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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
三章 ズーベ・ヘーア
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6-2 試合

「じゃあ、最後のデータ取りを頼もうか」


 リンネが火属性の初級魔法をおおよそ扱えるようになったあたりで、リュウタロウは手を叩いて言った。


「まだ何かあるの?」

「あるさ」


 彼はおれたちの持つ武器を指差した。


「耐久テストだ。にいちゃんらはそれを振り回して、叩いて、斬ってをするんだろう? なら、衝撃耐性は必要だよな」


「わかった。じゃあ、どうすれば?」


 周囲を見てみる。あるのは木々だけだし、近くには、魔物の気配がほとんどない。静かなものだ。空気のよどみが少ないから、息もすぐに戻ってくる。

 本来なら迷宮でデータを取りたいところだが、とリュウタロウは言う。


「それよりももっといい方法がある」

「というと」


 すると、リュウタロウはおれとリンネの顔を交互に見た。

 嫌な予感がした。そして、それはすぐに的中した。


「手合わせをすればいい」


 さあ、と。

 風が流れる音とともに、おれの血の気が引いていった。


 リンネとの手合わせは、正直なところあまりしたくはない。勝ち負けの有無にかかわらず、乗り気になれないのだ。


 以前にも言われた。フェンデルにも言われたかもしれないし、あるいはネロにも言われたかもしれない。


――おまえは人を傷つけることができない。


 怪我をさせるのが怖いのだ。


「良い案ですわ」


 対して、リンネは顔をほころばせて言った。今から美味しい店に行くのか、と聞きたくなるような笑みだった。


「壊れちゃうかもしれないよ」おれは苦し紛れに言った。「その、伯仲しちゃうとさ」


「壊そうとしなければ、宝珠はそんな簡単には壊れないよ。全力でぶつかっても、まあ、もしかするとヒビが入るかもしれないけど。でも、粉々にならない限りは修復可能だし、思いっきりやっちゃってもいいよ。あ、欠片は拾ってね」


