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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
四章 プラッツ
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2-2 相棒の師匠と

 おれは、言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。


「どうかしましたの」


 リンネの声で、意識を取り戻す。

 認識できる視界が広がっていく


「お身体に優れないところでも……?」


 そう、おずおずとした声色で話しかけられると。

 また、意識が遠のくような感覚。

 ある一転のみを除いて、世界がはるか後方へと過ぎ去っていくような。


――違う。


 おれが、そこに行ってしまったのだ。

 懐かしいにおいが、鼻をくすぐる。


「なんでもありません。どこか、懐かしい感じがしたもので」


 おれは嘘を隠すように、微笑んだ。


 この場の雰囲気が、フリュークで最初に来たセント・ヴァイシュの森に似ていた、というのは、あながち嘘ではなかったが。


 そんな感じだと伝えると、そうですかと、彼女は優しく微笑んだ。

 リンネではない。そちらは、相変わらず、鋭い目つきで、おれの異変を嗅ぎ取っていた。

 招かれたドアに入るとき、事情は後で話す、とだけ言って、おれたちは彼女の後ろを歩いた。


 シバタと呼ばれた執事と別れてから、雑木林を歩いた。おそらくほとんどまっすぐ歩いていたと思う。


 そうして十分くらい経ったとき、急に家が目の前に現れた。


 林なので、見通しはそれほど悪くはないのだが、ずっと足元を見ていたわけでもないのに、近づいているはずの家の存在を、知覚できていなかった。だから、ぱっと家が現れたように見えたのだ。


 魔術でも施されているのか、とリンネに訊いた。そんなわけない、と笑われてしまった。


「単純に、家だと分かりづらいだけですわ」


 そう言われてみれば、失礼な形容だが、いかにも廃屋と言った風貌だった。


 壁面に纏わりつく「つた」のような植物、物置らしき小さな小屋は天井が落ちて、扉は倒れて地面との区別が難しくなっている。


 だが、人の住む痕跡、水や足跡、ほこりのないきれいな窓などが、風貌のわりに、それが家として認識できる要素を保持していた。


「でも、留守の様ですわね」

「どうしてわかるの?」


 前に居るリンネがこちらに振り向く。


「わたくしの話し声を聞きつければ、あの人はすぐにでも飛び出してくるでしょうから」

「それはまた、愛されているんだね」


 気味悪いことを言わないでください、と睨まれてしまった。

 そんなことをしていると、


「あのー」

「あ、すみません!!」


 後ろから声を掛けられてしまった。


 どれだけボロであっても、ここは人が住んでいる家の前である。

 言ってしまえば、家の前でたむろしているようなものだ。


 身を翻して、声の主の方向へ顔を向けた。


「こちらに、何か御用でしょうか」

「あ――」


 風が吹く。

 木々がざわめく。


 目の前が、急激に色を失っていく。

 しかし、その人だけは、スポットライトが当てられたみたいに、失わなかった。


 青い髪で、耳が長い。

 記憶の中の姿とは、少しばかり雰囲気が違っている。

 だが、その人であると、分かった。


 そこからおれは――。


 意識をしっかりと取り戻したとき、玄関を上がり、廊下を歩いていた。家の中は手入れが行き届いており、外見からは想像できないほど、生活感であふれていた。


「ゴミ屋敷のような家が、ここまできれいになるものなのですね」


 相変わらず右少し前を行くリンネが、一つ一つを懐かしむように見ている。

 床の板張りの染みさえ覚えているようで、事あるごとにおれに目線を配っては、それが何かを説明する。ただ、基本的に、そういうのは、自分ではなく師匠がやらかして残ったものらしい。


