6-1 お試し宝珠
カザン町長が迷宮での異変の首謀者であるという発表が出たあと、ギルドは関係する依頼内容を、捜索から捕縛、もしくは“討伐”へ変更した。
強力な魔物を従えている可能性があるため、それらしき痕跡を発見した場合は、とにかく手を出さず、情報を持ち帰ってこい、という方針になった。
あの後、おれはギルドに保護してもらった、盗賊団の子どもについての照会を申請した。また、同じく牢に入れられている団員についても、状況の確認をした。
思っていた通り、カザンが団員の彼に襲撃される前日に、幾人かの子どもを引き取っていることがわかった。里親との間を町長が介した、という形になっていた。その子どもたち全員が、未だに行方が分かっていない。
また、牢に入れられていた大人の方も、何人かが牢の中から消えていることが分かった。おれたちが捕まえてきたそれらは、影によって作り出された、人のフェイクだった、という結論に至った。
人為的χ化儀式にかかる時間は、おおよそ一週間強。つまり、カザンが町長としておれたちに依頼を持ってきた時点で、ほとんどの儀式は終わっていたのだ。
――おれたちに「残り」の子どもたちを回収させたのは、ブーストのため。
とても俗っぽい表し方をすれば、χ化は「闇堕ち」である。
負の方向へ、感情も思考も、すべてを投げ放ってしまうことが、数ある条件のうちの一つである。
<ナツロスの定>が選ばれたのは、おそらくはズーベ・ヘーアの中で最も閉鎖的な集団であり、その仲間意識が高いからだと考えられる。
貴族らに操られ、依頼次第では、私兵とぶつかることもあっただろうし、ともすれば味方同士での殺し合いすらも発生しかねない彼らの世界は、強く結びついていったのだろう。
χ化の難しい条件の数々を揃えるには、彼らほどやり易い相手はない。
その危うい絆を、崩壊させる。
見知った人々を、目の前で惨殺し、その遺体を弄ぶ。
年の近い子にも、同じことをする。
純真な子どもには、経験を重ねた大人よりもよく「効いた」だろう。
ただ、どうして、カザンが原始的な儀式を執り行っていたか、その理由は依然として不明だった。
人為的χ化儀式を効率化した、アセンシオン。
工程も、その速度も、比べ物にならないだろう。
目を瞑れば、鮮明に見えてくる。人が、魔物になっていく過程が。
おれは、それに近いと、カザンはしきりに言っていた。
“あの人”とは。
羨ましがっていた。
「シシ?」
キダラの荷台が揺れる。意識が現実世界に引き戻された。
「なに?」目の前に座るリンネを見た。「酔った?」
「いえ、なにか思い悩んでいるようでしたので」
「いや、特に。なんでもないよ」
とは言ったが、そういえばこの人に嘘は通じないよな、と思いつつ、顔色を窺った。
だが、リンネは何も言わず、そのまま進行方向へ目を向けてしまった。
なにを考えているのかも分かっているが、なにを言っていいのかは分からない。そんな感じだろう。
おれも同じ方向を見た。
キダラを操っているのはリュウタロウだ。今朝がた、彼から電話を受けた。宝珠の錬成がおおよそ形になったから、微調整のためのデータを取らせてほしい、とのことだった。
一週間はかかると訊いていたので、素材を渡して五日目にしてもう出来上がったのか、と驚いた。
「出来上がってはいないよ、だからデータが欲しいんだ」
ただ、それでも、錬成の段階はほとんど終了しているのは、早い方だとリュウタロウは言った。素材が良いから、細々とした作業がかなり短縮されて、ラク出来ていいよ、と言う割には、バブーシュカの手伝いで忙しい、ともぼやいた。
そんなわけで、おれたちはキダラに乗り、ズーベ・ヘーアにほど近い、ゲンマ山脈の麓にある高地を目指していた。そこは木々がなく、背の低い雑草しか生えていないため、知る人のみぞ知る、絶好の手合わせの場だった。
町を出て、モスナ公国へとつながる街道に接続するための、以前の依頼で行った道からはずれ、南へ進んだ。ゲンマ山脈はおおよそJの字になっていて、その下部にあたる部分に、高地はあるという。
