1-2 宝石店<ロスカシュ>
翌朝、何かが動く音で目が覚めた。
「んん……?」
目をこすって、上体を起こす。
「あら、おはようございます」
「おはよう……」
ぼやける視界が段々と明確になってくる。リンネは机に向かって何かをしているようだ。
それが何なのかを理解する前に、おれは布団を頭からかぶりながら、ゆっくり反対側の壁の方を向いた。
「なにをしていらっしゃるの?」きょとんとした声がかかる。
「終わったら教えて。こっち向いとくから」
「もう付けましたわよ」
「上も着た?」
「着ましたわ」
恐る恐る振り向くと、リンネはシャツの袖のカフスをいじっていた。布団を頭から下ろし、洗面所に向かって顔をゆすぎ、急ぎ目に歯を磨いて、着替えた。洗面所から出ると、卓上鏡でにらめっこしている姿を見かけた。
なんとか、彼女の身支度とおれの身支度を、同時に終わらせることができた。一階へ降り、食堂へ向かうと、昨晩よりも多く人が居た。おれたちは少し遅めにおりてきたのだろう。
また、時間からして、ここに居る人たちで、宿泊客は全員のようだ。それでも、全ての机が使われていない。おれたちは昨晩と同じ机に座ってから、ひとつため息をつくと、ポニーテールのテュールが水を持ってきた。
「おはようございます、お嬢、ダンナ」
「おはよう、テュール」
「おはようございます……、だんな?」
おれの疑問は、周囲の騒がしさにかき消された。
モーニングは固定らしい。ベーコン、目玉焼き、サラダにパン。コーヒーかお茶か、と訊かれたので、二人ともコーヒーと言った。頼んでから二分もしないうちに、コーヒーとともに運ばれてきた。
コーヒーが良い温度になるのを待ちながら食べていると、食べ終わった人たちがぞろぞろと出ていく。数分もしないうちに、すっかり昨晩と変わらない、がらんどうの寂しさになった。清掃を手早く終えたテュールは、休憩しているのか、カウンタに肘をついていた。
リンネは彼女を呼んだ。奥の人に許可を取って、テュールは近寄る。
「どうしました?」
「今、大丈夫?」
「ええ、はい。多分、すぐにお客は増えないと思います」
「そう、なら、座って」
「なら、お嬢のお隣に失礼します」
と言って、リンネの隣、おれの斜め左前に座った。
「して、何か御用で?」
リンネは、パンの一かけらをつまみ、テュールの口に運んだ。
「いえ、あなたの話を伺おうかと思っただけよ」
「ああ、なぜわたしがここで働いているか、ですか?」
リンネは黙ってうなずいた。おれは何もしゃべることはないので、黙って聞いていた。
テュールは、あの、アラム王国の事件の前日に、ズーベ・ヘーアに到着したらしい。同僚の一人の誕生日が近かったようで、そのプレゼントを見繕うために、王国を出ていた。二人はその同僚の名前を口に出して確認していた。
事件の発生後、彼女は帰る家を失ったので、ギルドに保護を求めようとしたが、貴族の「耳」が居るかもしれないこの町で、「親衛隊」の三文字を出すのは憚られた。
「兵隊さん相手の商売は、まあ最終手段としてありかなと考えていたんですが。その時に泊まっていたここで、あの窓口の人が主人なんですけど、食堂の手が足りてないから、って。それで、今に至るわけです」
「そう……。よかったわね、兵隊商売にならなくて」
「はい。みてくれとは裏腹に優しい人で助かりました」
テュールは微笑みながら、おれとリンネの顔を交互に見た。
「前職については、なにも言っていないのね?」
「はい。奥に居る、料理長さんも知らないです。もちろん、お嬢のことは、昨日の件もありましたけど、前職よりも前の時にお世話になった方、という事にしております」
声を落として言った。今は、厨房は静かだった。人影は、少なくともここからは見えない。テュールと会話しているのは見るが、ずっと奥に居るせいか、料理長のその姿と声をまだ知らない。
カップの淵に口を当てて温度を確かめながら、二人の話を聞く。
「寮母さま方と、連絡は取れた?」