 そんなことをしゃべっていると、リンネのさらに前を行くその人が、歩く速度を落とし、リンネに並んだ。


「あの人をご存じなのですか?」

「ええ。一時、師事をしておりましたの」

「そうなのですか?」


 悩む、というより、記憶を確かめるような間があった。

 そして、申し訳なさそうに切り出した。


「失礼ですが、もしや、あなたはリンネさんでしょうか?」

「いかにも、わたくしがリンネですわ」


――死にぞこないの。


 そんな言葉が聞こえてくるような、そんな声色だった。


 しかし対照的に、その人は目を輝かせて、弾んだ声でリンネの手を取った。

 見えていても追いつかないような、凄い速さだった。


「あの方は、いつもあなたの事を話していたんです。ですが、少し前に、魔物に襲われて亡くなったと、嘆かれておりました」


「そのはず、だったのですが」


 こちらに四つの目が向く。おれは軽く頭を下げる。

 顔を合わせることができない。理由は、なんとなく分かった。


「こちらの方に、救われまして」

「そうなのですね。あ、こちらです」


 居間に通される。背の低いテーブルを囲むように、クッションが置かれていた。それだけの、質素でわびしい空間だった。


「わたしはお茶を淹れて参りますので、こちらでお待ちください。家主はもうすぐ戻ると思います」

「感謝いたしますわ」


 お辞儀をし、彼女はさらに奥へと消えていった。


 姿が見えなくなって、テーブルの前に座っても、おれの中のざわつきは、しばらく消えなかった。黒いテーブルの光沢の中に居るおれの表情は、なんとも間抜けな雰囲気だった。


 左肩をつつかれる。左手をみて、それをリンネの手に合わせた。彼女とのテレパシーは、どこかしら接触していなければ、繋がらないのだ。


『で、彼女は何者ですの?』

『直球だね』

『そんな顔をされていたら、うざったいんですもの』


 直球だなあ、と繰り返すような感想を持ったあと、おれはなぜか覚悟を決めるような、決心をするような、助走をつけるような、ため息をついた。


『彼女は、おれの親友の恋人だ』


 リンネがこちらに向いた。が、すぐに前に向き直った。

 左手が握られる。いくら接触しなければならないからと言っても、そんなに強く握る必要はない。痛いくらいの力である。


『本当ですの?』

『見間違いじゃなかったら』


『それは……、あの、彼の?』

『そう、フェンデルの』


 フェンデルの、恋人である。


 名を、クランと言ったはずだ。


 透明感のある青い髪のエルフであり、おれよりも身長が高く、少し先が長い耳がチャームポイント。


 そういう惚気話を、何度も何度も、聞かされていた。

 しかし、実際に彼女を見たのは、一度か二度だ。最後に見たのは、あのχ化事件のあと、二人を実家に送ったときだろう。


 テュールが言っていたことを思い出した。それはリンネも同じだったようだ。


――自分ともう一人、アラム王国から逃げ延びることができた。


 それが、彼女なのか。


『生き残ってしまったのね』


 喜ぶべきだ。だが、どうしても素直に喜べない。

 もう一つ、テュールは言っていた。


 その人は、記憶を失っていると。


 おそらくは精神的なショックによるものだと思われるが、幸か不幸か、それでよかったのかもしれない。


 だが。


 運命とは、残酷なことを好むものだ。

 手を離す。


「大丈夫ですの?」

「ああ。いや、あいつなら、喜んでいると思うよ」

「そうではなくて――」

「あれ⁉」


 急に背後から大きな声が聞こえてきたので、思わず飛び上がってしまった。


 見てみると、釣竿を持った(おれたちよりかは幾分か年上の)青年が、庭へと通じる窓からこちらに身を乗り出していた。


 赤い髪のヒト、男性である。細身で、顔の左側に傷跡、刀痕が目のすぐ下から鼻の付け根へ走っていた。

 その人は、おれを一瞬だけ見たが、前を向いたままのリンネの背中にすぐ視線を戻した。

 だが、なぜかリンネはそれに取り合おうとしない。


「なあ、なあってば!!」


 埒が明かないと思ったのか、その人は靴を履き捨てて、どたどたと四つん這いになりながらリンネの顔を見た。


「やっぱり、そうじゃないか!!」

「相変わらず騒々しい方ですわ」


 爛々と目を輝かせている彼とは対照的に、リンネは研がれたばかりのナイフのような、温度を奪うほどの冷たい目線を向けた。


「なに、うるさいのは慣れているだろう? いやいや、そうじゃない、生きていたんだな!!」

「ええ。死にぞこないました」


「馬鹿言っちゃいけない。ああ、また会えてうれしいよ、リンネ!!」


「わたくしは、あまり会いたくはありませんでしたが。変わらず元気そうで何よりですわ、カラジナルさま」


 いやだなー、と、彼は顔の前で手を振った。身振りの大きい人だ、と思った。


「さま付けはやめてくれと、何度も言っているだろう」

「それは出来かねますわ。それよりも、彼女は?」


 リンネが、誰もいない居間への入口に目線をやった。


「ああ」


 何を言っているのかを理解した彼は、頭を掻いて、窓を閉めた。


「偶然、救えた人だ。王国のすぐそばで倒れていた」


「そうですの」

「キミの方こそ、彼は?」

「わたくしの、恩人ですわ」


 そうか、と言って、彼は半端に腰を浮かせ膝立ちしているおれに近寄り、手を差し出した。


「おれはカラジナル。たぶん聞いていると思うが、リンネに剣を教えていたこともある。よろしく」


「ど、どうも、シシと言います」


 握手をすると、彼の手の感触はうすく、冷たかった。


「ジーナさん!!」


 入口に、トレーを持ったクランが立っていた。


「靴を脱ぎ捨てない、ちゃんと玄関から入る。何度言ったらわかるんですか!!」

「ご、ごめんごめん」


 と言って、彼は慌ただしく入ってきた窓から出ていってしまった。

 クランから茶を受け取る。淹れたてで、一口含むだけで、火傷しそうだった。


