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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
三章 ズーベ・ヘーア
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3-3 奇妙な依頼 Part3

「どういう意味です?」


 思わず、おれは語勢を強めた。

 目の前にいる男、カザン町長は、ソファにもたれかかり、足を組み、また態度を改めることなく、応えた。


「そういう意味だよ」


 ギルドではなく、役所の応接室。

 アジトから子どもたちを連れ、ギルドで保護を要請した。それ自体は容認されたのだが、ちょうどそこに、町長がやってきた。


 そして言ったのだ。


――依頼と違う成果を上げたな。


 そんなことはない、とおれはその場で反論した。カザン町長の依頼は、「脱走した<ナツロスの定>団員の捕縛」であったはずだ、と。


 すると、それにカザン町長は、両手を縛られている彼を見てから、こう返してきた。


――そこの彼は、彼女に刃物を突き付けたのでは?


 その瞬間、おれは彼が何を言わんとするかを察した。そもそも、まだ完全に依頼達成の報告を終えていないのに、なぜ、彼がナイフを持ってかかってきたかを知っているだろうか。ただ、そう言った当然の疑問は、ギルドから役所まで歩くとき、ようやく表面に浮かんできた。


 それほど、町長の意図が衝撃的だったのだ。

 依頼内容に関しての相談は応接室でやると言われたので、おれたちはそこに向かった。


 リンネは、ずっと、押し黙っていた。


 どうして何も言わないのだ、と、道中に問いただしたところ、おれが嫌悪感から来る憤慨を露わにしているのが珍しくて、観察していた、と言った。おれの顔の筋肉が柔らかければ、眉をキツくハの字にしていたことだろう。


 何かを考えているのか、それとも本当におれを弄んでいるのかは、冷静じゃなかったおれには分からなかった。ただ、彼女に何かを期待していたのかもしれないおれは、胸の内に軽く絶望を覚えた。それの由来は、頭を冷やしても分からなかった。


 そして、応接室でカザン町長と再び会った。かけたまえ、とソファを指差した手には、細い紙巻きたばこが挟まれていた。黒い皮のソファで挟まれた、低いガラスのテーブルの上に、黒い石でできた灰皿があったが、そこにはまだ何も無かった。


 おれたちがソファに座ると、彼も座った。そして、こう言い放った。


「どうして、殺さなかった?」


 そうじゃなければいいのに、と願ったのは久しぶりだった。嫌な予感と言うものは、なぜこうも当たってしまうのだろう。


 おれは怒りを通り越して呆れた。呆れすぎて、一瞬、口が開かなかった。開いた口がふさがらない、という言葉があるが、どうやら、そこを通り越してしまった。


 そのまま黙ってしまうことはできなかったので、何か言おうと、威勢よく飛び出してきたのが、


「どういう意味です?」


 身体の硬直を解くため、語勢が強まった。


「そういう意味だよ。どうして殺さなかった、彼は害意を持っていたはずじゃないか」


「確かに彼は害意を持って、相棒に刃を向けました。しかし――」

「しかしもなにも、彼は立派な盗賊団の一員ではないのかね」


 わたしはね、とカザン町長は体勢を前のめりにして、手に持っているたばこの灰を灰皿に落としながら言った。


「全員を殺せ、とは言っていない。害意を持っているのなら、やむを得ない、と言ったんだ」


「害意によって捕縛が難しければ、とも仰っておりました。事実、彼は他の子どもたちの安全の確保の約束されたことにより、われわれのもとに帰順しました。これで目的は達成されたと言ってもよいのではないでしょうか」


「一度、反抗的な意思を持ったならば、それは延々と残り続ける。彼が、他の者を傷つけないとは限らないのだよ」


「それは……」

「それは、詭弁かと」


 リンネが口を挟んだ。


「確かに害意は完全には消滅してはおりません。彼は、やるときはやる、確固たる意志を持っているように、わたくしには見えました。であれば、彼はむしろ扱いやすいのです」


「ほう」

「彼の大切とする者たちを傷つけてはならない。特に、彼の家族を」

「すると、どうなる。奴らは盗賊団だ。抵抗することも考えられる。たかがそのような意思だか石だかに怯え、善意の人間を傷つけさせても良いと?」


「いいえ。彼らには抵抗できません」


 あの子たちがいる限りは、と言う言葉を、リンネは省略したようだ。それは、その場に居る全員が分かった。ただ、どうして省略したのかは、おれには分からなかった。


 ふっと、カザン町長が笑った。彼がたばこの煙を吸うところを見ていないのに、すでにたばこはかなり短くなってしまっていた。それを見て、おっと、と声を漏らし、石でできた灰皿に擦り付けた。


