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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
三章 ズーベ・ヘーア
36/80

1-1 寒い夏の夜

 抗いあがないながら

 描く線に

 あなたは居ない

 

 ズーベ・ヘーア鉱山町というところは、ゲンマ山脈という大きな山々を背にして広がっている。町の特徴として、ロールケーキみたく、山を縦にすっぱり切り分けて、こっちからは山、こっちからは町、としたみたいな広がり方をしているらしい。


 山崩れとかの心配を抱いたが、少なくとも町が出来てから、そういった災害は一切ない、と観光ギルドの公式ブックはそう書いてあった。


 町は、台形状に広がっている。町の入口が広く、「迷宮」近くは狭くなっている。行商人は時折、「上底と底辺」という笑えない冗談を出してくる。


 しかし、実際そうなのだろう。


 入口付近には宿やギルド関係の建物が固まっており、上底に位置する部分には貴族用の商店が建てられている。治安維持という名目で、入場制限のための塀などもあるらしく、その区画を「制限区画」と呼ぶようだ。


 貴族たちは本住まいをモスナなどに置いているのだが、このズーベ・ヘーアが宝石の産地であることから、その利益を狙って、店を構えているようだ。


 また、彼らは金で雇った兵士、私兵たちを店に置いたりしている。

 しかし、その「私兵」は粗暴な者が紛れ込んでしまうこともあり、そんな彼らが絡む事件などは、もみ消しが図られる。そのため、制限区画内は、お世辞にも治安はあまりよくない、とネロは言っていた。


 その他にも、その宝石の原石や金を運ぶ商人らを狙う盗賊団もいるらしく、実際は、あまり観光などには向かない場所だろう。


 さて、見慣れない言葉が出てきたと思う。「迷宮」だ。


 この「迷宮」は、宝石産出の要であり、迷宮探検者ラビンズたちの夢であり、貴族の煌びやかさと権力を演出するのに欠かせない山であり。


 おれたちがズーベ・ヘーアへ来た目的の一つでもある。


 さっそく中に入ってみよう、と思ったが、行商人に礼を言って別れたあと、時刻を確かめてみたところ、現在、二〇時。夏とも秋ともいえぬ、涼しい夜であった。


 すっかり空は暗くなってしまい、地面にいるおれたちに向けて、季節外れの冷たい風がびゅうびゅうと吹いていて、思わず背筋を丸めてしまう。

ここも電気があり、街灯が道を照らしている。だが、入り口付近の周囲はなんだか暗い。


 おれはまだ「迷宮」というものはどういうモノかを知らない。しかし、リンネが言うには、安全のための閉山時間を、すでに何時間か過ぎているらしかった。


 今日は迷宮には行けないが、どちらにせよギルドには行かなければならない。ギルドにて「登録」をする必要がある。登録することによって、その情報は他支部にも共有され、リドに帰ったネロが、リドのギルドで安否確認を行えるようになる。

 また、依頼を受注するにも登録は必要だ。期間は定めていないが、しばらくはここに滞在するため、活動費を稼ぐためにも、必要である。


 手続きに時間もかからないので、早めにやっておくに越したことはない申請だ。


 今、おれたちが立っているのは、入口付近の丁字路の分岐。すぐ近くの街灯の下に、案内板があったので確認する。ギルドは右。宿を取るなら、左にいけばいいらしい。


 荷台で揺られていただけだが、存外に疲れていた。宿に入ったら眠ってしまいそうだったので、おれたちは右に進んだ。


 しかし、なんというか、どうも人通りが少ない。それに加え、明かりが少ないように見える。人が生活している雰囲気が感じられず、寂れているように思えた。

 通りを見える範囲で後ろから眺めてみるが、道路を挟んだ向かい側の道に一人二人歩いているっきりで、こちら側にはおれとリンネしかいない。


「寒さがきついのは人がいないからかな」と言って後ろを振り返ると、誰も居ない。「あれ?」


 右から振り返って誰も居なかったので、左から振り返った。やはり誰も居ない。


 もう少し身体を捻って背中を見るようにしてみると、小さくなったリンネがおれの背中に張り付くように居た。


「おれとリンネって、そんなに身長変わらないような……」

「寒いので早く歩いてくださいまし」


 リンネは上着のポケットに両手を突っ込み、首を縮こませている。手を出したくないくらい寒いらしく、背中への頭突きでせかしてきた。やられるがままに、ちょっと足早に歩いた。


