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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
三章 ズーベ・ヘーア
40/80

2-2 直接対決

 許可証の更新にはきっちり二日かかった。


 ただ、更新作業に対して妨害などがあった、というわけではない。単純に、そして結果的に、時間がかかっただけのようだった。


 しかし、その更新を待つ二日間の行動の中で、妨害がなかったわけではない。


「おかしい、明らかに数が多い……」

「あら、そうでしたの」


 おれの嘆きに対し、リンネは気にも留めず、レパニカのドロップ品である、刃物のような角を、防刃性能の高い成体イバーの皮で包み、おれの背にあるバッグに突っ込んだ。


 そのショルダーバッグは、依頼分以上のドロップ品が、溢れんばかりに詰め込まれている。


 依頼内容はただの魔物の討伐、街道などに現れることを防ぐための、治安維持のための巡回パトロールだった。こういう依頼は、自警団時代のときに優先的に引き受けていた。


 報酬もマズく、それでいて依頼請負人フトラクとしての評価点も、それほど稼げない。しかし、誰かがやらないと、一般人に危険が生じる可能性がある。なので、基本的には、自警団のような、フトラクではない人たちが請けている。


 この町には、そう言った自警団などの公的な守備隊などは居ない。その訳は知らないが、どうせろくでもない理由なのだろう。


 パトロール中、あてもなくぶらぶらと歩くだけでは、魔物と遭遇することはあまりない。まったく不思議な生態だが、魔物と言うのは、急いでいるときや、出てきてほしくないときに限って姿を現し、このようなパトロールの際には、気配すらも消し、視界には、影すらも見せないのである。


 特定の討伐依頼に関しては、その個体をどこで発見したかという目撃情報も添えられるため、そこに出向けば遭遇する。それ以外の時は、一体も倒せないこともあるのだ。


 まったく都合の良い奴らだ、と、フェンデルが愚痴をこぼしていたのを思い出す。


 おれたちが受けていたのは、そのマズいパトロール依頼だ。

 なのに、どういうわけか、おれの背中のバッグは、そのドロップ品でいっぱいなのだ。


 リンネはドロップ品への運もあるようだが、明らかにそれだけではない。

 と、言っても。


 それが彼らからの『返答』だと、直接裏付けるような証拠はなかった。

今回のパトロール然り、以前のレパニカ変異種然り、それらが誘導トレインされてきたこと自体は、魔物の、複数種族での移動の痕跡などから、すぐに判明した。


 だが、それらを連れてきた者、と言うのは、誰も見ていない。


 カーサラさんのように魔物を使役できる人が彼らにいるなら、トレインの形成は簡単だ。だが、それなら、おれたちが来る前から、もう少しうまく状況構築が為されているはずだと、リンネが一蹴した。


