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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
三章 ズーベ・ヘーア
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4-2 強欲を蒐集する者

 あからさまに異常な様子だった。


 上層の入口から迷宮に進入したのだが、所々に中層のような、レンガの通路が混ざっていた。そして、普段なら迷宮内では見なかった、黒い霧のようなアノインと、これまた真っ黒なテルミドールが歩き回っていた。ただの色違いでも、定義上は変異種となるのだろうか、などと、観察する暇もなく、彼らはリンネの手によって霧になってしまう。


 見える限りは、思考も攻撃パターンも、おそらく通常種と大差ないようだ。


 ただ、彼らが迷宮内に発生するという現状は、ギルドにとっては大問題だ。それもそのはず、テルミドールなどによってクライノートの発生が妨害されてしまった場合、簡単にこの町は廃れてしまうだろう。このズーベ・ヘーアは、やはりクライノートによって生かされているのだ。


 そのため、ギルドは依頼を発注した。また、迷宮内の異変であるため、ある程度は戦えるフトラクを利用した内容にしていた。幸い、現在この町にはSランクパーティがいくつか居るようだった。


 負傷者の救助(という名目の異変鎮圧)において、やたらめたらに人を突っ込んで、被害を増やせば、たとえ異変が収まったとしても、ギルドは他支部からの批判を免れない。よって、被害拡大を防ぐため、それらSランクパーティを救助班のリーダとして指名し、他パーティをその補助要員としてあたらせた。


 おれたち二人が、バレスのパーティとの会話を終え、フリースペースを出たとき、ちょうど三つの班が揃った具合だった。彼ら三人もSランクパーティだと知り、他数人を連れて、おれたちもそれに続いた。


 一つの班につき、だいたい十人前後のパーティになった。


 ただし、他の班とはやや趣が異なっていた。リーダはその三人ではなく、おれたちだった。こちらにはリンネが居る。そこにおれも含まれているのがどうにも気恥ずかしかったが、相手が相手であるので、この異変を鎮めるためには、おれたち以上の適任は居なかった。


 これはこちらにとってはただただ好都合だった。しかし、件の特異種に出会えるか否かは、迷宮次第、あるいはソイツ次第である。


 魔物は出会いたくないときに限って顔をみせ、出てきてほしい時に限って尻すらも引っ込める。そんな連中なのだ。その定石通り、おれたちは負傷者の一人も見つけられないまま、ただアノインとテルミドールを蹴散らすままに上層を練り歩き、そして、中層への階段に辿り着いてしまった。


 今回の階段は、曲がったりもせず、直線だった。


 中層に降りてすぐ、広場になっていた。天井は見えないほど高い。今まさに上層から降りてきたはずだが、この高さだと、地上よりも高い所に天井がありそうに見える。


 それでも広場は明るい。それは、広場の中心にやたら大きい焚火台が置いてあるからだ。これも、迷宮内で自然発生したものなのだろうか。非常事態であるのに、換気のことが気になってくる。


 それ以外には、広場は何もなかった。後ろには上層への階段、前には通路。一本道になっている。


「あ!!」


 一人が広場の中央あたりで声を出した。後ろに居る人だ。


「どうかしたのか」


 と、バレスが声を掛けながら振り向く。おれも後ろを見た。

 中央にある炎に照らされて、おれたちの影がその壁を薄いインクのように染めていた。


 壁か、と誰かが呟いた。そこでようやく気が付いた。階段が埋まってしまっていたのだ。


 近くに居るのだろう。前にこれを間近に体験したとき、彼らはおれたちのすぐ近くで、組み替えを行った。そのことから、組み換え技術を適用できる範囲は、そんなに広くはないと推測できる。