「いえ。しかし、たった一人だけ、難を逃れられた人がいるようです。ですが、やっぱり、精神的ショックで、会話はまだ難しいと……」
「仕方がないわ、恢復を祈るのみよ」
「そうですね……。そういうお嬢の方は、大丈夫なんですか」
「わたくし?」
「あのお二人もそうですが……」
言葉がしりすぼみになり、同じようにうつむいてしまったテュールの頬を、リンネは片手でむにゅっと持ち上げる。
「それは親衛隊のリンネ。わたくしは別人なのよ」
わざと、明確に、リンネはそう言った。テュールはそれを受け、ふにゃっと笑って頷いた。
コーヒーを飲み終わったとき、リンネがまだ少しだけ朝食を残していた。それを食べる時間を作るため、おれはメモ帳を開いて、テュールに見えるように机に置いた。
「テュールさん、ここのお店って、分かります?」
「さん付けも敬語も必要ないっスよ、ダンナ」
「だんな?」
開いたページを彼女へ見せると、身を乗り出して、それを手に取った。ちょっとだけ考える仕草をして、すぐに返してきた。
「レボ区画っスね」先ほどまでとは変わって、砕けた口調になる。「ギルドの通りをそのまま行ったら一つ目の曲がり角に行ったら見えてくるはずっス」
「レボ区画……」
手元に返されたメモ帳に、道順と、レボ区画、と記した。
「制限区画内ですわね」
「そう、制限区画。まあでも、そこの通りの人らはそこまでお仕事熱心じゃないので」
そこで区切って、おれとリンネの顔を見てから、テュールはにんまりと笑った。
「お二人なら、結婚指輪を買いに行くと言えば、通してもらえるかと」
「けっこん」
「うふふ」
マグカップを落としそうになるくらい目を丸くするおれとは対照的に、リンネは予想が当たったように、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、そうしましょうか、あなた?」
「続けないでよ」
「お似合いっスよ~」
「はあ、まったくもう」
ふふ、うふふ、と二人に笑われ、おれは後頭部をぐしぐしと掻くことしかできなかった。
さて、テュールに聞いたのは、この町に来た目的である「宝珠」、その制作を行っている店の所在地である。
「宝珠」とは、宝石と見た目上の美しさはほとんど変わらないが、中に魔力を宿していることが最大の特徴だ。しかも、その魔力はただの魔力ではない、ことが多い。つまり、特殊な性質を持つらしい。それは錬成手法によるものなのか、それとも素材との相性なのか、未だ解明されていないようだ。
また、宝珠が魔力のその性質を発現するかどうかも、作り手ではないおれたちからすれば、「運」としか言えない。宝珠の作り手、錬成技師の腕の良し悪しが関わることだからだ。そう言った側面から、一般的には、腕のいい錬成技師ほど値段は張る。
そして、そういった腕と名の知れたマイスタを、貴族がお抱えするものだ。
ただ、おれたちが目指す店のあるレボ区画は、テュールの言う通り、お抱えされるような、それほどお高い商店が並ぶ場所ではなかった。
雰囲気としては、ちょっとだけ賑わっている住宅街と言える。
だが、制限区画ではあるので、ギルドの通りを道なりに進んでいくと、横にずらっとならんだ塀に辿り着いた。監視塔のようなものが広めではあるが一定間隔にあり、そこに人の影がちゃんとあった。
そんな仕切りの一部に、門があった。傍にはテントが建てられ、道路は遮断機が下りていた。テントの屋根の布には「ズーベ・ヘーア行政」と言う文字があった。
そこに近づいていくと、
「入場目的は?」
いつか見た銃を持った守衛が、おれたちの前に立つ。
「あ、その、結婚指輪を、買いに」
しどろもどろなおれの返答に、守衛は無感情で続けた。
「どこに?」
「レボ、レボ区画です」
すると、ちょっと待ってください、と言って、テントの中に置いてある机で、何かを書き込んでいた。そして、それを手渡してきた。安っぽい材質のカードだった。
