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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
三章 ズーベ・ヘーア
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5-1 きな臭さ

「じゃあ、あの原石一つで、二つ分作れるんだ」

「うん」

「そうか、どれぐらいかかりそう?」

「まあ、削り出しから錬成から、もろもろ時間かかるから、そうだねぇ、一週間くらいはかかるかも」

「構わないよ、むしろ早いと思う。代金はどうしようか」

「ちょっと待ってて、シュカ婆に聞いてくる」


 電話越しに、呼びかける声が聞こえる。遠くの方から、それらしき声が返ってきて、それに対してリュウタロウが何度か返事をする。


「わかったー。受け渡しの時でいいって。何回か微調整終わらせてから、って感じみたい」

「分かった、よろしく言っておいて。それじゃ」

「はいはーい、がんばってー」


 受話器が無音になる。それを本体に置いて、おれは部屋に戻った。

 部屋のベッドで雑誌を読んでいるリンネに、リュウタロウからの報告を報告した。


 クライノート特異種を討伐した際にドロップした、銀色の原石についての報告が来たのは、討伐の日から二日置いた日の朝だった。

 シュカ婆が俄然、やる気を出しちゃってよーといっていたリュウタロウは、ようやく眠れるぜ、とあくび交じりに笑っていた。


 原石の大きさは、通常種のそれよりもやや小さいものだった。おれの手のひらですっぽり収まる程度だったのだが、バブーシュカによれば、あれほど上等かつ新鮮なモノは見たことがないらしい。


 石に新鮮さがあるのか、と呟くと、リュウタロウが手短に説明してくれた。

 宝珠に使われる原石の新鮮さとは、簡単に言えば不純物の含有量だという。


 長い年月を掛ければ、宝珠として、十分な魔力がその石の中に注ぎ込まれ、その期間が長ければ長いほど、宝珠として成長していく。だが、その過程で不純物はどうやっても混ざってしまう。魔物と言う一種の生物から生み出されるものを原石としているのだから、必然である。


 不純物の多さは宝珠としてのクオリティだけでなく、その錬成の加工手順の多さにも影響する。宝珠として使用するためには、中にある不純物を、十分に取り除かなければならない。それは原石を削っていく作業と同じで、できる限り不純物のない場所を選定し、それを加工する。

 つまり、不純物が多ければ、たとえ巨大な原石であったとしても、宝珠として使える部分を探して削っていけば、豆ほどになる可能性がある。


 不純物の少なさを表す「透明度」という指標があるらしい。百を上限として、高ければ高いほど不純物が少なく良いものとされる。


 今回、おれたちが持って行ったあの原石は、その透明度がほとんど百に近いという。


 つまり、あの原石のほとんどすべての部分が宝珠として適している、無駄な部分がない、ということらしい。


 これほどのモノは長年、錬成師マイスタをやってきて、ほとんど見たことがない、と、バブーシュカは喜んでいたらしい。


 あの、うさん臭いカーサラさんがバブーシュカを推薦した理由としては、単に以前世話になったから、だけではなく、特等級の宝珠の錬成経験がある人、だからなのだろう。


 しかし、リュウタロウは、意味深な事を言っていた。


――原石を見ているときは、うれしそうなんだけどな。


 それについては、そうか、とか適当にそっけない返事をしたのだが、察しはついた。


――おれもだよ。


 ようやくか、という達成感はあったが、良い物が手に入った、やったー、うれしい、とはならなかった。


 それが手に入ったことと、今起きていることが繋がっているように思えてならないのは、おそらくバブーシュカも同じなのだろう。


 話をし終えると、リンネは再び雑誌に視線を落とした。なんの雑誌か、前に一度訊いて、見せてもらったが、女性向けの化粧品などのカタログのようなものだった。同じものを読んでいるのか、と言うと、そんなわけありませんわよ、と言われた。


 対して、おれは何も持っていなかった。手持無沙汰なので、武具を取り出して、清掃でもしようと思った。


 勘のいい人は、おぼろげながらも、身構えている。


 リュウタロウからの報告を待つ二日間。嫌な事件が染み出してきた。


 一つは、今日を含めた三日間、迷宮内で死体発見の報告が相次いだ。


 特異種にやられ、あの時に見つけられず、自然に組み替えられる迷宮に取り残されていた人たちがそのなかに紛れているのだろう。しかし、それにしたってやけに数が多いのだ。


 それもそのはず。出てくる遺体の大半は、ギルドの照合にヒットしない。つまり、ラビンズでもフトラクでもない。また、ズーベ・ヘーアの役場でも同じ結果であった。ということは、消去法で盗賊団の団員となる。それも、迷宮での発見であるから、ほぼほぼ確実に<ナツロスの定>の者なのだろう。