「ど、どうしましょう!!」


 後続の人たちが頭を抱え、騒ぎ始めた。それが、二人、三人と伝播する。


 そうだ、すっかり忘れていた。


 組み替えを間近で見ているのは、おれたち五人だけだ。

これが通常の反応なのだ。ついさっきまで降りていた階段が急に見えなくなったりしたら、このほの暗い迷宮の中で閉じ込められたとパニックになる。


 パニックに乗せられたのか、はたまた現実から逃げたがっているのか、おれはまた急に、他の班のことが心配になった。


「慌てるな」バレスが低い声で言った。一喝で騒ぎは収まった。「元凶を倒せば、絶対に戻れる。今は負傷者を探すことに集中するんだ」


 バレスのお陰で、騒ぎが徐々に安堵の声に変わり、再び緊張感が戻ってきた。


「ここを拠点としましょう」


 ソノアの提案によって、負傷者の安全を確保するための場所として、この焚火台のある広場を拠点とすることにした。

 組み替えのこともあるが、なによりも、負傷者を伴ったまま、移動することはできない。ましてや相手は特異種の疑いがある。強敵相手にハンデを背負う事はできない。


 よって、この十人程度の班をさらに分けた。ソノアを含めた六人は、回復術に長けているメンバだった。そのため、Sランクとして戦闘も十二分にこなせるソノアを、拠点班のリーダとして三人ほど留めた。

残りは、道中で見つけた負傷者の搬送係として、おれたち捜索隊に組み込んだ。


 そうして捜索してから数分後、通路内で倒れている四人パーティを発見した。すぐさまサポートメンバが駆け寄ったが、一様にして首を横に振った。


 彼らの亡骸に、昔、アラム王国の地下水路で使っていたような、タグをつける。迷宮外からは検知できないが、迷宮内では検知可能なものだ。迷宮に入る際、ギルド官給品として、パーティのリーダにいくつか配られる。


 今は生きている者が優先される。おれたちは祈りを捧げ、彼らの身体を踏みつけられないよう脇へと動かし、先へ進んだ。


 そのとき、おれは持った人の、傷跡を見た。見たままを詳しく書くと、後で読んだときに、夕飯を食べられなくなるかもしれないので省くが、分厚い鎧をも貫いて、胸部にあったそれは、打撲や切傷の類ではなかった。丸い穴が開いていた。


 この人は甲冑を着込んでいるみたいだが、甲冑そのものには傷は少なかった。


 擦過傷は多少見られたが、それでも、その傷の少なさは異常というか、不自然ではあった。


――抵抗できないまま、やられてしまったのか……?


 あまり死体を探るような真似はしたくないが、少しでも情報を得るために、頭部の甲冑を取り外した。とたん、白い肌が見える。エルフだった。瞼は開いているが、瞳は何も見ていない。口の端から血を流していた。


