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戦姫、ブリュンヒルデに捧ぐ  作者: 野之 乃山
二章 自警団
35/80

幕間

 ズベシャア!! と。


 勢いよく地面に倒れこんだ。おくれて、棒が背中に落ちてくる。


 今日で三回目、一か月での通算、四十二回目の敗北である。


 総合成績、ゼロ対五〇。


 もちろん、相手はリンネだ。


 本当のことを言うと、リンネに勝てるかもしれないと思ったときは、ほんの一回だけあった。それも遠い昔のことだ。


 今はそんなことすら考えていられない。一度でも彼女にまともに攻撃を当てられたことがない。ネロと違い、リンネは打ち合いをするものの、それは相手の力量を測るための行動であり、交えられたからと言って同格と思ってはいけない。


 やるときは、ネロよりも早い。目で追えない。


 おれはうつ伏せのまま、ため息を吐く。すっと、静かに差し出された手を取って、立ち上がる。


「まるで、外で遊んだ子どもみたいですわね」


 おれの手を離さずクスクス笑うリンネは、砂だらけ土だらけ汗だらけの三拍子そろったおれとは違い、汗もかいていないだろう。


「リンネにとっちゃ、おれとの仕合なんて、遊びみたいなもんじゃない?」


 膝や腹についた土をはたきながら、わざと悪態づいて言ってみる。

 しかし、彼女は全く反応を示さなかった。

 態度には示していた。


 いつまでも手を握られていることに気づき、ありがとう、と言って放してもらおうとすると、抜けなかった。


 引っ張れば引っ張るほど、握られる力が強まる。しまいには、粉砕骨折させられそうなほどの力で握られていた。


 おれがどれほどもがいても、リンネは棒立ちのままうんともすんとも言わない。


 恐る恐る表情を窺うと、うっすらと、本当にうっすらと、薄氷のような、温度がない口だけがそうである、微笑みと呼ぶにも悍ましい笑みを浮かべて止まっていた。


 未だに、リンネの性格というものを理解できていない。特にこういった仕合や戦闘になると、彼女は人が変わる。猟奇趣味があるとかではないのだろうが、野性的な部分が多く見える。


