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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
四章 プラッツ
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3-1 依頼

 カラジナルに会った翌朝。

 シバタに選んでもらった宿の部屋の電話に、内線が入った。

 お客様にお見えになっております、とかなんとか、堅苦しい言葉だったが、とにかくそんな内容だったと思う。

 降りてみると、昨日とほぼ変わらない、燕尾服のシバタが頭を下げて待ち構えていた。


「おはようございます、シシさま、リンネさま」

「ごきげんよう」


 シバタが頭を上げる。黄色い目が二人を見る。


「朝食はお済みでしょうか」

「いえ、まだです」

「そうでしたか、では、こちらでご用意いたしましょう」


 こちらとはどちらだろう、と思いながら、案内されるがまま歩いていると、その宿のレストランだった。


 まだ営業開始時間前のようで、出入口は太い紐で繋がれたポール二つで遮られていた。

 しかし、宿のレストランは、朝の営業時間はかなり早い所が多いと思っていた。なんだか珍しいな、と思っていると、出入口を仕切っている紐の真ん中に、「貸し切り」と印字された張り紙があった。


 そこを、シバタはひょいと掴み、おれたち二人を通してから、ポールの位置をもとに戻した。


 レストランの奥行きは深く、長方形の、上の長辺に厨房、そのほかはテーブル席、カウンタ席など、いろいろあった。ただ、営業はやっぱりしていないみたいで、部屋全体の照明は落とされている。

