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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
四章 プラッツ
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2-3 死合い

 カラジナルの長刀の一突きを、なんとか「いなす。」


 火花が生まれて咲くよりも早く、二撃めが来た。

 やっぱりそれを辛くも防ぎ、

 持ち手とは反対側を持ち上げて、意表を突いた。


 そのつもりだったが、気持ちいい音が響いて、手には手ごたえではなく、重たく長い振動が伝わった。

 おれと彼との間に、リンネが風のように入ってくる。

 左手に短く持った剣を、彼へと突き出す。


 リンネとカラジナルの扱う獲物の全長は、ほぼ同じだ。

 長ければ長いほど、近距離での扱いは難しくなる。それなのに、リンネはその長さを変動させる魔法を使っているかのように、長さを自在に操っていた。


 それでも。


 カラジナルはおれの槍先を弾いて、それに対処した。


 とにかく、早い。

 決断も、動きも。


 その長刀を振る速度も。


段違いの速さだった。

なんとか食らいついているだけなのに、それだけで体力はごりごり削られて、最後まで持たないことを思い知らされていた。


 流石のリンネも、若干、息を切らしているようだ。


 休む間はない。

 次の一撃がくる。


 素早く立て直したリンネに、長刀の連撃が浴びせられる。

 おれは槍を短く持ち、その速度に噛みつく。

 高速で回転する器具に、伸びる布を噛ませるように。


 リズムを与えてはならない。

 ペースを作らせてはならない。


 乱せ。そして、こちらに引き寄せろ。


 感覚を。

 攻撃を。


 おれが、受け止めるんだ。


 大勢を。

 意識を。


 食いついた。

 そうだ、吊り上げろ。

 フェイントを――。


「かかったな!!」


「あっ、ぐぅ⁉」


 斬りかかる長刀の持ち手の尻を、穂先は捉えたはずだった。

 下から叩いて、すっぽ抜けさせてやろうとした。


 普通なら、届いたはずだ。

 だが、むなしく空を斬った。

 いや、逆に抑え込まれてしまった。


 「つば」が、穂先がそれ以上動かさないように、しっかりととらえていた。

 しかも、長刀の刀身はリンネとは逆の位置にある。

 それに気づいて槍をしっかり握った。


 だが、むしろ逆効果だった。


 唐突に前に引っ張られる。

 カラジナルが槍ごとおれを引き寄せたのだ。

 槍を取られると思って、しっかりと保持したのが仇となった。

 細身に見える身体からは想像できないほどの怪力で、おれの身体はやすやすと彼の胸元に飛んで行った。


「くそ!!」


 リンネが狙っていた場所におれを置き、その剣筋が乱れたところを、カラジナルはおれを持ったままそのまま寄せ付けない追撃で牽制した。


 おおよそ、一分間の攻防。


ようやく金属の擦れる音が止んだ。


 圧倒されていた空気が、波のようにこの空間へと流れ込んでくる。


「相変わらずの、手癖の悪さですこと」


 静寂を破ったのはリンネだった。


「それが原因で破局したのではなくて?」

「言ってくれるな。それは」


 だが、と。

 カラジナルの抱き寄せる力が強まる。首元に彼の細腕が回ってくる。

 リンネと目が合う。カラジナルの声は、頭一つ上から聞こえてきた。


「シシはなかなか筋が良い。これだけやりあっても、まだまだ出来そうだぞ」


 一応まだ、左手ではあるが、槍は離していない。だが、今ここでむやみに抵抗することはできなかった。


「それは当然ですわ。わたくしが鍛えましたもの」

「へぇ。じゃあ、今度はおれが鍛え直してあげようか、シシ」


 すっと、おれの顎を彼の指がなぞる。

 

 バゴッッッッ!! と。

 地面が捲りあがり、破片が宙に浮かび落ちるまでに、二人の刃が交わる。

 おれは囚われの身として、カラジナルの腕の中で、二人の打ち合いを見つめていた。


 さすがリンネの師匠なだけあって、おれを盾に使わずとも、彼女の動きを制限していた。

 おれはただただ単純に、彼に抱き留められているだけだった。

 これじゃ、悪者はリンネの方だ。カラジナルは、お姫様を抱きしめたまま打ち合う、騎士みたいになっていた。

 

そのせいか、終始、カラジナルが有利に進んでいた。

 

 いや。


(そうじゃない……)


 カラジナルは、これを見せたかったのだろうか。

 