 今の状態がそうであるか、それも分からない。


 ただ、“終わっていない”のは確かだ。


 棒を短く持ち、素早く刺突。

 手のひらで受け止められる。

 そのまま、持ち手を滑らせてのパンチを繰り出す。


 それも受け止められる。

 すぐに引き、両手を掴まれるのを防ぐ。棒が地面に着くまでに再び手に取る。

 おれの胴を軸にして、棒を回し、連撃。

 肘、手、肘と、全て防御される。


 遠心力を最大限に溜め、長く持って刺突。

 受けとめることはせず、握られて止まる。


「そんなものでしょうか」

「なにが……⁉」


「どうしても放してほしければ、その棒でも、わたくしのこの腕くらい、落とせますでしょう?」

「そんなこと……!!」

「やりなさい」


 奥歯をかみしめる。

 掴まれている腕を大きく引き寄せる。彼女の体幹はすでに前のめりだった。

 顔が近づく。大きく見開かれた瞳に、おれが見える。


 握られた棒がフリーになる。その手が離れる。

 一瞬で武器を身体に引き寄せ、持ち替える。


 身体をそらす。彼女の身体が大きく寄せられる。

 胸と胸を、寄せる。


 極端に短く持つ。ナイフのように、力が瞬時に伝わるように。

 その先を彼女の伸ばされている腕の付け根、脇に向けて、

 ずっと、見つめ合ったまま、

 放つ。


 どうして、止めない。

 今のままだと、本当に腕を貫かれるぞ。

 この近さで、この勢いなら、


 刺せる。

 さらに食いしばる。

 腕に力が入る。


「ッッ!!」


 視界が急激に変わる。真上を向いた。

 おれの顎に、リンネのフリーであったほうの手が当てられている。

 そのまま、勢いに任せて、おれは背中から倒された。


「うぐ……、ぅ⁉」


 握られていない手は、武器を動かしてけん制し続けていた。

 そのせいで、その手を動かして止めることは、本当ならできなかっただろう。


 そのままの勢いで、おれが刺突していれば、間に合わなかったはずだ。

 顎に当てられている手が動き、おれの口を塞ぐ。


 まだ武器は保持している。だが、おれに上乗りになっている彼女を狙おうとすれば、即座に弾かれて、終わりだ。


 たった、数十秒で、おれは二度敗北した。

 リンネはすでに笑うのをやめていた。


 おれが降参したのを感じ取ったリンネは、力を緩め、おれの腹の上に座った。


「ぐふ」

「はぁ」


 全く異なるため息二つ。どうにも、ご不満なようだ。

 そのまま、尻を地面につけ、手を後ろにして、おれの腹の上で足を組んだ。おれはそのまま大の字になって寝ている。


 握られていた手の感覚を確かめていると、リンネはかかとでおれの脇腹をつつきながら、


「どうして、途中で力を抜いたのです?」

「どうしてって、そんなつもりなかったけど」

「わたくしに嘘は通用しませんわよ」

「嘘なんて」


 おれは顔を背け、反対を向いた。


 嘘、である。


 実際には力を抜いたのではなく、勢いを押しとどめた。それも一瞬だけだったが、どうやらバレてしまっていたらしい。


 しかし、隠し通せるとも思っていない。だが、返す言葉は思いつかない。


 そのまま黙っていると、リンネの方から口を開いた。


「この一か月、シシと何度も手合わせをして、なんとなくあなたが掴めてきましたわ。弱いわけではない、かと言って、わたくしに有効打を与えられない。攻撃の意思はあるが、殺意は感じられない。だけど、わたくしが言えば、ちゃんと殺そうとしてくれる」


「手合わせで、殺意をむき出しにするのは良くない。ケガをさせてしまうから」

「本気でぶつかり合わない手合わせに、意味がありまして? 遊びではありませんのよ」


 トントン、と。彼女のかかとが脇腹を子守唄のようなリズムでぶつかる。


「戦いに、優しさは要らない。あなたは、まだわたくしを信頼しておられないのですね」

「そんなこと……ッ」


 首を振ってリンネを見る。しかし、彼女はいつものように、優しい微笑みを浮かべているだけだった。


 この表情は嘘をついているとか、悲しんでいるとか、或いは喜んでいるとか。そういった感情のない表情だ。


 ただただ、彼女の思っていることがらを、淡々と述べるだけの、いわばビジネススマイル。見事なものだ。分厚い氷の層なのに、傍からみれば、温かみを感じる奇妙なもの。


 おれは、この表情をみれば、何も言わなくなる。言えなくなる。確かに、信頼はしていないかもしれない。信用はしていると思っている。


 おれがやはり黙ってしまったので、リンネは腹の上で組んでいた足をどけた。おれは上体を起こす。模擬戦用の棒を探したが、なんと「く」の字に折れてしまっていた。持ち手から少し上。突き刺そうとしたときの右手の少し上のところだろうか。


 あれでは刺さらない。たとえ刃があったとしても、良くて二の腕あたりを掠めるくらいで、ほんのちょっとの衝撃でもげてしまっていただろう。

 衝動的な感情が込み上げてくるのを抑え、左手で後ろ頭を掻いた。


「ちょうど良い時間ですわ。いったん帰って、荷の確認を致しましょう」

「わかった」


 おれは先に立ち上がり、リンネに手を伸ばす。すっと、その手に手を添えるだけで、体重は感じなかった。彼女はほとんど自力で立ち上がった。


 一か月。長いようで短かった期間だった。


 もちろん、おれたち二人はただ手合わせだけに明け暮れていたわけではない。


 西大陸に未だ存在する、元凶たち。その動きを見ていた。

 リンネに対して追撃部隊を送ってくるのだから、少なくとも、ギガンテスの撃破によって、リンネが無事であることは向こうも分かっているハズだった。


 しかし、目立った動きは全くなくなっていた。平和そのものである。


 それどころか、リドの村周辺に居るはずの魔物たちの姿が、直近の一週間になるまで、全く見られなくなっていた。こちらは異変として捉えられる寸前で元に戻り始めた。


 村の再建も段々と落ち着き、慰霊碑がギルドの裏に作られたことで、外に出ていたリド出身の人、あるいは、村に来ていた自警団員の家族など、そういった人たちが村に入ってくるようになっていた。


 ギルド等の機能は依然として若干のゆがみは残ったままだが、解決は時間の問題だろう。


 おれたち二人は、西大陸の異変調査という名目で、今日、リドの村を発つ。


 実際は、ゼルテと呼ばれる超能力をいかに安全に引き出すかの、修行の旅と言ってもいい。他にも、ここでは得られない情報を、各地で得ることも目的である。



 ()()()()()()使()()()()()

 ()()()()()()()



 やっとわかった、おれがフリュークに来た意味。

 だが、このことは、おれが自力で思い出せたわけではない。


 あの夜、リンネと二人の帰り道。緩い坂道になっているあの街灯の下で。

 呪文のようなものを唱えていた彼女によって、それは取り戻された。やはり()()は彼女だったのだ。


 しかし、()()()