 幸いにもギルドがある方の道は短く、ちょっと歩いていけばすぐに曲がり角になった。赤レンガの建物は、この暗い寒空でも赤く、手にできるあかぎれを想起させた。昼に見る赤レンガは童話の建物らしいのだが、今はさらに寒さを助長させた。


 袖越しで重たいドアの金属のノブを押して、開く。とたんに暖かい空気がびゅうと吹いて、おれたちを付与魔法のように出迎えた。


 暖房などが効いているわけではない。中のスタッフは半そでだった。やはり今晩は何かがおかしい。


 上着の前を開けるだけでは暑くなりそうと思い、脱いだ。リンネの分も持とうと彼女に手を伸ばしたが、逆にひったくられてしまった。


「手続き、頼みますわよ」


 そう言って、彼女は空いている手で、前髪を整えた。

 入ってきたおれたちを見て、女性のヒトのギルドスタッフが小走りでやってきた。


「こんばんは、依頼の報告でしょうか?」

「いえ、先ほどこの町に到着したので、登録をしに」

「かしこまりました。では、どうぞ、こちらへ」


 同じように近づいてきたスタッフがリンネの持つ上着を持とうとしたが、彼女は柔らかく断った。


 一応、登録するのは個人情報であるので、入ってすぐにある、左右と後方に衝立があるスペースに連れられた。カバーのついたテーブルから椅子を引き出し、そこに座るよう言われた。先ほどのスタッフが眼鏡をかけて、対面に座った。その後ろに他のスタッフが立っている。


「寒かったでしょう。今日はなぜかやたらと寒くて。何か、飲みますか?」

「あら、お出していただけますの?」


「ココアと紅茶、コーヒーがありますよ」そう言って女性スタッフは、微笑んだ。「ご心配なさらず。サービスです」

「では、紅茶をお願いいたしますわ」

「自分はココアで」


 そう言うと、後ろに立っていたスタッフは頷いて、スペースから出ていった。


 女性スタッフは眼鏡を両手で直してから、テーブルの下の収納ラックから、二枚の書類と二本のペンを取り出した。


 基本はスタッフに任せつつ、個人情報に関してはおれが教えた。彼女の文字はとても滑らかで、澱むところがなく、霞むこともない。正確で素早い。まさに筆を滑らせているのだ、と変な事を考えたりした。


 中ほどまで書き終えたところで、先ほどとは別の、薄紫の肌の魔人スタッフが、マグカップを持ってきた。ココアが入ったカップからは、湯気がふわふわと漂っていた。


 紅茶を彼女の手前に置いたとき、そのスタッフの動きが止まった。


 眼鏡の女性スタッフが怪訝そうな表情を彼に向けるが、彼の視線はしきりにリンネと紙の文字とを行き来している。


 ようやく、おれは気づいた。


「リンネ……? あの、親衛隊の……?」


 彼のつぶやいた言葉が、女性スタッフの彼をとがめる声を、ただの空気へと変換し、吐き出された。そして、ゆっくりと、リンネの方へと顔を向けていく。


 その場の目が、すべて、リンネに注がれる。おれ以外のものは、もしかすると、そのまま魔法となって、襲い掛かってくる可能性だって考えられる。親衛隊に対する世間一般の評判と言うのは、紙面とリドの村でのものとは大きく異なっている。


 具体的には、「一方的に仕掛けに行ってボロ負けした挙句、世界を乱す大災厄をもたらした連中」、と。


 討伐隊の顛末に関して、多少でも知っている者は、その主張に対しては口を閉ざし、顎に手をやって考え込む仕草をするしかない。


 しかし。

 当の本人は、そんな気は微塵も見せず。

 非常にゆっくりとした動作で、マグカップの淵に口を付けて、


「あちゅい」


 びっっっくりするくらい可愛らしい声を出して、舌を火傷していた。


 時間が動き出す感覚。女性スタッフが、眼鏡のつるを左手で持って上にあげる。おそらく、自身の記憶の中の「リンネ」との照合を行っているのだろう。マグカップを持ってきた魔人の彼は、音もなく後ずさって、スタッフの後ろに立った。