「じゃあ、誰かの入れ知恵、ってこと?」

「それも少し、おかしい気がしますわね」

「まあ、知恵を入れただけで、変異種を動かせたら、それは大発見だ」

「魔物のコントロールは使役のそれと同じ。わたくしたち以外のフトラクの方々は、特に変わった様子はないと、仰っておりました」


「狙ってやってきているのは確実だろうね。となると、ギルド内にも多少は入っているんだろう。かえって向こうのやりたいことがこっちにバレバレだ」

「あら、シシは気づいていなかったのですか?」


 バッグのファスナをブィ、という音とともに引き上げると、リンネがおれの目の前に躍り出て、人差し指をおれの頬にあてた。とても幼い仕草だ、と思った。


「わたくしがすべて操っていたのです」

「そう言われても、驚かないさ」

「面白くない答えですわ」

「そりゃ申し訳ない」


 鼻から息を漏らしながら、彼女は前を向いた。そこから会話することはなく、ギルドで換金が済むまで、こちらを振り返ることもなかった。


 換金の窓口の列の一組になっているとき、おれは周囲の様子を窺っていた。第三者から見ればただただ挙動不審なのだが、やはり肌を刺すような視線を感じていた。


 窓口についたとき、リンネと会話する担当スタッフの目が少し泳いだ。

その方向も分かった。


 三階の書棚の廊下、すれ違いの為にすこし出っ張っている場所がある。そこに、ギルドスタッフらしい姿を見た。男性だった。


 髪飾りや耳飾りなどの装飾や、顔になにかペイントのようなものをしている。髪は黒く、目は黄色い。どことなく、民族的エスニックな雰囲気を漂わせている。


 おれは隠さずに彼を見た。しかし、彼はおれの視線とぶつかったとき、軽やかに微笑んだ。そして他のスタッフに話しかけられ、彼はそのまま消えていった。


 この間の絡んできたグループの中には居なかった。ギルドに引き渡した盗賊団の中にも、似たような者は居なかったように記憶している。


――彼が、ギルド内にいる彼らの仲間か?


 ラビンズの恰好をした私兵か、盗賊団か、はたまたその両方か。


 レボ区画やマブライ区画、やたらと高級な商店が並ぶ区画以外での情報収集を行った結果、私兵の中には、どうも貴族の手から離れた連中も居るらしかった。()()()()と言い換えることができる。傭兵崩れ、とも言えるだろう。



 彼らから袂を分かったのか、それとも貴族が手放したのか。その理由はどうでもいいが、他の、上等な護衛を雇えない商人や、上層、中層までのラビンズたちの被害は、およそその私兵崩れたちと、盗賊団によるものだということだと判明した。


 その私兵崩れと盗賊団の一部が合流し、迷宮内に巣食っているという噂もあり、この推測は確定とみて間違いないだろう。近々、それを掃討するための依頼が、ズーベ・ヘーアギルドからの依頼として出されると見られている


 そのギルドの中に、彼らの仲間がいるのだから、その情報も筒抜けだと考えた方がいい。


 換金を終えたので、それをギルドの口座に入金してもらった。そのあと、迷宮の進入許可証の更新が終わったので、それを受け取りに迷宮ギルドに向かった。


 担当官は相変わらずの様子で、やたらと陽気だった。今はその明るさが不気味に見える。リンネにこびへつらう感じに思えたからだ。


 空気の中のぬめりけに気分を損ねる前に、そそくさとギルドから出た。


「どうする?」


 ギルドのすぐ近くの屋台で、フルーツジュースと野菜ジュースを買った。やたらと酸っぱいその緑色の液体をちびちび飲みながら、おれは言った。いつも通り、右の少し前を進むリンネは、何も言わずにおれをちらりと見た。


