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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
三章 ズーベ・ヘーア
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5-2 迷宮、下層

 原石バブル(とリンネは呼んだ)状態であるので、ギルドはさぞや賑わっているんだろうな、と思いつつ、三日ぶりに赤レンガの建物に入ると、その期待は見事なまでに打ち砕かれた。


 入って右手の迷宮ギルドへ続く廊下は、ポールと紐で閉じられ、そこにいつもの「受付終了」の案内板が置かれている。今は朝の九時だから、あり得ないものが置いてあることになる。

 左手のクエストギルドへは一応やっているみたいなので、そちらへ行ってみるが、似たような状況だった。受付窓口の半数は閉じられ、照明すら落とされている。そのせいで、室内は薄暗く、営業時間外に来てしまったのかと、やや不安になった。


 利用者も、平常よりかなり少ない。


 空いている受付窓口に行くと、ギルドスタッフが疲れた様子で顔を出してきた。

 迷宮ギルドで顔をよく見た彼だ。担当部署が変わった、というふうでもない。制服が迷宮ギルドのままだ。


「ああ、どうも。お世話になっております」

「どうも。あの、大丈夫ですか?」おれは思わず訊いてしまった。「お疲れのようですが」


「まあ、大変ではあります。フトラクの方もスタッフも、とにかく人手が足りないのですよ。ほら、この間の特異種の」

「ええ、存じております」


 彼はおれたちがそれに参加していたことを知らないのだろうか。それとも、疲れすぎて、頭から抜けているのか。

 頭痛を庇うように頭に手をやりながら、彼は言う。


「それと連日の死者で、みんな怖がってしまったんでしょう。その翌日から全然来なくなってしまって」

「魔物と対峙することもあるのに、怖がるとは」リンネはため息交じりに呟いた。「遊び感覚で来ている人がそれほど多かったのですね」


「まったくです」


 彼女の言葉をかみしめるように、頷いた。この人は、その経験があるのだろうか。魔物と戦ったことが。

 それはともかく、と彼はおれたちに向き直った。


「先ほども申した通り、手はいくらあってもよい状況です。お伺いいたしましょう」


 リンネが見繕った依頼書を、ギルドカードとともに数枚差し出す。

 すると、あ、という声を彼は漏らした。


「どうしたのですか?」

「下層への進入申請が通っているようですね。本日から、下層へ降りられますよ」


 おれたちよりも、彼の方が嬉しそうである。ただ、残念ながら、おれたちにはすでに、下層へ降りる理由が無くなってしまっていた。


 だが、せっかくなので降りてみよう、という事で、下層の依頼を一つ、と思ったが、それはその依頼はパーティでAランク、個人ソロならSランク必須のものだった。おれはAランクにプラスがついているが、リンネはまだBランクだ。更新は、あと一週間ほど待たなければ、審査してもらえない。