 一か所。ブラインダーがあがっている、窓際近くの小さめのテーブル席があった。


「どうぞ、こちらへ」


 と、そこに座るよう促された。

 椅子を引いて座ると同時に、料理が運ばれてきた。


「あの……」

「お構いなく、代金はこちらでお支払いいたしますので」

「いや、そんなことまで」

「ここまでするからには、当然、なにか御用がおありなのでしょう」


 運ばれてきたパンをためらいなく引き千切り、スープに浸しながらもしゃもしゃと食べているリンネが、ぶっきらぼうに言った。


「さすがリンネさま。ご明察であらせられます」

「やめてくださいまし」


 ほっほっほ、とシバタが笑う。


「さて、リンネさまの仰る通り、御用があって参りました」


 それ見たことか、という顔で、リンネがこちらを見てきた。

 スープを一口飲んでから、おれは尋ねた。


「それで、御用というのは?」

「フラメご夫人からのご依頼です」


 依頼か。


「ご夫人からの、直接のご依頼ですか」

「お二人がいらっしゃらなければ、おそらくギルドへ持ち掛けられていたことでしょう」


 ただ、とシバタは紅茶を一口飲んでから、


「直接のほうが、良いこともありますので」


 おれは頷いた。おそらく「依頼登録手数料」のことを言っているのだろう。


 プラッツ公からの依頼となれば、ギルド側も配慮して相応の人材フトラクを当てたいだろうから、それ相応の手数料を取られるに違いない。


 もしかすると、プラッツ公はギルドを信頼していないだけかもしれないが。


 しかし、深読みはよしておこう、と思った。


 今回はあくまで、おれたち二人が偶然、ここに立ち寄っていたから、話が来ただけだ。


 直接の依頼というのは、それなりにリスクを負うものだが、それだけの実力を見込まれているという裏付けになる。


 依頼が来たことと、それを受け、達成できた場合は、他人に自慢できる。

 Sランク級でもなかなかない経験だ。まあ、それは、指名料が別でかかってくることも含めて、ないという話だろう。


 比べて、利敵行為に近い内容だったとはいえ、二度もそのようなものを持ち掛けられているなら、おれたちは誇ってもいいのかもしれない。


 ただ、気を大きくするべきではない。

 あくまで、他人から気を回してもらっているのだから。

 おれは姿勢を正した。


「お聞きしましょう」

「ありがとうございます」


 シバタは深々と頭を下げる。白髪が朝日を綺麗に反射していた。


「それで、なにを?」

「そう急くことではございません」


 すっと、料理を手で示す。

 湯気はまだ立っているが、若干冷めているようだ。


「ああ、すみません」

「お構いなく」


 すでに食べ終えてしまったリンネが、口を拭きながら言った。


「わたくしがうかがいます」

「早食いは毒でございますよ」

「それを見越した量ではありませんか」

「お変わりありませんなぁ」

「お代わりがないだけでしょう」

「パンなら一つあげるよ」

「あなたは食べなさすぎです」


 そうだろうか。

 逆にリンネが食べすぎなような気もするが。


 ただ、動き方や戦い方からすると、それでも足らない可能性もある。


 シバタはくすくすと笑いながら、それでは、とリンネに向いた。

 おれはそれに口を挟まず、パンを食みながら聞いていた。

 依頼内容自体は至って単純、魔物退治だ。


 ただし、場所は、プラッツ公の屋敷だ。正確には、屋敷に勤める使用人たちの下宿に使われている屋敷の別館、らしい。


 被害はつい三日前から。見つけたのは何号館かの人で、夜中に物音がして不審に思い確認したとき、うすぼんやり光る物体を見つけたそうだ。朝方に再確認したところ、魔物の痕跡を発見したという。


 今のところ、物理的な被害はないようだが、幽霊騒ぎは使用人の士気が下がるので、対処してほしい、とのことだ。


 食べ終わった食器が下げられると同時に、カップに入ったコーヒーが出された。ミルクと砂糖が必要かどうかと聞かれたので、要らないと答えると、静々と控えていった。


 おおよその話は、おれが食べ終わったころに終わった。見計らわれていたようなタイミングだった。

 いくつか気になった点を思い出しながら、シバタに訊いてみた。


「どのような痕跡が?」

「わたしは見ておりませんが、液体のようなものが乾いた痕や、それを引きずったような痕が残されていた、と」


 聞く限りは、スライムの痕跡だろう。


 スライムは、テルミドール、ゴブリン、レパニカなどに比べれば、それほど強くはない。しかし、彼らがやろうと思えば、人を丸呑みし、じわじわと消化してしまう。あくまで、魔物退治ができるおれたちからすれば、の話だ。


 気になったのは、発見時にぼんやりと光っていた、という部分だ。


「と言いますと?」


 シバタは、手袋をした手で眼鏡を押し上げた。おれはその動作を待つような間を以て、続けた。


「通常のスライムは光ることはありません。なにかしらの発光体を取り込んだのかもしれませんが、そうでない場合は」


 特異種、変異種の可能性も考えられる。


 通常種から突然変異やいびつな進化を遂げた種は、特異種や変異種と呼称され、その個体は通常種と異なり、単体で識別される。


 簡単に説明すると、特異種とは、その種が持つ要素が極端に進化した個体であり、変異種とは、その種が通常持ち得なかった別の要素が発現した個体のことを言う。


 おれがフリュークに来たばかりのころ、拾ってくれたネロとともに対峙したテルミドールは、魔法障壁を持ち、強力な魔法にも難なく耐える変異種だった。通常のテルミドールは、その巨腕を活かした物理攻撃が特徴的だが、魔法には極端に弱い種なのである。


 全く真逆の性質を持つというだけでも、安全に戦うために確立されたセオリーが根底から覆されるため、ギルドは特異種・変異種らしき個体に出会った場合、とにかくその場から離れることを推奨している。BランクやAランク級の腕の持ち主では、まったくと言っていいほど、歯が立たないのだ。


 それは、単純なる能力も通常固体よりも遥かに強靭であるからだ。知性も高い個体である場合も多く、群れを統率することも可能だ。それゆえ、たった一体の特異種・変異種があらわれただけで、村や町が滅びかねないほどの脅威とされているのだ。