南には、プロムダンスと言う都市がある。モスナ公国や、公国とつながりの深いズーベ・ヘーアとは、あまり仲のいいとは言えない場所だが、とても趣のある場所だと聞いている。リンネが言っていたように武術も優れているのだが、次に向かうのは、モスナ公国なので、全てが終わってから、ゆっくりと観光するつもりだ。
そのプロムダンスに向かう道からもそれて、上り坂の道になる。そこそこ出入りがあるらしく、獣道には、車輪の形に草が生えていた。
「結構、揺れるね」
「お尻が、痛いですわ」
危うく舌を噛みそうになりながらも、しばらくそんなでこぼこ道を進んでいくと、徐々に坂は緩くなっていき、気づけば、ズーベ・ヘーアの町並みを眺められるような高さまで来ていた。
今日はあいにく、曇りだった。薄暗い雲がズーベ・ヘーアの天蓋のごとく居座っているせいか、町はどんよりとしたオーラを滲ませていた。
小さい町だな、と思った。
また少し平坦な道を行き、トンネルみたいな木々をくぐっていくと、開けた場所に出た。そこでキダラが止まった。
「到着だよ」
武具を持って荷台から降りる。リュウタロウは少し離れた、長めの棒が伸びているところで降り、そこにキダラを置いた。
靴が隠れないほどに低い、芝のような草が一面に広がっている。つま先でつついても、わずかに黒い土が掘れるだけだった。
芝がフィールドのように丸くあり、その「アリーナ」の壁は黒い幹を持つ硬い木々であった。それらを倒し、わずかに削って、椅子のように横たわらせているのもある。
やはり、それなりに人は来ているようだった。割れた使い捨てのコップが一つ、切り倒された木の切り株に捨てられていた。ロゴはよく通う屋台のものだった。
「さて」
リュウタロウが袋を持って、木の椅子に座った。
それを覗き込んでいると、何かを目の前に一つ差し出された。
首を引っ込めてみると、彼の幼い指が右手の人差し指と親指でつまんでいるのは、無色透明の玉だった。
恐ろしく透明なものであり、少しでもそこから焦点がブレれば、それがあるとは分からないくらいだ。
しかも、それには外周部の屈折がない。ビー玉を想像してもらえばわかりやすいだろう。玉を介して観測した世界は、球体の外周に近い風景は大きく歪んで見えるはずだ。
これには、それがない。それを通してみた彼の顔は、肉眼で見た彼と全く同じだった。
それを落とさないように、両手で包むように受け取った。
「それを、にいちゃんの槍の付けるところに入れてみて」
どこだっけな、と思いながら、槍を手に取った。穂先と柄をつなぐ場所に、装飾の中心に穴があった。それに嵌めこんだ。
スポっと、何の突っかかりもなく、そして違和感もなく、それはそこに収まった。透明すぎて、本当にそこにあるのかもわからない。
「ねえちゃんのは、これ」
「あら」
と、リンネに手渡されたのは、真っ黒な球だった。
「あらあら。これは……」
太陽に翳しても、それは光を通さない。下に向けて影を作っても、それの中は見通せない。しかし、彼女にはただそうとしか見えず、それから何も感じていないのだろう。
だが、おれはそれに釘付けになっていた。
そんなおれを横目に見ながら、リュウタロウは言った。
「にいちゃんは、ねえちゃんのこれに直接、触っちゃだめだよ」
リュウタロウは「直接」を強調した。
「だよ、ね」おれは頷いた。「そう思う」
「どうしてですの?」
――直感で、そう思った。
直感というのは、その理由についてほとんどわかっていない、ということに等しい。
だが、本能的に、とも言い換えられる。経験から来る、無意識界に住まう自分からの警告だ。
「仕掛けのせい。にいちゃんならなんとなく分かっていると思うから、まあまずは、にいちゃんからやろう」
「うん、どうすればいい?」
「いつものように、魔力をその、槍の先っぽに込めてみて」
おれは振り返って、誰も居ない空間に向けて構える。
いつものように、と言われたが、なにが起こるかわからない。
通常よりも少ない魔力を、先端に込める。
