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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
三章 ズーベ・ヘーア
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3-2 奇妙な依頼 Part2

 穂先が、クライノートのコアである頭部を砕く。


 後ろから近づいてきたもう一体の頭も、槍を引き抜いた勢いのまま、槍の尻部分である石突いしづきで粉砕する。


 タイミングを見計らっていたスライムが飛び掛かってくるのを、勢いよく振り払い、迎撃した。


 コアを失った魔物たちが、連続して霧散する。魔力の風が来るのを、顔を反らして防いだ。


 ドン、と。背中に何かが当たる。


 振り向くと、リンネの背中があった。


 もぞもぞと地面が蠢き、そこから特徴的な頭が出てくる。彼らは土から這い出ようともがきながら、金属の擦れるような声を出す。


 それに苛立っているのか、彼女の声色は幾分か低かった。


「雑魚が出てきても、面白くありませんわ」

「いやいや、彼らの落とすドロップ品に用があるのを、忘れていないよね」

「どうせクズ玉ですのに」


 まあ、それは間違いないだろうな、と思った。


 すでにクライノートだけでも、三〇体近く倒しているのだが、やはり、ドロップするのは質の悪いものばかりであった。


 中層でもこの状況なので、おそらく下層でも期待はできないだろう。それでも、必要なので、倒し続けるしかない。


 彼らにすっかり囲まれてしまっているのだが、余計な考え事をする程度には余裕があった。


 頭の水晶を支える首との間に、わずかながら口にあたる部位がある。もちろん、人語を理解できて、なおかつそれを使うことができるわけではないのだが、魔物の心理状態は口に現れることが多い。


 ずっと、呻いている。いつも通りなのだが、それがやけに不気味だった。


 おれの目の前の奴らが、腕を振り翳しながら、真正面から突っ込んでくる。


 それを、まるで選別するかのように、穂先で弾いて進路をコントロールする。


 勢いのままに通り過ぎていったのが、後ろの方で斬られていく。


 進路をふさいでいたやつが飛んできたので、それは穂先から衝撃波を撃ち、空中で撃破した。


 そこからは、各個撃破になった。


 リンネの双剣は、まるで扇を持って舞うようだった。盗賊団などが両手で持っているようなサイズの剣を、彼女は片手で軽々と振り回す。


 攻撃しに来た奴を、演武の演出に組み込んでしまう。殴ろうとして振り下ろした水晶の手は、自分の勢いのせいで、そこにあった剣によって斬り落とされる。そして、防御する暇もなく、そこにある剣が動き、頭を砕く。


 突きを繰り出したならば、やはりその出した腕は彼女の剣によって弾かれ、細かく切り刻まれる。そして、時に、わざととどめを刺さないこともある。自身の腕がなくなったことでバランスが取れずよろめいてしまったクライノートを、蹴り飛ばしたりして、他の個体の進路の妨害に使ったりする。


 そうして動きの統率を大いにかき乱したあとは、気が付けば、彼女のペースになっているのだ。そうなると、もはやどんな数が来ようと、コアを砕かれるのを待つ集団に成り下がる。


「リンネ!!」


 最後の一体の、細い胴体に穂先を突き立て、力任せに槍を背負うようにして、宙へと放り投げる。低い天井にがりがりとぶつけられたそいつは、あとは力なく落下していく、はずだった。


 地面に両足がついている状態のまま、彼女はそこから三メートルより上の高さに居るはずのクライノートの頭部目掛け、ワンステップで蹴りを食らわせた。天井とその勢いに板挟みとなったクライノートの頭部は、あっけなく粉砕され、霧散した。


 後ろを向いていたのに、不利な向きを回転力へと変換して、威力へと昇華させたのだ。その飛躍の勢いは、コアを砕いてもなお生じた、天井のヒビが物語っている。


 剣への熟練度もそうなのだが、やはり、彼女の身体能力そのものも、人間離れしていると言わざるを得ない。体内の魔力を操り、運動能力を魔法によって増強することによって、似たような芸当を真似するくらいはできる。だが、その訓練をしなければ、ジャンプしたあとに身体の向きを変える、つまりは、天井に足を向けることができず、頭からぶつかることになる。


