1-2 屋敷
丸い町、というのは、そのままの意味だった。
中央へと向かって、幾重にも円周という道路が通されている。それらはそれぞれ、何番円道と呼称されており、外から一番、二番、となっていく。九番円道まであるようで、そのさらに中心にも、丸い道路があるらしい。
また、区画にも分けられている。ただ、これはズーベ・ヘーアのような、高級か否か、という分類ではなく、そこにある施設によって分けられているようだ。学校がある場所は学校関係の区画、観光用の建物があるなら観光関係の区画、といったふうだった。
道路と道路の間に、建物がある区間がある。もちろん、歩行者が歩くためのスペースだ。そこには、大きな百貨店があったり、住宅があったりする。車は徐々に外へ、内へと向かうことしかできないが、歩行者は、中心に一直線へ向かえるようになっているみたいだ。
外側の円になればなるほど、高級なのか、建物の高さが高くなっていく。と言っても、ほとんどの建物は五階で頭打ちであった。その背後には、うっすらと山が見えている。
他のモスナ公国領に繋がる道路は、一番円道の各地点にあるようだ。北と西に、それぞれ分岐があった。
これが効率的な道路の設計なのかは、おれには判断できないが、同じ円周上の目的地までは、やすやすと辿り着けるように作られているようだから、観光地としては便利なのかもしれない。
おれたちが走っているのは、一番円道の、南側である。ここら辺は観光用区画であり、お土産を買うための場所であるようだ。
建物のある歩道スペースは、他の円道との合流ごとに区切られていて、浮島のようになっていた。また、その区切られたスペースはどこかの企業の島になっているようで、浮島の中には、同じ系列の店がずらりと並んでいる。とても賑わっていた。
町の雰囲気は、とても良かった。ズーベ・ヘーアとは違い、リドの村に近い空気を感じていた。リンネたちが言っていたのは、こういうことだろうか。観光できないのが残念である。
目的地は、同じ一番の、北西あたりにある屋敷である。
ここを治めている、プラッツ一家が、そこに居る。
今回の、リュウタロウへの依頼を出した人たちが、そこに住まっている。
「緊張することなどありませんわ」
身の強張りを自覚する前に、リンネが言った。
「護衛です、というだけで、入国できるのは、ここぐらいですもの」
「当然、ズーベ・ヘーアでの騒動は聞き及んでいるハズですが、それにしたってあっさり入れちゃいましたしね」
「エブラエさんは、とんでもなく気のいい人だよ。にいちゃんのことも、きっと気に入るさ」
「エブラエ?」
知らない名前を聞き返すと、リンネは手元のパンフレットを開いて、こちらに渡した。
そこには、五十歳くらいだろうか。鼻下ヒゲを蓄え、歯を見せてにこやかに笑っている男性の写真があった。
彼の口元から、ポップな吹き出しが出ており、「プラッツへようこそ!!」と、可愛らしい書体の文字がその中に入っていた。
「エブラエ・プラッツ。現当主さまですわ」
写真の右横に、縦書きで、「エブラエ・プラッツ」と書かれていた。
「へぇ」
「まあ、依頼主は、その奥さんのフラメ夫人なんだけどね」
「じゃあ、会えないの?」
「いや、会えると思う。その時に、にいちゃんとねえちゃんのことを伝えるつもり」
「よろしく頼みますわね」
「そんな簡単にいけるのかな」
「お嬢の名前を出すだけでも、飛んでくるんじゃないっスかね」
テュールは笑いながらそう言った。
「そんな人なんだ」
「それだけの恩がある、とも言えるんじゃない? なにしろ、直接の命の恩人なのだし」
「それは言い過ぎです」
尚の事、聞き出してみたくなった。
何が起きたのだろう。
だが、それを口にする前に、車はカーブした。見れば、山の表面を這うような、長い上り坂の道のふもとに入っていく。
その先に、豪華な屋敷、の頭の部分がちらりと、道路の向こうから見えている。
振り返ってみると、どんどんとプラッツの町並みが見えるようになっていく。
