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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
三章 ズーベ・ヘーア
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8-2 不思議な……

 夜中にアイスを食べる背徳感というのは、アイスを美味くするスパイスに他ならない。


 ミルクの味が優しくて、すっと受け入れられるような、夜中に食べていても軽い物なら、ことさら美味くなる。


 ということを、食堂でリンネとテュールが言っていた。


 夜中、と言っても、まだ食堂の営業時間内である。ただ、いつものように、客足はすでに絶え、室内にはおれたちの声か、皿洗いの音しかない。


 すこしジンジンする右耳を気にしながら、おれはそこの机の中に、遅れて入った。

 

「どうしたんスか?」腰掛けたとき、テュールがこちらを窺った。「また頭痛スか?」

「いや、違う。ありがとう」


 先ほどまで、ネロと電話していたのだ。そのとき、鼓膜がおかしくなるような大声を聞かされた。


 どうやら、あの騒動のことを、今になって知ったのだろう。けがや体調を過剰に心配されたが、おれは水にぬれて風邪ひいた、とだけ答えた。


 ネロと、カーサラさんの、アラム王国跡調査のほうは、予想以上に長引いたせいで、おれたちと同じく一連の作業が終わるまで一か月以上かかったらしい。


 その調査の詳細は、現在精査中であるそうで、終われば、ギルドの提出用とともに、こちらに送ってくれるそうだ。


「気になるところはあったかい?」


 落ち着いたネロに、おれは尋ねてみた。

 聞けば、ほとんど灰になってしまったそうなので、何かが残っているとは正直、期待もしていなかった。


 当然、ネロもそう答えた。

 

「一番は、どのようなものがあそこを襲ったか、ですね。あれほどの規模の場所を、一瞬で破壊する何かなんて、想像もできません」

「めちゃくちゃ広かったもんね、あそこは」


「はい。ただ、その襲撃を行った者の痕跡は、いくつか見つけられました」

「どんなの?」

「金属の、板です」

「板?」

「板です。カーサラさんは『装甲』と言っていました。おそらく、反撃された際に外れたものかと」


「一応、反撃するくらいの猶予はあったわけだ」

「ええ。ですが、その痕跡の数も規模も小さく、攻撃が当たった次の瞬間には……」

「でも、それは手がかりだ。解析は、カーサラさんがやってくれるんだっけ」


「そうです。詳細が分かり次第、送りますね」

「ありがとう。ネロも風邪には気を付けて」


 久しぶりの会話は、そこで終わった。


 このことを、二人にも話したところ、重いため息が返ってくるだけだった。当然だ、ほとんど何もわかっていないのと変わらないのだから。

 

 話は変わり、おれたちのことについて。

 明日は一日休んで、明後日にプラッツへと発つ。

 テュールにその旨を伝えると、


「じゃあ、ウチの動力車、動かしましょうか」

「動力車? あなた、そんなものを持っているの?」

「それでこの町に来ていたんですよ。裏のガレージに置いてあります」


「メイド寮用の車を持ってきていたわけね」

「ちゃんと許可は貰っていましたからね? パクったわけではありませんよ」


 うふふ、とリンネは笑う。


「でも、大丈夫? ここを空けることになるけど」

「一日くらい、ウチが居なくたって平気ですよ。なんだったら食堂閉めちまえばいいんです。ね? シェフ!!」


 閉めねーよ、という声が返ってきた。客足はいつものように遠いらしく、シェフの他に一人、厨房に居るようなので、二人で事足りる、ということだった。


 というわけで、明後日はテュールの車でプラッツへと向かうことになった。


 リュウタロウには翌朝に電話したところ、おっけーという軽い返事が返ってきた。


 その後も、他愛のない会話と、少しだけ武術の話をして、その日はお開きになった。


 受付にいる主人にそのことを伝え、前もっての清算をする。こちらも、思ったよりも安かった。


 なんだか申し訳ない気持ちだ、と言うと、


「適正価格だよ」


 と、主人は相変わらずそっけない態度のままだった。


「そういえば」


 と、珍しく彼から口を開いた。


「さっき来た客が噂話をしていたんだけど、どうやら町のはずれで、町長の手らしきものが見つかったようだ」


「手、ですか」

「ああ、逃げているときに、モンスターにやられたんだろうってさ。もしかして、もう聞いていたかもしれないけど」


「いえ、教えていただきありがとうございます」

 