 事実上、崩壊したと思われている彼らの遺体が、迷宮内の至る所に落ちている。逃げ場や行き場を失い(あるいは技術を失いアジトへ戻れなくなったのか)、そこで行き倒れてしまったか、と、普通はそう考えるだろう。


 下っ端たちと見られている遺体の、直接の死因は、刀傷とうしょうである。読んで字のごとく、斬られたのだ。


 特異種にやられた人たちは、魔法での傷(魔波傷まはしょうと言うが、古い専門用語なのであまり使われない)と打撲が主だ。その点で、異なっている。


 迷宮内で盗賊狩りが行われたという可能性もある。なんにせよ、盗賊との遭遇報告は、おれたちのアジト探索の日の前後から、ぴったりと止まってしまっていた。


 しかし、それでは死亡推定時刻が合わない、とギルドは頭を悩ませている。


 彼らはこの三日の間に死んだ、と推測されている。傷も様々で、真正面から腹をやられている人も居れば、背中をバッサリ、という人も居る。しかしやはり、どれも刀傷である。


 さらにギルドを悩ます要因として、彼らと思しき遺体の七割がたに、自刃の痕があるらしい。腹をやられている遺体の大半が、そうと考えられている。しかも、自刃したのはほとんど同時だという推測も、解剖結果によって裏付けされ始めている。


 だが、迷宮ギルドは、現状、これら遺体は盗賊団の崩壊によるものであるとし、事件性は無いとして、できるのであれば遺体は回収してほしい、という、薄っぺらいお願いを出すにとどまっていた。事件として見ず、原因の究明も行わない、という意味だ。


 あきらかに異常なのに、何もしない。ラビンズの中には、気味悪がって、迷宮への足が遠のく人も出てきている。


 ギルドがそのような態度を取るには、理由がある。


 それが、二つ目の嫌なものだ。


 あの日、特異種が出た日、役場前での騒動の後、カザン町長(推定)を連れていった公用車の行方が、診療所前から途切れている。それなら診療所に居るのでは、と思われるだろうが、それでは事件にはならない。


 その診療所曰く、奇跡的にもかすり傷ではあったが、念のためという事で、一日だけの入院を提示し、彼もそれに従った。顔色も悪くなく、意識もはっきりとしていて、すぐに良くなるとのことだったが、次の日の朝、病室へ様子を見に行くと、忽然と姿を消していたという。


 また、公用車の運転手や付き人(おそらくはあのボディーガードや秘書)の姿もなく、何者かに公用車ごと誘拐されたのだと考えられている。

 そのため、その日から、ギルドは全力をあげて、町長の捜索にあたっていた。


 「全力」というのが肝要だ。


 ギルドというのは、置かれている場所の自治に対して、積極的に関わらない姿勢を取っている。これはおそらくギルドの性質と、政治が混ざって起こる可能性を考え、敢えて距離を置くのだろう。ただし、頼まれれば依頼として受注し、おれたちのようなフトラクに情報提供を求め、或いは保護を要請する。または、情報を自主的に回収し、それを役所なりに協力として提供する。


 あくまで、中立な立場を保とうとするのが、ギルドの理念に沿う動きだと思われる。すくなくとも、外から見れば、そう思われている。


 なので、たとえ町の要人が行方不明になったからと言って、自ら、ギルド機能(この場合は迷宮の保全)を制限するほどに人員を割き、捜索への協力を利用者へ求めることは、明確に異例であった。


 そのことに関して、ギルド、若しくはギルド内の要職の人間と、あのカザン町長との間に何があったのかは、知る由もない。リンネにそれとなく、そのような話をしたら、あからさまに嫌な顔をされてしまった。