 しかしやはり、当の本人はそんなことを全く気に留めず、再び項目を埋め始める。


「あ、あの……」女性スタッフが熱いものを口にするかのように、言った。「失礼を承知でお尋ねしますが……」

「はい?」

「あなたは、その、かの有名な親衛隊の……?」


「ああ、『彼女』です?」


 口に指先を当てるように手をやりつつ、くすくすと笑う。


「よく間違われるのですよ。同性同名、その上、口調も似ていますから」


 そう言って、おれを見る。誰にも心の奥を悟らせない、仮面のような薄ら笑い。おれは続いて口を開いた。


「そうなんです。おれもてっきり、その人かと思って声を掛けたんですが、そんなわけもなく……、あはは」


 それに、と付け加える。


「おれ、その人の首を見ましたから」


 対面に居る二人の呼吸が詰まった気配がする。なんだったら隣の「その人」も目を丸くして驚いている。まあ、とか、そんなことを口に出していたようだが、おれからすれば、白々しいことこの上ない。


 なら、おれたちの関係はどうなっているんだよ、と自分で突っ込みを入れる。しかし、おれのその一言は、スタッフたちには予想外にインパクトがあったらしく、女性スタッフは立ち上がり、魔人スタッフと同時に頭を下げた。


「す、すみません、失礼なことを尋ねました。大変申し訳ございません」

「構いませんわ。痛ましい事件のあとですもの、誰しも、気が滅入っていますから」


 希望に縋りたくなるのでしょう、と。声には出さなかったが、おれにはそれが聞こえてきた。


 その、「希望」と言うのは、自分がそういう存在であることを自覚しているからこその言葉だろう。


「ほら、早く書かないと、閉館時間に間に合いませんわよ」


 それを言われて、端に置いてある卓上時計を見ると、後十分で閉館時間だった。その準備が始まっており、窓口の方から足音が聞こえ始めてきた。すでに作業に移っているスタッフたちが居るのだ。


 すでにリンネは書き終えていた。おれも必要な項目だけを埋め、良い感じの温度になっているココアを飲み干した。不備がないかを確認し、重ね重ね非礼を詫びるのをこちらもペコペコと頭を下げ返した。


 ついでに、よさそうな宿はあるか、と聞いたところ、リドの襲撃事件が客足に影響を及ぼしているそうで、今の時間でも大体のところは空いていると教えてくれた。ただ、ギルド直営の宿舎はすでに満室だそうだ。


 礼を言って、そのスペースを出た。クエストギルドの奥の方を見ると、依頼受注、確認窓口の方には、カーテンが閉じられて、照明が落とされていた。警備員が、列整理のためのポールを片付けている。近くに設置されていたラックから、迷宮ギルドのパンフレットを一部抜き取った。


 リンネから上着を受け取り、重たいドアを開く。


 室内から、より一層冷たさを増した空間へと足を踏み出す。山の近くの町だからなのか、それとも異常気象なのか。どちらにせよ、とにかく寒かった。


 小走りでもいいから、宿を見つけようと歩き始めようとしたとき、ちょいちょい、と袖を引っ張られた。


「なに?」


 そう言って振り返ると、引っ張ってきた袖の中から、にゅっと白い手が伸びてくる。


 その行動の意味が分からず、首をかしげていると、おれの、武具を肩にかけていない方の腕を引っ張り出して、ぎゅっと、手を握り、そのまま自分のポケットの中に連れ込んだ。


 夜なので声も出せず、驚きのあまり固まったおれに、彼女は早く歩けと催促する。


「風除けにならないんじゃあ……」

「風はすでに止んでいますわ。さあ、早く、宿を見つけてしまいましょう」

 半ば引きずられるように、彼女の歩幅とスピードに合わせて歩いた。


       *


 丁字路の分岐にまで戻ったとき、入り口からの道路を挟んだ向かいから、宿が立ち並ぶ通りが見えた。やはり、やや寂れた雰囲気を見せているが、背後の通りと比べれば、まだ明るい方だった。