 この疑問の答えは、すぐに解るものではない。理由は分からないが、漠然と、そう思った。


 二人でネロの家に居候していた。シャワーを浴びて、持っていくべき必要なものを確認する。時計はまだ十時だと言っているから、出発までは三時間ほど残っている。だが、あれやこれやと手続きや買い物をすることで、すぐに時間は来てしまうだろう。


「……」


 鏡の前に立って前髪をかき分ける。


 生え際から数センチ。黒から赤へと色が変わっているのが、もはや顔を近づけなくても分かるようになった。


 リンネは髪のことを「神性を表すパラメータ」と言う。おれにはよくわからないが、普段、神を忌み嫌う彼女の比喩表現とは珍しいと思った。

 そして、リンネも同じく――。


「まだですの?」

「わぁ!! ご、ごめん!!」


 唐突にスライドドアが開けられる。鏡と「にらめっこ」している状態のおれを見て、リンネはすぐに察した。


 スタスタとおれの隣に立ち、似たように前髪を分けた。おれに見せる。上質な金絹糸シルクゴールドの髪は、根元が黒くなっていた。


 以前のように髪を伸ばさないのか、と訊いた。今の彼女は、ベリーショートに近いショートだ。おそらく、新聞や伝聞でしか「リンネ」のことを知らない人からすれば、ほぼ別人にしか見えない。


 だが、彼女は、それはかえって好都合だと言った。

――親衛隊のリンネは死んだことにしてほしい。リドの村で、慰霊碑にも入れられることなく、死んだ。


「プリンみたいですわねぇ。もういっそ、全部染めてしまおうかしら」

「……」


 ふっ、と。おれの顔を見て笑う。そして、俺の前髪に手を伸ばして、かき分ける。

 リンネとおれの身長差は二センチ程度。ほぼ、ないに等しい。リンネは女性にしては長身だった。


「さ、早く支度してしまいましょう。アリアさんのところへ行く時間が無くなってしまいますわ。はやくシャツを着てくださいまし」


「おわ⁉ ご、ごめん!!」


 浴室から出て下着とズボンをはいただけで、上半身はなにも着ていなかった。いたずらっぽい笑いをしつつ、彼女は居間に戻った。

慌てておれもシャツを着た。


 おれたちは、鉱山町ズーベ・ヘーアに行くことにした。時間がないのであればまっすぐモスナ公国の港町に行き、中間島の自由都市に向かうべきなのだが、西大陸の動きがないとわかった現時点において、焦る必要はないと、そう考えた。


 また、カーサラさんが設計した不思議な武具のために、ズーベ・ヘーアでのみ造られる「宝珠」が必要であるらしいので、全くの寄り道と言うわけではない。「宝珠」というのは、魔力の塊のようなものらしい。


 ネロの家にある本曰く、クライノートという、クリスタルのような頭をした人型モンスターが居るらしい。そいつがドロップする原石のいくつかが、宝珠として活用できるとかなんとか。宝珠でなくとも、宝石類として使えるので、貴族からの需要が尽きることはない。


 クライノートの存在は、ズーベ・ヘーアが今なお栄える理由でもある。クライノートはズーベ・ヘーアにしか発生しない、固有種なのである。


 また、カーサラさんは武具にはめ込む宝珠は、当然造り手によって効果が変わってしまうと言った。そのため、カーサラさんが紹介する宝石加工職人へ頼む必要があった。名前を出せばすぐにわかってくれるとのことだった。


 そんなわけで、おれたちはズーベ・ヘーアへと向かう行商人のキダラの荷台に載っていくことにした。


 本来ならば、ネロのキダラで向かう予定だったが、カーサラさんとネロは、アラム王国跡地で何かしらの調査をするとのことだった。二人はすでに現地入りしているため、家の合鍵と、簡単な手紙を彼女の家の荷物受けの中に入れた。


 アリアは自警団の生き残りを束ね、再び姿を現し始めた魔物に対応すべく、すでに任務に就いている。おれの知り合いの中で最も出世したのは、アリアだろう。検問所で机に縛り付けられていると自嘲する彼女に挨拶をしに行った。アルフレッド教官が座っていた椅子は保管庫に置かれたらしく、今の椅子は質素極まりないものだった。それでも、アリアは立派に後釜になれている。


