8-1 体力つけなきゃ
巨人と戦った翌日から、おれは熱を出してしまい、ベッドの上でぼうっとしていた。
また、これまでの疲労の蓄積などもあってか、一週間ほど、宿から出られなくなってしまった。
なので、以下の話は、リンネが見聞きしたものである。なので、おれは直接触れられていないので、その点をご了承願いたい。
さて、手近なところから行くと、宝珠が完成した。
最後の調整、『ゼルテ』状態における魔力奔流への耐久性チェックが済んだらしい。
つまり、この宝珠の完成には、おれたちが『ゼルテ』を開放する必要があったわけだが、カーサラさんの付けた仕様書、設計書には、注釈として、こう書かれてあったらしい。
――この宝珠が完成する頃に、彼らは一度、その危機に迫られる。この要求は、自然と満たされるだろう。
その言葉を伝えるとき、リンネは何とも言えない顔をしていた。
すでに完成しているため、設計書や仕様書が返還されたのだが、目を通してみると、確かに、仕様書にその一文があった。
それに気づいたとき、リュウタロウはバブーシュカに伝えたらしいが、バブーシュカのあれほどイヤそうな顔を見たことがなかったと言っていたようだ。まあ、その気持ちは、おれも理解できた。ただ、誰よりも世界を知るカーサラさんだからできる“かも”しれない、そんな気持ちもある。
一つ言えるのは、たとえ彼が理屈を詰めに詰め込んで、その結果を導き出していたとしても、おれは前ほど彼と仲良くできそうな気がしない。
話を宝珠へと戻す。
戻ってきた、完成形のおれの宝珠は、最初に見た時よりも、より透明度が増していた。完成された宝珠は、『ゼルテ』状態で起きる、常識はずれの魔力量に対応できるという。
巨人に対して振るったあの時、宝珠がリミッタとして機能していたことは、確かに感じていた。ただしあれは、滝のように流れる水を、木の板でせき止めているようなものであり、機能としては心もとなく、またこちらの身体と宝珠を傷めかねない。
だから、せき止めるのではなく、“逃がす”ようにしたという。これによって、リミッタとしての機能がきちんと働くことのほか、副次的な効果だが、槍の形状変化時における安定も見込めるという。
なぜ、魔力のリミッタが必要であるかは、おそらくは以前にも書いたと思う。『ゼルテ』そのものの性質のせいだ。
その力が、あまりにも闇に近すぎるためである。リンネの場合は、光に近すぎる。
一種の人為的χ化である『ゼルテ』は、ともすれば、力そのもののになり果ててしまうだろう。そうなってしまったが最後、おれとリンネの、闇と光が相反し、莫大なエネルギー体となって、そして霧散する。
つくづく、とんでもない力だ、と自覚し、気が滅入る。
余談ではあるが、それら魔力の制御について、カーサラさんが研究していた、<特異魔力>という分野が使われているようだ。少し頭が冷えるようになってから、補足資料として渡されたその写しを読んでみたが、理解できる部分だけを抜粋するだけなら、五センチ四方の付箋だけで事足りるかもしれない。
『ゼルテ』状態において、その者が使用する魔力は、一般的に知られている魔力とは異なり、外界、つまり身体の外へ出た瞬間、無力化される。ふつうの魔力によって発動している魔法を強化することはできるが、魔法そのもののための魔力としては使用できないという。
おれの貧しい言葉では説明が難しいが、身体強化が代表する、自己への能力付与魔法として使用できるが、火球などを生成することはできない、という性質らしい。飛躍的に身体能力が向上するだけでも、人外レベルの行動が可能になるのだから、特に気にすることはないと思った。
個人的に気になるのは、槍の形状変化についてである。これは武器の設計に書かれてあり、なんなら、カーサラさんからおれ自身に直接聞かされている。
おれのもう一つの相棒の、もう一つの側面だ。
『ゼルテ』状態、またはそれに近い、十分な魔力供給が武具へと行われているとき、先ほどのリミッタ機能による放出が行われ、刃を形成するという。
「外界に出ると無力化されるのでは?」
リンネは首を傾げながら言った。当然の疑問だと思う。
「出るのは、ふつうの魔力のほうみたいだ。放出するのは、それを固定するためだね」
「はあ、便利なものですね」手の中にある、自分の宝珠を見つめている。「とんとん拍子に、事が進んで、なにより、と言ったところですわ」
おれは鼻から息を漏らすだけで、返事はしなかった。
ベッドでゴロゴロさせられていた期間にあったのは、宝珠の完成だけではない。無論、あの巨人に繋がる諸々が、自ずと暴かれていったのだ。
それこそ、そこらにゴロゴロ転がしたいくらいに。今頃、ギルドは仮本部からの問い合わせでてんやわんやのお祭り騒ぎだろう。
完全に安全が確保されるまで、迷宮は閉じられることになった。リンネやその他Sクラス冒険者が、時折その検査のために潜っている。話を聞く限りだと、異常はすっかり鎮まり、いつものように、クライノートたちがうろうろと彷徨っているだけだそうだ。おそらくは、迷宮ギルドも、数日中には再開されるだろう。