目を閉じると、魔力が手を伝い、身体から槍へと流れていくのを感じる。
そこに、あるものがあった。
力はいったん、そこを迂回した。そして、穂先まで到達したとき、あるものにも込められた。
「!!」
「おおー、さっすがにいちゃん」
一言で表すなら、穂先が「実体を失くした」。
目を開く。穂先が淡い光を纏い、輪郭がぼやけていた。しかし、そこからとんでもない魔力を感じられる。
いつものように構えてみると、それはゆらりと残像を持って追従した。
右手を上に、左手を下に。左肩を前に出す構え。
瞬時に左手を外し、右手を使って、全力で押し込む。
一突き。
バシュン!! という空気を切り裂く炸裂音とともに、白い衝撃波が放たれる。
それは空中へ昇り、すぐに破裂した。
普通なら、ここで終わりだ。二回目を撃ちたいなら、もう一度力を込める必要がある。
だが、身体の中に、槍への導線が引かれているように、魔力が動いているのが分かる。
いや、
槍そのものがおれの身体の魔力と一体化していた。
魔力を込める必要がない。それそのものがおれの一部分なのだから。
「わかった?」
「わかった、これは凄いよ」
「わたくしからすれば、穂先が光っているだけにしか見えませんが」
「まあ、そうだね、どう説明すればいいかな……。ああ、そうだ」
おれはおもむろに、槍を投げた。
軽めの力を入れていたはずだが、それは勢いよく宙へと飛び立った。
「あら、捨てますのね」
「違う違う、よく見てて」
と、空に手をかざすと、すぐに重さが戻ってきた。
鈴の音のような軽やかな音とともに、おれの手には槍が戻ってきていた。
「それは、前に話した――」
「そうそう、あと、これもできるかな」
二人に、槍を横にして持つのを見せる。
唯一槍を保持している右手を握りしめると、槍は形が消えて、光の粒子となってふわふわと霧散した。
そして、おれは右手で、リンネの左手を握った。
「あらあらあら。消えていますわ」
「でしょ。でも、ほら」
手を離し、左手を地面に向けて振ると、そこに槍が光とともに瞬時に現れた。
穂先には、あの宝珠が嵌ったままだ。
「すげえ、それ、どうやったの?」リュウタロウが目を輝かせて言う。「そんな使い方できるんだ」
「これは、おれの一部なんだ。だから、身体の中に引っ込めたり、外に出したりできる。宝珠のお陰で、魔力にしてしまったこれを再形成するのも簡単にできてしまうんだ。すごいのは、こんなものを作ってくれた、リュウとバブーシュカさんの方だよ」
「いやいや、そんな使い方している人、見たことないぜ」
リュウタロウはペンとメモを取り出して、一連のおれの魔力フローに関するイメージを聞き出し、そこに書き留めた。
その間ずっと、リンネは剣を小さく振ったりして、落ち着かない様子だった。
一通り書き終えると、じゃあ、と二人で彼女を見た。
「にいちゃん、もう一回、ねえちゃんの手を握ってあげて」
「どっちで?」
「どっちでもいいよ」
「少しよろしいですか?」
「どうぞ?」
「何をするのかだけ、先んじて教えてもらっても?」
「ああ、オッケイ」リュウタロウは少しだけ考える仕草をして、おれを見た。「そうだね、簡単に言うなら、にいちゃんの魔力をねえちゃんの魔力として使えるようにする、って感じかな」
「それは」
――それは、“混合”ではないのか。
リンネの魔法適正が限りなくゼロに近いとはいえ、誰しも体内には魔力を溜めている。それに他者の魔力を分ける行為を、混合と呼ぶ。これは、魔法や魔術においては、最たる禁忌である。
輸血の適合とほとんど同じだと、おれよりも医療に明るいアリアが言っていた。つまり、むやみやたらに体内の魔力を他人と共有することは、死に至る可能性が極めて高い行為なのである。
ゼルテによって一度うまくいったからと言って、二回目も同じようになるとは限らない。ゼルテを使っていない今では、“混合”になるかもしれないのだ。
「そのための、ねえちゃんのそれさ。大丈夫、混合にならないから」
おれは少しためらっていた。先ほど、ああ言ったものの、先述したように混合は致死性の高い行為なのだ。