 そういったものも含め、やはり彼女の能力はとんでもないな、と改めて感じた。


 魔物の出現が収まったようで、通路に静寂が訪れた。ドロップ品があるか探したが、どうやら今回のクライノートたちはケチなようで、五〇体ほどを倒して一つ二つしか置いていってくれなかった。


「中層でこれですのね」

「まあ、多少は強くなっているんじゃないかな。リンネにとっては誤差かもしれないけど」

「強さなど。わたくしは質を求めているのです」


 鞘に納めながらぼやく。


 先ほどのカザン町長からもらった情報から、盗賊団のアジトが中層にあるとのことだったので、おれたちは中層に来ていた。


 その情報が正しいか否か、という点においては、おそらく正しいものだった。


 正しいのに、おそらくとは。


 あの坂の入口からではなく、直接中層へと降りられる入口から入った。そこから今に至るまで、そんなに時間は経っていない、三〇分強が過ぎたくらいだろう。


 これまでの道に、それらしき痕跡がいくつか見つかった。明らかに迷宮が生み出したものではなく、人工物だった。剣で道をなぞった痕跡だとか、あるいは、食べ物のカスだとか。しかし、それがアジトへ通じるものなのかが定かではない。バッドマナーなラビンズたちによる仕業かもしれなかった。


 今のところ、それらが唯一の手掛かりではある。また、剣の痕はあるが、戦闘の痕がほとんど存在しない。これらのことから、アジトは中層付近にあるらしい、という情報が信ぴょう性をぼんやりと帯びつつあった。


 なお、おれは見逃したらしいのだが、中層への入口付近に、複数人の足跡をリンネが発見した。それに対して、様子がおかしい、とも言った。


――急いでいるように見える。しかも、その痕跡一つ一つが、()()()


 痕跡の規模が小さい。例えば、今、おれの足元には、剣か何かが擦れた痕がある。これは、深く刻むことはなく、表面にある皮膜を削り取るかのようなものだった。これは痕跡として残されたものではなく、偶然残ったものだ。


――背の低い子どもが腰から提げた、剣の切っ先が地面を掠めた。


 そう考えながら、もっとよく観察するため、顔を近づけて見てみると、一本の線でも、深さが異なっていることが分かった。


「深い所と、浅い所があるね」

「ならば、進行方向が分かりますわ。浅い方向はどちら?」

「そっちだ」


 おれは進行方向を指差す。再び歩く。


 盗賊団の中に子どもがいる、というのは、別段不思議な話ではなかった。アリアがそうであったから。他にも、成人前の年齢のみで構成された盗賊団、なんてものも過去にいくつか存在していたらしい。


 だが、迷宮をアジトにしている盗賊団ならば、そもそも子どもをその迷宮へ行かせるだろうか。上層ならまだしも、ここは中層の半ばあたりだ。おれたちが(というよりもリンネが)強いから、とんとん拍子で進めてはいるが、一般的には、ここはそこそこの歯ごたえのある場所だ。おれたちの目標が高すぎるのであって、本来ならば、おれの背にあるバックパックに入っているドロップ品は、そこそこの値がつくものだ。


 ならばこそ、この場所の危険性を誰よりも知っているはずである。いくら大人たちの腕が立つとはいえ、その子どもはすぐにそうはならない。


 何かが起きている。カザン町長の言っていた通りなら、<ナツロスの定>のアジトはこの近くで、ギルドから脱走した人たちが戻っているはずである。


 しかし、あの数のクライノートが進路上に存在しているのは、少し異常だ。迷宮の作り替えができる彼らが戻ってきているならば、あれらは進路上から排除されているはずだからだ。