「……、これを持っていてください。巡回から尋ねられましたら、これをハッキリと見せてください」
「ご苦労様ですわ。さあ、行きましょう、あなた」
「あ、ああ」
番号と備考欄に「買い物・夫婦」とある、ラミネートカードをポケットに突っ込み、腕を組んで、ゲートをくぐる。少し進んでから、ちらりと後ろを振り返ってみたが、彼らはあくびしながらギルド方面を眺めていた。テントの中の一人なんかは、机に突っ伏して寝ているようだった。
こんなふうなら、そもそも検問の必要性にすら疑問を感じる。他はかなり厳格にやっているみたいだが、そういうところと比べれば、やはり、レボ区画はそんなに良い店が揃っているわけではないのだろう。
一つ目の角を曲がり、少し歩いたところに、目的の店はあった。
<ロスカシュ宝石店>。カーサラさんが指名した店だ。
一見すると、開店しているのか、そもそも営業しているのかが判断できない。レンガのただの一般住宅の軒先に、店名が彫られている看板がさがってはいるのだが、窓は分厚いカーテンが閉まっており、どこからも中の様子を知ることができない。
具体的な話を聞いていたわけではないのだが、ここが宝石店であることが信じられなかった。
なにとなくしり込みしていると、
「ごめんくださいまし」と、リンネは躊躇いなくドアを開けて入った。すぐにおれも続いた。
まず目に入ったのは、真正面の棚に並べられた、大量の器具。ガラス製のフラスコとか、ビーカーとか。そのほか、名前も用途も想像がつかないような機材がずらりと並んだ棚が、小さなショーケースの向こう側にあった。
左右の棚は本で埋め尽くされている。タイトルから見るに、すべて魔力関係の本だ。おれですら目を通したことがあるような著名なものから、名前も知らない、題名も意味不明なものまで。大量の本は、おれの知的好奇心を揺さぶり、古書の匂いが、胸と鼻をするすると潜り抜けていき、もどかしく、くすぐったくなった。
土間にあるもの、どれもこれもが、年季を感じさせる。だが、すこしも埃っぽくはない。
上でどたどたと足音がして、階段を下りてきた。
正面の棚の左が階段のようで、そこから現れたのは、
「らっしゃい」
子ども。黒髪の男の子だった。
おそらくはネロと同じくらい。もしかするとネロよりも歳下かもしれない。
彼は土間に降りるため、靴を履くと、ショーケースの後ろに立ち、一瞬、おれたちの顔を見た。そして、
「結婚指輪用の宝石?」
と言って、左の棚の一冊を迷いなく手に取って、ショーケースにおいた。リンネがそれを覗き込む。
「これとか良さそうですわよ」
「一発でそれ選ぶとか、ねぇさん、お目が高いね」
「ですって。どうしましょう、あなた?」
「いやいやいや、目的が違うから」
「⁇」
男の子は不思議そうな表情をする。
おれはリンネの隣に立って、男の子に言った。
「バブーシュカという方はいらっしゃいますか?」
「シュカ婆?」男の子はカタログを閉じる。「悪いけど、シュカ婆はもう客を取ってないらしいよ」
「え、そうなの?」
「うん、引退するっつって」
「そうですの、それは困りましたわねぇ」
いたって困っていないような声で、リンネは首をかしげる。ワザとらしい演技のようだ。
彼女はここに居る人以外の、部屋の物を一瞥してから、足を止めてはっきりと言った。
「カーサラという方から、ここが良いとお聞きしましたのに」
やけにハッキリ言うな、と思っていたら、男の子は目をぱちくりさせて、
「かーさら? それって――」
と何かを言いかけたとき、
ズパァン!! と。
男の子の真後ろの扉がとんでもない勢いで開いた。おれはそこを扉とは認識していなかったので、飛び跳ねて驚いてしまった。しかも、その場で驚いたのは、おれだけであった。
空気の余韻がおれのせいでおかしくなる。だが、その場の全員の目線は、扉を開けた老婆に正しく向けられた。
白髪交じりの老婆は首を一瞬、後ろへ回して、奥を示す。
「話を聞かせてもらおうじゃないか」