「なんだか、宝珠探しどころじゃなくなってきたような」


 すると、彼女は振り向いた。眉を八の字にして、唇を尖らせた。


「なにをそんな考える必要があるのです? 中層への許可も得られたことですし、さっそく降りてみるだけですわ」

「だって、私兵の話を聞いていると、厄介でしかないよ」


「ですから、シシ、あなたはなぜ、そんなことに思考を割くのですか?」

「なぜって……。そりゃあ、キミがまた殴られるのを見たくないから」


 中身がまだあるカップをあおる途中に、彼女はぷっと吹き出した。危うく顔にぶちまけるところだった。


「じゃあ、今度は、守ってくださいまし。降りかからんとする、すべての害から、あなたの手で」


「望むところだ、と言いたいところだけど、おれが守るまでもないと思うなぁ」


「その弱気が、そのうじうじした思考をもたらすのでしょうね」


 そうかもしれない、と思った。おれはそれに納得したので、野菜ジュースをすべて飲み干した。反射的に奥歯をかみしめてしまうほど、酸っぱかった。

 口を横一文字に引っ張るおれをみて、彼女はクスクスと笑った。


「余計なことは考えなくてもよいのです。すべては、順調に進んでいますから」


「そうなのかな」


 二文字ずつ、自問するようにつぶやいた。


「そうなのです」


 おれの答えなど待たず、彼女が言った。


「貴族の話など、考える必要もありません。上から外された私兵崩れたちと組んだ、小規模貴族たちとの代理抗争なぞ」

「それを、キミが操っているんだって?」


「ええ」すると、何かを思い出したのか、ふと視線をカップからニュートラルに跳ね上げる。「ああ、ですから、迷宮に入った直後は、油断なさらぬように」


「どういうこと?」


()()に、少し遊んでくれるそうですから」

「……、なにをしたのか聞きたくないな」

「ですから、聞く必要はないのです」


 彼女から空のカップを受け取り、自分のものとまとめて捨てた。

 今晩は何を食べるかを多少話したところで、いつもの迷宮の入口前に着いた。


 朝方はやや曇が多くみられたが、正午をすこし過ぎた今はよく晴れていた。その分、迷宮前の悪趣味な門やオブジェが影を纏い、奇妙さに拍車をかけていた。


 それらが急に動き出さないか、などとくだらないことを横目に考えながら、守衛室のカウンタに入場許可証を置いた。


 すると、許可証とともに一枚の紙が添えられて返却された。


「中層は入口がすこし違いますので」


 守衛が椅子から立って説明してくれた。

 いつもの、下り坂の入口は上層からだから、中層へそのまま行きたいなら、その脇に小さめの道があるので、そこから行く人が多いそうだ。

 おれは振り返って、反対側の守衛室で同じような説明を受けているリンネに声を掛けた。


「どうする?」

「上層から行きますわ」

「だ、そうで。次からはそこを使わせてもらいます」

「はぁ」


 気の抜けた返事をする男性に礼を言って、おれたちはいつものように下り坂という名の舌に乗り、相変わらず奥を見通せない口の中に入った。


 目が明るい場所から暗い洞窟に慣れるまでの短い間に、ジャキン、という音がすぐ隣から聞こえてきた。


 その直後。


 バギィンッッ!! という、おおよそ自然環境音とは思えない、金属が軋む音が多分に含まれた騒音がすぐ目の前で起きた。


 その圧力が微振動を起こし、壁の土が少し崩れた音がした。


「クソッッ!!」


 誰かが悪態づきながら目の前から遠ざかっていく。


 目が一気に冴える。


 今日の迷宮は、入口から、一本道の通路だった。


 そして、どういうわけか、目の前に、剣を向けた男二人がこちらを睨みつけていた。


 二人はまた、なぜかすでに追い詰められている表情を浮かべていた。

 剣を持つ手も、腕も、十分に踏みしめられていない、利き足も、小刻みに震えているのが分かった。


 安物の、刃先に向かって広がる剣を、一人は顔の横で、突き刺さんと構え、もう一人が腰のあたりで構えていた。


 二人が同時に突っ込んでくる。


「うおおおお!!」


 恐怖を振り払うような雄叫びとともに、彼らの持つ刃が眼前に迫ってくる。


 斬り上げを狙う男の剣を、槍の柄で叩き落す。そのまま前に槍の尻側をその男の腹にあてる。男は小さく呻いて地面に蹲ろうとした。その、後頭部を薙ぎ払うように、また尻側を当てた。


 リンネは、突き出される直前の剣を、右の剣で弾き飛ばし、左に持つ剣の、刃ではなく刀身の平たくなっている部分で横頬を叩き、頭を壁へぶつけた。


 同時に突っ込んできた二人は、ほぼ同時に地面に寝てしまった。

 失神しているかどうかを確認してから、彼らの剣の刀身を砕く。


「迷宮って、狙って同じ場所に居ることってできたのか」

「わたくしとあなたがいつも一緒に居ますのに、今さらですわよ」

「でも、それと、この待ち伏せは同じではないよ」


 おれの言葉を後ろにして、リンネはいつものように歩き始めた。考えるのは今度にして、それに続いた。


 迷宮のマニュアルによれば、上層から中層へ降りるには、そのための階段があるらしい。とりあえず奥に進めば出てくる、というなんとも適当なガイドが書かれていたが、実際、通路に分岐があったが、当てずっぽうに進んだところ、それらしき階段に出会った。