これで元通り、と言うわけにはいかない。まあ、だれも、そのまま終わるとは思っていなかった。
貴族商店の残骸から見つかった、<レッド・ホロウ>との関係を示すもの。たとえば、彼らがよく身に着ける礼服だとか、魔物を呼び寄せる術式、いわゆる召喚陣など。
また、盗賊団への資金提供の証拠も、いくつか発見された。しかし、いずれも有力貴族の末端なので、ほぼ確実に足切り、もしくはもみ消しが図られるだろう。
だが、被害を被ったのも、おおよそ貴族だ。召喚陣の影響によって、プレーティヒ区画は、ほとんど灰になってしまった。その反面、レボや住宅地などの被害は軽微な範囲にとどまった。無論、死傷者が居ないわけではなかったが、大局的には、貴族のやらかしで貴族に被害が及んだため、上層は今頃、ほこりをまき散らしながら大慌てしているだろう。勢力図が書き換わるかも、とリンネは呟いた。
その先、プレーティヒ区画の貴族と、カザンの関係は、完全に明らかにされることはないだろう。誰が見ても繋がっていたのは確実だが、関係者らは決まって、黙秘か、「乗っ取られた」としか喋らないらしい。追及はすべて、時間稼ぎに嵌ってしまっていた。
貴族の使っていた盗賊団を、という意味か、それとも――。いや、やめておこう、またリンネに怒られてしまうかもしれない。
迷宮の入口付近。ひしゃげたゲートが運び出されていくのを、幾人かのラビンズたちと見ていた。気だるそうな警備員が居た迷宮ギルドの守衛室は、簡易テントが立っている。
ふと、入口から目線を左へずらすと、明らかにこの町の人間ではない集団が、制限区画用のゲートを設置し直しているのが見える。搬入員を護衛する人員は、こちらに向いている。彼らは、軍用銃(リンネが言うには、ガリウス帝国の正式モデル)を、まるで見せつけるように構えていた。
「あまり見ない方が良いですわよ」
袖を引っ張られたので、そちらを見る。向けた目線の先には、悪趣味な銅像の足の部分だけが残った、奇妙なオブジェがあった。あれもついでに撤去してしまえば良いのに。
「結局、連中は戻ってくるんだね」
「文字通り、金脈ですもの」
「一連の事件のせいで、宝石の値段も爆上がりって感じかな」
「ええ。つい一か月前の価格と比較して、その幅が十倍に収まれば安い方ですわ」
原石の供給も不安定、それを加工して売る商人も今は活動できないとなると、そうなるのだろう。
「一か月前、か」
もうそんなに経つんだな、と。どこか感慨深くなった。
そういえば、一か月と言えば。
「キミのランク更新ができるはずだけど、どうする?」
と、リンネに言う。色々な事件が立て続けに発生し、ギルドもそれに巻き込まれてしまったせいで、ろくに機能しなかったこともあって、すっかり忘れていた。
クエストギルドはすぐに再開したので、審査申請をすることはできる。
だが、リンネは首を横に振って、小さく、面倒です、と言った。本人がやる気がないのなら、無理強いすることはない。
実際、もはや彼女にランクという制度は無意味に等しくなっていた。目標はすでに達せられ、これ以上ランクを考える必要がないのだから。
「まあ、ここで更新をやらなくても、次の所に行ったら自動的に更新されるし」
「次の所――」
「次は、モスナ公国のポルト港町だ」
東大陸で、現在も船を動かせている唯一の港がある、ポルト港町。
ただ、現在はモスナ公国の入国検査が厳しくなっており、入るのに一苦労するだろうと予想している。
公国と言うが、実体は連邦だ。中央政府が公国の代表として、外交などをしている。ポルト港町もその例にもれず、どこかのだれかという貴族がそこを治めている。
領土の自治権を持つから、入国審査は公国のものと、そこの長のものの二つをクリアしなければならない。これにより、時間と、審査料金をかなり持っていかれるらしい。
さらに、公国領土への立ち入り審査は一度で済むが、他の貴族の領地に入る際は、別途審査が行われる。これがまた、聞いているだけでも面倒くさいのだ。
「今回の、ズーベ・ヘーア騒動で、より厳しくなる方針が出るんじゃないかな」
あくびをしながら言う。
「そうとも限りませんわ」
「どうして?」
「貴族とは、合理というものとは程遠い連中ですから」
「ひどい言われようだ」
「対立したことがありますから」
「ああ。まあ、そうなるのかなぁ」
ちょっとだけ、合点がいった。なににかというと、貴族と<レッド・ホロウ>とのつながりだ。
アラム王国を憎む連中が作り上げた、いまや世界最大クラスの武装集団と言っても過言ではないであろう、元反王族主義。
その活動はすでに反女神教義へと、範囲を広げている。人為的χ化儀式、<アセンシオン>と呼んでいた儀式などがその例だ。単純に、このフリュークを作り上げている基礎を否定するための、反倫理集団となっている。