そう言われ、リンネはまっすぐその老婆を見据えながら、まるで貴族のお嬢様のように、存在しないスカートを持ち上げながら、お辞儀した。そして、老婆の後ろへ着き、奥へと行ってしまった。
男の子は、呆然としているおれに、彼女らの後ろ姿を指さし、行かないの? という口パクをした。おれは慌ててその後ろを追いかけた。
*
まず初めに、リンネは自ら、「元親衛隊十二隊隊長のリンネ」と名乗った。おどけた雰囲気は一切合切消え去り、彼女の周囲の気温がわずかに下がったのを感じた。
それを聞いて、二人が狼狽えたのがわかった。おれも、それ言うんだ、という感じで彼女を見ていた。しかし、すぐに立ち直る。リンネが自己紹介した以上のことを、聞こうともしなかった。
円形状の卓の上座にバブーシュカ、男の子にシュカ婆と呼ばれた白髪交じりで両耳にピアスをぎらぎらさせている店主が座り、その真正面にリンネが座った。男二人はそれぞれの相棒の女性に近くなるように座った。
遅れて、おれも自己紹介した。バブーシュカは、慇懃に自警団員への弔辞の言葉を述べた。突飛な人たちかと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。
「それで?」バブーシュカは座椅子の背もたれに身体を寄りかからせながら、顔を上げて言う。「あのクソ野郎から何を吹き込まれたんだい?」
「クソ野郎、ですか」
「アイツのことは良い、あんたたちの用を言いな」
リンネが伏し目がちにおれを見て合図する。カバンから封筒を取り出し、その中から一枚の紙を取り出して、机の上に置いた。
男の子、名前をリュウタロウと名乗った彼が、その紙を手に取り、ふむふむと黙読する。バブーシュカはそれを鬱陶しそうに見つめるが、構わずリンネは続けた。
「わたくしたちの武具へ取り付ける、宝珠を作っていただきたい。要件はその紙に書いております」
「宝珠、だぁ?」
ぎょろり、と言ったふうに目玉だけを動かし、おれとリンネを見る。そして、後ろに立てかけている武具の入った袋を最後に少し眺めて、瞼を閉じた。
「悪いけど、あたしゃ引退したんだよ」
「ええ、先ほど彼から伺いました」
「なら話は早い。とっとと帰んな」
「そんな……、せめてもう少しお話を」
「カーサラの奴が関わっている時点で、ろくでもないことに決まっている」
重たいため息。リュウタロウを見るが、彼はまだふむふむと紙にあるメモを読んでいる。
しびれを切らしたバブーシュカが、それをひったくった。しかし、老眼が酷いのか、何度も紙を顔から離したり、近づけたりしている。リュウタロウがルーペを持ってきたので、それを机に置き、傍でその概要を説明した。
「シュカ婆にしかできないぜ、これ」
「だからあたしゃ引退したっつってんだ」
「他の錬成技師じゃ無理だ。錬成精度、形成、調整、機材も含めたその他もろもろ。さすがはサラ兄、記憶力がダンチだ」
「カーサラさんはここにおられたのですか?」おれは聞く。
「居たも何も、シュカ婆の最初で最後の最高の弟子だ。いや、正確にはだった、だっけ?」
「ッフン、弟子でも何でもない、ただの最悪な居候さ」
どこまで読んだのかは分からないが、少しの沈黙のあと、バブーシュカは珍妙なうなり声を上げた。そして、リュウタロウにとある本を取りに行かせた。リュウタロウは、やっぱりね、と言った感じに部屋を出た。
「あンの、クソ野郎……」
またもや悪態づく。まあ確かに、あの人は万人受けする性格をしていない。こちらから関わろうとしなくても関わってくるし、関わろうとすると消えていく。すべてを見透かしたような態度と、怪しさ満点のルックスも相まって、嫌う人はとことん嫌いそうな人だった。
「あんた」おれを指さす。そしてその指を裏返して、くいくいと折り曲げた。「シシと言ったか、もう一枚くらいその中に入っているだろう。出しな」