 そこは特例審査で、と言うわけにもいかない。


 仕方がないので、とりあえず行ってみるだけにした。お気をつけて、と言う言葉とともに、ギルドカードが戻ってくる。


 さてさっそく、と、クエストギルドから廊下へとつながるドアを開こうと手を出したところで、それはひとりでに開かれた。


「おっと、失礼。おお、キミたちは」


 白い毛の獣人の彼、バレスが、そこに立っていた。


「どうも、あの時はお世話になりました」

「こちらこそ、キミたちに大いに助けられたのだから、礼はわたしたちから言うべきなのだ」


 と言うが、彼の後ろには誰も居ない。ソノアやボランの姿は見えず、また、バレス自身もかなり軽装だった。これから迷宮へ行く、という雰囲気ではない。


 二人はどうしたのか、と訊くと、


「まだ寝ている。ボランの傷はもう塞がったから、心配することはない。それを言うなら、シシ、キミの方こそ大丈夫なのか?」

「大丈夫です。御覧の通り、ぴんぴんしていますよ」


 そうか、と彼は顎髭をさすりながら、おれを見た。

 話題を変えるように、おれが先に口を開いた。


「それで、バレスさんはどうしてここに?」


「ここに来るのは、依頼の受注と報告するときだけだろう。今日も昼から潜るさ。キミたちは?」

「今から、初めての下層に行こうかと」

「おお、もう下層への許可が降りたのか。ん? でも早すぎないか?」


 おれは肩を竦めた。それを見て、バレスは胸を張って笑った。

 がらんどうのギルドの中は、良く響いた。


「まったく、一体どんな裏技を使ったのやら。ならば、気を付けろよ。いくらシシたちとはとはいえ、下層の連中はそれなりに手ごわいぞ」

「例えば?」

「そうだな、例えば、魔法を使ってくる。中層のやつらよりも、発動までの時間が短い。威力もある。背後には十分気をつけろよ、意識外からの魔法が一番怖い」

「肝に銘じておきます」


 がんばれよ、と言って、バレスは暗い室内に入っていった。リンネはいつの間にか外に出ていて、ベンチに座ってギルドのカードを眺めていた。


 個人的に、女性である相棒を、そういう目でみる好みは無いのだが、リンネはどうやっても、絵になってしまうな、と、その姿を遠くから見て思った。


 未だにあこがれらしき感情が残っているのだな、と、冷静になってみてわかった。彼女はおれの手の届く場所の存在ではない、と。


 どうすれば、その差が埋まるのだろう。それは、剣の、戦闘の技術だけではない。


 一連の事件を、彼女は見て、考えて、それでいておれに考えるなと言う。冗談交じりだが、動かしている、とも言うのだ。


 少なくとも、誰が何をして、どこで何を起こそうとしているのか、に関しては、おおよその見当がついている。そして、それに関われば面倒なことになるだけだから、と分かっているから、誘われるがままのおれの手を引いてくれる。


 どうしても、筋道立てて考えることが苦手なおれは、今の彼女にとってはお荷物でしかないわけだ。おれが役立てるのは、魔法くらいだろう。

「なにをぼうっと呆けておりますの」


 気が付けば、ベンチに座っていたはずの彼女が、おれの目の前に立っていた。

 おれは頭を振って、考えを振り捨てた。


「綺麗な人が座っていたな、と」

「あら、さっそくお勉強の効果が出ていますのね」

「勉強?」

「なんでもありません。ほら、早く行きますわよ。昼までには戻りましょう」


 そうして、いつものように、おれは腕を引かれるようにして、歩き始めた。


     *


 下層は、水晶に侵食されたラボ、と表現できる。機械と思しきものはないが、鉄製のドア、シャッター、自動ドアなど、何かの研究室が迷宮に呑み込まれてしまったように見える。


 真っ白い塗装がされた通路のひび割れや、至る所に張り巡らされているパイプから、カビが侵食するように、水晶が生えている。


 水晶に触れてみるが、ひんやりと冷たいだけで、何も感じない。本当にただの、無色透明な水晶だ。いったいどうして、どうやって生えてきているのかもわからない。


 そもそも、ここは本当に迷宮なのだろうか。童話で聞くような迷宮なのは、上層ぐらいで、中層と下層に居ると、だんだんと廃墟に進入している気分になってくる。実際、何かが行われていたような、形跡らしきものを見ることもある。


 それでも、変わらず魔物たちは徘徊している。ただし、ラボ、という雰囲気に沿って、クライノートの他に、このラボの配管や金属を身に纏ったゴブリンをちらほら見かけた。


 ここのゴブリンは中々、感覚が鋭い。通路の床が、足音や振動を伝えやすいのもあって、向こうが気づくのがかなり速い。それでいて、ここの素材とコアの相性が悪いのか、倒すと爆発を起こす個体も居る。