 小さな穴が開いている胸当てを外してから、女性であったことに気づいた。しかし、なによりも目に入ったのが、甲冑の穴よりもさらに小さい傷だった。


「どう思います?」


 おれは他のメンバに聞いてみた。


「銃創、銃で撃たれた傷にも見えるが……」ボランが言う。「この甲冑を見る限り、正面からやられたのだろう」


「いやまて。これは、魔導弓の傷じゃないか?」


 メンバの一人が甲冑の傷と、遺体の傷を見ながら言った。


「魔導弓?」

「うちのソノアも使っている、弦を魔力で発現させる特殊な弓だ。魔法の矢を射てるとかなんとか。とんでもない速度で射てるみたいだ」

「この人の持っているのが、その弓ですの?」


 リンネが比較的奥で倒れている人の近くに立って言う。その人も同じような傷がある。首元に小さな穴が開いていた。


 力尽きても、握りしめられた不思議な棒。くの字、と言うより、「(」の字に近いそれは、イメージで浮かぶ弓の中心部に丸い機器が付けられている。


「それだ。ソノアに聞けば、どこの工房製かわかるかもな」

「今重要なのは、なぜ、味方が持つ弓の傷が、当人にも、また仲間にもあるのか、だ」


「他の人は、どうです?」

「こっちは打撲だ。がっつり頭をやられている」

「同じく。後頭部だな」


「後頭部? 後ろから殴られたの?」

「後ろを振り返ったときに、と言う可能性もありますわよ」

「じゃあ――」


 ボランが何かを言おうとしたとき。

 カンテラの光が明滅した。


「――先にやられたのは、この二人で……」


 にもかかわらず、ボランは言葉を続けた。

 あの時と同じだった。


――だれも、気づいていない。


 まだ続いていたボランの言葉を、手で制した。


「どうした?」ボランは不思議そうにこちらを見た。「なんだ? 何か聞こえるのか?」


「また、ですのね」


 リンネの言葉におれは頷いた。

 ここではぐれるのはまずい。隊列がやや縦長になっている。とりあえず、おれを中心に集合してもらう。


 明滅に気づいた人はいるか、と問うと、誰もが顔を見合わせた。


「ずっと点いたままだったような」

「今、先ほど、一瞬だけ明かりが消えました。以前の経験からすると、おそらく、そこの曲がり角の先は行き止まりになってしまったはずです」


 一人がそれを確認しようと足を動かすが、それを止めた。


「離れないでください。近くに居ます」


 再び明滅。バレスが低い声でうなった。


「今のが……」


 おれは頷く。明らかに間隔が短くなっている。


「え、今も何かあったのか?」ボランが背中に手をやっている。「全く分からなかったぞ」


 リンネが鞘から剣を抜いた。皆が武器を手にする。

 さらに明滅。先ほどまでの進行方向に、曲がり角が出現した。その先に、やたら明るい部屋があるのが、そこから見える光の加減で分かった。


「あ、おい。遺体が、消えているぞ」


 先ほどまで横たわっていた彼らが、すっかりおれたちの目の前から消えていた。

 通路ごと切り取って組み替えていたわけではないのか。おれたちだけを動かしたのか、それとも、彼らを異物として吐き出したのか。


「覚悟しろ」


 バレスの声で、皆が戦いの目になった。

 一人が曲がり角に立つ。退路はないので、後ろに下がることは考えなくていい。それよりも一人だけ取り残されることが、今の状況では一番まずい。


 前におれがやったように、その人が角の先を読む魔法を行使した。

 壁に写されたのは、やたら煌びやかな空間だった。


 白い水晶が壁一面から聳え立っている。床はレンガが敷き詰められたのに平坦な、中層のそれだった。壁と床で、正反対に思えるような異物感がある。この場合の異の方は、床だろうか。


 水晶の大きさは疎らだが、一メートルを超えるものは少なそうだが、ソノアたちが待っている拠点ほど広い空間ではない。それに加えて水晶があるから、もっと狭いだろう。


 初めにおれが角を曲がった。左手で槍を持ち、右手をやや前方にかざしながら防護壁バリアを展開する。

明らかに異常な空間を渡り切るまで、ボランが殿に就いてくれた。


「まるで、<水晶の楽園>みたいだ」


 誰かがそう呟く。

 どこかで聞いたことがあるかもしれない言葉だった。記憶の欠片が耳をくすぐり、後ろに注意が向く。


「童話のあれか。確かにな」

「子どもの頃は、あれを聞いて目を輝かせていたんだがな。今は恐ろしくて堪らない」

「同感だ」


――ナツロスは、洞穴で水晶になった。


 アイドゥンの怒りを買ったナツロスは、その身を洞穴に隠した。だが、女神の目を欺くことは叶わず、洞穴の中で石像にされてしまった。


 恒久にも近い時を経て、己の罪を悔い、清らかな心を取り戻した時、女神の魔法が変化し、醜い石像は、誰の目にも触れられることのない、美しい水晶の像となったのだ。いつしか、その水晶の像は洞窟と一体化し、<水晶の楽園>を形成した。そのきらめきを、どこかの地下深くで放ち続けているのだそうだ。


 勇者が現れる、遠い遠い昔の話、とされている。


「え、じゃあ、門番が居るのか?」


 誰かが言った。


「門番って?」

「ほら、ナツロスは心を文字通り入れ替えて、清浄な心を手に入れたんだろ。その邪悪な心が、<水晶の楽園>に近寄るものを拒む門番となったんだ」


「どこの伝承だ、それは」

 笑い声があがる。

「どこって、ズーベ・ヘーアだ」

 おれは足を止め、振り向く。

 話をしていた彼らが、咎められると思い、唇を結んで、首を竦めた。しかし、おれにはそのつもりは毛頭なかった。

「あの、今のお話――」

 

 ズドォン!! と。


 水晶の壁が弾ける。

 後方、数メートル先の水晶が弾丸のように飛翔する。

 ボランは素早く対応し、盾を背後へ回した。


「うわあああああ!!」


 反射的に、みんな頭を抱えてしゃがみ込む。

 足元を掠めた水晶の欠片が、ちゅーんという、間抜けな、水晶とは思えないような音を立てて飛んでくる。


「ボラン!!」


 欠片と振動が収まったころ、絡繰ギミック盾によって破片を防いでくれていたボランが、膝を折った。

 バレスが肩を使って彼を立ち上がらせる。


「このまま行って!!」おれは叫んだ。「おれたちが食い止める!!」


 バレスが頷き、開いている片腕を前方の通路へ振った。


 通路へと入っていく一団とすれ違う。残ったのは、おれとリンネの二人。

 腹から血を流しているボランが、気を付けろよと言った。


 それに言葉ではなく、頷きで返した。バレスたちが通路へ入り姿が見えなくなったその時、明滅が起きる。首をわずかに回して見てみると、そこは水晶で埋められてしまっていた。