 分岐のすぐ近くにある宿、暗くて看板が読みづらかったが、「ビータゼン」と書かれていた。四階建てで、一階部分は食堂があるらしい。


 おれはようやく解放された右手で、その扉を開く。


 今度は、酒の匂いと肉の焼けるいい匂いが襲い掛かる。昼間にすこし食べたっきり、何も口にしていなかったのを思い知らされた。


 入ってすぐに宿受付がある。そこに、老人と言ってしまうにはまだ若いくらいの、獣人の男性が座って本を読んでいた。おれたちに気づいた彼は、本を閉じた。


「いらっしゃい」

「部屋はまだありますの?」

「ああ、あるよ」


「じゃあ、一人用を二部屋――」

「二人部屋を一つ」


 ほぼ同時に言ったが、リンネの方が、声が大きかった。しかし、獣人である彼はおれの声も聞き逃さず、目だけでおれたちの顔を見比べた。


「どっちにするんだい?」

「どちらがお安いのでしょう?」リンネが尋ねる。

「そりゃ、二人部屋の方が若干だがお得だぜ」

「では、そちらで」


 彼は頷き、何かを記録し始める。リンネは財布を取り出して窓口へと近寄った。


 おれの右手で立っていた人差し指と中指が、萎れていく。遅れて、リンネへと寄る。


 カウンタの中で作業する彼に聞かれないように(と言っても囁き声すら聞こえているだろうが)、小さな声でリンネに言う。


「いいの?」

「あら、なにがかしら」

「なにが、って」


「わたくしは気にしませんわよ」

「そう言われてもなぁ」

「同居人の方は女性でしたわよね?」

「ネロはそういうのじゃないし……」


「魔人の彼女と、部屋を同じくしたことは?」

「アリア? いや、あるけど」

「じゃあ、なにが御不満?」

「不満ていうか……、何と言うべきか……」


 カウンタに鍵が置かれる。三〇三号室のタグが付いていた。


 このカウンタの左に奥へ行く通路があって、食堂の扉よりも奥には、突き当りにエレベータ、右手には階段があると説明された。覗くように見てみると、格子状の扉がある、小部屋のような何かが見える。あれがエレベータのようだ。


 食事をしたければ営業時間内に食堂に来い、風呂は部屋にあるからそれを使え、とのことだった。幸い、食堂の営業時間はまだ余裕があった。部屋に荷物を置いてから来ることにした。


 一通りの説明が終わったのか、おそらく店主である彼は胸ポケットから小さな紙の箱を取り出した。そこから一本、短い棒のようなものを振り出し、その端をくわえて箱からとった。


 ああ、忘れていた、とつぶやいて、その棒を口から離した。


「代金は出るときで良い。あと、壁はわりかし薄いから、静かにな」

「ふふ、肝に銘じておきますわ」


 彼が紙巻きたばこをくわえ直すよりもはやく、リンネがおれの手を引いてエレベータに乗り込んだ。なにかそんなに急ぐことがあったか、と思った。


 三〇三号室なので三階だろう、とボタンを押す。ビー、というブザー音が鳴って、格子がゆっくり閉まっていく。ちょっと沈み込んでから、箱は上がりはじめた。


 ドアはなく、広がればひし形になる横と、垂直の縦の木の棒で出来た格子で閉じられる。そのため、階と階の間の床の部分が見え、ちょっと面白かった。


 止まるときもやはり揺れた。格子を手で開いて箱から出ると、廊下の静けさが嫌に耳に刺さった。この階には宿泊客がいないのだろうか。


 「303」と掛かれたプレートがあるドアを開ける。


 短めの通路の先には、ズーベ・ヘーアの入口付近の丁字路みたく左右に分かれている。左がベッド、右が机なのだが、結構広い。ベッドの足から机の足まで、最短距離でも、二人の身長を足して届くかどうか、というほどである。


 ベッドも大きめのサイズで、それが横に並んでいるから、部屋自体の奥行きもある。振り返ると、左が浴室、右が手洗いになっているようだ。


 広いと思った。ここの宿は、そもそも客の入れる数が少なそうだ。


「結構広いね、二人で並んで武具の手入れくらいなら平気でできそう」

「そうですわね。……この衝立、邪魔ですわ」


 ベッドとベッドを隔てる衝立を勝手に折りたたみ、机のわきにどけてしまった。


「ちょちょちょ、ちょっと」

「? なんです?」

「それ、どけちゃっていいの?」


「だって、邪魔でしたもの」

「着替えとかを見られないようにするためのものじゃあ……?」


 ぼすん、と。リンネは剣の入った袋を、ベッドの上に置く。


「では、食堂に行きましょう。おなかがすきました」

「ぜんぜん話聞いてくれないね……」


 リンネと同じ隊だったあの二人も、こんな感じだったのかなあと、薄い同情が頭をよぎる。


 鍵はおれが持って、再びエレベータに乗り、一階に行く。


 先ほどの窓口の通路の、今度は右側の扉は、開いていた。


 奥に向かって、真ん中が通り道になっていて、長机が左右の横にずらりと並べられ、厨房とカウンタは一番奥にあった。食事をしている宿泊客らしき人が八人程度いる。固まっている三人のグループが一組、あとはみんなバラバラだろう。