 石造りで、急すぎず緩すぎず、ゆっくりとした右曲がりのカーブの階段を下っていると、前から三人のグループがあがってきているのが見えた。男性二人、女性一人だ。種族は暗くてあまり分からなかった。


 彼らはおれたちの姿を捉えると、小さな声で何かを話すと、ゆっくりと剣を抜いた。後衛の女性が、前衛二人の肩の間から、弓を引き絞り始める。


 まだ数十段ほど下なのに、リンネが姿勢をかがめた。とびかかるつもりである。


 おれはその前に出て、彼女を手で牽制した。


「あなたたちは何者か!!」おれは声を大きくして言った。「自分たちは刃を交える意思はない!!」


 すると、おそらくそのパーティのリーダであるらしき男性が剣先を下げた。隣の男性が、顔を隣に向けた。


「おれたちはただのラビンズだ!! キミたちは()()()()()か⁉」


 よく通る声だ。おれやリンネよりも年上の、かつ余裕のある声の張りだった。


()()()()()が何かは分からないが、つい先ほど、盗賊団らしきものに襲われた。盗賊団が近くに居ると思われる、お互いに無駄な消耗は避けるべきだ!!」


 剣を背後の段に突き立て、リンネがそれを背もたれのようにして座り込んでしまった。


「キミはリドの村の出身だろう?! 今、中層ではその盗賊団が集団で待ち構えている!! 引き返したまえ!!」


 二人が剣を仕舞ったので、女性の弓の緊張がゆっくりと解かれる。

 おれは槍を背中にして、両手を挙げながら階段を下りる。


 中層の空気はやや冷たかった。不思議なことに、その床は土色のレンガが敷かれていた。


 獣人の男性が先ほどの声の主のようで、降りてきたおれに手を差し伸べた。左手を挙げたまま、右手でそれを取った。


「英雄に会えて光栄だ。キミの話は聞いているぞ」

「それは、悪い意味で、ですか?」

「いや、ちゃんと襲撃から村を救った、英雄として、だ」


 隣に居た魔人の男性と握手する。アリアと同じ、肌に鱗がある種族だった。


「だが、そんなキミでも、今日は引き返すことをお勧めするよ」


 腕を組んだリーダが身体を捻って、通路の奥を見る。その先は、見える範囲ではまだ一本道のようだ。少し高くなった天井からぶら下がっている魔法カンテラが光源なので、先がよく見える。だが、一面レンガ造りの奇妙な空間が、ずっと続いているだけで、しかし、レンガのその割には、足元はやけに平らだった。