 咆哮。

 土煙が吹き飛び、音圧が肌を突き刺す。


 壁のように迫ってきたそれを、リンネの剣が音を立てて、斬った。

 おれは彼女の傍に並び立つ。


 奴の体躯はおおよそ三メートル。何もかもが細い。手も、足も、胴体も。


 シルエットだけで言えば、とにかくスレンダーな人に見えないこともない。だが、そいつの頭には、銀色に輝く水晶が、異様な煌めきを放っていた。


 青い水晶で出来た身体を、ぎしぎしと軋ませながら、ゆっくりと動き始める。


 咆哮。

 足元を手で叩きつける。


 すると、波のように、生成された水晶が迫ってくる。

 左右へと回避する。


 奴が低い体勢のまま、こちらに手のひらを向ける。

 ほぼ同時に、おれとリンネが駆けだす。

 向けられた手のひらから、弾丸サイズの欠片が発射される。


 一つ一つが、本物の弾丸のような威力を持っていると見て良いだろう。腹にあたれば、体内で横転して傷を増やす。頭にあたれば、そのまま脳をこねくり回されてしまうだろう。


 だから、当たってはならない。

 防護壁で防ぎつつ、リンネよりもリーチがすぐれているこちらは、少し手前で槍を振り下ろした。


 水晶で固められた表皮はやたらと硬いが、火花を散らして、傷はついた。

 見上げると、頭上から拳が降りかかろうとしていた。


 通常のクライノートより巨大でも、その何倍も動きは俊敏だった。

 その頭の上に、リンネの影が見える。


 バツ字に交差した剣撃が、コアを隠している頭上の水晶を直撃する。

 後頭部から前頭部にかけて、なぞるように当てたそれにより、拳は途中で消え、水晶の巨人は体勢を崩し、奥へと転んだ。


 まずは、動きを封じる。

 おれに近い、左足の付け根を攻撃する。

 穂先に魔力を丸め込み、身体を捻じり、加える。


 身体の反発力をも加えたその刺突は、彗星のように尾を引きながら、奴の身体に直撃し――。

 まっすぐに、おれに向かって跳ね返ってきた。


「ッッ⁉⁉」


 槍を前へ突き出したままの恰好で、身体だけを翻すように動かし、自身の刺突彗星を間近で避ける。

 空気を切り裂く音が遅れて聞こえ、背後で水晶にぶつかり消滅した。

 思わず距離を取る。


 そのうちに奴は体勢を整え、再び足を地面につけ立ち上がろうとしている。

 異変を見ていたリンネが近寄ってきた。一瞬、つま先から頭頂部まで見られ、何もないことを確認された。


「なにがありましたの」


 無感情に言う。視線は奴に向いている。


「ちょっとね。リンネ、試したいことがあるんだ」


 危機的状況であるのに、おれは笑って言った。余裕があるように見せたかったのか、笑うしかなかったのか、それはおれにも分からない。

 それを横目で見て、彼女も微笑んだ。


「構いませんわ」


 返答とほぼ同時に、拳が眼前へ迫ってきた。

 それを、リンネは華奢な両腕で保持する剣で受け止め、さらにわずかな時間で勢いを押し返した。


 火花がぢりぢりと音を立てて宙を舞う。


 大きくのけぞり、無防備に晒されたその胴体に対して。


 おれは、穂先を低く構え、溜めた一撃を、二回、放った。

 一つは魔力を伴ったもの。

 もう一つは、圧倒的な速度で突き出された空気が突き進んでいくもの。


 それらはほぼ同時に着弾し、

 魔力を伴った方が、こちらへ帰ってきた。


「ッッ!!」


 左手に持った剣が、それを刀身で捉え、やや拮抗して、真上へと弾かれて消えた。


 純粋な衝撃波が穿った穴は、奴の胴体の中心に残ったままだ。

 大きくのけぞっているが、こんなものか、と、奴の口が笑うのが見えた。


 ただし、これではっきりした。


――奴の身体は、魔法を、魔力を反射する。


 剣や通常の弓では歯が立たないほどに、強固な表皮のうえ、それらを硬くしている要因であるその水晶が、魔法を反射している。


 こいつは、非常に危険な存在だ。


 巨躯に加え、この素早さと硬さからくる攻撃力は、半端じゃない。まずもって接近するなど無謀だ。