 空いている席にどうぞーと言う声が奥から聞こえてきたので、手近なところに座った。


「お肉をいただきましょう」

「メニューにあるかな」

「なくてもお肉です」

「そこに無ければ無いんだよ?」


 メニュー表を広げると、真っ先にイバー肉のステーキが目に飛び込んできた。彼女はそれを指さした。おれは、シチューとパンにすることにした。


 ウエイトレスらしき人が、ペンとメモを持って厨房の奥から歩いてきて、この台の傍に立った。


 傍に立った瞬間、


「うそ……」


 と言うつぶやきが頭から降ってきた。


「あら」


 リンネがウエイトレスの顔を見て、言う。


「テュールじゃない」

「お嬢⁉」

「ん? お知り合い?」


 ウエイトレスの方は、じわりじわりと目に涙をいっぱいに溜めて、ペンとメモを持っている手で口を押えている。それを見て、リンネは立ち上がってすぐさま彼女の肩を支え、どこからか取り出してきたハンカチで涙を拭いている。


 なんだなんだ、と三人組や他の宿泊客たちがざわつく。

 テュールと呼ばれたウエイトレスは、ハンカチを当てられてもなお零れるほどの涙をこぼしながら、リンネを抱きしめた。


「よくぞ、よくぞご無事で……!!」

「あなたも。また会えて、嬉しいわ」


 ざわめきを聞きつけてきた、店主らしき受付の彼も、顔を覗かせていた。なにこれ、と言った具合におれに目線をやるが、おれだってわからないと、肩をすくめるジェスチャで示した。


 その後、落ち着きを取り戻したウエイトレスは、お騒がせしましたと言いながら、注文を厨房へ伝えたあと、再びこちらに戻ってきた。


 テュールと呼ばれたウエイトレスは、黄色をかなり薄めたような髪を、後ろで二つに結んでいる。活発そうな目つきで、実際、リンネ評は「面白い子」という事だった。おそらく、おれと同い年か一つ上に見える。


「初めまして、えっと」リンネの方を少し見る。リンネは右手人差し指を唇に当てた。「うち、()()の付き人をやっていた、テュールって言います」


「初めまして、自分はシシ。今の、彼女のパーティメンバだ」


 アクセントに癖があった。よろしく、と言うと、テュールはおれをまじまじと見つめた。


「お嬢、もしかして、この人が?」

「ええ、そうよ」


 いつもの口調ではないリンネを、おれは初めて見た気がする。戦闘中はどうだったかはあまり記憶にはないが、リンネは語調というか、言葉の使い方は誰と接していても大して変わらない印象であった。そのため、テュールに対する態度が、物珍しくて、目線が怖くなっていないか、随時意識する必要があった。


「でしたら、やはり、その……、あの方々は……」


 歯切れの悪いテュールに、リンネは首を振って応えた。


「その話は今度。おなかが空いたわ」

「あ、はい。あ、そうだ、水、持ってきますね!!」


 小走り気味に奥へと向かう。その後ろ姿をぼうっと見ていると、リンネが机の上に置いているおれの手を触った。


「あの子、あれでも格闘武術の達人ですわよ」


「へぇ」格闘技系は疎く、アリアの話も左から右へ、と言った感じだった。「どれだけ強いの?」


「違法格闘技場で、出場するたびにオッズが一倍になるくらいに」

「穏やかな場所じゃないね」


 俗に言うならば、地下闘技場とか、そういった類のものだろうか。そういうモノがある場所の心当たりは、無いわけではない。アラム王国にそういうものがあってもおかしくはないだろう。


 リンネは続けた。


「あとは、十二の隊員だったゲオルグとレーデン、二人が掛かっても一分持たないくらいですわね」

「それは凄い――」


 凄い、と思ったのは本当だったが、その言葉はどことなく上の空だった。

 その二人の名前を口にしていた彼女は、笑っていた。笑えるものなのか、と考えてしまったからだ。


 しかし、リンネは、ろうそくの火を緩く吹かすようにため息をつくと、


「おなかが空きましたわね」


 と繰り返すだけだった。


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