しかし、リンネは動かさないおれの手を自ら握った。
「どうぞ」
「どうぞって」
「一度、魔法というものを使ってみたかったのです」
「軽いなあ、恨まないでよ」
おれは、握られている手に、力を込めた。
目を閉じる。イメージする。
おれの手から、彼女の中に力が流れていく。少しだけ、無意識に魔力を弱めた。すぐにそれは振り払った。
怖くないわけがない。だが、信じるしかない。
何事もなく、彼女の中に力が入り込んでいく――。
「⁉」
二人して固まった。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけだが、
頭の中に、おれの顔が浮かんだ。
それは、リンネが今見ている、おれの顔である。頑なに瞼を瞑り、苦い顔をしている、情けない顔。まさしく、おれだ。
そして、彼女にも見えたのだろう。おれが思い浮かべている、魔力の流れが。
感覚の共有。
そんなことはお構いなしに、するり、するりと。
彼女が剣を持っている手に、おれの魔力が流れていく。
その時、まるで強力な磁石に金属が引き寄せられるかのように。
おれとリンネの魔力が、宝珠へと吸い込まれていった。
そこで、おれたちの手は離れた。自発的ではなく、半ば弾かれるような感じに。
汗をかいている。手汗がびっしょりだ。それは彼女も同じようで、二人とも呼吸が荒くなっていた。
力の流れを確認する。大丈夫、変なふうに流れている場所は無い。
顔を見合わせた。
「何があったの?」
その間に、目を輝かせたリュウタロウが入ってきた。
おれの頭の中に、リアルタイムのおれの顔のイメージが流れてきたことを話すと、彼女は同じように、魔力の流れらしきものを見ていた。
そして、最終的に、手に持っている剣の宝珠へと流れていった。二人の意見は最初から最後まで、ほとんど一致していた。
「“混合”らしき反応は?」
「今のところはない、少なくともおれの中には。リンネはどう?」
「その、“混合”というものが、分からないので、なんとも言えません」
「こう、力が抑えきれない、爆発する!! って感じ」
「ええ、あの、今すぐにでも使ってみたい、という気持ちはありますわ」
「で、仕掛けって何なのさ」
「仕掛けは、今のことだよ。引っ張られたでしょ?」
「はぁ」
リンネは顎に手をやって首を傾げた。
確かに、引っ張られた。S極とN極が近づいたときみたいに。
「実は、にいちゃんの宝珠と、ねえちゃんの宝珠は繋がってんだ」
「繋がっている?」
「そう、にいちゃんの宝珠から、ねえちゃんの宝珠へ。表と裏みたいな関係で、宝珠の魔力を用いて、宝珠同士で繋がっている。そりゃそうだ、おなじ原石から錬成されたんだから、中身はほとんど同じなんだ」
錬成って言うのは、中の魔力の挙動を仕組むのさ、とリュウタロウは笑いながら言う。
「すごいね、それは」
「すごいのはこの理論を考えたサラにぃと、それを寸分の狂いもなく実現させたシュカ婆さ。ああ、あと、あんな滅茶苦茶な要求を問題なく満たすような原石拾ってきたにいちゃんたちも、だ」
「それで、どうやれば、魔法が使えますの?」
リンネは左腕を前へ突き出すのを繰り返している。
それを見て、リュウタロウはメモを閉じた。
「にいちゃんの魔力を使うから、にいちゃんに教えてもらって」
「おれのを使うのか」
「サラにぃ曰く、ゼルテ持ちなんだから無理に使っても枯渇することはない、とさ」
「それは、本に書いてあった?」
「そう、あの人の研究は、今よりもずっと先を行っていた。先行しすぎて、ただの痛い妄想一歩手前だよ。しかし、一歩すら踏み出せていなかったのは、おれたちの方なんだな。さ、微調整にも必要だし、慣らしにも必要だから」
おれはしばらく、リンネの初の魔法経験に付き合った。
彼女が魔法を使うたび、言われた通り、確かに、槍の宝珠へと力が流れていくのを感じた。
不思議な感覚だった。それとは別に、カーサラさんの研究についても、やはり興味が湧いてきた。
ゼルテを研究していた。それを、見てみたかった。