 今では文明の発達によって、そのような強大な力に対抗しうる兵器や武器なども開発されているようだが、それでも大きな被害は免れないだろう。


 仮に、そのスライムがそうだとすると、今すぐにでも、屋敷に居る人たちを避難させねばならない。それどころか、町から人を避難させなければならないだろう。


 魔物の恐ろしさを、その年齢相応に理解しているシバタは、右ひじを抱えて、右手の人差し指の背を顎に当てた。そして低い声でうなった。


「そうですか……」

「まだ確定ではありません。どちらかと言えば、発光体を食った個体である可能性の方が、何倍も高いですから」


 特異種や変異種はやすやすと発生するものではない。

 そもそも、魔物の発生というのは、相当に低い確率で揃う条件下において生じる現象であり、そこからさらに突然変異などが色々加われば、とんでもなく低い確率になる。


 だから、被害が増える。忘れたころにやってくるのだから。


 しかしながら、おれたち二人は、この一年で、特異種・変異種を少なくとも四体以上倒してきている。


 魔物の数も、ギルドの記録において直近の十年と二十年前を比較すると、数倍では済まなくなっているのだ。


 母数が、発生する数が、あまりにも急激に増加している。


 たとえ、特異種・変異種の発生確率が億分の一の確率だとしても、年に一万体以下の通常種の発生である場合と、百万体以上の発生である場合では話が違ってくる。


 今は、後者に偏りつつあるのだ。


 その原因は、未だに不明である。というより、そういう究明を行っていた機関が、消滅してしまったのだ。


「目撃情報は、その一度だけですの?」


 リンネが紅茶のカップを持ちながら尋ねると、シバタは首を横に振った。


「実は、他にも何人かが、同様の証言をしております」

「何人か?」


 それはつまり、それだけの数が屋敷内に侵入してしまっているということか。

 おれのその呟きに、またもシバタは横に振った。


「いえ、そうではありません。どの証言も、おおよそ同時刻に目撃した、となっております」

「はあ」

「そして、同日の目撃情報は、三件以上を越えることがないのです」

「遠回りな言い方ですわね。侵入数は二体と推測される、そういうことでしょう」


 ええ、と今度は縦に振った。


「ただ、そのような法則性がありながら、少々奇妙な状況でして」

「と、言うと?」

「それは」


 お屋敷で話すとしましょう、と。

 彼が外に目をやると、ちょうど、昨日も乗った車が、宿の手前に停車した。運転席から、誰かが手を振っていた。


 シバタ自身はどうやってここに来たのだろう、という疑問が生まれたが、いつの間にか消えていた。

      *


 使用人の方々の話を纏めると、今朝のうちにシバタが言っていたこととほとんど同じだった。

 だが、その目撃情報そのものは、たしかに何とも奇妙なものばかりだった。


 どういうわけか、彼らが目撃した物体の姿や形が、どれも安定しないのだ。

 一貫しているのは、目撃時刻と、物音を聞いてやってきた先の暗闇の中で、うすぼんやりと光っていて、朝にはそこに痕跡があるという、三つの要素である。


 目撃時刻は、一〇分程度のばらつきはあるものの、どれも二三時ごろ。夏は過ぎ、秋も深まってきているので、暗くなるのも早くなってきているから、その時にはもう、カンテラなしでは歩くのは危ない時間帯だ。


 だから、うすぼんやりと光っているのが分かるのだろう。

 また、その人たちが目撃した、うすぼんやりと光る何かの姿かたちも、てんでバラバラなのである。


 ある人は、人。


「ぼんやりと、制服らしきものを身に着けた、厳格そうな人が、門の前に立っていたんです」と、調理師の人が言った。


 ある人は、小動物。


「ハプトみたいなずんぐりむっくりな鳥が、窓辺に居ました」と、庭師の人が言った。


 ある人は、無機物。


「無機物?」


 あまりピンとこなかった。


「わたしは毛布が見えました」女性が手を挙げた。「洗濯されたばかりの毛布なのか、とても湿っていて、それが風になびいて音を出したのかと」


「触ったんです?」

「ええ。ただ、脱水自体はしっかりなされていたので、そこまで不審には思いませんでした」

「毛布はどこにありましたの?」

「屋上です。A屋敷の」

「屋上からの音が聞こえたんですか?」

「そうですね、微かにではありますが……」


 この人もそうなのだ。


 奇妙なのは、光っているだけではない。物音を聞いているのは、様子を見に行った人だけなのだ。


 そう、これも付け加える必要があるかもしれない。様子を見に行った人は、必ず一人で見に行っている。


 様子を見に行った人は、物音を聞いているのだが、それは、その人だけが物音を聞いているからだ。


 A屋敷のダレさんは、眠りが深く、ちょっとやそっとの物音では起きないと同僚から言われていたが、その日の夜、小さな物音で起きてしまったらしい。そのダレさんの隣の部屋のソレさんは、眠りが浅いというが、途中で起きることは無かったらしい。