 だから、安全に戦う、もしくは安全に撤退するためには、無意味に近寄ってはならない。遠距離武器で、攻撃するべきだ。セオリー通りの戦い方だと言える。


 そこで、彼らは魔導弓で攻撃したのだろう。


 跳ね返ってきた刺突を見る限り、ほぼ速度を維持した状態のまま、反射される。


 とんでもない速度で放たれた矢を、避けられなかった。


 こうなると、普通のパーティはともかく逃げる。逃げろ、と教えられている。情報を持ち帰ることが、何よりも優先される。そうでなくても、明らかに異常な相手だ、戦利ドロップ品を置いて、少しでも速く逃げるしかない。


 だが、奴には組み替え技術がある。

 さすがに、すでにこうやって目の前で立っている以上、おれたちもろとも奴も動くことになるから、使う意味はないが、隠れた相手をあぶり出すにも使えるだろう。


――だから、後ろからやられたのか。


 だが。

 おれたちは、良くも悪くも、一般的からは逸脱している。

 品行方正なパーティではなく、まともなパーティでもない。


「ならば、斬るしかありませんわね」


 そう言って、リンネは身体を捻じった。

 勢いよく、左の剣を、地面を削りながら振り上げる。


 衝撃波が、地を這う竜のごとき様相で、奴の真下に迫る。

 爆発。上方向へと逃げた衝撃波は、巨体すらも浮かせるほどの圧力を持っていた。奴の身体が、巨躯に見合わない高さまで浮く。


 おれは助走をつける。自分に能力付与魔術エルヒューレンを掛けて、足を速くする。

 速度が出てから、手前の床に石突を突き立て、

 身体を持ち上げた。

 勢いが上へと変わり、飛ぶ。


 石突を地面から抜き取る勢いを回転力へと変換する。


 回転力は遠心力へ。

 遠心力を穂先へ。


 世界が何十回も天地を入れ替えながら、宙に浮くその巨体へとおれを導く。


 最後の回転を縦へと変える。


 大きく身体を反らせ、まるで大槌を振り下ろすように。

 槍をぶつけた。


 衝撃が奴の全身へと渡る。

 余波で、周囲の水晶に亀裂が入る。


 真下には、既にリンネが待ち構えていた。


 地面に巨体が落着する寸前。

 十字の剣撃が、奴の胴体を斬り飛ばした。

 一瞬遅れて、余波が、壁を十字に切り裂く。


 水晶が粉々に砕け散り、宙でぶつかってからからと音を立てる。

 天井に足がついた。前のリンネみたいだ、と思う。


 頭の水晶の奥に、光るものが見える。

 あれが、コアだ。


 考えるよりも先に、身体が動く。

 霧のように舞う水晶の欠片を厭わず、おれはそこに向けて槍を突き立てた。

 卵の殻を割るよりも少ない衝撃が、わずかに腕に伝わった。


 瞬間。

 細枝のような手足と胴体が、数百倍に膨れ上がり、青い水晶は真っ黒に濁って。


 爆発した。


「うわ!!」


 爆風で体勢が崩れ、あわや頭から落下、と思って、腕を前に出す。なんの意味もない、気休めだった。


「っよ」


 空中で、抱きかかえられる。

 そのまま、ふわりと着地する。

 時間が動き始め、欠片が降ってきた。みしみし、ぴしぴしと水晶たちが音を立てている。


 おれは、まるで小さな子どものように、槍を身体の中心に抱きしめるために、両手足を小さく縮こまらせていた。


「どうぞ」

「あ、ありがとう」


 地面に足がついてから、自分の手の中にあるものに気が付いた。

 指を開て見てみると、銀色の雲が中で蠢いている不思議なものを持っていた。


 これが、原石だと気づくのに、時間がかかった。


 身体中に纏わりついている欠片をはたき落していると、それをリンネが持った。


「綺麗ですわ」

「これなら、きっとバブーシュカさんも納得するかも」


 青い水晶に侵食されず、銀色を保ち続けているそれは、大きさとしては直径十センチよりも少し大きいか、というところである。

 今まで見てきた、クライノートのドロップ品と比べても、明らかに異質であった。


 イバーの皮で包み、それをバッグに入れた。


 明滅――

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