 礼を言ってから、部屋に戻る。すると、すぐに睡魔が襲ってきた。手早くシャワーを浴びて、身体をふき取ってから、ベッドに入る。


 うとうとする意識の中を浮いていると、夢に突入した。


 眠る直前の、あの浮遊感がきれいさっぱり消え去ったことで、急激に意識が明瞭になり、地に足がついている感覚がハッキリと感じられる。


 なのに、明暗は分からない。周囲が激しく明滅しているような気さえするが、おれは目を開けていた。


 どこに行こうかとかいう気持ちは湧かない。そもそも、どこかへ行こうとしても、身体は直立を保ち続けていた。


 しばらく、その場に立ち竦んでいた。ぼうっと、一点を見ているだけで、何時間も過ごしていたようだ。意識があり、記憶があるのに、時間感覚はやけにふわふわしていた。


 すると、ずっとずっと向こうから、誰かが歩いてきているのが見えた。

 それは誰か、すぐにわかった。リンネだった。

 彼女はおれよりもはっきりとした表情で、こちらに近づき、そして手を握った。


「痛みは、ございますか?」

「ないよ」即答した。口が勝手に動いている。「キミほどじゃない」

「わたくしは、未だ痛みます」


 というと、彼女は目から大粒の涙を流し始めた。

 まるで、ガラス玉のような水が、ぼとぼとと地面に落ちていく。


 次第にそれは、赤く、染まっていく。

 これ以上、泣いてはいけない。おれはそう思って、とにかく理由を聞き出そうとした。


「どうして?」

「弱いからだ」


 背中から、声がした。

 景色が一変する。


 水の流れる音が、反響する空間。知っている場所だ。


 見上げれば、巨大な水晶が天井から生えている。今はもうないはずの空間、おれが崩した、女神像。

 地面から溢れる水を切るように、振り返ると、カザンが居た。


「キミは死を乗り越えた」


 すると、カザンの背後から、見知った顔が出てきた。

 リカルド、マテウス、ポボル、教官たち。

 そして、


「キミは、彼らを糧とした」


 相変わらず、イラつくやつだ。


 おれは語気を強めて、凄んだ。


「彼らは、何時までも、おれの仲間だ」

「だが、彼女は?」


 ハッとして、再びリンネの方に振り返るが、彼女は居なかった。

 もう一度前を見ると、懐かしい顔たちは居なくなっていた。

 ここに居るのは、おれと、カザンだけ。

 水が滝のように落ちていく音が、ごうごうと、ただ空しく鳴り響いている。足元の水の温度は、ぬるい。

 まるで、血のようだった。


「彼女は、未だに、死者に囚われ続けている」

「どういう意味だ」

「彼女は、キミを恐れている」

「そんなはずはない」


 顔を上げると、カザンは居なくなっていた。


「どこにいる」


 誰も答えない。


 視線を感じて、後ろを振り向くと、女神像があった。

 

 この場所には、女神像はあっただろうか。


 段々と、視界があいまいになっていく。だけど、女神像だけは、おれの視界の中で、確固として存在していた。


 この場を満たそうとするような、生ぬるい水は、像の台座の真下から、延々と湧き出ていた。


 おれは、とても恐ろしくなった。


 何にそう感じたのかは、わからなかった。

 気が付けば、おれは槍を手にしていた。


 様子が変だった。槍はまるで、もやがかかったみたいに、形を絶えず変化させていた。


 おれは、目の前の女神像を、壊したくなった。いや、壊さなければならないと思った。

 だから、おれはそれを。


 壊したのだろうか。

評価、ポイント、ブックマークなどなど、本当にありがとうございます。大変励みになっております。

また、嬉しいことに、二月に1,000PVを越えられました。読者のみなさまには感謝してもしきれません。今後も、もっともっと精進してまいります。

次章、【モスナ公国・プラッツ編】は、5月中の更新を目指して鋭意執筆中です。

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