「お二人が言うなら、信じよう。依頼達成、お見事だ」


 釈然としないまま、ただ機械的に礼を言った。なぜこんな人に頭を下げなければならないのだろう、と。こういう対応は、やはりリンネがよくできていた。彼女は一時たりとも、その笑みを消さなかったからだ。


 許可手続きも滞りなく、報酬金も満額、と言われた。おれは、その報酬金は彼らの生活費に充ててくれ、と言った。カザン町長は笑って、頷いた。


 応接室を出ると、黒服のボディーガードが待っていた。ため息つく暇もなく、おれたちは役所から追い出された。


 何かに気持ちをぶつけて、心のもやを消したかった。手近な、石でもベンチでも何でもいい。そうしてあたりを見回しているあいだに、リンネがそのまま歩き始めたので、仕方なく、徒歩中に発散することにした。


 役所はギルドのすぐ近くにあった。ギルドは宿から見えるが、役所は角を曲がり切った先にあるので、役所の方が遠い。ギルドが見える所為で質素に感じられる建物だが、内装はなかなか拘って作られていた。


 リンネが歩く方向はレボ区画へと行く道、いわば宿とは反対方向だった。何も言われていないが、おれは財布から、前に守衛からもらった入場カードをあらかじめ取り出しておいた。予想通り、おれたちはレボ区画に入ることになった。


 少し前まで焼き付けるくらいに熱を感じた日光が、今はギルドの建物に阻まれている。もうすぐ、日が暮れる。迷宮は涼しくて過ごしやすい。ちょっとだけ、盗賊団の彼らがうらやましくなった。


 <ロスカシュ>と彫られた木の看板の下にあるドアを叩いてから、おれたちはその店に入った。


 電話で何度かリュウタロウとやり取りをしていたが、顔を合わせたのは一週間ぶりくらいだった。前のように、どたどたと上から降りてきた彼は、


「たばこ臭いね」


 と言った。一度外に出て、魔法で起こした風を全身に浴びてから、再度店に入った。あまり気にならなかった。宿の受付にいる主人もたばこを吸うが、きっちりたばこ臭いのに、カザン町長のたばこは、その時はにおいがしなかった。しかし、リュウタロウに言われて気が付いた。


 変な術でも掛けられていたかもしれない、と思って、ぞっとするのと同時に、リュウタロウに感謝した。ネロに送るのは<ロスカシュ>のアクセサリにしよう、と思った。


 再度入店したとき、バブーシュカがショーケースの後ろの部屋から顔を見せていた。上がれ、と言われて、おれたちは従った。

 前と同じ部屋に通された。リュウタロウは、店番のために土間に残った。


「で、何の用だい?」


 おれが紅茶を淹れようと、水を入れたヤカンを火にかけているときに、話が始まった。相手はもちろん、リンネだった。一瞬だけ、早くいかなきゃ、という気持ちに焦らされたが、行ってもただ話を聞くだけになるとわかったので、耳だけ向こうに向けながら、じっくり淹れることにした。


「この町の近況について、お聞かせ下さい」

「はぁ? ウチは宝石店だよ。喋り相手ならどっか別のところで――」


「チェルスキンさまがお亡くなりになった、というのは、本当でしょうか」


 バブーシュカの動きが止まったのが、空気の流れでなんとなく分かった。


「チェルスキンの野郎が、死んだって?」

「ええ。ゲンマ迷宮に巣食う盗賊団、<ナツロスの定>によって襲撃され、その時の傷が原因で亡くなったと」


「そんな話、聞いたことないが」

「本当ですの?」


「それはどっちが、だ?」


「前町長の逝去を、知らされていない、と?」


「チェルスキンの野郎は、良くも悪くもこのズーベ・ヘーアを変えちまった。貴族の力を削ぎ、ここに住まう職人の地位を上げるために尽力した。そのせいで水面下が騒がしくなったのだが」


