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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
一章 リドの村
7/80

2-3 醤油?塩?味噌?それとも

 上ってきた坂とは逆の方向を下り、少しだけ歩いたところにその店はあった。


 なんというか、自然豊かなところで、ネオンを煌々と光らせている怪しい店に出会ってしまったかのような衝撃を受けた。実際、この店は電球を派手に光らせていて、見るだけでうるさかった。店内に入ると、むわっとした熱気と、どこか懐かしいようなにおいに歓迎された。


 そして出された料理が。


「ラーメンだ……」


 記憶がなくても覚えている。こいつには幾度となく向き合ってきた。


「おや、ご存じで?」

「うん」色味の薄いスープを一口。塩ラーメンだった。「まさかあるとは思ってなかった」


 ライスと、ネロが頼んだ煮卵が出てくる。ライスは、四角い形をしていた。食べてみると、甘みの強い味だった。


「手早く栄養補給ができ、美味しくて、しかも食べると身体が温まる。昔、この辺りを開拓していた木こりの方々が作り、好んで食べていたそうですよ」


 何気なく食器を使っているが、割りばしがあった。ここにずっといると、異物感があまりなかった。こうやって美味しいラーメンを食べてはいるが、気が付けば森の中に居て、ネロに会って会話しているうち、なんだかよくわからない生き物と戦ったのが今日の出来事だ。思い返すたび、やっぱり現実感がなくなっていく。


 しかし、やはり、ぼくが今いる世界は本物だ。確たる証拠なんてものはないし、全て感覚だけでそう思っている。ただ、どんなに雄弁に筆舌の限りを尽くしたところで、本物であるという感覚は、ご飯のおいしさが保証してくれるものだって、少し思ってしまう。


 店主に礼を言って、店を後にする。熱いものを食べたからか、汗が夜風に当たって心地よい。


 振り返ってみてみる。けばけばしい店の名前は、「緑風堂」。曲げられた電球はラーメンを模していて、そこに緑色の風が吹いている。爽やかそうでそうでもない、何とも言えない店のアイコンだったが、足繫く通うことになりそうだ。


「ふぅ」胃の中を整えるように、星空を見上げてため息を吐く。「おなか一杯だ」

「お口に合ってよかったです」


 ネロが隣に立って、同じように星空を眺める。すっと、腕を上げて、どこかの星を指さす。どの星かはわからないが、おそらくあの緑色の光を強く放つ星だろう。そこから右に、そして下に動かして、特に明るい星をいくつか繋げた。


「何か謂れがあるの?」

「あの三つの星は、見ての通り強く光るので、夜の時刻と方角を知るために使われたそうです」

「へぇ。昔の人は賢いんだね」

「かと思えば、簡単に戦争を起こしたりするので、良くわからないですね、昔の人は」


「もしかするとさ」ぼくは青っぽい光を指さす。「ぼくはあの青い星から来たかもしれない」

「それはそれは」

「まあ、光っている星は住めるような環境じゃないんだけどさ」急に照れ臭くなって頭を掻く。「まぁ、その、安心しているんだ。ぼくがこれまで居た世界と、この世界が、何もかもが違うっていうわけじゃない、ていうことに」


「魔法に驚いていらっしゃいましたが、見たことありませんでしたか?」

「前に居たところにはなかった、と思う、多分」

「すみません、すっかり失念していました」

「いや、こう、全部何もかもわからないというわけではないんだ」


 胸の前で、腕で空気をかき混ぜるような動きをする。変な動作だが、ぼくの頭の中を表すとしたらこれが精いっぱいのジェスチャである。


「それこそ、魔法に驚いたりしているし、文字が読めることに引っかかったりしているんだけど、それって比較対象がなければ、そうはならない。つまり、どこかしらにはあるハズなんだ」


 ぼくはネロのほうを向く。彼女の髪飾りが風で音を立てる。


「なんだか、変なことを言っちゃったね」

「いえ。ヨビビトとは、その名の通り、呼ばれた人。この世界ではない別の世界からいらした、と言われても、まあ驚きはしますが、おかしな事とは思いません」


 ヨビビトは過去にも何回か現れた。誰もが、歴史書に名を遺すほどに偉大な功績を上げている。治世、開拓、進化、発明。全ての分野ではないが、彼らの名前が一部分も載っていない専門書はおそらく無いほどだそうだ。


 ネロが言うには、ヨビビトとして訪れた者は、みな使命を受けている。その使命を果たすだけで、良きにつけ悪きにつけ、世界に多大な変化をもたらす。だからこそヨビビトとして選ばれたのであり、その人にはそれだけの能力があると言うのだ。


「シシさんも、おそらく何かの使命を受けて、フリュークにいらっしゃったのでしょう?」


 フリューク、とは、この世界全般を指す名前だ。つまり、この星はフリューク世界と言える。


「使命か…」


 ネロの言う通り本当に使命があるかもしれないし、ないかもしれない。

 仮に、このフリュークにぼくが送り込まれたとしても、目的の記憶を封じてしまうことは、使命を果たすうえでは障害にしかならない。ここにぼくを送り込んだ奴らが存在するのならばの話だが、やらせたいこととは矛盾しているのだ。