この微かな違和感を。


 たぶん、おそらくだが、おれがここで捕まっていることが原因で、戦いにくいとか、そういうわけではなかった。

 

 カラジナルの力量は凄まじい。

 しかし、捕まっている身で言うのも説得力がないかもしれないが、リンネならば対等にやりあえるはずだ。


 そう。

 彼は、捕まえているだけなのだ、おれを。

 盾にしたりしていない。

 

 二人の戦いを良い場所で、カラジナルの目線で体験できる、特等席に招待してくれたようなものだ。

 斬撃がぶつかり合って、冷たい風になって散るのを肌で感じる。そのたび、視界は鋭く、二人の一挙手一投足を捉えていく。

 なにも見逃すまいと。

 

 だから、なのか。

 分かるのだ。


(右、斬り上げ……。応答の、左。間隙、右だ。……ダメだ、ダメだ)


 分かってしまう。

 それじゃあ、ダメなのだ。

 

 対応するカラジナルの動きも分かる。

 そう動けば、リンネはああやって動くしかない。

 

 相手を翻弄するトリッキーさと、双剣の手数の多さとの相乗効果によって生み出された、防御する難しさが、全て消えてしまっている。


「はぁっ、はっ、はぁっ」


 顎で汗を拭う。

 そんな姿、見たことがない。


「どうした、へばるには早いんじゃあないか」

「やりにくいったらありゃしない……ッッ」

 

 やりづらいというのは、その通りなのだろう。

 だが、それだけではないのは確かだ。

 おれには、リンネが何かを気取られないように戦っているようにしか見えなくなっていた。

 

 おそらく、テュールも気づいていたのだろう。

 それが、いま、この打ち合いで表に出始めたということなのだ。

 

 肩で呼吸する彼女の姿の、なんと痛々しいことか。


「リンネ……」

「分かっています」


 強い語気で、彼女は息を入れた。


 感じられる。

 今の彼女は、それで限界なのだと。


 風が吹く。

 はっと、目を見開いた。


 リンネの髪が、その風に乗ってたなびく。

 昔の彼女は、腰あたりまで髪を伸ばしていた。

 戦う姿を写真で見たことがある。新聞の切り抜きだ。

 

 美しいという一言で形容されるが、それには収まりきらない勇猛さが溢れているものばかりだった。


 だが、今の姿は。


その姿の背後から、ぞわぞわと音を立てて広がっているのが見えた。


 まるで、彼女を掴みかからんと。

 なおも果敢に立つその後ろに伸びる影に、引きずりこもうとするように。


 だが、構える彼女とは裏腹に、カラジナルは長刀を下ろした。

 おれの身体を縛るような、不思議な力も解けた。思わず前のめりに倒れそうになるのを、踏ん張って立った。


「心の揺らぎは、特に剣には如実に表れる。きっとシシにも分かっただろう」


 長刀を下したカラジナルが、おれとリンネの間に入る。

 その先で、リンネは剣を下げたのを見た。

 打ち合いは終わったようだ。


 だが、重たい空気はこの場にとどまったままだ。

 その中で、カラジナルはおそらくわざと、ひょうひょうとした口調で始めた。


「……」

「そして、それをキミは隠し通そうとしていた。ただまあ、シシは最初から気づいていたようだけど」


 視線がぶつかるが、すぐに彼女が地面へ移してしまったので、切られてしまった。

 彼がその間に入り込む。後ろでくくった赤い髪が、するりするりと舞っていた。


「なにかあったのか、リンネ」

「なにも」


 ありません、と、彼女は言った。


「そう、かな」

「信用してくださらないのね」

「自分で言っていて、気づかないわけないよね。信用していないのは、むしろ君の方じゃないか」


「あなたはッッ!!」


 ビリビリッッ、と。

 肌に突き刺すような衝撃がぶつかる。

その叫びは、単なる大声などではなく、相手を威嚇して退けるための「気」を使ったんだと、文字通り肌で感じ取れた。

 明らかに、おかしい。


「お昼ご飯ができましたよ~」


 重苦しい空気の中、クランがひょっこりと、打ち合い場に顔を出した。

 即座に、カラジナルは破顔し、柔和な声色で、


「食べて筋肉つけないとな!!」


 と、彼は再びおれの首周りに腕を回して、おれはなすすべもなくずるずると引きずられていった。

 

 リンネは、何も言わずについてきた。

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