ここでは、まだキダラ車での交通量が多い。それでも、動力車の姿がないわけではない。
ぐるぐると、人が町の中をめぐっている。
ぐんぐんと高くなっていく。いったん平たんになったところで、また登るためのカーブになっているところで、町の中心が見えてきた。人が集まっている場所がある。遊べる広場らしきものがあるようだ。
「そろそろ到着っスよ」
前を向くと、屋敷の門が見えていた。
車はゆっくりと減速し、門の前に停車した。
すると、検問所と同じように、前のドアがノックされた。
「どちらさまでしょうか」
「依頼を受けたロスカシュの者です。こちらを」
柔らかな語気で話し掛けてきたのは、優しい感じの、すこし年老いた男性だった。
リュウタロウは先ほどと同じく、封筒から一枚、紙を出して、手渡した。
それを見て、男性はやはり優しく頷いた。
「わかりました。こちらでお待ちください」
と言って、彼は門の傍の小さな扉から、中へと入っていった。
「降りた方がいいかな」
「うん、降りよう」
四人が、その場で車から出た。
おれたちの目の前には、鉄でできた門がある。地面にレールを敷いて、その上をモータで動かしているタイプである。普通の人力では、動かすことはできないだろう。おそらく、この動力車の全速力でここに突っ込んでも、車体がぺしゃんこになるのでは、と思うくらい、重厚感があった。
左端を見てみると、すぐそこは盛り上がった地面になっていて、塀はそこに隙間なく突っ込まれている。山の平坦な部分を選んで、屋敷を作ったのかもしれない。右端は、緩やかな斜面になっていた。木の幹と幹の合間に、下側にある木の頭の部分が、ちらりと見えている。
鉄の縦線の奥には、道がある。庭があるが、相当広い。何人かの庭師が、そこで手入れを行っているのが見えた。花畑や、なにか野菜のようなものを植えている箇所もあるようだ。
屋敷は言わずもがな、大きい。左斜め前に、塀の上から、鐘のない鐘楼のような部分が、そこだけ見えていた。
男性が戻ってくるまで、さほど時間は掛からなかった。彼はリュウタロウに手紙を返し、おれたちに向かって深々とお辞儀をした。
おれは、つられてお辞儀をするような感じになった。
「遠い所から、ありがとうございます。ご案内させていただきます」
彼はそう言ったのち、テュールに向かって、
「運転手の方は、少しだけ、こちらでお待ちください。ただいま、案内人を呼んでおります」「わかりました」
そこで、おれたちはテュールと別れた。先ほど、男性が入っていった、門の傍の小さな扉を通って、中に立ち入った。
ただ、塀と門をくぐっただけなのに、まるで世界が違って見えるような感じがした。
庭は静かで、どこかで小川が流れている音がするだけ。自分の心臓の鼓動が、やたらと大きく聞こえてくる。
手入れをしていた庭師たちは、おれたちがその近くを通り過ぎると、立ち上がって挨拶してくれた。
「おはようございます」
「どうも」
やけに緊張してしまって、そっけない返事ばかり返してしまう。それでも、彼らはにこやかに笑い、作業に戻っていった。
少し直進していくと、道が左と直進に分かれた。左を見てみると、三階だての木造の建物が見えた。
また少し進むと、同じように左に分かれた。そして、同じような建物がある。
それを四回ほど繰り返すと、突き当りの角になり、左側が大きく開けた。
「すごい……」
綺麗に整えられた道の少し先に、大きな屋敷が見えた。その大きさは、前面に広がる巨大な壁のようで、先ほどの門よりも離れているはずなのに、圧迫感を覚えた。
今はちょうど、陽がよくあたる時間帯で、それまでの道は、まるで、城の中庭のような場所にみえる。
「あちらは母屋となります」彼は振り返った。「して、お二方は、どのようなご関係で?」
唐突な問いに、おれは思わず言葉を詰まらせた。
「護衛ですわ。近頃物騒ですので」