「シシ、あれを見てくださいまし」


 リンネが指さす方を見ると、レンガ造りの壁に、鉄製の、錆びたり塗装が剥げたりしている、重そうなドアがあった。


「迷宮内に、ドア……?」


 罠の可能性を考えながら、手に持っている槍の先でつんと突いてみる。

 カツン、という間抜けな音がするだけだった。続いて手で触ってみる。良い感じに冷たい。しかし何も起こらなかった。


「防爆ドアですわね」

「ぼうばく?」


「爆発の衝撃や炎へ備えた、分厚い鉄製の扉です。さすがにこれを斬るのは無謀ですわ」

「そうじゃなかったら斬るつもりだったんだ」


 何を当然のことを、という顔で見られた。


「さて、これがアジトへの唯一の出入り口なのはほぼ確実とみてよいでしょうね」


 当たり前だが、防爆というくらいだから、何かから防ぐためのものであるため、こちら側には鍵穴はおろか、ドアノブものぞき窓などもない。塗装が剥げているぐらいで、ほとんど平坦な鉄製の板が目の前の壁に埋まっていると表現できるだろう。


「こういうのって、合言葉とか、何らかのアクションを起こすことで、開いたりするんだろか」

「これは音すらも遮断できるものでしょうから、やるとするならば後者でしょう。しかし、ノックをしても、向こう側には届かないかもしれません」

「と、なれば」


 おれは再びドアに手を当てる。

 一呼吸。

 魔力を、ほんのわずかに、その手へ、持ってくる。

 目を閉じる。

 何が見える?


――これは。


「どうなさいました?」

「その、なんていうか……」


 まるで稚拙な蝶々結びを、片方の紐を注意深く引っ張って解く。

 すると、ドアが一度大きく振動したあと、徐々に奥へと開いていった。


 こちら側とは質感の異なる明かりが見える。無機質な、研究室のような通路と比べ、色がある空間が、ドアの向こう側に広がっているようだ。


 手を引っ込め、中途半端に開いたドアを肩で押して開く。リンネを通してから、閉じた。


 こちら側には、いろいろな歯車が鉄の板に取り付けられていた。どうしようか、とみていると、


「そこの取っ手、それを回せば鍵代わりになりますわよ」


 と言われた通りにやってみると、見事にすべての歯車が動き、取っ手を半回転すると、施錠できたような音がした。


 指を挟んでしまったりしたら、大変なことになりそうな仕組みだ、と思いつつ振り返る。


 天井が丸い、土壁の空間であった。左側の、手前側から奥に向かって、地面にレールが敷かれていて、さらに左折かまっすぐかの二つの通路に分岐し伸びていた。


 右手側、つまりこちら側にもレールがあったが、それは白い壁の、天井を突き抜けている直方体の入口で行き止まりになっていた。その入り口には金網フェンスが取り付けられているが、それに近寄ってみてみると、どうにもエレベータかリフトであるらしかった。


 どうやら、迷宮のすぐそばにあった廃坑を、アジトにしていたようだ。他にも脱線したトロッコなどがあり、それらしい雰囲気が見えている。


 壁に取り付けられている魔法カンテラは、ずっと昔に故障したのか、改造されて豆電球が刺さっていた。だから、色がある空間に見える。

 どこからか拾ってきたのか、明らかに新しめの机や椅子なんかが固まって置いてあり、捻ればまだ水が流れる蛇口の近くには、そこそこの数の食器が置かれていた。


 人の生活感が随所に見える。少なくとも、最近までここに集団で居たことは間違いなかった。


 しかし、もしもナツロスの盗賊団がここに戻ってきていたのなら、おれたちに対しての反応があるはずである。アジトにまで踏み入れられているのにも関わらず、誰も来ず、何も聞こえない。