「この先に、広間がある。来た時にはなかった広間だ。そこに」

「来た時にはなかった?」

「ああ。まるで、どこからか持ってきたかのように、急に現れたんだ。おたくら、一番厄介な連中に目を付けられたな」


「それも盗賊団なんです?」

「ああ。迷宮を住処にしている、<ナツロスのさだめ>っていう奴らだ。このゲンマ迷宮を、ある程度好きにできる技術を持った、一番危ない連中だ」


 ナツロス。

 女神アイドゥンの神話に出てくる、人から神になり、そして堕ちた者の名だ。


 リンネが降りてくる。明るい場所へ出てきた彼女の姿を見た彼らは、一瞬の間、呼吸が止まった。


 彼らに向けて、見えないスカートの端を掴んでお辞儀するような仕草をしてから、彼女はそのままおれの隣に立った。


「だってさ」

「シシは魔法適正が高いのですから、その技術を盗んでしまうのはいかがでしょう?」

「そんなもの使ったなら、おれが疑われてしまうよ」

「なら、今日で彼らは解散したということで」


 呆気にとられていた彼らが我に戻る。


「情報、感謝します」おれはリーダに頭を下げる。

「あ、ああ――。行くのか?」

「はい」

「そうか……。気をつけてな」


 彼らが階段を上ったのかどうかはわからない。そのまま、おれたちは少し早歩きで、初めての中層の通路を進んだ。


 少し行ったところで、一回目の曲がり角。左折だ。そのまま曲がろうとするリンネの手を引く。


 槍の尻、石突を曲がり角の先に照らしてから、目の前の壁に当てる。すると、そこに、その瞬間の映像が浮かぶ。広間ではないようだ。


「なんとまあ、便利ですわね」

「魔力抵抗が小さいから、杖代わりにもできるんだ」

「いえ、その魔法の方です」

「ああ、こっちか」


 なんてことはない。石突に「写った」のを、切り取ってその壁に転写したに過ぎない。写った瞬間しかわからないし、すぐに消える。幻属性らしい魔法だ。


 槍を構えつつ、その角を進む。

 何の変哲もない、ただの通路を、黙々と二人は歩く。

 一瞬、天井のカンテラが明滅した。

 一つだけではない、近くのカンテラすべてが、ほんの一瞬、消灯した。


「なんだ?」


 しかしそれは続くわけではなく、すぐに元の明るさに戻った。魔力の流れを探ろうとしても、特に異常はない。やや、五科への変換効率が低い、と言ったところだ。


「どうかしました?」

「いや、いま、一瞬、明かりが消えたよね」

「いえ、そんなことは」

「……もしかして」


 おれは歩いてきた道を走って戻った。先ほどと同じように、石突を照らして角の先を見る。


「やっぱり」


 そこに映し出されたのは、なだらかにカーブしていた、歩いてきたはずの通路ではなかった。ただの、行き止まりである。壁があるだけだった。


「あら」


 それを見て、リンネがのんきな声を出した。

 おれの隣を通って、彼女がその角を覗こうとしたとき、またカンテラが一瞬、消えた。


 咄嗟に、リンネの身体を自分の方に抱き寄せ、その角に身を隠す。


 直後、


 空気を焦がす匂いとともに、青白い稲妻が目の前の壁に直撃するのを見た。


 壁に当たって稲妻の束が拡散するまで、世界がスローモーションになった。


 時間の経過がリアルタイムに戻ると、大気中を雷が通った、あの嫌な感覚と、こげたレンガの匂いと、若干の煙が立ち込めた。


 抱きかかえるようにしていた、リンネを離す。苦しくないか、と訊くと、彼女はうふふと笑った。


「なるほど。これまでのと比べて、少しは面白そうな相手ですわね」

「気配、感じなかった?」

「全く。おそらく、すでにあそこも変わっているでしょうね」


 壁を背にしたまま、立ち上がる。

 再び明滅。今度は二回。目に悪いな、とつぶやく。


 すると、今まであったはずの曲がり角がなくなり、壁になっていた。右手の通路もふさがり、囲まれた、と思った。


 前にある広い空間に繋がる直線の短い通路、それのみがあった。

 しかし、そこには、


「よォ!!」


 大勢の人が居た。彼らは横一列に並んで弩を構え、こちらを狙っている。目線、目の動きを隠すためのフードを被っている者がたくさん。かなり、異様な光景だった。


 その間から、いつか聞いただみ声が飛んできた。声の主が前へ出る。前で弩を構えていた彼らは、その人の道を作るために控えたが、一般的な盗賊というイメージとはかけ離れていた。まるで、軍隊のように、キビキビとした手足の動かし方だった。