「左様でございますか。申し訳ありませんが、リュウタロウさま以外の方は、客間にてお待ちいただくことになりますが、それでもよろしいでしょうか」
リンネは、優雅に頷いた。ここに来てから、リンネの雰囲気が、少し昔に戻ったように思える。まるで、令嬢のようだった。
「構いませんわ」
すると、彼はやはり優しく微笑んでから、そこに居た、エプロンを着けた女性に声を掛けた。いわゆるメイドだろう。
「お二人を客間へ」
「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」
「じゃあ、また後で」
リュックを一度担ぎ直したリュウタロウは、彼についていった。おれたちはそのまま、女性が歩く方へと進んでいく。
母屋への道の途中で、右に折れた。そこは背の低い木々に包まれており、陰が多く、涼しい風が頬を撫でてきた。
会話があったからか、おれの口は先ほどまでとは違い、緩くなっていた。
どうにも、感覚がおかしくなり、足元のおぼつかなくなっているのを、紛れさせたかったのかもしれない。
「とても、広いですね」
「ありがとうございます。お屋敷は、もっと広うござますよ」
「はぁ、これ以上、広いのですか」
「以前までは、お連れ様もお入り頂けたのですが」
「わたくしたちがここに居る理由と、同じですわ」
リンネがおれの目を見て言った。
それくらいのことは、おれにだってわかる。
口を尖らせながら、答えた。
「情勢的な、懸念」
「その通りでございます。ご不便をおかけして、誠に申し訳ございません」
「ああ、いえ。そういうつもりでは」
隣で、またくすくすと笑う声が聞こえた。
すると、緑が少し遠ざかった。きれいに剪定された草花が、道を空けるように、袖口を広げた。
目の前に、小さめの家屋があった。立て看板があり、そこには「ゲストハウス」と表記されていた。
木造の二階建てで、白く塗られている。バルコニーもあり、そこには日傘と椅子が用意されているのが、下からでも見えた。屋根には、線が繋がっている。一階部分には、キッチンらしきものも見え、冷蔵庫もあるようだ。
いや、これは小さくはない。あの屋敷のせいで、スケール感が狂わされている。これは、十分、立派な家なのだ。
「手狭ではありますが、こちらで、しばらくお待ちください。まだまだ暑さは続きますゆえ、シャワーや冷蔵庫の中の飲み物など、ご自由にご利用いただいて結構でございます」
「ご案内、感謝いたしますわ」
「いえ、それでは、失礼いたします」
二人して頭を下げ、女性が見えなくなるまで見届けた。すると、自然と、おれの口からため息が漏れた。
「かなり緊張しておりますわね」
「しないほうが無理だよ、こんなところ」
こんなところ、というのは失礼に聞こえるかもしれないが、そう表現するしかない。
おれには、縁のないところなのだから。
冷や汗を垂らすおれとは反対に、リンネは涼しい顔で、玄関前の階段を上がった。
「懐かしい。しかし、昔と変わらないように見えて、しっかりと改修工事もなされている」「来たこと……」まで言って、またおかしなことを言おうとしていると思ったが、口は止まらなかった。「あるんだっけ」
「このゲストハウスにも、あのお屋敷にも、お邪魔させてもらいました」
「そうなんだ」
「そこまで時間はかからないとは思いますが、お言葉に甘えましょう。わたくし、コーヒーが飲みたいのです」
「わかった。いつものでいいんだね」
「はい、お願いしますわ」
おれも玄関先の階段を上り、ドアノブを引いた。
*
リビングのソファ(これまた高級なもので、とてもふかふかで気持ちいいもの)でくつろぎながら、アイスコーヒーの入ったカップを揺らしていると、二階からリンネの呼ぶ声が聞こえてきた。
落ち着きがないなあ、とぼやきつつ、階段を昇る。
二階は寝室と客室がある。階段を上がってすぐ目の前はお手洗いであり、左に曲がって右側に二室、突き当り三方向に三室あった。
その突き当りにある、右の部屋の扉が開いていた。部屋を覗くと、少し広めの間取りになっていた。