 机の上の置手紙を手に取る。子どもたちに向けたものみたいだ。日付などはないから、これがいつ書かれたのかは分からない。


「シシ」

「うん?」


 背中をつつかれる。そちらに目をやると、右側のレールの先に、貨車がいくつか止められていた。

 客車だろうか。先頭車両のすりガラスから、内部の照明が灯っていることがわかった。

車両の脇に行く。レールの続いている先を、目を凝らして見てみると、崩落しているようだ。


 さらにつつかれたので、リンネの指さす方、そのトンネルの上を見る。


 それぞれの車両の上には、魔力を電気に変換する機器があった。一般的に出回っているものよりも、型が良いし、新しい。取り付けられた、取り替えられたばかりのようだ。


 その他に、ひし形のフレームというか、骨組みのようなものが上に向かって伸びていた。それは二本の細い枠で、一本のそのまた細いものを支えている。その一本の細い物の上に、線があるはず。


 しかし、これにはなかった。


 どこか見たことあるような気がするが、フリュークに来てから、こういう車両はアラム王国のあの路面列車でしか見ていない。


 なら、この記憶のかすのようなものの正体は、

 昔の記憶?


 バン!! と。


 考えに耽っていると、その貨車から、一人が飛び出してきた。


 体型は、リュウタロウやネロよりも小さい。すなわち、子どもである。

 子どもは、両手を握るようにして前かがみの体勢を取っている。


 手には、刃物。果物ナイフという、小さく頼りない刃が、光を反射したりしなかったりしている。

 彼は、震えていた。


 目の方向が定まっていない。だが、身体は明るみに居るリンネに向いている。

 これはある意味マズい。

 文字通り、彼は必死である。

 刺し違えてでも、そういう考えが彼の頭の中にあるのだろう。

 震えが最高潮に。


「ッッアアアアア!!!」


 震えを押し殺す叫び。空間が震える。


 身体の震えを、足の力へと変換したのが見て取れた。


 半ば倒れこむような形で駆けだす。

 彼には戦闘経験なんてものはないのだろう。


 それが当たり前である。


 だから、リンネを狙った、やれるとおもったのだろう。

 おれは彼を止めるべく走った。

 一心不乱に突っ込んでいく彼は見ていない。


 見えていない。

 リンネの笑みを。


 それは一瞬だった。


 彼女は、直進してくる彼の左に避けた。肩をぶつけないように、右肩を奥にして。


 そして、前に向き直ろうとしつつ、右ひざを立てた。

 偶然にも、彼の腹部に、膝が突き立てられる形になった。


 たった、これだけだった。


 鈍い音がして、刃物だけが勢いを保持し、床を滑り奥へと飛んでいった。

 彼はゆっくりと地面に倒れた。


 おれはズボンの後ろポケットから拘束バンドを取り出し、蹲る彼の両腕を後ろへ回して、バンドを結った。


「そんなに強くはなかったと思うのですが」


 彼女は、未だ苦痛にうめく彼の傍にしゃがんで言う。


「子ども相手にも、容赦がないね」

「刃物を誰かに突き立てようとすることが、どういうものなのかを知らしめただけですわ」


 リンネにその彼を任せるのは少々不安だったが、おれはそこから離れ、開けられた貨車の方へと向かった。


 ちょっとした階段を上ると、中は半個室の客車そのものだった。奥に向かって左に廊下があって、右にいくつかの部屋に分けられている。その、手前の部屋の方からひそひそと話す声が聞こえる。おれは身をかがめて、その部屋を覗いた。


「ひぃ」


 先ほどの彼よりも、さらに幼い子どもたちが五人、部屋の中で固まっていた。

 みんな、一様に震えていた。

 おれは近寄らず、身をあまり乗り出さずに視点を下げた。


「大丈夫、お兄ちゃんは無事だよ」


 そう言うと、一人が口を開いた。


「だれ」

「キミたちを探している人に頼まれてきた」


 大嘘である。

 だが、このままこの子たちを放置することはできない。

 震えが徐々に収まっていく。


「ギルドっていうところに、今から一緒に行って、そこで、お母さんやお父さんを待とう」


「おかあさ、おとうさ」

「そう」


 すると、一人が泣き出してしまって、連鎖的に、他の子も泣き始めてしまった。

 リンネと、先ほどの彼が来るまで、わんわん泣いていた。

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