 ただし、その特性をうまく利用することで、爆発に他の魔物を巻き込むこともできた。


「よッッ!!」


 ケーブル類が詰まった太い配管を武器にして、振り下ろされるのを、おれはその腕ごと切落した。

 そのケーブルに通電していたのか、青白い火花が激しく宙へはじけ、焦げ臭い空気が漂った。


「!!」


 ビービーという、機械の警告音らしいゴブリンの叫び声があがる。

 すると、一瞬だけ動きが止まり、フレームが赤く染まり始める。


 動くと明らかに異音が生じているが、もはや止まらない。止まれば、その場で崩壊してしまうからだ。


 熱暴走オーバーヒートを起こし、コアにとんでもない負荷をかけ、自爆するのだ。


 ならば、冷やしてやろう。


 槍を左手に持ち、右手で水属性と無属性の魔力を放つ。無属性と水属性を合わせると、氷属性になる。


 見えない氷がゴブリンを包み込む。右手を、紐を引っ張るように動かすと、即座に凍結した。


 そのまま、槍で小突いてやれば、崩壊する。魔法の氷は水にはならないので、そのままゴブリンの残骸と霧散した。


「終わりましたか?」


 振り返ると、リンネが原石を一つ、こちらに投げてきた。受け取ったものを見てみると、傷はなく、色合いも鮮やかな黄色の石だった。いままで見てきたドロップ品の中では、最も良い原石だと言える。


「綺麗だ、さすが下層だね」

「薄気味悪い色ですわ」

「そう?」


 バッグを前に回して、その原石を入れた。

 すると、メキメキ、という異音が背後から聞こえた。

 振り向くと、先ほど倒したゴブリンの残骸から、他のゴブリンが生じていた。


「すごい、ゴブリンの発生の瞬間だ!!」


 おれは声を押し殺しながら、興奮を抑えきれず、鼻息を荒くしていた。


 小さなチップから、ケーブルが触手のように伸びて、自立移動している。その触手が、外殻となる金属や機械部品の内部へと入り込み、身体を形成していく。また、周囲にある部品や配管にも触手は伸び、本体へと取り付けられていく。


 最後に、チップを隠すための部品がはまり、ファンが回転する音が聞こえ始めたとき、ゴブリンが立ち上がった。

 少しの時間で、一体のゴブリンがそこに発生した。これは貴重な瞬間だと、メモ帳に事細かに書き込んでいく。


 すると、武器も何も持っていない、丸裸のゴブリンは、こちらを認識するや否や、キュインキュイン、と。

 目にあたるカメラ部分に光をため込み始めた。


「ッッ!!」


 素早く、リンネが剣をその目の部分に投げた。もう一本を、コアの部分に正確に当てると、ぶすぶすと黒煙を噴き出し、再びガラクタの山がそこに積もった。


 誕生から崩壊までの生存時間は、五分未満だった。


 メモ帳を仕舞い、突き刺さった二本の剣を抜き取り、リンネに渡した。


 不思議な形状をしている剣だ。柄と刀身が一体であり、鍔がない。また、刃の部分がない。それにあたる部分に指を沿わせてみても、指は斬れず、血が出ることはない。だが、リンネがそれで物を斬るときは、きっちり斬れるのだ。


 宝珠は、柄と刀身の中間にある場所に、嵌めこむ穴がある。左右のうち、左にだけ、それがある。


「なにか?」


 剣を仕舞った彼女が、首を傾げた。

 鞘は腰にあり、左右を交差させて提げている。歩くときに邪魔になりそうだが、そう見えないように、邪魔にならない歩き方をしているのだろう。


「いや、剣を投げるんだなあって」


 訳の分からない返事をした。


「たしか、南のプロムダンスという都市には、投擲槍の流派の道場があったはずです」


「投擲って、投げるってことだよね」

「飛んでくる槍はなかなかの威力だとか。当てられればの話ですが」


「それよりも、そのあとの回収とか、どうするんだろう」

「魔法で引き寄せるとか、なんとか」

「魔法で、か」


 物を浮かせる魔法ならば、確かにある。少し前にも、飛ぶ魔法の話をした記憶があるが、それと同じものだ。人よりも圧倒的に軽い槍ならば、消費する魔力もその分少なく済む。


 ただ、遠くへ飛ばした物体をピンポイントで選択することが、これがなかなか難しい。目の前にある、触れられる物体なら、触れば浮かせられる。自分を浮かせたいなら、自分を選べばいい。