 そんな彼らの前に出てきた、手を挙げた男は、あの時のスキンヘッドだった。


 彼はおれたちに気さくに話しかけるように、言葉をつづけた。


「ご足労頂いて痛み入るぜェ」


 短い直線を歩き、広間に足を踏み入れた。すると、今度は明滅することもなく、背後は壁になった。

 だが、目の前のにやけ顔は無くならない。


「この前はうちのガキどもが世話になったみたいだな」

「えぇ。少々手ぬるいもので申し訳ないと思っていたのですが、ご満足いただけたようでなによりですわ」

「ああ」


 スキンヘッドは笑いながら、癖のように後頭部に回した手を、頭上に伸ばした。

 瞬間、その場の弩から、稲妻が放出された。

 おれはそれよりも早くリンネの前で防護壁を広げた。


 ぶすぶすと、地面に楕円状に広がった焦げができていて、煙を上げている。


「はっはァ!! まさか耐えやがるたァな!!」


 その声を合図に、彼らは弩を一斉に構えた。

 雷光が放たれるよりも早く、おれは火と風属性を手のひらの上で融合させ、出来た球体を地面に叩き付ける。


 効果音を付けるならぼわっというふうに、煙幕がおれたちの前方に向かって展開された。


 その煙はごくわずかに無属性も含めている。稲妻の弩はもう使えないだろう。しかし、それをすぐに見抜けるのは、魔法に精通している者だけだ。


 しきりに、弦が空振りする音が鳴り響く。次第に彼らが騒然とし始めた。

 すかさず、火と雷魔法を合わせた閃光弾を、煙幕に当たらないように山なりに放った。それは、それなりの高さまで、ふわふわと滞空する。


 そのフラッシュが炸裂するまえに、リンネが煙幕の中に突っ込んだ。遅れて閃光。


 ぎあ、とか、ぐわ、とか。そう言った悲鳴が次々に上がる。

 バン!! と言う音が響き、広間の中が凄まじい明りで照らされる。


 閃光弾に釘付けになっていた奴らの悲鳴が上がる。

 勘の良い、煙幕で閃光をやり過ごし、抜けてきた奴らが、おれに向けて刃を振り下ろしてきた。


 すべてを柄で受け止めて弾き、次々に彼らを穂先で叩きつける。

 最初の数人が地面に伏したところで、次の剣が飛んでくる。柄でひねるように弾く。


 手から剣を落とすと、石突で素早く両足首に打撃をして直立の力を奪い、そして穂先で気絶させる。


 左右から二人が剣を突き立てようと迫る。


 そのまま回避することはできるが、仲間同士で自刃してしまう可能性を考えた。


 槍を横にして胸に引き寄せ、持ち方を一方は寄せるように一方は押すように、前後に持った。動かないと見た二人が勢いをつける。


 十分に引きつけて……。


 ガギン!! と、二本の剣が吹っ飛んだあと、すぐさま持ち方を反転させ姿勢が崩れた一人の顎に当てる。


 もう一人、左の人は運よくそれを避け、地面に落ちていた剣を素早く拾い上げ、その流れのまま背後から斬り上げ。


 構え方を直しながら前にステップ。空ぶったことで悪態づいていた。


 彼と向き合う。いつの間にかフードが外れていて、彼の顔が見えるようになっていた。


 二日前の盗賊団のリーダ格の彼だった。ギルドに引き渡したはずだが、どうしてこんなところに。


 やはりあのギルドスタッフは仲間か何かだろう。

 いや、それを考えるのはあとだ。

 奥歯をかみしめ、前方に集中する。背後から来た一人を石突で倒したのを合図に、彼がステップ、斜めの斬り上げ。


 それを、身をよじって回避。槍を、短くなるように持ちかえながら、遠心力を加えつつ掬い上げのように振り上げる。


 身軽にそれを回避する。すぐさま長くして、重心が整っていない時を狙い、魔力を伴った突き。


 衝撃が穂先から飛ぶ。

 それをいなすこともできず、まともに受け取ったせいで威力を殺しきれず、思った以上に吹っ飛んだ。


 背中から壁にぶつかった。そのままずるずると脱力していった。


 煙幕が晴れていく。ふうと、汗はないが顎を拳で拭った。

 急に騒がしいのが静かになる。風が吹く。通路が現れている。


 振り返ってみると、リンネはスキンヘッドの胸倉を掴んで持ち上げていた。しかしすでにその男は意識を失っているようだった。

 面白くなさそうに手を離して、それを地面に落とす。


「はぁ、期待外れですわね」


 大きなため息をついて、剣を振ってから、鞘に戻した。

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