ここが客室のようだった。
入ってみると、部屋の真ん中にテーブルがあり、それを囲むように椅子やソファがある。
また、客室らしく、天井間際の壁に、歴々の当主の写真が飾られてあった。何人か女性が混じっているが、男性が多かった。
部屋に入ってすぐ右手に、本棚があった。そこにも写真や、各地の名産品などが飾られていた。または、このプラッツの歴史を書いた本や、魔法・魔術に関する本などが置いてあるみたいだ。
ふと、その本棚を横目で見ていると、ある白黒写真が目に入ってきた。
他の写真より、特別豪華な造りの枠にはなっていないが、しかし、どうしてか、それに目が止まった。
手に取るのは憚られたので、顔を近づけて見てみる。
それは家族写真に見えた。後ろには、白い手すりと、小さな噴水がある。屋敷の前の階段をバックに撮影したものだろう。
人々は、二列になって撮影されている。後列に燕尾服の男性陣、前列にメイド服の女性陣となっていた。
先ほど、左から二人目に、門から案内してくれた男性が居る。また、中心には、パンフレットで見た、現当主の男性が写っていた。やはり歯を見せて笑っている。
現当主への交代がいつ行われたのかは知らないが、すごく古い写真ではないように見える。
アリアのような魔人系は、若い期間がヒトよりも長い。獣人にも、寿命が長い種族がいる。
だが、見る限り、現当主はヒトのようだ。だから、それほど古いものではないと推測できる。
もしかすると、昔から老け顔な方なのかもしれないな、と考え、思わずにやけた。
その、現当主の手前。
おそらくは、その子どもだろう。髪を綺麗に切りそろえた、少年が、ちょっこりとお行儀よく、しかし緊張した面持ちで座っていた。そして、その左隣にいる女性は、メイド服を着ていないことから、夫人だとわかった。
その、隣。夫人のさらに左に立っている、ヒト。
このヒトを、知っている。
見慣れぬ制服を身に着け、腰には背丈に釣り合わないようなサイズの剣を提げている。肩までの髪に、子どもらしいなんとも不愛想な表情。しかし、そんな様子でも、また不鮮明な白黒写真でもわかるような、端正な顔立ち。
いたいけな少女がカメラへ差し向ける、年齢にふさわしくないその目つきに、おれは射竦められ――。
「何をしていますの」
「おわぁあ⁉」
肩が大きく飛び跳ねる。
唐突に右肩から出てきた顔に、危うく頭突きを食らわせそうになった。驚きすぎて、声が聞こえてきた方向とは逆の方向を向いたのだ。
跳ねた勢いで、写真を思いっきり上に飛ばしてしまった。宙に舞ったそれを、リンネは見ずにキャッチし、見た。
「あら、まぁ」
すると、彼女はくすくすと笑い、それを隠すように口元に手をやった。
「可愛くない子どもが居ますわね」
「それは、いつごろの写真なんだい?」
差し出された写真を受け取り、元にあった場所に戻す。
振り返るとそこにはリンネはおらず、右隣を見ると、飾られている数々の写真を、懐かしそうに眺めている横顔があった。
「思い出があるんだね」
「思い出……」
おれがそう言うと、彼女は記憶を辿うように、目線を巡らせ、自身の腕を抱いた。
「そう、思い出、ですわ」
「それは良いもの? 悪いもの?」
「どちらかと言えば、良いほう」
おれと向き合う。
「ここは、わたくしにとっては、あなたの自警団と似た場所なのです」
――おれにとっての、自警団。
その言葉の意味を、おれは考えようとした。
だが、それは、このゲストハウスの戸を叩く、微かな音によって遮られてしまった。
「今行きますわ」
リンネはそう言って、軽い足取りで一階へと降りていく。
その後ろ姿を目で追いかけていると、自分は二階にはリンネに呼ばれてきたということを思い出した。
もう、リュウタロウの用事が終わったのだろうか。
一階へと降りるために、遅れて階段へと足を置いたとき、
「おお、おお!!」
男性の、大きな声が聞こえてきた。