彼らを受け入れる貴族は、多いと聞く。実際、ここ、ズーベ・ヘーアでもかなりの数が居た。その点に関しては不明瞭な部分が多いが、言った通り、元は反王族、つまるところアラム王国への反抗を目的としている。この点において、貴族と利害が一致していることが、貴族が迎合する要因の一つであることが考えられる。
と、なると。
現在では唯一の稼働港であるポルトの他に、東大陸には、アラム王国が作った港がいくつか存在していた。それはすべて、あの襲撃事件によって破壊されてしまい、今では跡形もないという。
「このまま、まっすぐ行くのは、入国審査どころの話じゃない、か」
申請をただ単純に突っぱねられるだけなら良い。生きている人間に襲撃されたくはない。
そもそも、リンネは、王直属の親衛隊として、彼らと対立したらしい。彼女が生きていると知ると、反王族の貴族たちが厄介ごとを仕掛けてくる可能性が出てくる。
私情、私怨が、夜な夜な血だまりとなって現れ、朝日が照らす世界。それが、モスナ公国の、一枚下の姿である。
だが、何度もいうように、東大陸で今、まともに機能している港は、ポルトのみである。
行くしかないのだ。ただし、ただまっすぐ進むことはできないだろう。
「なら、おれと一緒に来る?」
リュウタロウは、そう言った。
迷宮の入口からレボ区画へ向かい、そして<ロスカシュ>に入った。
宝珠の、ダメ押しの最終確認のためである。宝珠は定期的にメンテナンスをしなければならないので、それを教わるためでもある。
待つ間に、どうしようかと話しているとき、リュウタロウが入ってきたのだ。
「一緒にって、どういうこと?」
すると、リュウタロウは、土間のショーケースのある引き出しを開けて、茶封筒を出してきた。
中には、手触りがよさそうな素材でできた、高級紙が入っている。便箋だった。
「プラッツの領主さんがさ、リペアの依頼をしてきたんだ。当然、シュカ婆は出れねえし、おれが行くんだけど、それに護衛みたいな形でついていくのはどうかなって」
プラッツとは、ズーベ・ヘーアから一番近いモスナ公国領の一つである。円形に広がった町で、畜産や繊維系が有名であり、小さいながらも、観光地としてはモスナ公国内でも屈指の人気を誇る町である。
また、プラッツの領主は有力貴族でありながら、人望が厚く、領土内への立ち入り審査に関して、優しい部類に入ると言われている。これも、観光地という「金」を生み出すものを扱う上で、しっかり実績を出せているからこそだと、観光ギルドはそう言っていた。
リンネはプラッツと聴くと、ああ、と声を出した。
「プラッツの領主と言うと、エブラエさまですわね」
「流石にねえちゃんは知ってるね。まあ、正確には、その奥さんの宝石類のリペアなんだけども」
「フラメさまですか。そうですか……」
「詳しいんだね」
「ある時から懇意にさせていただいておりました。今もご健在のようでなによりですわ」
「ある時っていうと、あれか、舞踏会事件?」
「リュウもよくご存じで。そうですわね、あれからもう、何年経つのでしょう」
「八年だ。それほど長い時間じゃないよ」
バブーシュカが二つの宝珠を持って、土間から居間へと入ってきた。
その一つをおれに、もう一つをリンネに渡す。
「ったく、二十そこそこの小娘が、年寄じみたこと言ってんじゃないよ」
「どうもありがとうございます」
「あと、リュウ。おまえ、顧客の情報を第三者にほいほい見せるんじゃないよ」
「はーい」
入れ替わりのように、リュウタロウが土間へ行った。
「バブーシュカさん」
テーブルを挟んで対面に座ったバブーシュカに、紙きれを一枚、テーブルの上で滑らせる。
なんだね、とそれを手に取りつつ、老眼鏡をかける。
「そこに、今回の代金をお書きください」
「はぁ? まったくもう、それくらい、見定められないのかい」
「お世話になりましたから」
「ッハン、迷惑料、上乗せしておくよ」
と、その紙にペンを滑らせる。ほれ、と突き返された紙には、宝石の付いていないアクセサリ程度の値段が書かれていた。
つまり、対価としては、あまりにも安値であった。
「これは……」
「この町の厄介事を、あんたらがおおかた解決してくれたんだろ?」
「ですが」
「人の好意はありがたく受け取っておくもんさね。あと、リュウタロウを頼んだよ」
そういうと、バブーシュカはおれたちを店から追い出そうとした。どうしようもなく、そしてタイミング的にも今日しかないので、前々から考えていた、ネロへの誕生日プレゼントに、アクセサリを一つ、注文した。緑色の石の装飾品である。
バブーシュカに、変な顔をされた。リュウタロウがリペアから戻ってきて取りかかれば、なんとか彼女の誕生日前後に間に合うらしい。
プラッツへの移動は、明日か明後日の予定なのだそうで、詳細は夜に詰めることにし、おれたちはバブーシュカに礼を言ってから、店を後にした。