「ほうほう」

「ほうほう、じゃないよ……」

「あら、怖気づかれました?」

「キミと手合わせするとなって、怖気づかない奴が居るわけない」


 ひどいですわ、と頬を膨らませながら、彼女は、アリーナの中心へと歩いていく。ああ、やる気だ。


 その場に立ったままのおれに、彼女はにこやかに手招いた。あれは死神の手招きと、大差ない。そう言うと、また怒られるだろう。


 仕方がなく、やるしかない。耐久データが、どれほど必要なのかは分からないが、すぐに終わったりしてはならないだろう。


 ため息のような、呼吸を一つ。

 切り替えろ、前に居るのは強敵だ。

 槍を持つ。左肩を前に、穂先を下に構える。


 風が吹いている。目の前の存在から放たれる剣撃を、予測する。

 すべてが、おれの首に繋がっていく――。


「じゃあ、始め!!」


 一撃目は考えているように飛んできた。

 めくり上げるような剣撃を避けると、今度は避けた方向へ後追いするように来る。


 それを弾いて前へ出る。


 当然、彼女は後ろへ下がる。だが、もう一発撃つつもりだったからか、やや反応が遅れている。


 らしくない。

 剣を振らせないように、槍を長く持って穂先を当てる。


 唐突に彼女が後ろにステップ。

 後ろ足が地面に着いたとき、まるで反射するように、前へと飛んできた。


「!!」


 咄嗟に槍を斜めにしてガード。


 目の前に火花が散る。

 地べたに足が押し込まれる。


 このままだと、のけぞった体勢のまま、折りたたまれてしまう。


 反らせる。右手を胸元に引き寄せる。


 そのまま勢いをつけて、頭上から振り下ろす。


 当然、すでに彼女は居ない。


 叩きつけられた場所がへこむだけ。

 魔法が飛んでくる。


 火魔法、火球が、二つ、三つ飛んでくる。

 二つは槍で吹き消す。


 一つが遅れてやってくる。これは、左手で受け取った。

 そしてそのまま、二つおまけして返した。


 三つまるごと消し飛ばす剣撃が返ってきた。


 大きな縦の衝撃波。空気の微振動が耳元でぶーんという音を出す。

 後ろの木々にあたって、硬いはずの木が一つ倒れた。


「余所見はよろしくなくてよ」


 瞬時に懐に入ってきたリンネの双剣を受け止める。

 その勢いは殺しきれず、おれの身体はそのまま宙へ打ち出された。


 身体が引っ張られるのが、上から下へ変わる瞬間、彼女も飛んできた。


 打ち合うと、落下速度が完全に相殺された。


 どんな力なんだ、と思う。


 数合ぶつけたあと、おれはぼろ雑巾を投げるように、地面に叩きつけられた。


 体勢は取れたものの、着地の衝撃で足がしびれている。


 少し奥に彼女も着地した。


 一撃も当たっていないハズなのに、体力はみるみる削られていく。

 色々なところが、悲鳴を上げ始めている。


 目の前の人は、まだやり始めだと言わんばかりに、右手の剣をくるくると手元で弄ぶ。


「ちょっとタイム」


 と、リュウタロウが間に割って入った。


「え、これが手合わせ? 殺し合いとかじゃなく?」

「手加減はしていますわよ、ねぇ?」

「まあ、ほんのちょっとだけだけど」


 その場に座った。膝が震えて立てなくなった。


「ちょいと失礼」


 リュウタロウが機材を手に持って、槍に触ろうとした。危ないので、いったん地面に置いてから、触らせた。


 はめ込んでいる宝珠は中心に、不定形の光を浮かべていた。それは次第に小さくなっていき、そして消えた。


 ペンのような、先端が細く短い棒を取り出し、それを宝珠にあてた。

 すると、槍のなかの力が不思議な挙動を始めた。血液のように止まることがないものが、一斉にして止まってしまった。


 止まった魔力は消滅してしまうという原理未解明の性質があるのだが、しかし、これは止まったまま消えることもなかった。


「傷なし、漏れもなし。転送効率の変動も、想定誤差より小さい」


 ふむふむと手元のメモ帳にすらすらと書き写していく。


 棒は手から離れても、宝珠に対して垂直に刺さったままだ。先端は、明らかに宝珠の中にある。

 一通り書き終えると、不思議な棒を抜き取った。次はリンネの方へ歩いていった。


 宝珠を触ってみる。すでに傷は修復されていた。

 確かに宝珠は凄い。おれは胸に手を当てて、自身の魔力消費量を測ってみた。


――減っている。それも、結構。


 今すぐに枯渇するほどの消費ではない。ただ、迷宮下層で魔法メインで戦った場合よりも多く減っている。


 これはリンネの魔法適正の低さからくる、いわゆる熟練度による余分な消費量があるせいだと、考えられる。

 それを加味しても、かなり減っている。


――魔力容量キャパシティ訓練、久々にやってみようかな。


 今後、宝珠を使った連携ができるようになる。それに加え、リンネも魔法を徐々に扱い始めるだろう。


 いくらあっても足りない気がしてくる。


 幸い、おれは、魔法に関してはそこそこ恵まれている。課題は多く残っているから、それらをクリアしていけば、リンネが暴れてもバテなくなるなら、やるべきだ。


 それに加え、この槍だ。

 仕様書によれば、コイツには名前があるらしいが、記憶にない。

 それには、宝珠が手に入って、初めて真価を発揮する、そう書かれていた。


 つまり、コイツは、本来の性能を出す使い方をされているわけではない。

 それはおそらく、魔力を込めたときの、穂先の輝きに関係している。あれは、ただぼやけた光を放っているだけではないはずだ。


(もうちょっと、分かりやすく書いておいて欲しかったです、カーサラさん)


 でも、あの人のことだから、何か思惑があるに違いないと、そう思えてならない。


 なにせ、おれたちのことを予言したかのような、研究成果が、あの彼、リュウタロウに引き継がれているのだから。


「よし、とりあえず必要分は確保した。で、どうする? もう少し触ってみる?」


 ペンやメモ帳、あの棒を袋に詰めながら、リュウタロウは言う。

 おれは少し悩むふりをして、穂先から宝珠を取った。少しだけ暖かかった。やはり、重さがなければ、そこにあるとは分からない不思議なものだ。


「やめとくよ、このままだとリンネに魔力使い切られてしまいそうだし」

「そんなに使っていませんわよ」


「少なくとも、魔法だけで下層に行くくらいには使われていたかな」

「使った魔法らしいのは、火球くらいじゃなかった?」

「そうですわよ」


「あの三つと、あとは身体強化系だ。リンネは無意識に強化付与魔法の強度レベルを上げたんだ」


「ああ、なるほど。――手加減してないじゃないか」

「何のことでしょう」


 リンネがそっぽを向いたその時、


「助けてくれぇ!! 誰かぁ!!」


 悲鳴が聞こえてきた。

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