 カラジナルが戻ってきたところで、クランはトレーを持って立ち上がった。すると、リンネも立ち上がった。


「お手伝いいたしますわ」

「え、でも」


 と、困惑するクランの背中を押しながら、台所へ消えて行ってしまった。


 後に残された男二人は、その後ろ姿が見えなくなったところで、定位置に座った。

 何かを話そうと思った。


 だが、喋ることが、思いつかなかった。

 思考停止してしまい、湯呑から、ほかほかと上がる湯気をただただ眺めていると、


「彼女のこと、何か知っているのかい?」

「え」

「リンネじゃなく、彼女のことだ」


 そうか、そのことを話せ、という意味か。

 おれはとにかく手短に、要点と思われる箇所だけを話した。クランのことも、リンネのことも。


「そうか、クランくんは、君の親友の伴侶だったのか」

「名をご存じなのですね」

「ああ。彼女を見つけたとき、名札らしきものが、近くに落ちていたんだ」


 クランくんは強運の持ち主だよ、とカラジナルは言った。


「キミが、ヨビビトだったのか」

「はい、まあ、残念ながら」


「いやいやいや、すでにリド、ズーベ・ヘーアの襲撃と異変を解決しているじゃないか。誇るべきだよ」


「それは、リンネが居てくれたおかげでしかないです」


「そのリンネは、キミに全幅の信頼を置いているようだが。彼女が、他人に身体を触らせているところなど、おれは見たことがない」


「あれは」


 説明しようとすると、テレパシーだろ? と言われた。


「リンネの魔法への適性の低さはおれも知っている。だから仕方がない、とはならないだろう。彼女への配慮もあるだろうが、だがやはり、一番は、キミへの信頼だ」


 そうして、カラジナルはこちらに向き直り、そして両手を前につけ、頭を下げた。


「弟子の命を救ってくれたこと、心から感謝する」

「そんな……。そちらこそ、親友の大切な人を助けてくださいました。心からお礼申し上げます」


 いやしかし、と。


 カラジナルは、また頭を掻いた。後ろ髪が長いのが気になるのか、癖のようだった。


「これで合点がいった。まだ、外見上ではわからないんだが」

「はぁ」


 ちょいちょい、と。右手の人差し指で呼ばれた。そこに近づき、耳をそばだてると、


「彼女、クランくんだが、どうやら、妊娠しているようだ」


     *


「そう、なのですね」


 彼女、クランのそのことを、戻ってきたリンネに話したところ、わずかに笑ったようだ。そして、一度、台所にいるらしい彼女の方を見てから、こちらに目線を戻した。


「どれくらい前からか、わかりますか?」

「この前、医者に見せた。おおよそ、六か月だそうだ」


 五か月。

 即座に記憶の海へと飛び込み、五か月前を探す。そして、それらしいものを手繰り寄せた。


「フェンデルは五か月前、休みを取っています」

 

「ならば、確定だろう」


 膝に置いた手に、目線が落ちる。

 懐かしい記憶が蘇ってくる。


 付随する記憶たち。


 帰ってきたアイツに、おれともう一人、アリアという魔人とともに、茶化したことを。


 もしかすると、フェンデルは報告を聞くために、そして正式に結ばれるために、王国へと向かったのかもしれない。


 そういえば、こんなことも言っていた気がする。


――クランも二人と会いたがっていたし、今度、三人で遊びに来いよ。


 多分、そういうことなんだろうな、と思う。

 場を設けて、おれたちに向けて言うつもりだったんだろう。


 ため息が出てしまう。


「それで、どうするおつもりですの?」


 声を掛けられたので、目線を上げた。

 奥から戻ってきたリンネが廊下から、小さな声で言った。


「なにが?」

「クランさんの、過去について、ご本人に伝えるのかどうか、それを訊いているのです」


 そう言われて、おれは、口を閉ざした。


 話すべきだろうか。

 クランの過去について。


 いや、話すべきなのだろう。


 父親のことを知るという意味でも、話さなければならない。そう思う。

 だが、今の彼女は、おれの知る、フェンデルの恋人であったクランではない。

 記憶を失った彼女に対して、第三者の記憶からもたらされる過去が、一体何の意味を持つのか、おれにはわからなくなってしまった。


「わからない……」

「わからないって――」


「待て、リンネ」


 情けないことを言ったおれに対し苛立ったリンネを、カラジナルが抑えた。


「この件に関しては、おれとキミは部外者だ。かせることはできない」


 シシはきちんと考えている、と言った。


「おれがクランに対し、過去を知る心持ちを聞いておく。シシは、過去を知ることで最も悲しむのは、クラン本人だとわかっている。万が一記憶が取り戻された場合、その絶望は計り知れないだろう。衝動的な後追いをするかもしれない」


「わかりました」


 リンネはすっと顎を引いた。こちらを見たかもしれないが、何も言わなかった。

 廊下の方から、足音が聞こえてきた。


「お二人、お昼はどうしますか、って……。どういう状況ですか、これは」


 また何か変な事を言ったんですか、ジーナさん、と、クランはカラジナルを睨みつけた。


「なんだい、またとはなんだ、またとは」


「いつも変な事を仰っておられるではありませんか」

「やはり、そうですよね!! この間なんかは――」

「やめてくれやめてくれ、本人が目の前に居るのに悪口で盛り上がるのは」


 二人の間にある見えない結束の紐を散らすように、カラジナルは手を振り回した。

 じゃあ憂さ晴らしということで、とカラジナルは庭に目をやった。


 リンネはため息をつき、クランは腕を胸の前で組んだ。

 二人の反応で、なにを言われるのか、なんとなく予想がついた。


「ちょっと運動しないか?」

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