 そんな奴が死ねば、町中が騒ぐだろうよ、とバブーシュカは言った。


 悪名にも高名にも、どちらかに偏っていれば、その権力者の名はある程度は残る。少なくとも、逝去して間もない頃は、確実に残っている。


 だが、そんな様子は一つも見えてこない。特に、貴族からの反応は分かりやすいものになるだろうが、いつもの通り、水面下で蹴りあっているだけのようだ。


「で、だれが就いたんだ?」バブーシュカは首を捻りつつ言った。「後始末役に。それとも、まだ空席か? まあ投票もなかったしな――」


「投票?」


「この町に住んでいる職人の数はたかが知れている。だから、直接選ぶんだ。チェルスキンの野郎が町長になれたのはそのおかげさ」


「では、まだその投票は行われていないと」

「ああ。さすがに元の木阿弥にはさせたくないからね、あれば行くよ」


「すでに、町長の席は埋まっていますわ」

「誰が、就いた?」

「カザン、という男です」


「……、だれだ、そいつぁ」


 部屋の扉ががらがらとワザとらしい音を立てて開く。リュウタロウが薄めのノートのようなものを持って入ってきた。

 同時に、ヤカンに注意が落ちた。吹きこぼす寸前だったので、火を止めて、すこし冷めるのを待った。


「リュウ、おまえ、話を聞いていたな」

「そりゃそうでしょ。チェルスキンさんには良くしてもらっていたじゃんか」


「悪い人ではなかったのですね」

「まあね」


 そう言って、リュウタロウはまた元の場所に戻っていった。


「職員名簿ですか」

「毎年、配られる。後ろの方に、次期の町長投票の候補が載っているハズだ」


 紙が捲られる音。リンネが小さく、あった、と言った。


「しかし、カザン、という者は、立候補者リストには居ませんね」

「職員リストには?」

「それには載っています」


 二人分のカップに紅茶を淹れて、持って行った。リンネと、バブーシュカの方へ出す。


「こういうことは以前にもありましたか?」

「あった。しかし、それは投票制度ができるより前の、昔のことだ」

「であれば、カザンという男は、臨時要員として動いている――」


「そう考えていないだろ、あんたは」


 ぎろり、と。キツい目線を向けられたにもかかわらず、リンネは、口元を隠す仕草とともに、上品に笑った。

 それを見て、バブーシュカは鼻から息を漏らしてから、おれを見た。


「それで、素材は手に入ったのかい?」


 おれは頭を横に振った。


「まったく。許可が降りず、中層までしか行けていません」


「っは。設計図に書いてあった珠は、中層で手に入るような代物じゃあない」


 不純物がなく、澄み切った、原石。求められているのは、魔力の伝導効率である。


 少しでもその基準値を下回れば、たとえ超一級品で代替したとしても、たちまち割れてしまうと言う。


「一年は覚悟しな」


 バブーシュカは右の人差し指を立てた。


「下層だろうと、地の底だろうと。求めるモンがありゃあそこまで追っかけろ。それぐらいのやる気がないなら、とっとと諦めちまいな」


 おれは頷いた。


「諦めはしません、それは、おれたちに必要なものです」

「必要、ねぇ」


 顎をさすりながら、低い声でそう言った。


 職員名簿に視線を移す。一般職員のリストが名前と部署名だけ載っているページだった。たしかにカザンの名前はある。勤務年数もそれなりだが、部署はギルドとの交渉を任せているような場所だった。


 要職に就いているわけでもなく、その中の一般職員の一人であった彼が、どういう経緯で町長という役職になれたのだろう。組織の中で何があったのかを、想像すると、良くないことばかりが浮かんできた。


 日が沈んだのを知らせる鐘が響いた。今日は暮れるのが早かったように思う。そういえば、本当なら、今日は一日休んでいるはずだった。

 キリもいいので、おれたちは<ロスカシュ>を出ることにした。


 出る前に、少しだけショーケースを覗いていこうと思ったので、先に土間に降りた。


「なあなあ」


 その時、リュウタロウが横から話しかけてきた。奥に居る二人を気にするように、そちらを窺っているようだ。


「どうしたの」

「いやあ、あのさ」

「なに?」


「へんなこと訊くかもだけどさ、昨日の晩、なんか、へんな感じしなかった?」

「昨日の晩?」


 というと、おれが原因不明の頭痛で倒れたときである。

 へんな感じ、というのは、そういう意味だろうか。


「いや、いい」


 おれが応えるよりも先に、リュウタロウが切った。


「にいちゃんも、なんとなく分かってる感じっぽいから」

「分かっているというか、なんというか」

「イヤな感じがするんだ」


 声を潜めてそう言った。


「気を付けて」

「わかった」


 おれは頷いて、やってきたリンネとともに店を出た。

 宿へと戻り、食堂で、リンネはテュールに対して、同じような事を聞いた。


 テュールはチェルスキンに会っていると答え、リンネがそれについて訊いたことで、あの男が町長であることを、今初めて知ったらしい。前町長の死去に関しても、彼女は知らないと言った。


 おそらく、ほとんどの住民がそれを知らないだろう。誰もそのことについて話しているのを耳にしない。

 部屋に戻ったとき、軽く頭痛がした。声に出さなくてもいい、一瞬だけ、痛みがあった。


 リュウタロウの言う通り、へんな感じがする。胸騒ぎとまではいかないが、心が落ち着かない。

 眠れるかどうかを心配していたが、それについては杞憂だった。

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