 まだ、そんなものに関わろうとしているのか、と。


 実際のところ、ギルドの動きが異例であろうがなかろうが、そんなものはおれたちのようなただの利用者にとっては、どうでもいいことだった。


 いや、ぶっちゃけると、ギルドはこの動き方に対して後ろめたさを持っているのか、迷宮関連の依頼に対し、多少の手当てを付けはじめていた。つまり、おれたち利用者にとっての書き入れ時というわけで、どうでも良いというか、良いことばかりだった。


 形としては、異例事態が今後もしばらく続くので、保全に協力してくれたため、と言うわけである。


 中層以降の依頼の手当ては、Cランク用の依頼一つ分ほどである。それは金額だけ見ると、中層での依頼をこなすと、もう一つ、中層での依頼をこなしたことと、同じ意味合いを持つのだ。大盤振る舞いというやつである。


 どこからそんなお金が、と不思議に思っていた。その疑問には、リンネはあっさり答えた。


「ある時から、宝石類が高騰しました。良いものほど、その上げ幅が激しいようですわね。原因は、原石の採取に伴う危険の増大、となっています。要するに、宝石の原材料たる、原石が、それだけ値上がってしまった。その理由は、当然、シシもお分かりですわよね?」


「迷宮における、特異種の出現……、で、合っているよね」


 やや恐る恐る答えたが、彼女はにっこりと微笑んで、二冊の雑誌を、自分のベッドに広げた。


 一冊は、さっきから読んでいる女性向けの本。もう一冊は、シリーズ自体は別だが、同じく女性向けのもので、今朝、近くのたばこ屋で菓子とともに買ったものである。それら二冊を、背表紙を上にするように立てて、おれに見せた。


 リンネがずっと読んでいた本の日付は、三日前。これは、事件のあった日、帰りに買ったと言う。


 見比べてみると、確かに値上がりしている。もともと目がくらみそうな値段のものが、眩暈がしそうな値上がりを経て、さらに卒倒しそうな価格になっている。高級なものほど、その幅が大きい。中には、値上がり分だけで、元の価格を越えているものすらある。


 これら宝石類のほとんど、おおよそ九割がたが、このズーベ・ヘーア、ゲンマ迷宮で産出された原石を用いている。

 こんな状態で、ギルドの羽振りがよくならなければ、突き上げが起きるだろう。


「でも、こんなに値段があがっちゃ、買える人が居なくなっちゃうんじゃない?」


 いくら貴族と言えど、と言うと、リンネは首を横に振った。


「もともと、ここに載っているようなものを買うのは、金を捨ててもなお余るような層ですわ。わたくしたちが、屋台のコーヒーやスムージィを買うように、彼らはこれを買うのです」


 そんなもの、なのだろう。おれにはよく理解できない世界だ、と思った。


 女性向けなのに宝石が載っているのか、というおれのつぶやきに対し、リンネは勢いよく噴き出した。


「ごめんなさい、笑うつもりはございませんでした」

「思いっきり笑ったじゃん」

「あまりにもおかしなことを言うものですから。ちゃんと覚えていかないと、いつか思いを寄せる人があらわれたとき、右往左往することになりますわよ」

「そう、なる、かなぁ」

「ええ、目に見えます」


 きっちり勉強しておくように、と、その二冊を押し付けられるように手渡された。先ほども少しだけ覗いてみたが、内容的に際どいものが多いので、あまり読む気にはなれないだろう。


 さて、とリンネがベッドの上に立った。腰に手を添えて身体を反らす。


「わたくしたちも、この流れにあやかりましょうか。体調、いかがですか?」

「おれ自身は至って健康的だ。何かありそうな気もするけどね」


 おれがそう言うと、彼女は鼻から息を漏らして、入れていた力を抜いた。


「どうしてこう、厄介ごとというのは、わたくしたちにばかり起きるのでしょう」

「おれたちが起こしているから、とか」


 そう言うと、彼女は腰を折って、足元で座っているおれに顔を近づけた。

 おれと彼女は、身長がほとんど同じだ。差はおそらく一、二センチかと言うところで、無いにも等しい。


 体幹もさることながら、身体の柔らかさも凄いな、と思いながら、じっと彼女の目を見た。

 まるで犬を見下ろすような構図である。


 うふふ、といつもの笑い声。


「さあ、準備なさって。今日も稼ぎますわよ」

「おー」


 リンネが飼い主でも楽しいだろうな、と、よく分からないことを考えていた。

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