは、撤回しませんわ。


 付け足されたその言葉を聞いて、おれは思わずにやけそうになる。

 どうしてかは、正直のところ分からない。

 嬉しい、というのは理解できた。

 いつものリンネが戻ってきた、と言った感じだろうか。

 

 おれの力はまだまだだと、驕らせることがない、彼女のその目つき。


 赤い瞳。

 今は明るいからわからないのかもしれないが、強く意志を表すと、そこに魔力が宿って、ほのかに揺らめく炎を生む。

 あの状態の彼女の姿からは、想像もつかないくらい、力に満ちている。


 ごめんごめん、とおれは笑った。


「さて、おれは、なにを言われたかな」

「……」


 肩を竦めながら、とぼける。笑うことはしなかったが、表情が緩くなるのがわかった。


 得るべき信頼は失われていない。

 目標としても、そして存在としても。

 それが分かるから、嬉しいのかもしれない。

 

「クランさんが朝食を用意してくれている。それを食べたら、いったん屋敷へ戻ろう」

「わかりました。シャワーを借りますわ」


 顔を引っ込めて食卓へと向かう。


――さあ、いつもの以上の朝が始まるぞ。


 そう気合を入れながら、勇みながら。

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