 ヨビビトには使命がある、これを前提にするならば、その齟齬に、何かがある。わざわざヨビビトという「前例」があるフリュークに送ってきたわけだ。ぼくがそこで活動するにあたって、違和感のないような場所を選んだ。まったく偶然かもしれないが、意図の有無は確認できるかもしれない。


 髪の毛よりも細い線が繋がった気がした。ぼくが来る前から、まるでその場を仕込んでいたような、周到さを感じる。

 帰ってお風呂にしましょう、と手を引かれる。ぼくは微笑みで返した。


                    *


「まあ、ほぼ全部、なんの根拠もない、憶測なんだけどね」


 そう呟きながら、両手を合わせて湯を掬う。浴室は水や湯を運ぶためのパイプが露出していて、なんだかワクワクする作りになっていた。シャワーやカランを使うには、バルブで開け閉めする。


 露出したパイプが集合して整列している様や、そこからバラけて行くのを目で追ったりするのが異様に楽しくなり、今まで深刻な顔をして考えていたのがウソのように、気持ちが明るくなった。


 単純に、ぼくはあそこで頭をぶつけて記憶を失った可能性以外を知った。今はそれだけで十分だろう。


 ふと、頬を撫でる。左の傷にお湯がしみることはなく、痛みもなかった。かさぶたがすでにできているのか、それとも膝小僧を派手に怪我しているから、そっちに意識を取られているのか。

 色々なところがしみて痛い。しかし、この世界にはああいうのが居る。あのテルミドールはどうやら普通ではなかったらしいが、普通ではないにしろ、存在するだけで脅威だ。今日みたいにネロと行動を共にしている限りは大抵のモンスターは対処できるだろうが、正直、運がよかっただけに過ぎない。ネロがセント・ヴァイシュの森に居た理由も、なんとなく察しが付く。


 となると、対処を考えなくてはならない。今後、モンスターと偶然ばったり出会ってしまったときに、どうするか。


 図鑑に書いてあった対処法は、「逃げる」。護身に覚えがないのであるならば、たとえ普通のテルミドール相手でもやられることは十分にありうる。あそこまでぶっ飛んだ(らしい)強さでなくても、たとえある程度戦えても、出会ったら逃げろと言われるようなホブゴブリンが五体まとめて現れることもある。


 うぬぼれていると思われるだろうが、あのテルミドールを手間取らせていたことも考えると、もしかすると、「立ち向かう」ことも視野に入れた方がいいかもしれない。


 怪我をせずに済む方法、やられる前にやる。


 そう思うと、あの時は無我夢中だったが、咄嗟に槍を扱えたのも、使命に関係することかもしれない。身体と意識が戦いの方向に一気に持っていかれたのを感じた。誰か、別の人格がぼくを乗っ取って、最低限戦えるようにした。


 荒唐無稽。


 手のひらをランプにかざす。


 実際、生き残った。


 浴室のドアがノックされる。曇りガラスは流石にないので、薄い防錆の素材を使ったドア。脱衣所が全く見えないが、ネロだろう。


「ごめん、長風呂だったかな」声の通りが悪いので少し大きめに言う。「すぐに出るね」

「ああ、違うんです。お背中流しに来ただけですので」


 かちゃり、ドアが開く。タオルを身体に巻き付けたネロが、至極当然かのように、シャワーの温度を確かめ始めた。


「入っていいよなんて一言も言ってないんだけど⁉」

「え⁉ 入っちゃダメでしたか⁉」

「ダメでしょ!!」

「でも、タオルはちゃんと巻いていますし…!!」


 どどん、とぼくの顔の前に立ち、見せるネロ。慌てて目をそらすと、彼女の膨れる声がする。


 ネロはぼくよりも一つか二つ幼いので、極力、そういうのを見ていないふりをしていたが、決まってそのあと、機嫌が少しだけ悪くなっていた。そこからわかったのだが、どういうわけか、彼女はぼくに対してかなりの好感を持ってくれている。正直に言えばありがたい。とやはり記憶がなく異物感が未だぬぐえないこの世界で、こうやって寄立つ場所を与えてくれているだけで、感謝してもしきれないのだが、高すぎるのだ。会ったばかりの人間にこんなに良くしてくれるのだから、彼女が悪意に騙されてしまわないか心配になる。


 どうしてそういう事をするのか、などと、問うことも躊躇う。命の恩人である彼女を邪険に扱うべきではないのだが、できればやめてほしかった。口には絶対に出さないが、ちょっと恐ろしくもあった。


「それとも、わたしなんかじゃ役不足でしょうか」

「どういう意味だよ……」


 落ち込む素振りを見せるネロに負け、仕方なく背中を流してもらった。


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