 今生の別れ、ではないよう努力するにしろ、しばらくは顔を見せられないことは確実だった。かたい抱擁を結ぶと、いつものように、笑って拳同士をぶつけた。

 気が付けば、もう十三時に差し掛かっていた。ちょうど検問所前に、一台のキダラ車が止まっていた。


 髭の行商人がこちらに手を振っている。彼はズーベ・ヘーアとアラム王国を行き来する商人で、偶然、リドの村に来ていたところ、あの事件を免れたという。


 挨拶を終えて、キダラ車に乗り込むと、学校の鐘が鳴った。十三時だ。


 キダラ車はゆっくりと進み始める。ゴロゴロという車輪の感覚とともに。


       *


 アラム王国は実質滅び、領土内にある小さな町や村が残された。


 エッダ王はこれを見越してか、討伐隊の件よりも昔から、アラム王国城下町に依存しない体制を、各町や各村に整えさせていた。そのおかげか、最大の王国の消滅という前代未聞の事件が起きたにもかかわらず、混乱はするすると落ち着き、残された者たち同士で連携するようになっていた。


 ダメージが全くないわけではない。東大陸の最大の経済圏の消滅は、西大陸の勢力圏を揺るがした。ガリウス帝国は思惑通りか否か、その勢力を縮小せざるを得ず、東側へ献身的な支援を続けるイェズトー国が力を伸ばし始めている。


 正直、西大陸の情勢は、昔から複雑怪奇な結果であることが多く、誰かが裏を握っている、とかいう噂が立つ同時に、それが根拠のない噂でしかないことを裏付ける。そんなカオスな土地なのだ。それに比べ、東大陸は、安定している、安定しすぎているのかもしれない。


 キダラの速度が落ちる。往来はいつもよりも激しいくらいで、ほとんどがキダラ車だ。こちら側はまだ動力車の為の整備はなされておらず、走りにくいのだろう。


 大きな分岐点に差し掛かる。


 通常、ここからならば、あの白い王城が見えるはずだ。リドの村から来たとなると、右側前方に、白い塔を――。


 身体を捻って、風よけの布の隙間から外を見た。しかし、見えるのはただの空だけ。


 誰しもが、黙っている。先ほどまで快活に話していた行商人でさえも、それに綺麗に受け答えしていたリンネでさえも。


 重たい空気が支配する。空は突き抜けるくらい、雲一つない晴天なのに。


 彼女の方を見る。荷台の隅、膝を抱えている。静かに、微かに震えているようだった。


 急に、やたらと寒くなった。それはおれたちだけではなく、行商人もくしゃみとともに、鼻をすすっていたから、気温が急激に下がったのだろう。 


 毛布を出して、彼女の肩にかける。すると、彼女はおれの方を向いた。


「手を……」


 聞いたこともないくらい、弱弱しい声。にゅっと、袖から伸びてきた手は、死人のように白く、細かった。


 おれはその手を取って、リンネとの距離を詰めるようにして座った。尻と尻がぶつかる。肩と肩が密着する。すると、彼女はゆっくりと、確かめるように、おれに体重を預けた。


 寒くて身を寄せ合う、という事は、三人の時はよくやっていた。馬鹿みたいに鼻水を垂らして、ブルブル震えて、薄い毛布一枚でどうにか過ごしたものだ。それでいて両端がケンカするものだから、その衝撃を受ける、緩衝地帯の「ぼく」は、耳が遠くなることを心配していた。だが、それはとても心地の良い時間だったのでは、と。いまと比べたら、何でも心地よく感じるかもしれない。


 「おれ」はどうすればいいのかは分からない。でも、多少の事なら今なら大目に見てくれるだろう。


 すっと、彼女の左肩に手を伸ばして、こちらに寄せる。


「んふふ」


 胸元に頭をよせたリンネが、小さく笑う。少しだけ顔をこちらに向けて、ずりずりとさらに近寄ってきた。肩に回したはずの手を勝手に動かし、腰にやった。


「これなら、眠れそう」


 そう言ってすぐ、彼女は小さく寝息を立てていた。

 何もできなくなった右手はどうすべきか、持ってきた本を読むにも、片手じゃあ持ちづらかった。


 結局、彼女が目を覚ますまでのしばらくの間、後方へと流れていく景色を眺めていた。


 分岐点を過ぎ、ズーベ・ヘーアへの道を走る。

 白い王城は、どれだけ進んでも、見えてこなかった。

遅ればせながら、新年、明けましておめでとうございます。野之でございます。

まずは、ブックマークやポイントを入れてくださった方へ。たいへん励みになっております、感謝申し上げます。

また、拙作をお読みいただいた皆様へ、感謝の意を表させていただきます。

三章は早くて一月末の投稿を予定しております。多分、そこまで長くならないと思います。まさか一章と二章で、文庫本250P程度になるとは予想しておりませんでした。書き方が悪くて申し訳ないです。

読みづらい文かとは存じますが、拙作をこれからもどうぞよろしくお願いします。

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