 物体の周囲、またそれまでの間に、他の物体が存在すると、途端に難しくなる。きっちり集中しなければ、目に入ったものを手当たり次第に浮かせてしまうのだ。


 よほど熟達した者か、もはや血を分けたくらいに愛着のある物体であるならば、できないこともないだろう。


――そうか、宝珠があれば。


「宝珠があれば?」

「わざわざ投げた剣を回収しなくとも、手元に戻すことができるかも、って」


「そんな便利なものなのですね、宝珠というものは」

「もちろん、練習は必要だよ。じゃないと、戻ってきた剣で、自分の首を落としかねないから」

「間抜けな死に方ですわね。きっと、誰かがそんな目に遭ったのでしょう」


 かもしれない、とおれは思った。現実は奇妙なもので満ちている。危ないことだと分かっているのに、首を突っ込んで、そのまま斬り落とされるような人は、どこでもいる。


「さあ、上がりましょう」

「もう帰るの?」

「一日分の食事と晩酌代くらいは、それで賄えるでしょう。それとも、もう少し粘ります?」


 食事代と晩酌は別なのか、とおれは思ったが、それは口に出さずに飲み込んだ。

 それを隠すように、ちょっと考えるフリをして、頷いた。


「うーん、いや、帰ろうか」


 そう言って、おれたちは来た道を引き返すことにした。

 この迷宮は下層までなので、進もうが戻ろうが、行く先には、上りの階段しか現れない。ちなみに、上層下層は出口が一つしかないが、中層には出口が二つある。上層へ行くものと、直接外へ出られるものだ。


 何度か角を曲がり、魔物と遭遇すれば倒しつつ、戻りの階段を見つけた。


 無機質な鉄の囲いから、それに比べればまだ温かみのあるレンガの通路へと、唐突に切り替わっているところは、何度見ても慣れる気がしない。そこを境目に、世界が急に変わっているように思えてしまう。


 壁の断面が見える。配管がぎっしり詰まっているのにもかかわらず、この階段を後付けするために、ばっさりと切り抜いたようになっている。

 時折、割って入っている水晶の方が、まだ、繋がっている感じがする。この階段は、別次元の世界から持ってきたものだと説明されても、難なく頷ける。


 半ばあたりで、一度左に折れた。中層の天井が見える。

 そこで、おれはあるものを見た。


「あれ」

「どうしました?」

「いや、あそこ」


 と、指で示したのは、ただの壁である。数段上った先の右側に、青い光が漏れ出ている個所があるのが見えた。

 しかし、いくら示しても、リンネはそれが分からず、おれを追い越して、その場所に立った。


「ここですの?」

「そう、そこの右だけど……」


 彼女が壁に触れる。手のひらが、その光が漏れている場所にあたった。

 だが、光はそれに遮られることなく、暗くなったり明るくなったりをゆっくり繰り返しているだけだった。


「おれにだけ見える、光……?」


 なんの根拠もなく、ただただすごく、とんでもなく、嫌な予感がする。

 その時、歌が聞こえてきた。


 おれの脳が、がっこんがっこんと、音を立てて記憶の戸棚を引き出していく。勢いあまって、その中に入っていた用紙が、紙吹雪のごとく、大量に宙を舞っている。


 あった。とある引き出しを開けたところで、手が止まった。


 この歌は、聴き覚えがある。

 おおらかに、高らかに歌い上げる、中低音の、張り上げた声。もともとはそんなに通る性質ではなさそうな、そんな声。


「あの時にも、見えたんだ。青い光が」


 思った以上に低い声が出た。

 咳払いをする。少し湿った空気がここに漂っていた。土の匂いをきつく感じる。


「あの時とは、中層の出口を発見したとき?」

「そう。同じだ」


 ならば、頭痛がするはずだ。それか、意識を失うか。

 だが、今はなんともない。むしろ、目が覚める気分だ。


 おれは左手を見てから、リンネに目配せをした。彼女はおれのすぐそばに立ち、剣を片方、左のを抜いて、右手をおれの肩に乗せた。


 つばを飲む。やたら緊張する。


 淡い光になったとき、おれは左手をそこにかざした――。

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