 つまり、聞こえる人は、A屋敷、B屋敷の各一人ずつのみ。その人のみにしか聞こえない音を出している。


 そこに規則性や法則があるかとシバタや皆に訊いたが、選ばれた人たちは本当にランダムのようで、共通事項には一切思い当たる事柄がなく、一様に頭を傾げていた。


 さて、どうしたものか。


 少なくとも、発光体を食って光っているだけの個体ではないのは確かなようだ。つまり、特異種もしくは変異種の可能性がさらに上昇している。


 ただ、直接触った人もいるのにもかかわらず、人的被害は一切ないのも確かだ。


 使用人の方々の話を聞く限り、形状変化メタモルフォーゼを得意とする個体のようだが、一体、何の目的で彼らの目の前に現れるのだろう。


「すみません」


 すっかり考え込んでしまっていると、メイドの一人がおれに声を掛けてくれた。


「はい、なんでしょう」

「最初の目撃者の方が戻りましたようで、お聞きになられますか?」

「ええ、ぜひとも。情報は多い方が良いですから」


 と言うと、軽くお辞儀をして、その人は走っていった。

 そして、おれと同じくらいの年齢に見える黒肌で白髪の、燕尾服のエルフの女性を連れて戻ってきた。

 少し前に止まったかと思いきや、優雅な動作でお辞儀された。


「フラメさまの執事をしております、ウェクアと申します」

「ご足労頂きすみません。自分はシシ、こっちは――」


 リンネの方に目線をやると、リンネはウェクアと握手を交わしていた。


「ごきげんよう、ウィー」

「まこと、お久しゅうございます。あのとき、フラメさまと深く、深く、悲しみに包まれておりました。また、お顔を見られて、本当にうれしゅうございます」

「ええ、こちらこそ」


 すると、ウェクアはこちらに向き直って、深々と頭を下げてしまった。

 慕われているリンネを助けた者として礼を言われたのは、これで何回目だろうか。


 さすがのおれでも、礼を言われて頭を下げられた、その後の対応の仕方が上手くなってきていると思う。


 本題に入ると、ウェクアは少し目を伏せながら話してくれた。


 どうやら、彼女にはそれが、光るスライム以外のなにものにも見えなかったというのだ。


 どこで見かけたのかと訊くと、一昨晩、おれやリンネや、テュール、リュウタロウたちが、夫妻とともに晩を共にしたルームだったらしい。


「ぼんやりと光りながら、テーブルの上に居たのです。こちらには気づいていない様子でしたが、情けないことに、すでに魔力が枯渇してしまった役立たずの身ですから、どうすることもできず」


「隠れられたのですね」

「はい。まことに、情けない話です」


 なにも間違ってなどいない。

 魔法が使える身であっても、明らかに異常な個体であるとわかっているのにもかかわらず、むやみな手出しをすれば、簡単にやられてしまうかもしれないのだから。


 情報を収集する目的のために隠れることも、個人的にはあまり褒められた行為ではないと思っているが、今はそこを正す必要はない。


「息を潜めておりましたが、最後までこちらに気づくことはなく、そのまま消えてゆきました」

「消えた?」

「はい。暗闇の中でろうそくを吹き消すように、光の余韻だけを残して」

「そうですか……」

「お役に立てず、申し訳ありません」

「そんなことは」


 フラメ夫人に用があるようで、ウェクアの話はこれで終わった。


 その後、シバタに誘われて、最初にスライムが現れたというダイニングルームに誘われた。そこで一度、頂いた情報を整理しよう、ということになった。


 と言っても、ほとんど実体は掴めずにいる。


 ウェクアがスライムを見たのが最初、三日前のことである。それと同時刻に、コックの人が、門の前で人が立っているのを見ている。


 それがスライムである、というのは、このウェクアの証言がもとになっているようだ。彼女以外の使用人たちはみなそれぞれ、異なった形状をしているところを目撃している。


 もしかすると、だが。


 彼女は、自身を「魔力が枯渇している身」と言っていた。魔力を使う事が出来なければ、体内にある魔力を枯渇することもできないから、それなりに魔法適性があったものと見てみると、その正体を見破るには、その適性が必要だったのかもしれない。


 そんなふうなことをシバタに言ってみると、それはまさかの当たりで、ウェクア以外の目撃者はそれぞれ、適性がほぼなし、と判断されている者ばかりだった。


「幻属性の魔法を使っている可能性がありますね」

「スライムが魔法を使いますか。これは……」

「ほぼほぼ、特異種、もしくは変異種の類でしょうね」


 最悪の予想が当たってしまって、シバタは小さくも重たいため息をこぼした。

 その後、何かを飲み込むようにして、彼はおれたち二人の名を呼んだ。


「シシさま、リンネさま」

「受けますわよ」

「受けます」


 おれたちの返事は、ほとんど同時だった。

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