その通り。最初に出した一枚は、なによりもまず最初にロスカシュの店主に見せろと言われたもの。そして、そのあとに、彼女は絶対に興味を持つだろうから、その時に見せるもの、と伝えられていた一枚がある。おれは、それを出した。
それを手渡したときに、リュウタロウが二冊のノートを持って現れ、それを机に置いた。
青い表紙と赤い表紙の、何の変哲もないノートだ。自警団の入団の採用筆記の勉強に、おれも似たようなものを使っていた気がする。題名を記入するスペースに、それぞれ、<共鳴反応応用>と、<特異魔力基礎>と書かれている。
筆者、カーサラ、という文字が、左下に小さくあった。着手から完成までの年数が書かれている。おおよそ十年の月日が、この二冊につぎ込まれているようだ。それに、その完成の日付は、いまから十二年前だ。
あの人は一体何歳なのだろう、という疑問が沸きあがってくるのと同時に、それを読んでみたいと言う好奇心が、鼻から抜けていく。
「なあ」
バブーシュカが声を掛ける。なあ、か、おい、か。どちらか分からなかったが、呼びかけの言葉だったのは間違いない。なあ、と言ったような気がする。
「あんたら、本当にゼルテ持ちかい?」
背筋に震えが走る。心の奥底にある何かを見られた、気味が悪い、そう言った思考が頭の中を跳ねまわっている。
しかし、リンネは依然として変わらない態度で、頷く。
「仰る通り、わたくしたち、リンネとシシは、類稀なる能力を持っております。カーサラさまは、それを童話の超能力になぞらえ、ゼルテとお呼びしておりました」
「二十年、いや、それ以上前から、予見していた……?」
リュウタロウはそう呟いた。バブーシュカは彼にノートを催促する。
「それは、光と闇を体現した力であると?」
「自分たちでも、完全には理解できていないのですが」おれが返す。「確かに、そういう力ではあるかと」
「ねえちゃん、隊長さんが光で、にいちゃんが闇なのか?」
「ええ、その認識で差し支えありませんわ」
たっはー、と。間抜けな声を出してリュウタロウが後ろに倒れ、一瞬だけ、天を仰ぎ、そして起き上がる。そして何かを思いついたかのように、また本を取りに行った。戻るまでそんなに時間は掛からなかった。またも、同じようなノートを机に置く。
「サラ兄の初期の研究ノート。これに、ゼルテの発現条件とか、なんかいろいろ書いてある」
「よくもまあ、そんなものがあることを覚えてやがる」
「あそこの本は全部読んだ。暇だから」
んでもって、とリュウタロウは続ける。
「これに、ねえちゃんのことが書いてある」
「わたくし、ですか」
「そう。神の天啓を受けし戦乙女、王国に尽くす者、『一度死ぬ』、って」
リンネが目を見開く。いつも通りの、薄ら笑いにも見えるが、浅い呼吸で何かを考えているようだ。
いったい、どういう感情と思考が彼女の中で渦巻いているのだろうか。
おれは、その貌をみて、恐怖を覚えた。
バブーシュカはそのノートを取り上げ、後ろへ放り投げる。
「適当に書きゃあ当たるような世迷言を、さも正当性があるかのように言うんじゃないよ」
「えぇ、でもさぁ」
リュウタロウはリンネを覗き込む。気づけば、見開いていた目は瞼が閉じられ、いつものような笑みを浮かべている。それ以上言うと叩きだすよ、というバブーシュカの言葉で、彼は唇を尖らせて黙った。
残念、とリンネは笑った。
「さて」と、リンネは姿勢を正す。「いかがでしょう?」
「あぁん?」
「お引き受けしていただけますでしょうか?」
「……」
紙を机に置き、リュウタロウにメモを取ってこいと言う。
「材料はあんたらで揃えてきな」
「かしこまりましたわ。クライノートのジェムで?」
「上物中の上物、特等級を少なくとも二つ」
リュウタロウが持ってきたペラペラのメモ用紙に何かを書き込み、それを差し出した。
「代金もきっちり頂くよ。迷惑料上乗せだ」
「構いませんわ。良き宝珠のため、良き仕事のため、必ずや」
頑張ってくれよなー、というリュウタロウの言葉を背に、おれたちは、ロスカシュを出た。




